第一章 出現



 第二防衛線戦は、第一防衛線戦を超える激しいものとなっていた。
 しかし、ビルに包囲されたゴジラは動きを制限され、四方と上空からの攻撃に苦戦していた。

「副々団長?」
「まだだ。今出るのは愚かなる事、待っていろ」

 第二防衛線を見ることができるビルの駐車場に駐車した2台のゴジラ團の車両があった。その一台に乗り込んだ副々団長が、団員に告げる。
 統率のとれた同時爆撃は、ゴジラの歩みを遅めている。そして、歩みが止まった。
 陸軍が勝機と感じた時、ゴジラの目に不思議な光が宿った。敵を見定めた鷹の如く鋭くも、小動物の如く澄んだ眼光だった。そして、背鰭に怪しい閃光が走った。
 刹那、ゴジラの口から白熱光が吐かれた。
 白熱光に包まれた戦車は一瞬にして燃え上がり、融解した。無論、中にいた兵も助からない。

「副々団長………」
「怖気づいたか?我々はあの光の下に集まりし、有志達なのだぞ。………行くぞ、同志!」

 副々団長は、ニヤリと笑って団員に言った。その笑いは、ゴジラと同様に、不気味なものであった。
 そして、ゴジラ團の車は動き出した。彼らは迷うことなく、第二防衛線に進んでいった。
 その一台から閃光弾が放たれた。第二防衛線司令部がある方角であった。
 白熱光を放とうと、背鰭を発光させたゴジラはその方角へ、放った。
 更に、ゴジラ團は催涙弾を陸軍部隊に次々に投げ込む。
 司令部を失った防衛線は、それだけの混乱で壊滅するには十分であった。






「どういうことだ! ………クルーズ氏を呼び戻せ!」

 スミス大佐がほえた。一時優勢かと思われたゴジラとの戦いも、突然の妨害によって第二防衛線は壊滅状態に陥ってしまったのだから、仕方がないとも言える。
 既に、1分以上も第二防衛線司令部との連絡が途絶えていた。その他の部隊も、混乱状態にあり、指揮系統が機能を失っていた。スミス大佐は、事実上第二防衛線は壊滅と判断したのだ。

「ここから出ろ!」

 クルーズがテントに入るなり、叫んだ。同時に、テントの外から銃声が聞こえる。

「何事だ!」

 スミス大佐が問う。

「恐らくゴジラ團だろう。部下達からの情報で目星をつけた場所へ踏み込むと同時に、2台の車両がセントラルパークに向かって飛び出したんだ。………作戦指令本部を守るのは、基本だろ?」
「陸軍をなめるな! それよりも、ゴジラ團の正体は掴めたのか?」
「情報が少なすぎます。それから、第二防衛線の指令本部との連絡が途絶えたのは本当ですか?」
「既にあそこは壊滅した。ゴジラの白熱光を直撃した様だ。定かではないが、ゴジラ團の策略に見事にはまったらしい。……!」

 テントの外に閃光が迸り、煙が流れ込む。とっさにスミス大佐とクルーズは口を布で塞ぐが、他の兵士は咳き込む。外で閃光弾と催涙弾が放たれたらしい。
 突如、ゴジラの咆哮と思しき音が大音量で聞こえた。更に、何かの地響きが起こる。

「ゴ、ゴジラ?」
「そんなはずはない。つい数分前にゴジラは第二防衛線にいた」
「………罠だ!閃光や催涙程度なら、訓練の受けている兵は混乱まで起こすことはない」

 クルーズは言った。咆哮は大型スピーカーからで、写真にあった大型車がこの地響きを発生させていると推測した。ゴジラ團は五感から得られる情報を減少させ、音と振動のみで合衆国陸軍を混乱させたのだ。

「ゴジラの接近を偽装して、混乱を生む作戦か!」

 スミス大佐も理解したらしい。額に血管を浮き上がらせて言った。
 突然、テントの灯りが消えた。コンピューターの画面も暗くなっている。更に、爆発音が聞こえる。

「このテントの電力源を破壊したな。大方、通信機器もアンテナは破壊されたでしょうな」
「部隊の機能を奪うつもりか」
「これ、借りますね」

 クルーズは憤るスミス大佐を尻目に、防毒防塵マスクを被り、言った。その返答を待たずに、彼はテントから飛び出した。

「これは………ひどいものだな」

 部隊の兵数に対し、ゴジラ團の人数があまりに少ないこともあったのだろう。侵入した敵を探すが、混乱が広がり、兵達は縦横無尽に走り回る。

「指揮を混乱が上回ってしまえば、こんなものか」

 事実上世界最強の軍隊であっても、圧倒的な恐怖を前にしては、そこにいるのは人の集団に過ぎない。クルーズは一人、渦中で呟くと周囲を見回す。
 他とは違う黒い軍服を着た人間が一つのテントの中から出てきた。それは、三神達と共に集められた研究者達がいるテントであった。
 クルーズが駆け寄ると、それに気がついたゴジラ団員は素早く走り去り、渦中に消えていった。

