第二章 因縁



 一方、グリーンはパリ郊外の路地を歩いていた。
 前方にはスキンヘッドの男が歩いていた。
 相手に気付かれないように、グリーンは尾行を続けていた。
 現在パリはゴジラ接近により、ロンドンから避難する人々と、ゴジラが海を渡ってフランスへ来るという風評、デマに翻弄された人々で混乱の渦中にあった。
 そんな騒ぎを背に、スキンヘッドの男とグリーンはくねくねといりくんだ路地の奥へと進む。
 スキンヘッドの男には、十字架の刺青が左側頭部に入れられている。それ故に、彼は†と呼ばれている。
 そして、†こそ、兵器の開発販売、転売を行う死の商人であり、妨害する者が例え国家や軍であっても武力で反抗するテロ組織紛いの秘密結社、赤い竹のリーダーである。
 グリーンは、クルーズからの依頼で†の居所を探し、尾行をしていたのだ。

『奴らはテロ組織紛いなんて可愛いものではない。思想や宗教のないテロリスト崩れの生意気なクソガキよ』

 ギケー・ゲーン・テリーに電話で†について問い合わせた時の彼の言葉がグリーンの脳裏に浮かんだ。
 出生、年齢、国籍一切が不明だが、ヨーロッパ圏で拠点を転々としながら、赤い竹の勢力を拡大させている†。その人生、人物像にグリーンは次第に興味を持つようになっていた。
 やがて†は路地の奥にある廃ビルの中へと消えていった。そこが現在の拠点なのだろう。

「さて、これだけでも依頼としては十分なんだろうが……」

 とりあえず、†の入った廃ビルの座標をクルーズにメールで伝える。『ここからは俺流でやらせてもらう』と末尾に書き残す。グリーンなりにもしもの場合を想定した備えだった。
 周囲を見渡し、建物を監視するのに適した場所を探す。洗濯物を干している古いレンガ作りの4階建てアパートメントがあった。洗濯物の種類で最善な部屋を見定めると、その部屋へと赴く。

「はい?」

 ドアを叩くと鼻の高い皺が目立つ背の低い老婆が出てきた。黒いローブを羽織っていた為、童話の魔女を彷彿させる。

「突然、すみません。市警のフィリップ・ロシェと言います。実は裏の建物に手配中の男が潜伏しましてね。ただ、上を動かすには写真の一枚も用意しないとならなくて。……手柄にならないんですよ」

 クルーズの名前と適当に道中目にした店の名前で作った偽名を名乗りながら、カメラを見せる。パリ訛りのフランス語は既にマスターしていた。老婆の視線は自然とチラリと見せたカメラの方へと向かう。

「ふん、確かに最近胡散臭い連中が出入りしてるね」
「やはり。……勿論、タダとは言いません」

 紙幣を見せる。十分な金額ではあるが、グリーンの予想ではここで納得するはずはない。案の定の反応を老婆が示した。

「怪しい連中が建物に出入りしているって通報するのは市民の義務じゃないかね?」
「こちらで新しいお召し物でも如何でしょうか? 悪党逮捕に貢献した市民として取材を受ける機会というは市民の権利だと思いますが?」

 倍の金額の紙幣を老婆に渡す。老婆の眉が動いた。

「優秀な刑事さんが出世するのを応援するのも市民の義務よね」
「ありがとうございます」

 グリーンは老婆へ促され、窓辺へと案内された。「息子が帰ってくるまでだよ」という言葉を背中に受けながら応じる。この老婆には会社員の息子がいる。年齢は恐らくグリーンより一回り以上年上だが、今のグリーンは遠目に見てその背格好で年齢が特定できない格好をしている。
 人は警戒心を持っていると違和感をキャッチしやすい。無意識にルーティンや普遍性のあるものを感じ取って安心したい為、その安定を乱すイレギュラーな存在に反応してしまう。ある意味動物的な本能といえる。故に、仮に老婆であっても一人暮らしの女性の部屋に男性がいると視線が向いてしまう。
 しかし、元々老婆と息子の二人暮らしの部屋ならば、その部屋周辺の景色、例えば洗濯物も、親子が暮らしている要素が配置されており、異物であるグリーンはその周囲の中に溶け込める。
 案の定、建物を出入りする者達は執拗に周囲を警戒しているが、視線さえ合わせなければグリーンの気配を視界に捉えていつつも、それを注視することはなかった。







「ゴジラは海岸線へ出てそのまま湾内へ消えた。今英国海軍が哨戒中だ」

 クルーズは幸いにもゴジラの軌跡から外れたことで被害を免れたインバネス空港で身支度を整え直した優に告げ、人々が烏合の衆となっているターミナルの奥へと促し、滑走路に待機している小型ジェット機へと案内する。

「幸いな事にゴジラ團の妨害工作は今のところ無い。ただ、それは英国にとってであり、むしろ我々としては三神氏がゴジラ團団長という疑惑を濃くさせる現状は寧ろ苦しいところだ」
「ゴジラ團の動きがないのは何故でしょう」
「一つは今の疑惑が事実であった場合だが、当然他の可能性もある。一番高いものは単純に間に合わなかったというもので、低い可能性では意図的に何もしないでいる。三神氏の拉致を知り得る状況であれば、それを利用し三神氏に団長の疑いを向けさせるということが後者だ。しかし、ゴジラ團側に三神氏をスケープゴートにするメリットがそこまでないのも事実だ」

