第一章 出現



 翌朝、ホワイトハウスで大統領の会見が開かれていた。

『………以上がゴジラのニューヨークに置ける報告です。また、作戦を妨害した集団の捜査は既に進んでおり、国民に安全を保証できる段階になっていることをここに宣言しよう。私からは以上だ』

 大統領が報告を終えると、記者から一斉に質問が飛んできた。
 大統領が告げた、ニューヨークの被害は甚大であった。
 かつての東京とは違い、火災や倒壊、放射能といった大きな破壊は少なかったが、道路や壁、ガラスの破壊は非常に多く、高層ビルの場合建て直さなければ成らない程のダメージが多く、修復だけでも莫大な時間と資金、労力が必要である。また、場所が経済都市であるニューヨークであった為、市場を一時封鎖や移動をして対処をしたが、経済的損失は過去の不況にも類を見ない程の大損害だと考えられている。
 また、今回の死者は千五百人に達した。殆どが軍関係者であるが、十二人が一般人であった。

「ゲーン一家の人達かな?」

 三神は言った。一般人の死者についてだ。
 彼らは今、国連本部の一室に待機させられている。

「五人、逃げ遅れた本当の一般市民らしい。後の七人がゲーン一家だ。ちなみに、負傷者は軍関係者よりも消防や警察関係者に多かったらしい。つまり、軍は負傷者よりも死者を多く出したそうだ」

 グリーンがスラスラ答える。

「その情報、どうやって仕入れたの?」
「わざわざ聞くか?」

 グリーンが三神に言う。それが詐欺師紛いの事をして仕入れた情報である事は、三神も知っていた。

「そろそろだな」

 グリーンは時計を見て呟いた。
 12時、全世界で死者をともらう黙祷が行われた。






「深夜にも関わらず、すまない」

 日本の総理官邸の一室、双里元内閣総理大臣は椅子から腰を上げずに言った。

「事態が事態です。気楽に寝られる程、私は官房長官を安くみてはいない」

 部屋に入ってきたのは、神宮寺薫官房長官であった。

「君らしい言葉だ。しかし、君の言っていた事が本当になったな」

 神宮寺が椅子に座るのを確認すると、双里は言った。

「別に私の指摘という訳ではありません。半世紀前に取り決められたガイドラインに沿った指示と行動をしていただけです」
「しかし、その埃を被っていたガイドラインを忠実に守った君のお陰だ」
「既に各省へ、ゴジラが日本に出現した際の対応についての通達は完了しました。残りは、昨日お伝えした特別法案についてです」
「ゴジラ対策特別法案か」
「えぇ。現在は大西洋にいるゴジラですが、日本に出現する可能性がないとは言えない。次の国会で立案すれば、総理の任期中に採決……いや、公布できる」
「強気だな。いくら今期が巨大与党政権といわれていても、野党が黙っていないよ」
「ニューヨークの現実を無視できるほど、現代の国民は愚かではない」
「今のは、君の希望だね」

 双里が言うと、神宮寺は笑った。

「それから、報告しておく事があります」
「何かな?」
「ゴジラ團です」
「確か、あちらの軍を妨害した謎の組織だったか」

 神宮寺は頷いた。

「ゴジラ團の名前からも、日本人が関わっている可能性があると」
「調べてほしい。そういう事か?」
「はい」
「報告という事は、これは君に一任していいのだね?」
「既に調査を始めています。もっとも、政府機関などを使うにも情報があまりに少ない事もある。よって、私個人として名探偵に依頼しました」
「4年前の彼かね?」

 双里が聞くと、神宮寺は頷いた。

「あの男は信用できる」






「どういう事ですか!」

 三神の声が部屋に響いた。

「確かに納得できる話じゃないな」

 グリーンも同意する。
 彼らの前に立つクルーズは、答える。

「私も納得できている訳ではないが、当然とも言える。ゴジラの試料は、合衆国の物だ。その研究をするのは、当然合衆国の権利だ」
「それはわかる。しかし、なぜその研究に僕が外されるんだ」
「そうだ。例え、他国民であっても三神はゴジラの第一人者である以上、それは合衆国にとってもあまりいい考えとは言えない」
「残念ながら、そうとは言えない」

 グリーンの意見をあっさりとクルーズは否定する。

「グリーン君、君は知らないから仕方がない。しかし、三神氏。君はなぜ合衆国が研究チーム参加を渋っているか、わかっているな」
「ロシア」

 クルーズは頷く。

「2年前の事故。その事故でロシアの所有していた試料を全て奪われた」
「………あれは事故よ! この人は、それで一度全てを失っている。今更蒸し返される事ではないわ」
「それだけだったらな」
「え?」
「君はゴジラ團団長の疑いをかけらている」
「理由は?」

