第二章 因縁



 グリーン、そしてゴジラ團達の侵入に対して、三神はまだそれを予期する事なくムファサと共に与えられた研究室環境でブラボーの故郷を破壊したゴジラの正体を究明する為の分析をしていた。

「こうしてっと、5年前を思い出すべな」

 解析結果のデータ整理するパソコンのモニターから視線を外し、ムファサは三葉虫から採取したサンプルを1メートル四方の分析装置に入れてサンプルに含まれている元素の組成を分析する三神に話しかける。
 彼は一瞬、その思い出から3年後の事を連想し、表情を固くするが、すぐに答えた。

「そうだな。ミミズ研究は今もしているのか?」
「放射能汚染によるミミズの巨大化の研究ダラ? アレはもう終了したべ。極限環境生物は今もやっとるンダけども、フィールドと対象が変わっているんダベ。だから、オラもアレっきりチェルノブイリには行ってないンダ」
「そうか」
「そういえば、オラは覚えてるダ。三神がオラの調査対象がミミズだと知った時のこと」
「……あぁ。今でも僕はミミズをすごい生き物だと思っているし、それを重要な研究対象として注目したムファサを感心しているよ」

 三神は強張らせていた表情を綻ばせて答えた。
 ミミズと聞くと小さな取るに足らない生物と感じる者が少なくかもしれないが、進化論の自然選択説を『The Origin of Species』で唱えた生物学者チャールズ・ロバート・ダーウィンもミミズを「地球の生命史においてかくも重大な役割を果たした生物がほかにどれだけいるか疑わしいものだ」と評し、晩年の研究対象に選んだ。
 ミミズはゴカイやヒルと同じ環形動物で単純な無脊椎の生物だが、ミミズがいる土といない土とでは肥え方がまるで違う。ミミズがいる土は良い土で、良い土は良い作物ができる。そして、農業が発展して、その土地には立派な集落が出来る。故に三神はムファサの研究へ大いに関心を寄せた。
 そして、ムファサはその年に論文『環形動物の形態変化にみられる放射能汚染の実態』を発表した。そこにはチェルノブイリ周辺でミミズが全体的に17%の巨大化しているデータと、ミミズのDNAの塩基配列が組み替えられた結果の突然変異体であることが汚染地域外の同種との比較によって示されていた。

「ショチョーサンも同じことを言っていたダ」
「そっか。僕も所長に救われた」

 ムファサと三神を、また三神と優を繋げ、窮地に陥った三神を引き受けた所長は三神にとって恩師であり、恩人であった。そして、三神がゴジラを研究するきっかけも、所長とムファサだった。
 それを口にすると、ムファサが意地悪く笑う。

「オラとショチョーサンが立てたゴジラザウルス説を去年、総説論文で否定したのはどこのどいつダラ」
「科学の世界で論証に対しての恨みっこは無しだよ」

 三神が答えた。
 初代ゴジラ博物館館長としても名を残した山根博士が、1954年当時に唱えたジュラ紀の水棲型爬虫類の生き残りが水爆実験でゴジラとなったとする仮説は、所長までの歴代館長に引き継ぎ研究されていた。ムファサのミミズ巨大化の研究は所長が研究していたこの水棲型爬虫類、ゴジラザウルスを水爆が巨大化させ、ゴジラにしたというゴジラザウルス説に発展した。
 しかし、ゴジラザウルス説は如何にゴジラといえ巨大化どころではない生物学的にあり得ない変化を水爆がもたらしたとする仮説となってしまう。それでは学問として成立しない為、ゴジラザウルス説そのものはゴジラザウルスと考えられる生物の存在が確認されるまで学説としての公表は保留し、ムファサのミミズ巨大化を記した先の論文として所長と共に発表した。それによってゴジラザウルス説を示唆することが彼らの出来ることであった。
 昨年、三神が総説論文として唱えたのは、全く異なるアプローチと仮説からゴジラを定義し、生物であって既存の生物学にはカテゴライズできないゴジラという生き物を研究する学問分野を切り拓いた。
 それは結果としてゴジラザウルス説を否定するものだった。

「それに、ゴジラが脊椎動物であるのは間違いない。植物の場合は例外もあるけど、これ程に複雑な分化がなされた脊椎動物の体細胞で突然変異を起こしてもガンになるのが関の山。ゴジラが実は植物だったという可能性も否定できないけれど、どの道ゴジラザウルス説は立証が難しい仮説だったよ」

