第二章 因縁



 時間は経過し、地下研究室から脱出したグリーン達はクルーズへ連絡をした。
 まもなくクルーズから昨夜のポーツマス海軍基地へのゴジラ襲撃とゴジラ團による特殊爆弾の奪取について、そしてゴジラは現在フランスへ向けて移動中であることが伝えられた。

「妙な話だな」
『全くだ。ゴジラ團はゴジラを倒したいのか守りたいのかどっちなんだ』
「それはこの際どうでもいい。口ではなんでも言える。貴方だって協力関係を作る為に思ってもない都合の良いことを言うコウモリになったことくらいあるだろう? 三神をフランスのスパイ様から堂々と目の前で拉致する実力とDO-Hなんて武器を持っている赤い竹と組めるんだ。実はゴジラ團もゴジラ復讐が目的だ、ゴジラを誰かに倒されては復讐にならないから妨害したんだ。だから、一緒に協力して兵器や三神を手に入れよう。……こんな台詞、踏み絵にもならない。ゴジラ團の真意なんてどうでもいい」
『ではどういうことだ? 名探偵さんよ』
「俺が言ったのは特殊爆弾の方だ。ゴジラ團の目的がゴジラに使おうと考えている鬼瓦さんの意見には俺も賛成だ。今の赤い竹との協力関係にも説明がつく。……だが、前提になるのはその特殊爆弾の存在と場所をどうやって知ったんだ?」
『…………』
「まぁ、貴方が気づいてないって訳がないわ。どの程度絞れているんだ? 特殊爆弾の情報をリークした裏切り者の存在を」

 地下研究所の入口である教会跡に積まれた石レンガに腰を落としたグリーンは負傷した足を休める。
 電話の先のクルーズは嘆息した後、答える。

「既に身柄を押さえに向かっている」




 


 スイス、ジュネーブ西部のフランスとの国境近くにある欧州原子核研究機構、通称CERN。ヨーロッパの参加各国の他、オブザーバーとして世界各国も関わっている原子、素粒子研究のメッカである。
 ニューヨークの後、この地で合衆国が渋りつつも共有された一部の残留物を分析するチームの一人として祖国に帰らず彼は残っていた。
 彼のいる研究室へ場に沿った正装をしつつも物々しい雰囲気を纏った者達が来訪した時、彼はすぐに自身への客であると気づき、また抵抗することもなく応じた。
 当初は煙に巻く態度をして追求を認めようとはしなかったが、グリーン経由で追加された情報、即ちヴェラ事件でゴジラが誕生した話をすると諦めたらしく、素直に話を始めた。




 


『ロシアの原子物理学者、アシモフ博士が認めた。大筋も我々の推測通りだった』

 ブラボーが手配したリオン市街地のホテルに入ったグリーン、ムファサ、ブラボーの3人はクルーズからの報告を聴いていた。
 
「動機も保身か?」
『あぁ。ゴジラ團と赤い竹がどこまで正確な情報を掴んでいたのかはわからないが、†はゴジラのことを知っていたのだというならば、今の我々と同程度の情報に辿り着いていた可能性は十分にある』
「ブラボーの話だと生存者はもう一人いたらしい。それが†ということなのだろう」
「幼少期の記憶だ。はっきりしないところも多いが、年上の男児と自分は生き残った。名も知らないが、年齢的にも†が同郷の生存者だったと考えて問題ない」

 ブラボーが補足する。

「†の経歴について詳細は知らないが、所持していた武装は東側だったな」
「AK-47は東西に関わらず採用されている優秀な銃だ。それだけで判断するのは早計。……だが、あの至近距離で確認した限り、旧ソビエトで扱われていた工場の品だった。俺はフランスに流れついたが、†はそのまま国に残ったか、旧ソビエトの勢力圏に行ったのだろう」
「ゴジラと関連付けるとしたら、ノヴァヤゼムリャかヴェラ事件を疑うのはオラ達と同じダベ」