 三神と優が驚く中、グリーンはクルーズに聞いた。

「ゴジラの理解、それがまず一つだ。そして、ゴジラ團の名が日本語である事がある」
「まさか、それだけって事はないだろうな?」
「団長のプロファイリング結果と三神氏が重なる事がある」
「それは、ゴジラの誘導作戦を提案した時にも説明しただろ? 三神はゴジラ團の行動を読むことができた。だから、三神はゴジラ團の行動を抑制する為にも、あの作戦を考えた。元々三神と団長の考え方は近い。だから、今回の作戦は成功できた」
「裏を返せば、三神氏が団長でもありえる。全ては策略だった」
「そう言ってしまったら、誰でも団長にできるだろ!」
「グリーン君にしては珍しく熱くなるな」

 クルーズは強かにグリーンの意見を否定する。

「それに、他にも理由はある」






 大戸島は朝から混乱状態であった。様々なメディアが取材に駆けつけていた。
 既に三神がアメリカに招かれている事もわかり、更に取材は勢いを増していた。

「大助! 忙しいんだから、こんな所でテレビを見るのはやめろ!」

 漁協組合所のテレビの前に座っていた島の少年、所沢大助は組合長である父親から怒られるが、引き続きテレビを見ていた。

「だって、ミジンコさんの話が出るかもしれん!」
『続いて、ゴジラがニューヨークを襲った事に関し、アメリカ合衆国陸軍部隊の戦闘を妨害した謎の集団、ゴジラ團の団長を名乗る人物からの犯行声明がMMM放送より配信されました』
「ん?」

 大助は、テレビに向かいなおした。

『こちらがその犯行声明の映像です』

 映像が切り替わり、MMMのロゴが端に表示された映像になる。映像には、黒衣を纏った男が映っていた。頭部にはマスクを被っていた。

「ジェットジャガーだ……」

 大助はそのマスクを知っていた。古い映画に出ていた正義のロボットであった。もっとも、その配色は服装に合わせる為、大助の知る銀色ではなく、黒色になっている。

『人類諸君よ。はじめまして、我が名は団長。神の威の名を宿す、ゴジラ團の団長だ』

 団長は日本語で話し始めた。音声は変えている為、本来の声は解らない。
 団長は、ゆったりと椅子に腰かけたまま犯行声明を述べる。

『恐らく、現段階において我々の行動に理解を示すものはいないと思う。理由は明白だ。ゴジラを、かつて日本の東京を破壊した敵だと考えている。しかしながら、諸君は理解をしていない。いや、しようとしていない。ゴジラとは、神の威に他ならない! 神の威とは、即ち神の代弁者だ。なぜゴジラは存在するのか? 愚かなる行為を繰り返す人類に、世界にその愚かさを気付かせる事に他ならない。しかし、人類は愚かである事実は、歴史を見ても変わることがない! だからこそ、その威をもって愚かなる者達を制裁する。それが、今回のゴジラによるニューヨーク襲撃だ。いや、この襲撃という言葉も、メディアが使っている為に過ぎない。正しくは、降臨といっていいだろう。しかし、嘆かわしい事にこの神の威の意志に逆らう愚かなる者達がいた。勿論、その者達は上に立つ愚かなる者の指示で動いていた兵に過ぎない。従って、我々は武力を行使する事はせず、妨害のみを行った。そして、その裁量は神の威に任せた。………どうやら、業火に焼かれた様だが。
 さぁ、我は諸君に問おう。ゴジラを生んだのは誰か? ニューヨークに降臨したのは、何故か? 我々は、ゴジラ團。神の威、ゴジラが降臨する所に現れ、逆らう愚かなる者達からゴジラを援護し、制裁しなければならない。次に諸君の前にゴジラが降臨した際、どうするのが正しいのか。是非自身に問いかけて頂きたい。では、また会おう』

 団長の映像は終わり、ニュースに戻った。

「ゴジラ團、団長………」

 黒く染められた正義のロボットの仮面を被った団長の姿がいつまでも大助の目に焼き付いていた。






「つまり、犯行声明での言い方が三神に似ているって言うのか?」
「日本人として言いますが、ミジンコ君とこの団長。日本語ってだけで話し方そこまで似てませんよ」

 グリーンと優が口々に文句を言う。

「話し方ではない。声紋が三神氏と団長が似ているんだ」
「……音声が変わっている。しかも、どうもかなり手の込んだ編集だ。恐らく、事前に用意していたものを流したのだろう。軍がゴジラにやられたのは、ゴジラ團の誘導らしいですね。精々、ニューヨークの事の報道のされ方やゴジラへの攻撃の仕方に合わせて二、三通りの声明を作っておけばいい。事実、ゲーン一家の事が一切触れられていない」
「確かに。かなり手の込んだ編集が施され、完全に声紋を解析する事はできなかった。しかし、それでも三神氏の声紋は似ていた」
「同じ日本人で、三神と同世代だったらあり得る話だと考えますがね」

