序章 記録



 1954年夏。
 帝都が、東京が燃えている。
 逃げ惑う人々、我が子を庇おうとする親、全てを恐怖が襲う。
 戦後9年目、目覚しく復興を遂げた東京は今、再び地獄絵図を彷彿させる闇の中に鮮やかに生える炎に包まれている。

「信じられません。全く信じられません! しかも、その信じられない事件が今、我々の眼前において展開されているのです! …今や、ゴジラの通過した後は火の海と化し、見渡せば銀座から新橋、田町、芝浦方面は全くの火の海です!」

 テレビ塔からリポーターが、目の前で展開され続けているその惨劇を実況している。
 かつての戦火の中にはいなかったもの。彼らはそれの動向を追っている。
 それの名は、ゴジラ。ゴジラは、防衛隊のあらゆる攻撃も通用せず、それどころか淡い白色の炎を吐いて東京を火の海に変える、まさに怪獣そのものであった。
 そして、東京を燃やす炎がその不気味な影を浮かび上がらせている。
 やがて、その影はカメラの方へと近づいてくる。ついに、その目の前に巨大な姿が迫った。リポーターも命がけで実況を続ける。

「もう回避する言葉もありません。我々の命もどうなるか、ますます近づいて参りました。………右手を塔にかけました! ものすごい力です!」

 カメラが揺れる。塔のきしめく音、周りの動揺、ざわめきが雑音としてマイクが拾う。
 その雑音に紛れながらも、リポーターは最期の実況をした。

「いよいよ最期です! いよいよ最期! さようなら皆さん、さようなら!」






 2002年5月、映像が消えて暗くなった画面を映すテレビの前で眼鏡をかけた三十路の痩せ型の男が一人、座っていた。
 連休明けとあって、離島にある国立大戸ゴジラ博物館の展示室に彼以外の見学者は見当たらない。
 MS三番無線機から送られたという、この実況放送映像から彼が受けた衝撃は彼がしていた予想を遥かに上回っていた。テレビの前にある解説によると、この映像は送られた映像を離れたテレビ局が録画したものを未編集でDVDに保存されたものだという。
 約半世紀近く前の生の記録を目の当たりにした彼は、生唾を飲んだ。そして、手に握っている博物館のパンフレットにゆっくり目を向けた。これは、映像を見る前に一度目を通していたが、改めて彼はこれにある『ゴジラを見た男』という展示物の新聞特集記事の抜粋を読みたくなったのだ。

「待たせたね」

 白衣を着た初老の男が彼に声をかけた。
 彼はパンフレットを閉じ、立ち上がると男と共に奥の事務室へと消えていった。
 しばらくして、廊下から男の含み笑いが聞こえてきた。男は、展示室からは死角になる廊下から、彼らを観察していたのだ。やがて男は我慢が出来なくなったのか、一人不気味に笑いながら、博物館を後にした。男は彼らが滑稽で可笑しかったのだ。
 彼らはここにいながら、まだ知らない。そして、日本を含めた世界中の人々が、知ろうとしていなかった。
 あの惨劇から半世紀が経ち、核や戦争の反省は様々な時代、政治、社会の変化と共に薄れ、人々の記憶からもこの人類史に残るはずの怪獣災害もやがて忘れられていた。そして、わずかな可能性も知ろうとも、考えようとはしていなかった。
 しかし、人類の過ちをいやおなしに反省させられるあの脅威が、既に人知れず目覚めている事を、彼らはまだ知らない………。
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