 ブラボーとムファサの意見が添えられ、グリーンは続ける。

「どちらにしても当事者国と縁の深い立場に†がいた可能性は高い。状況証拠だが、“赤い水銀”による水爆を東側が盗んだものの持ち出せずに大西洋上のフランス領に移動させ、ノヴァヤゼムリャ等の東側の核実験施設へ運び出す際に事故が起きたのがヴェラ事件。それで誕生したのがゴジラ。この構図は推測通りってことだな?」
『その通りだ。当時の思惑も吐いてくれたよ。フランスが小型水爆の開発に成功した可能性を察知した当時の東側は、シュナイダー博士が発明した“赤い水銀”の水爆を工作員によって盗み出すことに成功した。盗み出した小型水爆を核実験に使用し、成功すれば東側の成功とし、失敗したらその被害をフランスへ擦りつける作戦だったらしい。当時の“赤い水銀”の噂もそれを意図して流していたものだったということだ。フランス領外への持ち出しに失敗して隠すことになったのと、いざ輸送を試みたら事故で爆発してしまったのは計算外だったらしい』
「中々に図々しい作戦だな」
『工作なんてそんなものだ。ゴジラ出現を隠蔽したのも、被害を西ドイツに対して伏せたいという事情もあった様だが、少なくともアシモフ博士は自分達のミスでゴジラを産んだ事実を伏せたいという保身に走った結果だった。これは彼個人だけでなく、各国の政治的な理由も同じだったと考えるべきだろう』
「それを†は突き止めた。その結果が、表向きはテロリスト崩れの武器商人という立場で冷戦終結と共に旧東側とは袂を分つことになったと」
『だろうな。アシモフ博士に赤い竹が接触したのはソビエト崩壊後だったらしく、特殊爆弾の情報を聞き出したのは最近でも、関係は元々あったらしい。……これは推測だが、今の赤い竹の品揃えからして、アシモフ博士以外にもヴェラ事件やゴジラ襲撃の件に関与していた人物への接触をしていたのかもしれない』
「十分に考えられるな。それに、赤い竹とゴジラ團は今回だけのパートナーというよりも、以前から関わりがあったと考えるのが妥当だ。それはニューヨークでの武器の入手経路のこともあるが、†が少なくともゴジラの存在を遥か以前から知っていたのだから、赤い竹とゲーン一家の取引したタンカーをゴジラが襲ったことはいち早く辿り着く。ゴジラ團の先回りした動きにも説明がつく」

 グリーンが推察を話していると、ブラボーが部屋の隅で電話を始めた。何か連絡が入ったらしい。

『結果的に、ミジンコくんの言ってた自分達には予測できなかったゴジラ再来を彼らは予測するだけの情報を持っていたことが判明したということね』

 電話先から優の声が入る。

「鬼瓦さん、アイツのことミジンコって呼んでたんだな」
『あ……昔のあだ名よ! ムファサも知っているわよ』
「懐かしいナァ」
『……それより! コレって彼の疑いが晴れるのではないかしら?』
『そうだな……。だが、どちらかと言えば、本気で三神さんを団長と疑っている者は少ないと思う。これは極めて政治的な理由によるスケープゴートだ。身柄を安易に拘束する理由には弱いが、無罪放免と主張するにはまだ不十分。そんなところだ』
「赤い竹かゴジラ團に三神とは別の日本人がいるという根拠があれば日本政府もその人物に団長の疑いを向けて三神さんが帰国可能な状況にもなるだろうが」
「残念ながら、そんな情報はない」
『幸いにもまだ三神さんの位置情報は追跡可能だ。今、彼はフランスを出て地中海上を移動している。速さから恐らく船だ』
「開き直ったな。三神は奴らのアジトを特定する為の囮か」
『今度は鬼瓦さんも承諾している』
『渋々ね。ゴジラ團壊滅が一番早い解決手段なのは事実だから』
「で、お前達はどうするんだ? ゴジラのフランス上陸に合わせて合流か?」
『いや、イタリアへ向かっている。三神さんを連れて移動するルートから割り出した候補地域は、いずれにしてもイタリアを起点に動く方が効率良い。確かにまだ三神さんを団長に仕立てようとする動きがなくなった訳ではないが、当事者の合衆国は既にその主張で三神さんの身柄を手に入れる必要が薄まった』
「アシモフ博士か」
『そうだ。祖国も彼は裏切っている。今更悪あがきをするよりも素直に合衆国の言われるがまま残留物研究をした方が彼にとっても利がある。既に国連とNATOの双方へ合衆国から交渉が入っている。取引成立も時間の問題だ。……その結果、ガエータを拠点にできそうだ』
「なるほど。だけど、貴方まで戦艦でゴジラと戦うなんて考えていないよな?」
『壁くらいにはなるとは考えている。どの道、ガエータにニューヨーク戦からゴジラに有効性が期待された武器が集まっている。立ち寄れるならば確認しておきたい』
「そうですか。……だそうだが、フランスのスパイ様はどうするんだ?」

 グリーンに聞かれて電話を終えたブラボーが答える。
 
「赤い竹の追跡は私的な理由を抜きに行うつもりだ。だが、今すぐは動けない。ゴジラの目標がコタンタン半島のフラマンヴィル原子力発電所である可能性が高く、フランス政府は博物館級の切り札と地中貫通爆弾で迎撃することになった。しばらく君達もここに留まって頂く」
「……だそうだ。イタリアで合流できることを祈っているよ」
『わかった』
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