 グリーンはクルーズに言う。

「兎も角! 三神氏の身柄、それから親密な関係にある鬼瓦先生の身柄は、拘束させてもらう」

 クルーズは言った。

「無茶苦茶な!」
「そうよ! 大体、今は全く親密な関係にないわ!」
「……そこで反論しなくてもいいでしょ」
「私にとっては重要事項!」

 途中で口論を始めた二人を無視し、グリーンはクルーズに言った。

「クルーズさん。貴方はどうお考えですか?」
「仕事の口調になったな、詐欺師君」
「私は探偵であって、詐欺師ではありません。質問にお答え頂きたい」
「短い時間ではあるが、私個人の考えは、三神氏は団長ではない。しかし、証明する手段はない」
「しかし、彼が団長である証明も同じようにできない。他に疑わしい人物がいない為、三神氏を団長としようとしている」
「そう判断して構わない」
「ならば、証明すればいいのですね?」
「できるのか?」
「今はできません。しかし、このまま拘束されてしまったら、証明は絶対にできません。それに、ゴジラ團に対抗できる人物を失う事になる。加えて言うならば、ゴジラの動向も考える人物を失う。合衆国はどうやらもうゴジラが現れないものと考えているが、その確証は全くない。このまま彼の身柄を拘束させるのは、あまりに不利益だ」
「何が言いたい?」
「それはすでにこの部屋へ来た時点で決めていたのでは?」

 グリーンは挑戦的な笑みを浮かべ、クルーズの答えを待つ。

「なぜわかった?」
「クルーズさん一人でこの部屋に来たからだ。CIAがテロリストの身柄拘束に、しかも国連本部へ一人で来る筈がない。あれから色々調べましたよ。フィリップ・クルーズ、貴方は伝説的なエージェントだったらしいですね。しかも、定年が近い」
「もったいぶらずに解答を言いたまえ。先に私が言うぞ?」

 クルーズの言葉にグリーンは肩をすくませる。

「CIAを今も続けているのかは知らないが、今の貴方は国連の意志で動いている。違いますか?」
「その通り。合衆国からゴジラに関する諸々の問題と共に、国連へ私を付けて丸投げされた訳だ。それによって、合衆国はゴジラの試料を独占し、三神の身柄を拘束という形で独占しようとしている」
「つまり、今の三神……いや、俺や鬼瓦さん含めて、合衆国からその身柄を狙われているという事だな?」
「そういう事だ。ちなみに、君達の身を狙うのは政府だけではない。昨晩君達が宿泊したホテルだが、団長の声明が流されていた時間を同じくして、爆弾テロ事件があったそうだ」
「まさか、ゴジラ團か?」
「確証はない。しかし、その可能性は高い」
「三神、喜びな。どうやら自由の大国は、政府もテロ組織も俺達の敵になっているそうだ。味方はマフィアと国連に鞍替えしたスパイだけらしい」

 グリーンは笑いながら、言った。

「確かに愉快だ。クルーズさん、僕達を日本に帰す事はできないのですか?」
「残念ながら、一番不可能な相談だ。まだ、合衆国政府の追跡をやめさせる方が簡単だな」
「成程。では、貴方は俺達をどう助けて頂けるのですか?」
「ヨーロッパに行ってもらう。理由は簡単だ。ゴジラがヨーロッパへ向かっているという情報が国連に提供されている。詳しい事は不明だが、ロシアの最新衛星が深海のゴジラを捉えたらしい」
「それは明らかに超極秘機密情報ですね」
「事実なら、その気になれば世界中の潜水艦を捉える事ができるのだからな」
「クルーズさん、恐ろしいくらいに平然としておられますね」

 優が言う。クルーズは眉一つ動かさずに言った。

「この程度の機密なら、そう珍しい話じゃない」






 夜、国連本部にヘリコプターが離陸準備を進めていた。

「既にあちらへのビザや必要な手続きは完了している。とりあえず、このままの順序で行けば、政府も君に手出しはできない」

 クルーズは三神に書類を渡して言う。

「グリーン君。君には、現地で少し仕事をしてもらう。依頼は私からの個人的なものだ。その書類の中に君宛の依頼書として入れてある」
「最近、依頼が俺の意志に関係なく引き受けさせられている。クライアントを選びたいな」
「そういう贅沢は、全てが片付いてから味わうのだね」

 クルーズはグリーンに言った。そして、優を見る。

「君と三神氏の事は調べさせてもらった。あの事故は、どうも不審な点がいくつかある。離婚が単純に事故であるとは思っていないが、ゆっくりと二人で話してみるといい。話し合いの場が必要なのは、国家間も男女間も変わりはない」
「そこまで言うなら、そうさせてもらいます」
「本来なら、君にはここの医療チームとして働いてもらいたかったのだが、申し訳ない。あちらの病院に、ゴジラによる放射能症患者の情報を送るようにする。せめて、助言をしてほしい」
「わかりました」

 クルーズはヘリコプターから離れる。
 まもなく、ヘリコプターは離陸した。瓦礫だらけになったニューヨークが小さくなっていく。

「あ」
「どうした?」

 三神が声を上げたので、グリーンが問いかける。

「いや、ちょっとね」

 三神は首を振った。彼は気づいていた。マンハッタンの外れにある洋館の前で、一人の老人が、ギケーが自分達を見送っていた事に。
 三神は窓の外に見える夜景に言った。

「さらば、ニューヨーク」




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