静寂が降りる頃に
廊下はエアコンが効いていない。
右手側にトイレへと繋がる角が見える。
左手側直ぐの位置に給湯室へ続く角が有る。
廊下の蛍光灯で光源光量は充分に確保されている。
守衛室でコート越しに発砲した、即席の消音対策が功を奏したのか2階まで騒ぎは到達していない。
軒先でインターホンを押して逃げるだけの嫌がらせ同然の行為。このような行為でも『強者が生きながらえる為の間引き』という結果に繋がる。この仕事自体に侮蔑の思いは無い。……何しろ、金のためだ。報酬の為だ。
このフロアには3つの貸しテナントが有る。
3階にも3つ。
非常階段には鎖で施錠と、申し訳程度の消火器が凭れさせて有るので遁走を防ぐ、あるいは逃げ足を遅らせる足しになる。
左手に予備弾倉を持つ。左手の小指と薬指の間に挟んで両手でラドムVIS35を保持。
右手側へ進み、全く唐突にドアを開ける。
4人。その場に凍りつく。
誰もが虚を衝かれた。
腰や脇に手を伸ば者は居ない。
15m四方の事務所然とした部屋。壁に代紋を掲げている。……一端のヤクザ気取り。
灰色の背広を着た男がスチールデスクを前に銜え煙草で書類を眺めていた……が、今となっては驚愕の顔に変貌している。
右手側1人。左手側2人。
明奈の方が圧倒的に早い。
強襲に於ける幾つか有る鉄則のうち、一つを確実に遂行する。……それは、短時間で最大火力を撒き散らすことに徹するだけだ。
既に撃鉄が起きているラドムVIS35の引き金。
僅かな力を加えた。
それだけで空気が弾けて銃声が部屋の壁に染み入り、初弾は中に位置する灰色の背広を着た中年男性の胸部を捕らえた。
襟元に光る物は見えない。この時間帯を仕切る準幹部でも何でもない。
被害者の形相を確認せず銃口を右に振り、ダブルタップ。
空薬莢が弾き出されて10mも離れていない、ソファでテレビのリモコンを握ったままの男は側頭部と胸部に被弾してソファから転げ落ちる。
体が勝手に反応する。
左手側の壁に背中をあずけながら、蟹のように横走りをして3発撃つ。ダブルタップ1回。単発1回。
僅かに反応が速かった男は腰に手を回したが、椅子から立ち上がる動作以上の反応が出来なかった。
頭部を2発の9mmパラベラムで破壊された。
灰色の脳漿が骨片と血液と脳髄とミックスされて背後の壁に大きな芸術を描く。
もう1人は腹に被弾。
何も出来ぬまま、椅子から立ち上がる事も出来ぬまま、前のめりに蹲り、床に倒れる。
直ぐにドアに向かう。
勢い良くドアを開け放ち、自重落下に任せるようにうつ伏せになる。予想通りに左右の部屋から銃弾が飛来する。
拳銃からの発砲と思われる10発近い銃弾はドアにめり込む。
明奈から見て、左側に蝶番が付いたドア。右手を伸ばしてラドムVIS35を構え、発砲。
牽制を目論んだ発砲だったが、偶然に男と思しき人物の右手の肘に命中し、9mmパラベラムが引き千切った。
更に2発の牽制。
その牽制で僅かな隙が生まれると、その場から体勢を整えずに再装填に時間を費やす。
今度は遮蔽の役目を果たしてくれていた左手側のドアの陰から、ラドムVIS35と頭を突き出し、左側の部屋へ発砲する。
左側の部屋から飛び出てきた2人の男は思わぬ高さからの銃撃に釘付けにされ、大きなロスを見せる。
その場に固まった2人の腹に1発ずつ被弾させる。2人とも踏み潰された蛙のような呻き声で蹲る。
寝転がったまま背中側である方向に体を回転させる。
右肘が千切れんばかりに負傷した男が怪鳥のような叫び声で錯乱していた。その男の左脇腹に銃弾を叩き込み、不快な声を黙らせる。