「逃したか」

 クルーズは地団駄すると、テントの中を恐る恐る確認する。

「大丈夫か?」

 クルーズが駆け寄ると、研究者達は皆眠らされていたが、命に別状はなさそうであった。テントの中は荒らされていた。ゴジラに関する資料諸々が奪取されたらしい。
 クルーズは、椅子に座り込むと、一人呟いた。

「ゴジラ團、一体何者なんだ?」






「ゴジラ團?」

 三神が眉を顰めて聞き返す。

「その様子だと、心当たりはなさそうだな」

 ギケーは言った。グリーンが聞く。

「そのゴジラ團という連中が、陸軍を混乱させたり、ゴジラを誘導させたというのか?」
「不可能な話じゃないし、僕がさっき話したゴジラの誘導方法を実証しているに過ぎない。人の混乱もある程度の知識と、この手の才能がある人だったらできない戦術じゃない」
「しかし、こうもあっさりと陸軍が壊滅させられるものなのか?」
「戦が何故難しいか?それと同じだ」

 三神に代わってギケーが答えた。

「個人ではなく、部隊が一つの単位だ。その中には多くの人間がいる。全く違う人間がたくさんな。それを如何に統率し、正確な指揮をするかが、本来の戦争を左右させる要素だ。しかし、今回は勝手が違うのだ。ゴジラが一体、そしてそれに恐怖する多数の兵、そして双方の心理を読んだ第三の少数部隊。自分達が混乱せずに、作戦を完璧に実行すれば、戦況を掌の上で躍らせることも、彼らには容易いことだ」
「俺達は大丈夫なのか?」
「とりあえず、大丈夫だよ。それは、グリーンもよくわかっているだろ?」

 三神は笑って、グリーンに言った。

「ゴジラ、見失いました」
「何?」

 陸軍の通信を傍受していた男が報告する。ギケーが顔をしかめる。

「恐らく、これがゴジラ團の狙いだな」
「僕も同意見だよ」

 グリーンと三神は頷いた。

「つまり、ゴジラを見失わせて、攻撃を妨害するというのが彼らの目的だって事?」
「正解」

 優が聞くと、三神は笑顔で答えた。

「それしか考えられない、そう言ってもいい」
「なんでそんな真似を………」
「それは彼らに聞かなければわからないね。………でも、もう一つわかっている事がある」

 優が三神を見る。三神は窓の外を真っ直ぐ見つめて言った。

「彼らはゴジラを理解している。もしかしたら、僕ら以上に」






「ゴジラを探せ!」

 スミス大佐が部下へ一喝した。本部は統率を取り直したが、機器を破壊された為、索敵の手段は人海戦術頼るしかない。

「5分でアパッチ隊が飛べます」
「3分で済ませろ!」

 部下にスミス大佐は血管を浮き上がらせて言った。アパッチとは武装ヘリコプターの名称だ。都市など障害物が多い場所の戦闘には非常に有効な兵器である。

「大佐」
「クルーズ氏か。彼らは無事か?」

 テントに入ってきたクルーズにスミス大佐は聞いた。彼らとは、ゴジラ團に襲われた研究者達の事である。

「はい。眠らされていたのみで、現在は意識を取り戻しております。全員無事です。それから、ゴジラ團が彼らを襲撃した目的が、彼らの証言から判明しました」
「なんだ?」
「ゴジラ團は三神小五郎を探していた様です」
「何?」
「理解のできない話ではありません。三神氏はゴジラの専門研究者だ。恐らく、世界で唯一の。そうなれば、拉致をして協力をさせるというのは、ゴジラ團の行動を考えれば想像できることです。もっとも、彼らは現在行方不明。なんともいえない幸運です」
「確かに」