 種としての突然変異を起こすのは生殖細胞の変異であり、体細胞での変異は種の変異は起こさない。ゾウの鼻もキリンの首も一個体が成長過程でどれ程努力して長く伸ばしても、その子孫の鼻も首も長く生まれることはない。
 しかし、突然変異そのものは珍しい現象ではない。ただ、突然変異の起きることが多いのは生殖細胞でなく、体細胞だ。その細胞は絶え間なく分裂を繰り返し正常細胞を圧迫、破壊をする。つまり、悪性新生物“ガン(cancer)”だ。ガンの名前も、腫瘍がカニ型に広がる所からきている。
 ゴジラザウルス説も、巨大化する前に急性放射線症やガン等の症状が先に起こる。植物やミミズとは訳が違う。
 
「ンダなぁ。ミミズの場合は比較的種全体で変異が起きた………分裂みたいに増えるしナ」
「ゴジラが植物やミミズのような細胞をしているかの検証していないよ」
「オラも今は三神の“呉爾羅”説を推しているベ。気が向いたらゴジラと環形動物、植物の細胞の比較研究をしてみるダラ」

 新たな怪獣誕生を予感せずにはいられないことをムファサは言うのであった。
 そして、まもなく三神とムファサが指示したサンプルの分析、比較が終了した。







「それで、ゴジラのルーツがわかったか?」

 地下研究室でブラボーが二人に確認する。
 その問いに二人は頷く。

「勿論、我々は研究者です。フランスの欲しいものかはわからないし、どう都合よく扱うのかは考えていません」
「構わない。むしろそれこそ都合がいい」

 ブラボーの返答を聞いて、三神は即席でまとめた資料をテーブルに出した。

「結論を先に言うベ。今のゴジラはフランスのタヒチで行った水爆実験で使用したモンに非常に酷似した核を被爆した可能性があるダ」
「厳密には特定できず。今のところ、世界でゴジラを生み出した核は存在していないことになっています。ただ、いつ、どこでゴジラは被爆をしたか。その最も高い可能性を示唆することはできました」

 三神は資料をめくる。遺伝子配列を示し、99%以上の確率で二つのサンプルが同じ種類の生物であることを示唆していた。

「これは?」
「例の三葉虫を含めたサンプルの中にあった苔と思われる付着物です。結果、南極大陸沖にあるプリンス・エドワード諸島の固有種と一致しました」
「当てずっぽうっチャ訳でもないダ。ある程度候補を絞っておこなったベ? と言っても途方もない作業だったダラ」
「幸いにも、同地域の環境保護を目的として固有種研究が行われていた為、現地からサンプルを入手しなくても照会がかけられました」

 資料には赤いサングラスをかけて両手をサムズアップして白い歯を輝かせた笑顔で写る現地の研究者、モロヴォッシー氏の写真が貼られていた。
 ムファサが候補を絞ったという言葉の意味はブラボーも察しがついた。

「ヴェラ事件か」
「はい」

 ヴェラ事件。それは、1979年にアメリカの核実験監視衛星ヴェラ・ホテルがエドワード諸島付近で探知した核爆発によるものと疑いがある“二重の閃光”のことだ。
 しかし、所謂死の灰など、核爆発があった証拠となる痕跡が発見されなかった為、監視衛星側のエラーとされている。三神達は大西洋のゴジラが生まれた可能性から検討し、ソビエトのノヴァヤゼムリャと共に疑わしい核爆発として目をつけたのだ。
 加えて、ブラボーの故郷をゴジラが襲ったのは1982年。大西洋を巡る海流の動きからも、時期的な辻褄も合う。その為、この作業を始めた段階で二人はゴジラがヴェラ事件で生まれたと考えていた。

「立地としてはフランス領極南諸島にも近い。当事者が我がフランス政府か、フランスから核兵器を盗み出したならず者かはわからないが。それも含めて都合の良い結果だ」
「結果として三神の“呉爾羅”説も肉付けられるものになっているダ」
「“呉爾羅”説?」

 ブラボーが聴くと、何故か三神でなくムファサが得意満々で答える。

「そうダラ。昨年、三神が所長からゴジラ研究の第一人者の肩書きを掻っ攫った総説論文で唱えた説ダベ」
「聞こえが悪いよ、ムファサ」
「その総説論文とは?」
「レビューとも言われたりするベ。既存の資料や学説、論文を整理したり、体系化させてまとめ直したものダベ。論文の百人一首みたいなもんダラ」
「わかりづらいよ、ムファサ。………僕の場合は、ゴジラがいつどこから存在していて、既存の生物学と比較して何が対応し、何が常識を逸脱するのかを歴代館長らが研究してきたものを整理して、生物学の常識から逸脱した存在ではあるものの紛れもなく生物であり、新たな学問分野としてならばその生態などの研究も可能だと結論付けたんですよ」
「アプローチが民俗学から考古学って、凡そ生物学とは違う分野から切り込んでいる奇書ダラ」
「そこまで言う?」

