第一章 出現



「任務完了」

 混乱の醒め止まぬマンハッタンの一角で、副々団長は電話をする。電話の相手は、団長である。

『ご苦労。オマケの方はどうだ?』
「残念ながら、不在であり、失敗に終わりました」
『まぁ仕方がない。………しかし、注意をしておけ。三神を捕らえられなかったという事は、我々に何らかの不利益を生む可能性がある。今後の脱出行動はお前に一任するが、くれぐれも気をつけろ』
「了解」

 副々団長は電話を切った。団長も、別行動に移った。事実上のゴジラ團指揮権限は一時的に彼に託されたのだ。既に、ゴジラを援護し、陸軍の作戦を遂行不能にまで混乱させる事に成功した彼らに残る任務は、このマンハッタン島から脱出する事のみであった。
 計画は周到に立てられており、脱出計画も考えられる事態に対処できる様に立てられている。
 しかし、彼には不安があった。それは、団長の言うとおり、三神小五郎を拉致できなかった事である。そして、疑問があった。何故そこまで団長が三神を評価するのかという謎である。団長が三神をゴジラ團の切り札となる存在として認識している、その理由がまだ彼には推測も、予想もつかなかったのである。
 その疑問に答えるかのように、ゴジラが歩く前方の大通りが突然眩く、光った。






「少し眩し過ぎない?」

 優がその光景を見て半分呆れて言うと、三神は笑って答えた。

「確かに。しかし、ゴジラには丁度いい光だ」
「まさか通り沿いのガラスを全て同時に吹き飛ばすとは………。むちゃくちゃにも程があるぞ」
「成功した様じゃないか。しかし、日が高いな」

 グリーンにギケーは横から言った。全てのビルのガラスに仕掛けられた小型の爆弾は、窓ガラスを吹き飛ばし、大通りの上空に散ったそれは、天頂へと昇ろうとする太陽の光を反射させ、大通りを眩しく光らせたのだ。

「ゴジラ團の照明弾で誘導されたというゴジラだ。必ず、この光にゴジラは導かれる!」

 三神は確信に満ちた声で言った。
 そして、それを証明するかの如く、ゴジラはゆっくりとその歩みをガラスの散らばる大通りへと向けた。

「さて、そろそろ動きますか?」
「そうだな。わしらが出迎えねば、折角の客を帰してしまう」

 ギケーは豪快に笑うと、三神達をビルの下へと導いた。彼らがいたビルの屋上の前方には、ゴジラがゆっくりと迫っていた。

『ゴジラ、まもなく攻撃地点に到達します!』
「ご苦労。確りとわしのマンハッタンで暴れたツケを払ってもらおう」
『………到達!』
「撃てぇえぇええええ!」

 ギケーは屋上で一人、ゴジラを睨み付けながら無線機に叫んだ。
 刹那、ゴジラの隣に建つビルの一階層が爆発した。それは、先ほど三神達がいたところでもあった。
 そして、ゴジラは左目を潰し、倒れた。ビルの階層そのものを兵器としたのだ。全ての爆風がビルの一部屋に集中させるように大量の爆薬をしかけ、その部屋は車輪とレールで固定された弾頭の短いミサイルがあった。そして、爆発と同時にミサイルは放たれ、爆風を加えたミサイルは、ゴジラの頭部、左目に直撃し、爆発した。
 直後、ゴジラの左目から赤い血が流れた。恐らく誰も見たことのなかったゴジラの血が。
 そして、ゴジラは苦しみながら体を仰け反らせ、反対側のビルへとその巨体を倒れこませた。ビルが崩れ、ゴジラの巨体を包み込む。