 スミス大佐が唸ると、部下が報告する。

「アパッチ隊、発進しました」
「ご苦労」

 ブロードウェイ周辺を、アパッチは四機の編隊を組んでゴジラを探していた。

『ダメだ。ヤツめ高層ビルの死角に隠れていやがる! 三号機、四号機、そっちはどうだ?』

 一号機と編隊を組んでいる二号機のパイロットは唸る。すぐに、彼らからの返信が来る。

『わからない。次の角でそちらと合流する』
『了解』

 しばらくして四機は合流した。アパッチは14番通りを移動していた。この後ニューヨーク大学を迂回してブロードウェイへ周り、更にもう一周コースを変えて回る予定である。

『おい! あれは……ビルが!』

 一号機に促され、三機のパイロットが道なりに建つビルを見る。

『ビルに穴があいているぞ!』

 ビルは下から十七階までがきれいに崩れて穴になっていた。

「ホバリングして様子を伺え!」

 スミス大佐は指示を出した。
 三号機が慎重にビル内を調べる。日の光が当たらない所もライトをつけて慎重に探していた。

『おい。奥が空洞になっているぞ!』

 三号機が報告する。

「よし。ゴジラが死角に隠れているかもしれないから………」
『グォォォンン! ザー……』
「どうした?………通信が切れた」

 スミス大佐が指示を出している途中で、咆哮が聞え、通信が切れてしまった。すぐに二号機から報告が来る。

『ゴジラです! ビルに隠れていたゴジラがビルを破壊。三号機は崩落に巻き込まれ、墜ちました!』

 ゴジラは隣接するビル内部の地下階層ごと破壊し、ゴジラを隠す程の深い穴を作り、そこに身を隠していた。
 間もなく崩れた瓦礫からゴジラが姿を現した。

「攻撃を開始しろ!」

 スミス大佐は通信機に叫んだ。
 三機はミサイルを発射する。しかし、命中しても、ゴジラは動じない。

『尻尾に気をつけろ! 低く飛ぶな!』

 一号機が二機に注意をした。しかしその直後、警戒していたはずの尻尾に襲われ、その一号機が破壊される。残りは二号機と四号機のみだ。

『あの野郎! 体を倒して尻尾を上げやがった!』
『距離をとって、尻尾が届かない高さで戦うぞ!』

 しかし、必死の攻防も、ゴジラの足を止めるまでには至らない。

『次の角でミサイルを撃ったら、二手へ別れて、ゴジラを攪乱しよう』

 二機は、素早く向きをゴジラへ向けて、ミサイルを発射し、角で二手に別れる。

『成功したか?』
『おい。ゴジラがいないぞ!』
『焦るな!』

 四号機が角へ戻ると、ゴジラは角に立っていた。

『このデクノボー!』

 四号機が罵声を浴びせ、ミサイルを一気に撃ち放つ。爆発の煙の中で、ゴジラは今までとは違う鳴き声をもらす。それを攻撃が効いていると判断した四号機のパイロットは笑った。
 しかし、煙の中から現したゴジラの口から放たれた息吹に、四号機は吹き飛ばされ、そのままビルへ突っ込み、後片もなく爆発した。

『ゴジラの息吹で四号機は吹き飛ばされ爆発しました!』

 聞こえたのは二号機の声だけだった。

「ゴジラから離れろ!既に索敵は果たした。今部隊が向かっている」
『間に合いません!』

 刹那、二号機はゴジラの渾身の飛びかかりによる噛みつきによって、無惨にもゴジラの口によって破壊され、その後地面に吐き捨てられた。

「アパッチ隊全滅。陸上部隊を到着させるまでの時間稼ぎとはいえ、四機でゴジラと戦うのはやはり無茶でしたね」
「惜しい部下をなくした。……それよりも、今のはなんだね?」

 冷静に批判を言うクルーズにスミス大佐は声を荒げて聞いた。

「パワーブレスとでもいうのかしら。イグアナもたまに大きなため息みたいのをするの。水生の爬虫類には違いないゴジラの巨体の持つ肺よ。恐らくは並の爆風よりも強力なものだと思うわ」

 テント内にいたクイーン教授がクルーズに代わって、仮説を話す。

「パワーブレスか。………とりあえず、全軍に注意を流しておけ」

 スミス大佐は指示を出すと、通信用とは違う電話が鳴った。国防省からのホットラインを引かれている電話であった。スミス大佐は、その電話に出た。次第にその顔つきは神妙になっていくのであった。






「パワーブレスか」

 三神は通信傍受した情報を聞いて、首をひねる。
 三神達はビルの屋上に立っている。

「心当たりは?」

 三神はグリーンに首を振る。

「全くない。半世紀前に現れたゴジラは使わなかった攻撃だ。個体が違う以上、差はあるとは思う。事実、ゴジラは白熱光をかつてに比べて放っていない」
『ボス、準備が全て完了しました。ゴジラもまもなく作戦地点に到達します』
「ご苦労。指示通りに頼んだぞ」

 ギケーが無線の連絡に答えた。三神達も頷いた。

「どういう気分だ?」

 グリーンに聞かれ、三神は答えた。

「そうだね。悪戯をしようとする子どもの心境だね」
「あんたの場合、今も子どもじゃないの?」

 優が言った。三神は苦笑しつつ、グリーンに聞く。

「グリーンは?」
「ゴジラ團の妨害があったとはいえ、合衆国陸軍が敗れたゴジラに喧嘩を売るんだ。これほどの高揚感は中々味わえるものじゃない」

 ギケーが不敵に笑い、言った。

「わしのシマを荒らした以上、覚悟してもらおうじゃないか、ゴジラ」

 そして、ギケーは叫んだ。

「さぁ、ゲームの始まりだ!」
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