第二章 因縁
約30分、ゴジラはポーツマス海軍基地とその一帯を破壊の限りを尽くし、湾外へと去った。
現地の医療チームへの参加を申し出た優が再びクルーズ達と合流したのは翌日の昼前であった。
クルーズの手配したポーツマス海軍基地の所在するポートシー島内の風格ある英国式の三ツ星ホテルにあるレストランで食事をとりながら彼女はクルーズの話に耳を傾ける。
「………以上が調査結果だ。ほとんどがゴジラによって灰か瓦礫の中であるが、車輌に残された『ゴジラ團参上!』の紙は合衆国で見つかった物と同じだった。復元は難しい可能性は高いが、駐車場と基地内にある監視カメラから奴らの姿を確認できるかもしれない。音響はどれも簡易なタイマー式で、それほど高度な技術も知識も必要としないものだった。材料もどこでも手に入るもので、現在確認中だが、数名の男女が昨日ここから近い量販店で該当の品を大量購入していたという情報がある。更に言えば、うち一名と思われる男は特殊爆弾を積んだマーリンの着艦していた艦内で見つかった。艦内外を警護していた海兵隊の遺体と共にな」
「………身元もわかってるんでしょ?」
「厳密には以前の身元というべきだ。海兵隊と対人戦ができている時点で十分に想定できる話だが、元々彼らの仲間だ。思想的に問題があり不本意退役。その後は当然マークされていたが、その目を掻い潜って失踪中」
「疑うまでもなく特殊爆弾はゴジラ團に奪われたということですね」
「そうだ。しかも、ゴジラをボート一隻と車複数台で誘き寄せて多くの犠牲を出し、かつての仲間を殺害するような方法を使ってだ」
優はパンを齧りながら、質問に答えるクルーズを見つめる。この言葉は彼の本心から出た感情を含んでいると思った。
優は紅茶で口に残ったパンを飲み流すと、口を拭いてから意見を言う。
「ニューヨークでの妨害工作と声明、それと今回だけの限られた情報で判断をするのは危険ですが、あまりにも印象が違います」
「続けて」
「……彼らはゴジラを讃えている筈で、ゴジラの性質を利用した戦略は練られていましたが、今回はまるで道具のように特殊爆弾奪取にゴジラを利用しています。しかも、クルーズさんの仰る通り、あんな大勢の犠牲を生み出す最低な方法で。少なくとも声明で見せた団長の意志は感じられませんでした」
「ドクター、その意見に賛成だ。そして、それは三神氏が拉致されている為、指導者不在でゴジラ團が作戦を遂行した結果だと合衆国に言わせるようなものだぞ?」
「それでも、ゴジラ團が内部で分裂していない限りは一連の意志があるはずではないですか?」
「なるほど。そう来たか。……確かに。ゴジラ團の組織構造がわからない以上、憶測で混乱することは避けたい。だが、ニューヨークも声明も今回も手段を指揮する者が異なり、一枚岩の思想ではない可能性がある。だとしても、組織としての目的が矛盾する可能性は低いということか?」
「そうです。ミジン……三神の疑いを晴らすことは現状難しいです。それならば、ゴジラ團、そして団長の正体を明らかにすれば彼の疑いを晴らす必要はありません。そして、その機会が今巡っています。彼らはわざわざ持ち運びが難しい特殊爆弾を奪取したのでしょうか?」
「ん? 妨害工作じゃないのか?」
目を血走らせて皿のコーンとグリーンピースを分けていたアルバートが顔を上げた。皿の上は綺麗に黄色と緑色に塗り分けられていた。
「そもそも特殊爆弾を作戦投入する予定がなかった。それは我々が肌身で感じていたことだ。まだ公にされていない特殊爆弾の存在を知っていた者達が荷卸しせず輸送機に置いたままにしていることまで知って、それを気づかないというのは考えられない。つまり、妨害が目的ではなく、奪取そのものが目的だったと考えるべきだ。基地内停泊中の艦上にある輸送機ごと奪取する手段と考えた場合、昨夜の工作にも説明がつく」
「その場合、特殊爆弾を奪取した目的ですね。先々の多国籍軍としてのゴジラへの使用を妨害する為、という可能性は勿論残りますが、それならば他にも手段があると思います」
「同意見だ。シンプルにゴジラ團は特殊爆弾を使用する為に奪取したと考えるのが妥当だ。テロとして何れかの国家の政府機関への攻撃、妨害工作の一つとしてゴジラへの作戦をする軍への攻撃。そんなところが浮かぶが……」