「見たか! これがゲーン一家の力よ! ガハハハハハ!」

 ギケーの笑い声は、摩天楼に轟いた。






「成功した………のか?」

 ビルの外に出た三神が自問の様に呟いた。

「その様だな。偶然とはいえ、左目を直撃した。大成功だろ」

 土埃のたちこめる中、少し目を細めてグリーンは言った。

「ミサイルとあれだけの仕掛けを本当に用意できたゲーン一家だからできた偶然ともいえる」
「確かに。三神のオーダーを実現できるとは………」
「何はともあれ、これで僕達も次の段階に移れる」

 そう言うと、三神はゲーン一家が運転する車に乗りこむ。グリーン達も続く。

「後は、ゴジラが動き出すまでに」
「いや。三神、ゴジラ團が動き出すまでに、だろ?」

 三神はグリーンの指摘に頷いて返した。

「どういう事?」
「俺達がギケーと共にいたのは、ゴジラへの攻撃のタイミングがわからないからというのもある。が、それ以上に警戒しなければならないものがある」
「ゴジラ團?」

 優が言うと、グリーンは頷く。

「そうだ。ゴジラ團は、俺達の存在を、少なくともゲーン一家の動きは知らない。つまり、先に俺達が動き始めると、ゴジラ團に察知され、作戦を妨害される可能性がある。故に、ゴジラへの攻撃を先に行い、ゴジラを足止め。同時に、ゴジラ團の目もイレギュラーな存在であるゲーン一家へ向かわせ、俺達はその中に紛れて作戦に移る」
「………」
「どうした? 驚いたか?」

 グリーンは呆けている優に聞く。優は我に返り、答える。

「いいえ。そう言うわけじゃないんだけど。グリーンさんって、探偵というよりも、詐欺師やスパイみたいだなぁ、と思って」
「日本語の言い回しがそうなのか、鬼瓦さんの言い方がそうなのか、俺にはわからないが。言葉は時に人を傷付けるものだな」
「あ、ごめん」
「いや、大丈夫だ」

 そう答えるが、少しグリーンの元気はない。

「傷ついているところ、誠にすまないけど。グリーン、到着したよ」

 三神はグリーンに告げる。彼らが乗る車は、セントラルパークの陸軍司令本部の前に停車した。

「何をしに今更戻ってきた!」

 テント内に入るや否や、スミス大佐の怒声がグリーン達を迎えた。

「何をしに。それは既に予想が出来ていると考えていたのですが?」
「くっ!」

 グリーンの言葉にスミス大佐は、憮然とした態度で椅子に座った。

「一つ、確認しておこう」

 クルーズが言った。グリーンは彼を見る。

「なんでしょう?」
「君達は、ゲーン一家と共に行動していたと考えていいのだな?」
「それは、肯定します」
「肯定。という事は、拉致され、行動を共にせざるえない状況に陥っていたと言いたいのだな?」
「はい。しかし、ゴジラへの攻撃等の案を出したのは我々です。もっとも、我々が協力したのは、彼らからの依頼を受けるよう強要された為です」
「成程。………大佐、私が与えられた権利を行使し、彼らの行方不明になった件についての追及は事後に致します。それから、彼らの発言を聞きましょう」

 クルーズに言われ、溜息と共に頷き、手で促した。
 グリーンは口を開いた。

「ゴジラは現在ゲーン一家と戦闘をしています。目的は、ゴジラを海へ誘導する為。既に、ここに残された戦力ではゴジラの命を奪う事は不可能と私は判断しております。しかしながら、民間組織であるゲーン一家の戦力では誘導の成功も危うい。ゴジラ團の事もあります。その為、我々はゲーン一家からの提案を伝える為に解放されました。現在残存する戦力を投じて、ゴジラの誘導をして頂きたい。以上です、スミス陸軍大佐」

 スミス大佐は顎に手を当てる。そして、思案する仕草のまま、言った。

「まず、三神小五郎氏。君には伝えておく事実がある。先刻、ゴジラ團がこの本部を襲撃した際、君の拉致を目論んでいた可能性がある。動機や意図については、我々の関知するところではない。クルーズ氏の仕事であろう。一応、軍が入手した情報でもある為、伝えておく」