まだ弾倉に幾らかの実包が詰まっているが、残弾の計算を忘れていたので、真っ先に強襲した部屋に戻り、再装填。
部屋の中では先に始末した4人が今にも事切れそうな息で横たわっている。
「!」
明奈はその部屋のスチールデスクの引き出しを漁る。
この場を打開できる武器が有ればと思い、荒々しく引き出しを荒らす。
「……有った」
思わず呟く。
スチールデスクの一番上にある引き出しの裏に中型自動拳銃――FN M1910――と古典的なパイナップル――手榴弾――2個がガムテープで貼り付けられていた。
手榴弾を引き千切る。
その手榴弾の安全レバーを腰のベルトに引っ掛け、右手側の部屋へ再び赴く。
背中はこの部屋のステンレスのドアが遮蔽になってくれているので少し警戒を緩めている。
廊下の壁側に背中を任せながら、半身でラドムVIS35を構えて5mほど先にある右手側の部屋の出入り口を目指す。
床に千切れた右手が落ちている。
その傍に血で染まったベレッタM92FSが転がっている。タウルスのコピーかもしれない。
深い呼吸を2階繰り返す。喉のが渇きだす。心臓の鼓動が五月蝿い。勝負時が近い。
極度の緊張が圧しかかる。
右手側の部屋へ意を決して飛び込む。
「!」
「!」
飛び込んだ先で……ラドムVIS35を伸ばした手よりも『近い位置』に拳銃を持った男が居た。
殴り合いが出来る距離。
お互いが同じ事を考えて同じタイミングで飛び出た結果だ。
自己紹介をするわけでもなく、直ぐに殴り合いとなる。
両者とも右手に自動拳銃を握ったまま、左手の握り拳で互いの顔を目掛けて殴りかかる。それを防ぐ為にお互いが同じタイミングで足刀を繰り出して腹を押すように蹴り、間合いを計る。
……然し、両者とも理解している。
拳銃を構えて狙って撃つだけの距離を開けてしまえば自分が死傷させられると。
故に、体が反発で離れようとする瞬間に、左手が相手の右手首を掴み合い、引き合う。
そのまま右手を取られると、銃口の先までコントロールされてしまうので発作的に右手を後ろへ引く両者。
するとまた同じ距離を再現してしまう。
部屋の中には誰も居ない。
否、床で血が噴出する千切れそうな右手を押さえながら芋虫のように悶える男が居る。
拳銃は遠くに放り出されて今のところ、脅威のレベルは低かった。
先ほど幾らか牽制で発砲した。
残弾を計算するのを、またも失念した。
スライドが後退していない。グリップのバランスから考えて残弾は4発というところだ。
目の前の30代後半と思われる、緑のセーターを着た男は野性味溢れる男前な面構えで性的アピールに溢れていた。
命の遣り取りの最中だというのに、惚れ惚れするほどの輝きを見せる一途な表情。
必死で何かに打ち込む少年のように美しく逞しい顔。この男がこんな暗い世界に堕落した理由を知りたくなる……勿論、唯の知的好奇心で、本当に口を割らせる気は無い。
肘、膝、頭突き、肩からのタックルなど相手の死角から様々な動作で繰り出す。……いずれも決定打に欠ける。
二人の荒い呼吸と肉同士がぶつかり合う生々しい音が室内を静かに制圧する。
左拳同士が中空で衝突。
その作用でお互いの体が不意に離れる。
両者、顔色がさっと青褪める。
両者、ほぼ同じモーションで右足の爪先で相手の左足爪先を踏みつけて、またも距離を縮める。
「…………」
「…………」
互いの体が今まで以上に密接する。
まるで電話ボックスに押し込められた姿そのものだ。
自分達で見えない壁を築いて体を押し付け合い、互いの銃口を逸らしあう。
この距離だと、互いの体の向こうに自分の拳銃が有る。
手首だけを不自然に捻って挙句、『親指で引き金を引く』ような真似をしなければ打開策が見つからない状態。