「どうにも腑に落ちませんね。やり方は乱暴でしたが、特殊爆弾を使用するよりも、昨夜と同じくゴジラが破壊や攻撃をするように仕組むのと、作戦の妨害をしてゴジラが軍を壊滅させるようにする方がゴジラ團の理念に合致します」
「そうだ。それならいっそのこと…………いや、まさかな」
言いかけてクルーズは苦笑して、頭を振り目頭をおさえつつ、「寝不足かな」と呟く。
優の眼光が鋭くなり、クルーズに問いかけた。
「何を思いましたか? 言ってください!」
「………あり得ない話だ。万が一、そうであったら、全世界の想定しているゴジラ團が根底から覆る」
「私達は国家元首でも提督でもありません。何も覆りはしませんよ」
「…………そうだな。その通りだ。全く、私はドクターに対して、放射能症専門の外科医という先入観に囚われていたらしいよ。君は名医だ。名医は手先だけでなく、口も、いや目と耳も一流らしい。………ゴジラ團はゴジラに特殊爆弾を使用しようとしている。この仮定をすると、面白いことに説明がついてしまった。矛盾するがな」
「矛盾……しないですよ? だってゴジラ團は……団長は、神の威、ゴジラが降臨する所に現れ、逆らう愚かなる者達からゴジラを援護し、制裁しなければならない。と声明で語っていただけです。ゴジラは神の威、神の代弁者。その行い、いわば神の審判に対して自分達ゴジラ團は逆らう者を妨害している。そう正当性を主張しているだけです。そもそも特殊爆弾がゴジラにとって脅威であるかも不明なのですから、ゴジラ團に神を殺す大義が存在するのかわからないですし、同じ程に核兵器同様にゴジラがエネルギーとして利用する可能性を秘めているということもわからないです」
「つまり、神の使徒の様に振る舞うゴジラ團自身がゴジラという神を殺そうとしている可能性もある一方で、ゴジラに特殊爆弾は餌を与えるようなもので、ゴジラ團の任意でゴジラへの使用をする為に特殊爆弾を手に入れたという可能性があると」
「そうです。その真意がどちらなのか、特殊爆弾のゴジラへの有用性がどちらなのかはわかりません。ですが!」
「それは我々にとって関係ない。……なぜなら、ゴジラへ特殊爆弾を使うという結論は同じだからだな?」
「はい!」
クルーズは肩を震わせて笑う。
「ドクター、君の頭はどうなっているのだ? あの探偵も、三神氏も中々に優れているが、君の合理的な思考力は特に素晴らしい。20年前であれば君を口説いていたよ」
「ありがとうございます。では、私の方からお誘いしますね?」
「ほう、嬉しいことを言う。……どこに行きたいのかな? レディー?」
クルーズの問いかけに優は微笑み返す。
「フランスへ」
「喜んで…………ん? 待て」
応じようとするクルーズは真顔に戻り、携帯端末を確認する。メッセージを確認し、優に視線を戻す。
「フランス行きは保留かもしれない。三神氏がフランスから連れ去られた」
時間は遡り、ゴジラとイギリス海軍が戦闘を始めた19時過ぎ。フランス南東部に位置する2000年に及ぶ歴史ある都市、リヨン。旧市街含めた地区は世界遺産にも登録される。
その郊外の山中には中世の史跡などが点在しており、その一つを利用した研究の為にパリに拠点を構える高等教育機関のグランゼコールの一つが国防省と共に管理する施設、と表向きには設定されている敷地は周囲をフェンスと侵入者へは厳罰を処する旨を記した注意書きの看板を連ねた中にあった。
これから襲撃を企てる者が正面に車をつける訳もなく、山林の影に車両を止め、車載していた銃器を出して各々武装をすると、フェンスの網とそれに連動された侵入感知の装置を解体し、夜の闇に溶け込んで敷地内へと侵入する。
先行した面々のサインを確認して車両もゆっくりと敷地内へと入っていく。
そして、彼らの警戒から距離をはなして、闇に溶け込みやすい黒いバイクスーツを着た男がエンジンを切ったバイクを手で押してフェンスを潜る。黒のフルフェイスヘルメットを被っているが、グリーンである。
ヘルメットを外し、バイクを茂みの影に隠すと、風の音に合わせて山林を進む。
「っ………!」
思わず声が出るのを必死に堪える。