 ブラボーの三神を攫った背景は合衆国の一件とムファサの推薦がある。その為、そもそも何をもって三神がゴジラ研究の第一人者と呼ばれるようになったかの詳しい根拠は知らなかった。彼が調べたのはそれ以前からの三神の経歴、背景であり、つまりはDO-Mのことだ。むしろ、それ以外に注目すべき出来事のない、ごく平凡な日本人男性の経歴だった。研究者の道も就職氷河期世代故に修士進学がきっかけであり、かと言ってそのまま博士進学はせずに調査研究の契約社員を転々とし、チェルノブイリ調査を契機に博士過程へ進学し、2年前の件に至る。見方を変えれば時代と社会によって冷遇された末にトカゲの尻尾切りにあったとも言えるが、反発もしていないで流れに身を任せた結果とも言える。日本人らしさなのかもしれないが、ブラボーには理解できないものであった。

「すまない。昨年、三神が論文を発表していることは把握しているが、その詳細はわからない」
「まぁ、ある意味ムファサの奇書というのは事実だし、科学的な新たな発見や根拠を示したものでもないからね」
「ゴジラ研究者向けのマニアックな論文ダベ。三神、冒頭の民俗学からのアプローチなら取っ付きやすいベ?」

 ムファサに言われ、三神は頷く。
  
「わかった。……3世紀以上前の江戸時代初期から大戸島には『呉爾羅伝説』があり、それが後にゴジラの名前の由来になりました」
 
 そう言いながら、三神はテーブルにあった紙にペンで『呉爾羅』と書いた。

「伝説はこうです。……何年、何十年に一度、何日もの間で魚が取れない日があった。何故、魚が取れないのか。それは、海の中に潜む魔獣“呉爾羅”が怒っているからだ。呉爾羅は怒りに任せて島の周りの魚を食べ尽くしてしまう。故に、魚が取れなくなるのだ。島の人は呉爾羅の怒りを鎮める為に、島の若くて肉の旨そうな美人の娘を選ぶ。祭りを行い海に娘を生贄として舟に一人乗せて捧げるのだ。すると、怒りが収まりやがて魚が取れるようになる」
 
 ここまでは、日本の民間伝承にはよくあるパターンだが、ここからが呉爾羅の特異な伝説だ。三神は一呼吸入れて続ける。
 
「もし、呉爾羅に生贄を捧げない時は、呉爾羅は怒り狂い、島に上がり島の有りとあらゆる物を踏み潰し、家畜を食べる。その姿は龍や鬼よりも恐ろしく、山から顔が出る程に巨大で、家は一踏みで潰れ、鳴き声は空に轟く程で、破壊の限りを尽くし、怒りが醒めたら海に消えていくそうだ。………以上が伝説です。そして、伝説で誇張されているとしても、山よりも高く、家を踏み潰せる大きさの足を呉爾羅は有していた。大戸島に山と言える山は一つ島の真ん中に構えるのみ。その大きさはおよそ50メートルです。つまり、ゴジラは大昔から呉爾羅と云う巨大な生物だったことが示されます」
「加えッテェーと、この呉爾羅は核兵器を受けても死なず、その力を糧とする適応ッテェ次元ではない能力を持っている生物として仮定しているダラ。そこで論じられているのが“呉爾羅”説ダベ」
「なるほど。………ん?」

 ブラボーが三神達の話をジェスチャーで止め、視線を天井に向ける。部屋の天井には空調用の大きなダクトが剥き出しになっている。その表面が、ベコ………、ベコと凹んでいる。
 ブラボーは無言で拳銃を抜き、ダクトの留め具を順番に射撃する。

