第二章 因縁



「特殊爆弾の件に加えて、合衆国からは諸般の事情により、NATOに肩入れし、そちら側からも圧力をかけてられている。………つまり、そういう事をするのが英国紳士なのですね?」
「そう直接的に言ってあげるな、ドクター。彼らも板挟みなのだろう。ましてや召集された立場の学者さんに言っても仕方なかろう。………ただ、確か跡を継いで議席もお持ちの立場だったと記憶しているので、多少の意見はいずれ女王陛下の耳にもお届け頂けるかもしれませんが」
「いや、その…………」

 狭い会議室が割り当てられ、対面させた折り畳みテーブルを挟んで向かいに座る分子生物学者のドイル研究員に優とクルーズが口々に言う。勿論、言い返す訳にもいかない彼は苦笑しながら恐縮するしかない。
 言わずもがな、ただの憂さ晴らしだ。彼は世襲貴族として議席を得ているが、それは独身の兄が病気で逝去してしまい、番狂せで研究職をしていた次男の彼に家督が回った為だ。彼も兄同様独身であり、次代は弟夫妻の長子が既に世襲する予定になっている。そんな彼がまともに答えられる筈もない。
 ここはポーツマスにあるイギリス海軍基地の一室だ。
 アルバートと合流した二人はノースウッド司令部に向かうはずであった。ノースウッド司令部には常設統合司令部に加えて、多国籍司令部とNATO連合海上司令部も有する。アルバートの特殊爆弾や合衆国がイタリアに控えさせているLOSATや戦艦イリノイを投入した飽和攻撃を想定したら、打ってつけの基地となる。
 その筈であったが、空港から連れられて降り立ったのがこの軍港であった。なぜそのようになったか、それは特殊爆弾を首都圏に持ち込むことにイギリス政府が難色を示したからだ。
 ではどこに持っていくかといえば、目下海軍はフォークランド紛争以来定石となった空母とV/STOL攻撃機を組み合わせた攻撃部隊を軸として哨戒ヘリコプターのマーリンを展開し、ゴジラを発見。軽空母インヴィンシブルを中心に駆逐艦とフリゲート艦それぞれ2隻に原子力潜水艦のトラファルガーが合流した部隊編成でゴジラへの攻勢作戦を計画していた。
 彼らは考えた。それならばそのまま司令部のあるポーツマス海軍基地にしよう。
 今、ここである。
 更にいえば、“NATO軍から離脱したフランス”が“東ドイツ出身の科学者が作った特殊爆弾”を持て余してイギリスに押しつけ、イギリスはイギリスで特殊爆弾を受け取りつつも、起爆システムを設置することもミサイルに搭載することもせずに輸送機の中から降ろしていない現状がある。
 つまり、自国内で展開する作戦に投入するつもりはなく、そのままゴジラへの有効打を見つければ国際的にも経済的にもメリットがあり、そのままゴジラが周辺国領へと進行した場合はNATO軍か多国籍軍として、その司令部の立場から特殊爆弾も、合衆国の売り込みたい商品も投入させて責任は果たす。その考えが透けてしまう以上、ただ振り回されているだけでなく、各国の都合に巻き込まれ、2ヶ月前の合衆国が三神を団長に仕立てようとしたことと同じような状況になりつつあることで、優もクルーズも不機嫌になっていた。
 唯一の違いは、今回はそれがアルバートと特殊爆弾で、今はまだ何らかの事態に至っていないことだ。

「シュナイダー博士、貴方は平気なんですか? 自分の発明品がジョーカーのように扱われていて」
「そんなことと気にしていないと言えば、嘘になる。……だが、違うんだ。私がアレを作ったその結果が生命を奪う兵器であると考えていないのだよ。あの物質が存在し、作り出せ、その存在維持を制御することができ、またその内に秘めたエネルギーを確認する。それが私の研究だ。作り出せるとは再現性があるということ。消滅や変化、崩壊を制御することでより調べたり、利用する手段を増やすことになる。つまり、応用研究に繋がる。そして、その応用研究の一つは内に秘めたエネルギーを任意に取り出すことがある。君達にとって特殊爆弾と呼んでいる装置もその一つだよ。故に原子爆弾にも相当するサイズの巨大な装置も、そのほとんどが文字通りの装置、制御機構だ。本体となる物質は、最深部の真空カプセルの中のごく僅かな量だ。それだけでも直径10キロ圏内は破壊され尽くす程のエネルギーを秘めていると計算結果は示している。その確認を私はしたい。だが、その立証にはそれだけの空間が必要になる。それがあるのならば、私は今すぐ実験をする。それができないから私は我慢しているのだ。そして、気づいてしまったのだよ。その方法が兵器としての使用で相手がゴジラだろうと人間だろうと関係なく、生命を奪う為の凶器でしかないという事実にね。だから、気にはしているし、平気でもない。しかし、手段や目的が許されるならば、どのような扱いを受けても、私は文句を言わずに爆弾として使ってもらうよ」
「…………」