右手側にトイレへと繋がる角が見える。
左手側直ぐの位置に給湯室へ続く角が有る。
廊下の蛍光灯で光源光量は充分に確保されている。
守衛室でコート越しに発砲した、即席の消音対策が功を奏したのか2階まで騒ぎは到達していない。
軒先でインターホンを押して逃げるだけの嫌がらせ同然の行為。このような行為でも『強者が生きながらえる為の間引き』という結果に繋がる。この仕事自体に侮蔑の思いは無い。……何しろ、金のためだ。報酬の為だ。
このフロアには3つの貸しテナントが有る。
3階にも3つ。
非常階段には鎖で施錠と、申し訳程度の消火器が凭れさせて有るので遁走を防ぐ、あるいは逃げ足を遅らせる足しになる。
左手に予備弾倉を持つ。左手の小指と薬指の間に挟んで両手でラドムVIS35を保持。
右手側へ進み、全く唐突にドアを開ける。
4人。その場に凍りつく。
誰もが虚を衝かれた。
腰や脇に手を伸ば者は居ない。
15m四方の事務所然とした部屋。壁に代紋を掲げている。……一端のヤクザ気取り。
灰色の背広を着た男がスチールデスクを前に銜え煙草で書類を眺めていた……が、今となっては驚愕の顔に変貌している。
右手側1人。左手側2人。
明奈の方が圧倒的に早い。
強襲に於ける幾つか有る鉄則のうち、一つを確実に遂行する。……それは、短時間で最大火力を撒き散らすことに徹するだけだ。
既に撃鉄が起きているラドムVIS35の引き金。
僅かな力を加えた。
それだけで空気が弾けて銃声が部屋の壁に染み入り、初弾は中に位置する灰色の背広を着た中年男性の胸部を捕らえた。
襟元に光る物は見えない。この時間帯を仕切る準幹部でも何でもない。
被害者の形相を確認せず銃口を右に振り、ダブルタップ。
空薬莢が弾き出されて10mも離れていない、ソファでテレビのリモコンを握ったままの男は側頭部と胸部に被弾してソファから転げ落ちる。
体が勝手に反応する。
左手側の壁に背中をあずけながら、蟹のように横走りをして3発撃つ。ダブルタップ1回。単発1回。
僅かに反応が速かった男は腰に手を回したが、椅子から立ち上がる動作以上の反応が出来なかった。
頭部を2発の9mmパラベラムで破壊された。
灰色の脳漿が骨片と血液と脳髄とミックスされて背後の壁に大きな芸術を描く。
もう1人は腹に被弾。
何も出来ぬまま、椅子から立ち上がる事も出来ぬまま、前のめりに蹲り、床に倒れる。
直ぐにドアに向かう。
勢い良くドアを開け放ち、自重落下に任せるようにうつ伏せになる。予想通りに左右の部屋から銃弾が飛来する。
拳銃からの発砲と思われる10発近い銃弾はドアにめり込む。
明奈から見て、左側に蝶番が付いたドア。右手を伸ばしてラドムVIS35を構え、発砲。
牽制を目論んだ発砲だったが、偶然に男と思しき人物の右手の肘に命中し、9mmパラベラムが引き千切った。
更に2発の牽制。
その牽制で僅かな隙が生まれると、その場から体勢を整えずに再装填に時間を費やす。
今度は遮蔽の役目を果たしてくれていた左手側のドアの陰から、ラドムVIS35と頭を突き出し、左側の部屋へ発砲する。
左側の部屋から飛び出てきた2人の男は思わぬ高さからの銃撃に釘付けにされ、大きなロスを見せる。
その場に固まった2人の腹に1発ずつ被弾させる。2人とも踏み潰された蛙のような呻き声で蹲る。
寝転がったまま背中側である方向に体を回転させる。
右肘が千切れんばかりに負傷した男が怪鳥のような叫び声で錯乱していた。その男の左脇腹に銃弾を叩き込み、不快な声を黙らせる。
まだ弾倉に幾らかの実包が詰まっているが、残弾の計算を忘れていたので、真っ先に強襲した部屋に戻り、再装填。