 そして、一呼吸置き、今度はグリーンを見た。

「グリーン氏。君には、いくつか質問しなければならない事項がある。が、まずは一つだけ聞いておこう」

 グリーンの表情が強張る。
 スミス大佐は口元に笑みを浮かべて聞いた。

「我々はまずどうすればいい?」
「すでに陸軍は、大統領命令でゴジラ撃滅から撃退に指示が変更されている。君達が現れずとも、既に陸軍はゲーン一家の攻撃を利用した誘導作戦の為、部隊編成を立て直しているところだ」

 クルーズは言った。






 ゴジラは立ち上がった。
 片目は潰れたままだが、再び咆哮し、悠然と歩き始めた。
 方角はブリードウェイであった。ゴジラの尻尾がブロードウェイに面する数々歴史あるミュージカルを破壊する。
 芸能の大通りを歩む巨大な魔獣の前方に、陸軍の部隊が並ぶ。舞台挨拶をする役者の様に一列に並んでいた。

『いいか。目的はゴジラを一刻も早く海へ追い返す事だ! 以上、健闘を祈る』

 傍受した陸軍の通信からスミス大佐の声が響く。

「副々団長、如何致しますか?」
「如何も何もない。我々は出遅れた。今更妨害工作をしても、それでは奴らの思う壺だ。陸軍のイレギュラーになり作戦を崩す筈の我々が、イレギュラーな存在で完全に行動を抑制された」
「完全に、ですか?」

 団員に副々団長は頷く。
 そして、ゴジラがいる前方を示す。

「恐らく、向こうに団長と近い考えをする人間がいるのだろう。我々は現段階の第一目的は、ゴジラへの攻撃の妨害。軍への攻撃が目的ではない」
「それはどう違うのですか?」
「殺傷能力のある武器での人への直接攻撃をしないところだ」
「成程。それは我々が罪に問われにくくする為ですか?」
「違う。もっと大切な意味がある」
「?」
「我々がゴジラ團だからだ。神の威で在らせられるゴジラを妨害する者を潰す。それが、我々の目的だ。ならば、我々の行動は正当なものでなければならない。この場合の正当というのは、我々が唱えるルールに、という意味だ。さもなければ、我々に味方するものはいなくなる」
「成程。しかし、それと抑制は?」
「密接な関係がある。まずは、今後の行動の為に余計な情報を与えたくないという事がある。現段階では、我々はただの破壊工作員と完全に差別化をする事が出来ていない。つまり、一人の犠牲を出さずに、作戦を成功させ、団長による声明がなされなければ、この作戦が成功したとはいえない。そして、イレギュラーな存在を察知出来ずに、我々が対策を講ずるよりも早くゴジラの誘導作戦は開始された。つまり、迂闊な行動は今作戦の失敗へ繋がる」

 そして、副々団長は一呼吸置き、団員達に言った。

「彼らの誘導作戦にゴジラが応じた時点で、あの行動は全て神の威の意志とも判断できる。つまり、世に我々の定めるルールが伝わっていない時点で、奴らを妨害するという事は、ゴジラ團がゴジラの妨害をしたと考えられる可能性があるという事だ」
「しかし!」
「まだゴジラ團という組織の存在を理解しきれていないようだな。例え、キリスト教であろうと、信者達の中だけのルールで全ての行動をしていては、その存在は世に否定される。ルールが世に理解されて初めて、世に存在と行動を広めることができる。認めぬ者と対立し、排除する事ができる。大義名分が立つのだ」

 そして、呆気にとられる団員を余所に、副々団長は車のシートを倒して言った。

「成程、団長が要注意人物として示したわけだ。三神小五郎、ゴジラだけではなく、ゴジラ團も理解しているか。………おい! 奴らとゴジラの誘導作戦が激化したら、マンハッタンから脱出だ!準備を整えておけ。他は、当初の脱出計画通りだ」
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