 想像以上にしっかりとした考えが返ってきたことに優は少しばかり驚きつつも、その考えと覚悟を示しながらもアルバートの様に言葉にすることなく自身の元を去った男と比較し、重ねていた。
 そして、無言で下唇を噛んでいた優の隣でクルーズが携帯端末を確認し、立ち上がった。

「司令部から情報が来た。部隊が作戦海域にゴジラ侵入を確認した。攻勢作戦が始まるぞ。ここで映像は観れないのか?」






 時刻は19時を過ぎた。
 潜水艦トラファルガーは海中深く潜り、沈黙を守るまま魚雷を遊泳するゴジラに向かって放つ。
 音響は魚雷のスクリューが起こす水流音を辿り、全身を左右に揺らして泳ぐゴジラに近づき、鈍い着弾と爆発音を捉える。
 しかし、ゴジラは魚雷やトラファルガーを意に介することなく、浮上する。前進しながら海面上に背鰭を出して泳ぐ様はサメ映画のそれである。
 海上に浮上したことは的を捉えたことを示す。既に哨戒ヘリのシーキングとマーリンが空中に展開し、更に軽空母のインヴィンシブルに発着可能なV/STOL攻撃も十数機がそれぞれ作戦宙域への発進済みだが、フォークランド紛争以来の空対空ミッションに対応していた運用に対して、対潜、対艦戦を想定した装備となる。それは何かといえば、後継機のハリアーIIでなくシーハリアーへ空対艦ミサイルシーイーグルの装備が該当する。そして、4隻の護衛艦艇とインヴァンシブルから一斉に中距離魚雷投射ヘリコプターリンクスが発艦し、上空へ広がる。
 シーハリアーから対艦ミサイルがリズムよく放ち、離れる一撃離脱と海上、上空のリンクスと駆逐艦、フリゲート艦による一斉掃射。
 瞬く間に夜空はそれらが吹く火によって赤く染まる。
 そして、各艦主砲の榴弾による爆発と水柱に続き、次々とゴジラへミサイルが着弾して爆発が起こる。続いて水中から魚雷が着弾、爆発する。
 連続する爆発に波紋は連鎖し、荒波が各艦を揺らす。ヘリも衝撃を受けて小刻みに振動する。
 夜の暗い海と空は既にそこにはなく、雨や矢の如く降り注ぐミサイルと榴弾に煌々と照らされる。その渦中を悠然と海面を切ってゴジラの背鰭は駆逐艦の一隻に迫る。
 海面を切る背鰭の周りは水飛沫だけでなく、蒸気を上げて気泡が湧き出ている。背鰭は発光し、その熱で周囲の海水を沸騰させているのだ。
 そして、ゴジラは駆逐艦の船底をその熱した刃の如きギザギザとした背鰭で斬り裂いた。

 背鰭斬り(dorsal cutter)。

 そう、彼らは呼んだ。
 高熱の背鰭によって船底を切り裂かれた駆逐艦は、浸水よりも先に弾薬が爆発し、一瞬にしてその船体を爆発四散させ、冬の冷たい海に沈めていく。
 部隊に混乱と恐怖を与えるには十分な一撃であった。
 それでも攻撃の手は緩めず、残弾ある限り各艦は撃ち続けていた。
 一隻、また一隻とゴジラは背鰭斬りによって艦艇を沈めていく。
 部隊はあれよあれよいう間に護衛艦艇を失い、軽空母インヴィンシブルと潜水艦トラファルガーの2隻となった。
 上空のリンクス、シーハリアーは絶えず補給と攻撃を続けるが、現代の想定に対艦ミサイルの飽和攻撃を受けて沈まない艦は存在しない。
 軽空母一隻の単体火力で対応できる話ではない。
 絶望的な状況の中、ゴジラはインヴァンシブルに目もくれずに再び身体を海中深く潜る。
 奇跡が起きた訳でも気紛れでもない。ましてや逃げるつもりでもない。

『――――っ!』

 それはこの瞬間で誰よりもこの海の下で起きていることを把握していた潜水艦トラファルガーにいる者達が最も理解していた。
 このゴジラは攻撃的な生物だ。
 ゴジラは動物的本能でその獰猛な牙を剥く相手を即座に選んでいる。賑やかに攻撃を仕掛けてくる駆逐艦とフリゲート艦に反応して攻撃し、航空機の発着艦をするのみ軽空母と海中に潜んで魚雷を放つ潜水艦のどちらを優先するか、ゴジラは潜水艦を選んだ。

『作戦中止、繰り返す……』

 海中に司令の声が届くが、それを潜水艦トラファルガーが受け取るよりも、背鰭を発光させたゴジラが迫る方が早かった。
 トラファルガーはゴジラの背鰭斬りに対して悪あがきにもならない魚雷とトマホークを射出し、ゴジラへの抵抗をしたが、その勢いは全く変わらず、まもなく海中で大爆発が起きた。