部屋の中では先に始末した4人が今にも事切れそうな息で横たわっている。
「!」
明奈はその部屋のスチールデスクの引き出しを漁る。
この場を打開できる武器が有ればと思い、荒々しく引き出しを荒らす。
「……有った」
思わず呟く。
スチールデスクの一番上にある引き出しの裏に中型自動拳銃――FN M1910――と古典的なパイナップル――手榴弾――2個がガムテープで貼り付けられていた。
手榴弾を引き千切る。
その手榴弾の安全レバーを腰のベルトに引っ掛け、右手側の部屋へ再び赴く。
背中はこの部屋のステンレスのドアが遮蔽になってくれているので少し警戒を緩めている。
廊下の壁側に背中を任せながら、半身でラドムVIS35を構えて5mほど先にある右手側の部屋の出入り口を目指す。
床に千切れた右手が落ちている。
その傍に血で染まったベレッタM92FSが転がっている。タウルスのコピーかもしれない。
深い呼吸を2階繰り返す。喉のが渇きだす。心臓の鼓動が五月蝿い。勝負時が近い。
極度の緊張が圧しかかる。
右手側の部屋へ意を決して飛び込む。
「!」
「!」
飛び込んだ先で……ラドムVIS35を伸ばした手よりも『近い位置』に拳銃を持った男が居た。
殴り合いが出来る距離。
お互いが同じ事を考えて同じタイミングで飛び出た結果だ。
自己紹介をするわけでもなく、直ぐに殴り合いとなる。
両者とも右手に自動拳銃を握ったまま、左手の握り拳で互いの顔を目掛けて殴りかかる。それを防ぐ為にお互いが同じタイミングで足刀を繰り出して腹を押すように蹴り、間合いを計る。
……然し、両者とも理解している。
拳銃を構えて狙って撃つだけの距離を開けてしまえば自分が死傷させられると。
故に、体が反発で離れようとする瞬間に、左手が相手の右手首を掴み合い、引き合う。
そのまま右手を取られると、銃口の先までコントロールされてしまうので発作的に右手を後ろへ引く両者。
するとまた同じ距離を再現してしまう。
部屋の中には誰も居ない。
否、床で血が噴出する千切れそうな右手を押さえながら芋虫のように悶える男が居る。
拳銃は遠くに放り出されて今のところ、脅威のレベルは低かった。
先ほど幾らか牽制で発砲した。
残弾を計算するのを、またも失念した。
スライドが後退していない。グリップのバランスから考えて残弾は4発というところだ。
目の前の30代後半と思われる、緑のセーターを着た男は野性味溢れる男前な面構えで性的アピールに溢れていた。
命の遣り取りの最中だというのに、惚れ惚れするほどの輝きを見せる一途な表情。
必死で何かに打ち込む少年のように美しく逞しい顔。この男がこんな暗い世界に堕落した理由を知りたくなる……勿論、唯の知的好奇心で、本当に口を割らせる気は無い。
肘、膝、頭突き、肩からのタックルなど相手の死角から様々な動作で繰り出す。……いずれも決定打に欠ける。
二人の荒い呼吸と肉同士がぶつかり合う生々しい音が室内を静かに制圧する。
左拳同士が中空で衝突。
その作用でお互いの体が不意に離れる。
両者、顔色がさっと青褪める。
両者、ほぼ同じモーションで右足の爪先で相手の左足爪先を踏みつけて、またも距離を縮める。
「…………」
「…………」
互いの体が今まで以上に密接する。
まるで電話ボックスに押し込められた姿そのものだ。
自分達で見えない壁を築いて体を押し付け合い、互いの銃口を逸らしあう。
この距離だと、互いの体の向こうに自分の拳銃が有る。
手首だけを不自然に捻って挙句、『親指で引き金を引く』ような真似をしなければ打開策が見つからない状態。