 座席についたクルーズが顎に生えた金色の無精髭を摩りつつ言う。それに優は「ん?」と眉を曲げる。

「あの人に罪をなすりつけられるってメリットじゃないの?」
「外野である当局や政府の連中の政治的なメリットだけだ。当事者のゴジラ團にとってはいい迷惑だろう。ゴジラ團は自身らに主義主張があって、それを実行に移している。そういう連中をテロリストとも呼ぶ訳だが、その首謀者に当たるゴジラ團団長が素性を隠しているのは、指名手配や拘束、殺害されるリスクがあるからだ。つまり、ゴジラ團の活動に支障が生じることを避けるというのが、団長の素性を隠す主な理由といえる。本来ならば、主義主張を誇示するのは行動の正当性の発信と支持者の賛同を得ることが目的となってくる。……ドクター、どんなに君が正しいと思うことを言っている相手でも素性のわからない相手に賛同できるか? またはそれでどうやってコンタクトを取る?」
「確かに。仰る意味がわかりました。……でも、それなら疑問が一つ」
「何だね?」
「ゴジラ團はどうやって組織されたのでしょう?」
「確かに。現状、ゴジラ團はその名を宿す組織が存在し、武器商人などのルートから装備を入手したことは調べているが、ゴジラ團そのものには繋がる道がない。諜報関係の中にはゴジラ團自体がどこかの国、またはそれに準ずる組織の作ったでっち上げだと勘繰っている者もいる。ちなみに、この私も可能性の一つとしてそれは疑っている。つまり、それ程にゴジラ團は謎なんだ。先程奴らをテロリストとも呼ぶと言ったが、ここまで謎の組織となると秘密結社と呼ぶ方が近い。もっとも自らがその組織の存在を明かしている時点でそれは最早秘密ではないのだがね」

 最早言葉遊びのような話となり、発しているクルーズ自身がクククと笑って話している。
 彼とて別にふざけている訳ではないが、冗談抜きには説明できない存在というのが今のゴジラ團という謎の組織なのだろう。

「ん?」
「どうしました?」
「……我が故郷はどうも過去の争いの禍根をここでも表しているらしい」

 デジタル万歩計やキッチンタイマーのような小型の携帯端末をポケットから取り出してクルーズは苦笑混じりに言った。どうやらポケットベルのようにメッセージを受け取ることに長けた機能を持つ携帯電話らしい。テンキーすらもなく、一応の操作用ボタンが付いているだけだ。
 優は映画のスパイグッズが実在することに意識が向いていた。
 それに気付きクルーズはニヤリと笑う。

「盗聴防止と暗号化、位置情報通信はあるが、それ以外は特筆すべき点もないただのメッセージ機能付き携帯電話だよ」
「文字、打てるんですか?」
「このボタンがスティック方式になっていて慣れればそこまで不自由はない。前の会社はタッチパネル操作のタイプをPCメーカーから得ていたよ。……それよりも合衆国はゴジラに有効な兵器があると言って、協力を申し出ているらしい」
「有効な兵器ですか?」
「そうだ。LOSATという名称のもので、こう言えばドクターも解る。ミサイル誘導式の徹甲弾」
「それって……」
「合衆国はさも自分達の検証結果だという態度でその有効性をアピールしているらしいが、間違いなくマンハッタンでゲーン一家の放った一撃が根拠だ」
「日本語に人の褌で相撲を取るという諺があります」
「略奪品で金を返すとも言うな。しかも、この兵器は今年の夏に頓挫したものだ。滑稽だな」
「徹甲弾のミサイルと聞くと凄そうな気がしますけど」
「威力は実用レベルで申し分ない。だが、兵器の運用はそれだけではない。ミサイルは砲弾と異なり射程が長く、誘導迎撃という特徴がある訳だが、他のメリットとしてその空輸性などにある。特にこの手の対戦車ミサイルという分類になるものは四輪駆動車に搭載させて空輸し、局地運用させるものとなる。が、大型で重い物となるとその有用性が著しく低下する」
「わざわざ凄いものを少量持ち込むよりも使い勝手のいい小型のものを大量に持ち込みたいと?」
「コスト面の問題も当然含まれるが、その解釈で差し支えない。合衆国側の言では、移動する高さ50メートルに位置する弱点にレーザー誘導により命中させ、かつダメージの与えられる貫徹力のある兵器は他にない、と」
「まぁ確かにそんな気はしますが」
「合衆国的にはNATOの軍事部ルートで送り込みたいらしいが、各国が事情を知らない訳がなく、今のドクターと同じ反応だ。それに英国は貫徹力ならディズニーボムがあると返したらしい」
「何ですかそれ?」
「大戦時に英国で開発された地中貫通爆弾の俗称だ」
「あぁー、ユーモアのある返しですね」
「だが、あながちジョークで終わらない可能性もある。マンハッタン以降、ゴジラは米軍に苦汁を飲ませた存在として認識されており、ゴジラの堅牢な皮膚を破壊できる兵器と言う点で地中貫通爆弾は有用な兵器候補といえる。つまり各国としてはゴジラに有効打を与えられる兵器の実績を出して合衆国を出し抜きたいと考えている訳だ」
「何とも政治的な話ですね」
「いや、商い的な話さ」

 クルーズが鼻で笑った。
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