 


 圧倒的な攻撃、武装の想定していない強固な身体、それらは現代の兵器がゴジラを前に悉く敗れる現実を改めて突きつけた。
 今回は合衆国のように事前想定が困難に事態で多くの犠牲を払いつつもゴジラという脅威を退けたと主張することは難しい。部隊編成をした攻勢作戦であり、ゴジラ団の妨害もない。
 映像の届かなくなったテレビの電源を切り、クルーズはコツコツと歩き、部屋の隅に畳まれたパイプ椅子を手に取り、腰掛けた。

「腹が減ったな……」

 ポツリと呟くと、アルバートが立ち上がり、懐からクルーズにレーションを出して渡した。数時間前に彼が届けさせていた物だ。既に彼は感情の無い顔をしてそれを食べる姿をクルーズは2回目撃している。

「………ありがとう」
「どういたしまして。リアクションの難しい味であるが、ペースト化した上で一つの固体に纏められているので、私としては有難い。昔からグチャグチャに混ざった食べ物を見ていると痒くなるんだが、ここまで細かいペーストを混ぜた上で凝固させていれば、平気だ。クッキーとチョコは別々なら平気だが、チョコチップクッキーは嫌なのだよ。ミックスビーンズなどは最悪な代物だ。あぁ、フェジョアーダなども苦手だ」
「………聞いていないことまで話さなくていい!」

 クルーズは受け取ったレーションを頬張り、これ見よがしに口の中でぐちゃぐちゃに噛む。
 対してアルバートは自身も3個目のレーションを取り出し、口に含むと表情を無くして噛む。クルーズの口など全く見ていない。
 彼は何故そんな無心になってレーションを食べるのだろうと医師の観察眼を光らせて優がその光景をテーブルに着いた椅子に腰掛けて眺めていると、警報が基地中に響いた。

「「「「!」」」」
 
 かなり前に「自分は分子生物学者であって、あんなデタラメな生物の何を意見しろというんだ。議席だって座りたくて座っているんじゃない」と戦況が悪化するにつれて苛烈になるクルーズ達の圧力に匙を投げ、既に英国紳士の面影はカケラも残っていないドイル研究員も慌てた様子で立ち上がった。

「なんなんだ?」
「………最悪な事態が起きたらしい! すぐに外へ出るぞ!」

 クルーズが携帯端末を見つめて口を開く。立ち上がるなり、ドアを蹴り破る勢いで開け放つと、部屋の外は鳴り響く警報と走り回る軍官で混乱していた。
 書類を抱えて逃げる文官もいるが、軍服を着た隊員も慌てて逃げている。指揮系統が混乱している。

「一体何が?」
「ゴジラだ! ご丁寧に旗を港に届けてくれるらしい!」

 優の質問にクルーズは迷いない歩みで屋外へ出ると、そのまま基地内を一同と共に進みながら答える。その片手は海へ向けて指していた。

「それって……きゃっ!」
「止まるなっ! 走るぞ!」

 ポーツマスの湾口部付近で爆発が起こる。思わず足を止めて頭を抱える優達にクルーズが叫ぶ。
 彼らは付近の高い建物を見つけて走る。



 


 一方、港湾部では海水面を盛り上げて、博物館として一般解放されている帆船にゴジラの背鰭が迫り、衝突手前で湾内へと方向転換した。
 直後、大波と共にゴジラの背鰭で牽引されていた旗艦、軽空母インヴィンシブルの船尾部が押し寄せ、帆船は勿論のこと港の建物諸共破壊される。
 大波は津波の如く勢いで、海軍基地の一帯へと流れ込む。火災と爆発が起こる一方で、停電によって建物の照明は消えていく。
 そして、火災が巻き起こる港にゴジラは迫り、一隻のプレジャーボートを咥えた姿で、海面からその姿を現した。ボートは無人で船尾喫水部には防水スピーカーが取り抜けられており、ゴジラの咆哮が再生されていた。
 ゴジラはこの咆哮に引き寄せられていた。
 奥歯を立て、バラバラに砕かれたプレジャーボートの破片を落としながら、ゴジラは荒々しく埠頭に上陸を果たした。



 


 咆哮を上げ、基地内を尾の一振りで破壊するゴジラのすぐ側にある艦艇には、“赤い水銀”の特殊爆弾を輸送したヘリコプターのマーリンが艦上艦載されていた。“赤い水銀”は、マーリンに積まれたままだ。
 ゴジラの咆哮、爆発や破壊音によって、耳にする者はいなかったが、銃撃による発砲音が艦内、艦上で起きていた。
 直後、ゴジラは艦艇の並ぶ埠頭から内陸の駐車場に置かれた車輌のスピーカーから一斉に鳴り響き始めた最大音量のゴジラの咆哮に反応する。
 ゴジラの注意が離れた隙に、マーリンは生者のいなくなった艦艇から離艦した。
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