「お見事ダベ」
「動かない的を外す訳がない」

 一方、ダクトはメキメキと音を立てる。留め具を破壊されて重さに耐えきれずに天井から落下した。

「ったぁぁぁぁっ! これだからスパイ様って人種はよぉっ!」

 落下したダクトの中からグリーンが怒りながら這い出てきた。
 そんな彼にブラボーは冷静に銃口を向ける。

「見覚えがある。ニューヨークで三神さんと一緒にいた探偵だな?」
「リサーチ済みですか。流石は伝説のスパイ様お墨付きのお弟子様」
「……やはりクルーズさんの」
「おっと、雇い主の情報はウチの業界でもアンタッチャブルだ。それより、俺なんかを捕まえている暇はないと思うぞ? いくら何でもここまでお咎めなしにダクトを通るなんてスパイ大作戦を素人ができる訳がない」
「!」
「外の警備は既に死んでいたよ。どっちが汚れ仕事をしているかは兎も角、ゴジラ團と赤い竹の混成チームが乗り込んでいる」
「ちっ」

 ブラボーは舌打ちをすると、銃口をグリーンから外した。
 そして、入口の扉脇に設置しているコンピュータ端末を操作する。

「………内部隔壁を全てロックした」

 直後、地響きと警報が地下施設に鳴り響いた。

「隔壁を爆破させたらしい。侵入に気づかれたならば手段は選ばないということか。……幸い、今の爆発で賊の場所は特定できた。まだ一階層上だ。廊下の監視カメラの映像が生きている」

 端末のモニターに、画質が悪いが監視カメラの映像が映る。

「フレームレート低いな。もっとセキュリティに金かけろよ」
「こんなことが起きない限り使わない施設の使わないセキュリティにかけられる予算はない。恨むならゴジラと奴らに言え」

 グリーンの文句にブラボーは淡々と答える。
 映像では警備の者はフランス軍が正式採用しているアサルトライフルのFAMASで即時応戦しているが、相手は既に完全武装の組織的な奇襲。旧ソビエトが生み出しどんな環境でも合格水準の量産が可能なその生産性と信頼性の高さから世界で最も多く使われている軍用銃、カラシニコフ銃ことAK-47の物量。善戦はしているが、一人また一人と倒れる。

「何か画角の端にいる奴ら、小細工してないか?」
「ん……奴ら、そこまでできるのか。テロリストの真似事をしている武器商人崩れという認識だったが。……或いはソビエト崩壊で東側の優秀な人材が流出したか」
「どういうことだ?」
「この端末と同じコンピュータだ。当然パスを解除しないと操作できないが、どうやらそれを突破しようとしているらしい。…………突破した」

 電子音と共に、研究室の扉が開錠されて自動的に扉が全開になった。彼らがコンピュータ端末から操作をして開けたのだ。それは自分達の居場所を彼らは特定していることを意味する。
 映像では賊の一人が水の入ったペットボトルを研究室前の廊下の直上に位置する場所に置いている。ペットボトルの蓋を開け、何か粒を入れて蓋をし、走って離れる。
 まもなくペットボトルは破裂し、その爆発は廊下の床を破壊した。




 


 炭酸飲料にチューイングキャンディーを入れると炭酸が間欠泉の如く溢れる現象がある。勿論、蓋が破裂して飛ぶことはあるが、周囲の床を巻き込んで破壊する程の破壊力はない。
 しかし、彼らが起こしたのは爆弾の爆発そのものであった。

「アイツら、ニトログリセリンをペットボトルに入れて持ち歩いているのか?」
「流石にそれはないと思う。あの液体は水みたいに安定しているからペットボトルでも携帯できるんだよ。多分、錠剤が混ざると急速に反応して爆発する。そういう性質のものなんだ」
「物騒なものであるのは間違いないな」

 三神とグリーンが姿勢を下げて近くのテーブルの下に身を潜める。
 廊下は爆発で天井が抜け、更にその際ショートした配線から出火し、廊下と研究室内に火が回る。
 
「水だけでこの威力。……素晴らしい」

 副々団長がロープを降ろして上階から廊下に降り立つ。武装した赤い竹のメンバーも各々ロープを降ろして副々団長の周りに着地し、AK-47を構えて三神達に銃口を向ける。
 この中で最も修羅場を経験しているブラボーは無言で両手を後頭部に上げる。グリーンもそれに倣い、三神達も続く。
 赤い竹がAK-47を構えたまま室内へと進む。

「待て!」

 頭上からの声でピタッと彼らの動きが止まる。渋味のある低い男の声だ。
 男の声は三神達に向けて言葉を続ける。

「手を上げろ! 後頭部ではなく、頭上に上げろ! 掌は開け! 所持物があれば、そのまま床に落とせ!」

 声に従って三神は掌を開いて両手を頭上に上げる。
 ガシャン、と物が床に落ちる音が響く。ブラボーが手中に小型の拳銃を隠していたのだ。
 彼は率先して行動することで自分のペースに持ち込もうとしていたのだ。
 それを見破った男はロープを降ろして副々団長の隣に降り立った。スキンヘッドに十字架のタトゥーの男、†だ。