耐性がない訳ではない。しかし、所詮はスパイの真似をしているモグリの探偵だ。直近で殺害された死体を見れば動揺もする。
平静を保てる状態になるまで深呼吸をした後、死体を確認する。警備員にしては物騒な格好をしている。グリーンには所属を特定する知識がないが、軍人と見て間違いなさそうである。彼の思考は次第に探偵本来のものに戻ってくる。
今グリーンの入手している情報を整理すると、ここの施設は表向きが何であれ、クルーズの弟子であるフランスのスパイに連れ去られた三神がいる可能性のある場所で、ゴジラ團と赤い竹と思われる連中が人殺しをしながら侵入する物騒な場所となる。偶然の一致とは考えにくい。
ゴジラ團が連んでいる以上、三神本人か、三神に用事があった理由となる何か、或いは両方。三神本人を狙っていた場合はいつの時点でここに三神がいると知ったかが気になるところだ。監視や追跡が一つ考えられる手段だが、それを想定したクルーズが意図的に拉致させていたくらいだ。この場所を特定されるようなミスはしない筈だ。勿論、クルーズの仕込んだGPSの信号を辿ってグリーン同様にこの場所を見つけていた可能性はあるが、そう易々と探知されるGPS機器をクルーズが仕込んでいるとは思えない。
考えられる可能性は3つ。三神を追跡した結果、ここに行き着いたのではなく、三神が拉致されたことに対して予め候補地となっていたこの場所に狙いを絞った。三神に用事があった理由がこの襲撃の主目的で三神はいてもいなくてもよい。最後は内通者がいる。
しかし、どの可能性であろうと、三神の身柄の安全は保証されない結論に変わりはない。
グリーンは慎重に先へ進む。
茂みを抜けると舗装された道とその突き当たりに建つ古い教会が見えた。何世紀と経過した史跡。有り体に言えば廃墟で、石造りの壁面は建物の姿を留めているが、屋根などは朽ち落ちている。その石造りの壁面に寄りかかるように先程と同じく武装した警備員が倒れており、背後が血液で染まっている。暗がりの為、血液は黒ずんで見える。微動だにしない為、2人とも死亡していると思われる。
ゴジラ團と赤い竹は教会の中に見える鉄扉の奥に進んだ様子で、鉄扉は開いたままになっている。鉄扉から漏れる明かりから、その奥は地下へと降りる階段となっていることがわかる。
地上に見張りは見当たらないが、一人も見張りを立てないということは彼らの人数からして考え難い。このまま入口から地下へ進めば相手に鉢合わせることになりかねない。
茂みの中を進んで、地下に侵入できる場所を探すと教会の入口から見て真裏の位置に、歴史的建物に不釣り合いな実に近代的な金属製の換気ダクトがコンクリートの地面から生えているのを見つけた。ダクトはJを上下逆さまにした形状でコンクリートの地面から生えていた。
近づいて確認をすると、高さ2メートル程の頭上にある換気口の蓋は手持ちの携帯工具でも解体可能な構造であった。
周囲を確認しながらグリーンは上着のポケットの中からクルーズからスリ取った十徳ナイフを取り出す。
十徳ナイフを操作すると、各種ドライバーの他、ワイヤーカッターやペンチ等も出てきた。
「流石はスパイグッズ」
グリーンは換気口の留め具を外し、ダクトを覗き込む。人一人が入ることはできる幅、高さがある。唯一の懸念は、これが排気用の換気口らしいこと。
「………なんか臭いな。有毒じゃないよな?」
渋い顔をして、グリーンは両手を上げてダクトの中へと手をかける。掴める場所はあるので、そのまま両手、肩や両足を駆使してよじ登る。なんだかわからない汚れがヌメヌメと体に着く。臭いはトイレにも似ているが、彼の記憶にある臭いだ。記憶を辿ると、かつて依頼で訪ねた老婆が一人で暮らす家の玄関先の臭いだった。近隣から武器商人が隠した品物と共にゴミ袋を持ち帰っていた。家屋の中はゴミ集積用のダストボックスをばら撒いたかの様な状態だったが、妙に老婆は潔癖で芳香剤を部屋の至る所に置いていた。
「フローラルでない香り………」
香水でも起きることだが、悪臭を強い香りで誤魔化すとどんなにその臭いを薄めても元の香りとは全く異なる。
帰ったらシャワーを浴びて服はクリーニングに出そうと決意をしてグリーンは折れ曲がったダクトの通路を地下に向かって進んだ。