「一目見ればわかる。お前の手腕は認めよう。……だが、こちらもそれなりの場数を経験しているんだ。悪く思うな」

 ブラボーに†は告げると、室内に入る。先の炎はグリーンの通ってきた換気ダクトに向かって延焼している。消火をしなければ、いずれ命の危険もある。
 その中、†は三神に視線を合わせ、近づく。

「!」

 †がグリーンの横を過ぎる瞬間、彼は膝を落とし、赤い竹の照準から姿を消し、そのまま床についた両手を軸に体を捻り、上がった足を†に向かって回し蹴りする。
 彼の顔手前で†は片手を上げ、グリーンの回し蹴りをキャッチする。そして、その腕が膨らみ、血管が浮き上がる。

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁあああっ!」

 †は掴んだグリーンのふくらはぎを握り潰す。グリーンが悲鳴を上げ、そのまま†は腕を振り、グリーンの体ごと研究室の壁に投げつける。
 グリーンのふくらはぎは、筋肉が潰されて皮下出血していた。

「ふん。多少の心得はあったらしいが、まるでなっていない。その程度で相手になるのはチンピラが精々だ。プロには通用しない。……命拾いしたな」
「うぅ………」

 視線をグリーンから目の前の三神に戻す†。
 自分よりも頭2つ分は高い†を見上げる三神。

「素人にしては良い度胸だ。褒めてやる。三神小五郎だな?」
「はい。貴方は?」
「本名は捨てた。†と呼ばれている。赤い竹という組織で頭を張っている者だ。三神、我々と共に来てもらう」

 眼光だけで殺せそうな冷たい目で三神を見下ろし、†はつげたが、三神も臆せずに聴く。
 
「理由を聴いても?」
「お前の知識が必要だ。今見せた爆発、見覚えのあると思う」
「見覚え? …………なっ!」

 三神の表情が変わった。それを回答として†は受け取り、言葉を続ける。

「アレは我々が抽出した、水に入れるだけで爆発が起こる物質で、DO-Hと呼んでいる。DO-Hはまだ十分に量産できていないが、量産が可能になれば世界の工作に革命がおきる。しかし、量産には原料の生産手段がまだ不十分だ。だから、お前の知識が必要だ。DO-Mが、アレの原料だ」
「…………」

 言葉が出なかった。
 三神は口を開けたまま、目を見開き、驚愕した顔をしていた。そのまま、理解した。DO-Mは事故で消失し、それを発見した試料の土壌も全てロシアに回収された。その単独で存在している筈のないDO-Mが存在する可能性は、一つ。消失した筈の培地上のDO-Mが残っていた場合だ。
 それが可能なのは、事故の前に培地が現場から離れた場合。そして、その爆発事故を再現したかのような爆発を起こしたDO-HをDO-Mから抽出したこと。
 それが意味することは、彼らがDO-Mを盗み、事故か故意かわからないが爆発を起こしたことで、その反応を知っていたからだ。

「だが、水と錠剤を持ち込むだけで爆発させられるDO-Hが工作に革命をもたらそうと、儲かる以外の興味はない。アレがゴジラに有効な兵器となり、その有効な使い方をお前ならば見つけられるからだ。三神小五郎」
「?」

 †の言葉の意味を三神は理解ができなかった。彼は、ゴジラへの攻撃をする為に三神を利用しようとしている。そう、三神には聴こえた。
 
「何故? ……いや、どういうことですか?」
「言葉のままだ。我々ではDO-Hを十分に量産できない。そして、それをどう使えばゴジラに効くのかもわからない。顔の前で爆発させたところで、奴は毛程も痛くないのはわかっている」
「それは……そうだ。だけど、……そう。理由です! 何故、赤い竹の貴方がゴジラと戦うことを考えているのですか?」

 三神の問いに†は「理由か」と呟き、口角を上げた。
 
「理由は一つだ。復讐さ」
「復讐?」
「そうだ。ゴジラが、故郷を奪った敵だからだ」
「え?」
 
 眉を寄せる三神に、†は炎揺らめく地下研究室で高らかに笑い、言った。
 
「我が赤い竹の手で、ゴジラを殺す。それが、我が復讐だ」
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