静寂が降りる頃に
「細かい話を抜きにして……で、貴女は私を?」
明奈が早速話の纏めに入る。
「雇わせてください。給料は基本給プラス歩合で。この家の部屋を空けてあります。ご自由にお使いください……申し訳有りません。今はこの程度の待遇しか出来ません。必ず大きな取引を成功させて組自体の底上げを図ります」
心の底から申し訳無さそうに楓は頭を下げる。
「あー、そんなの無しで。私は流れ者なんで、長く居座る心算もないし、組員に組み込んでもらう気も無いし。寝床と飯に有りつければそれなりの仕事をするだけの根無し草だから」
※ ※ ※
命の安売りをした。ババを引かされた。
確かにそう思う。
あんな身の上話を聞かされて、絆された訳ではないと信じたい。
取引の仕事で楓の使いっ走りとして働く機会が早くも訪れた。小銭を稼がないといけないと思っていたので時期的に丁度好かった。だが……命の安売りをした感触は拭えない。
「…………楓さんよお。随分とハードな仕事だよ。これ」
キングエドワードスペシャルを横銜えにして思わず呟く。
仕事。取引。第三勢力……と言うより、弱小すぎてどこの組織にも編入させてくれない【屋長組】。
明菜を含めて総勢2名だ。
楓の昔の馴染みとやらは高みの見物を決め込んでいるのか、彼女に直接の助力を出す事は無いようだ。
『役者の姿形』が見えない辺りが不気味だ。
仕事。取引。他の有象無象の組織に貰った仕事。
危険な取引の代行だ。
楓も一応素人ではない事を証明する為に、武器弾薬の入手経路や闇医者の手配、運び屋の伝なども提示してくれたので万が一が発生しても取り敢えずは対応できる。
それを以て、尚も心配だった。
この場には明奈が一人。
楓は本拠地の家屋で連絡を待っている。
深夜1時。
廃棄区画の廃工場。
外灯が乏しく光源の確保に難儀する。
こちらから敵意が無い事を報せるために、わざと外灯の直下で立つ。取引相手はもう直ぐ現れる。
【屋長組】は都合のいい使い捨て組織にされている。
力が無いのだから仕方が無い。取引の外注を請け負った。その取引を滞り無く終わらせる。
それが初仕事だ。
それにしても左脇のラドムVIS35が重い。
嫌な予感がする。
県外から態々やって来る取引相手。こちらはロックが掛かったスマートフォン。
相手は金。
このロックの外し方が解らない携帯電話と、取引相手が持ってくる金を交換するだけの簡単な仕事。
お互いが……取引の場に出てくる両者とも使い捨ての駒だろう。
最近は取引の現場に外注を用いる組織も多くなった。
勿論、扱う商品次第だ。
重要な取引なら組織の人間が出張ってくるだろう。それを言うのであれば、商品を持ってきている【屋長組】が携える商品は外注で扱えるランクの知れた商品だという事だ。
穏便に済ませたい。トラブルは避けたい。
しかし……不穏。
取引現場の廃工場。
元はセメント袋を製造する工場で、それに必要なラインや機械は放置のまま錆び付いている。引火しそうな紙や屑は一応の清掃がなされているが、この場所に人気が消えて久しい。
左手を懐に突っ込んでキングエドワードスペシャルを探ろうとする。
「…………」
足音。複数。横柄な足取りではない。
確かに気配を消そうとする、そろりそろりとした足音だ。
その足音をしっかりと聞いた次の瞬間に明奈の右手が、ジッパーが既に開放されていたフライトジャケットの前を跳ね上げて、左脇に収まるラドムVIS35のグリップを掴む。
バックステップを踏んだ。
その距離2m。
外灯の下に居たのでは危険だと勘が働く。
その勘が的中し、外灯の下……先ほどまで明奈が立っていた場所に短機関銃の一連射が舐める。
背後のブリキの壁にミシンで縫ったような孔が開く。
続く銃声。短機関銃が1挺。拳銃が4挺。
夜陰に、すっと体を滑り込ませた明奈の位置からマズルフラッシュが確認できる。
放置された、錆び付いた軽四ワゴンの陰に飛び込んでいた明奈。ラドムVIS35のセフティを解除して撃鉄を起こす。
見た目は1911だが、セフティをかけると撃鉄がデコックされるので、セフティを解除して撃発させるには撃鉄を起こしてやる必要が有る。
彼我の距離は測り難いが、各所の外灯の位置から20m四方の戦闘区域が形成された事を知る。
このまま陰に消え去って早速クレームを申し出る考えだったが、連中の一人が、黒いブリーフケースを携えていたので考えが変わった。
連中は金を持ってきている。
なのに先制攻撃を仕掛け、明奈を仕留めて商品を奪う算段を立てていた。
ランクの低い取引ならではの外注先の暴走だ。
これを行えば、外注は金を払わずに商品を入手し、金を自分達の懐に入れて商品を依頼主に届ける。……そして勝手に不義を働いた連中は街の外へ遁走する。
小悪党ならではの短絡な思考だ。
そうだと解ればここで尚更、尻尾は巻けない。
逆襲して金を放置して、取引相手に事のあらましを伝えると大きな貸しが作れる。そうすれば【屋長組】のメリットが小さくとも一つ増える。
ラドムVIS35を握る右手に力が入る。悴んだ指先。使い捨てカイロを持ってくればよかったと反省。
20m四方に5人の影。
遮蔽を利用していない。
数が多く、短機関銃を所持している心理的余裕が感じられる。
明奈が軽四ワゴンの遮蔽に飛び込んだのも確認済みだろう。
先に殺傷する標的はブリーフケースを持つ男だ。恐らくこの連中のリーダー格だ。
短機関銃を持っている……否、持たされているのは三下か、雇われの使い捨てだろう。
お互いに恨みが無いのは実に楽だ。
今から始まる鉄火場がビジネスのカードとして使える。
サイト越しに標的の一人……一番手前を歩く短機関銃を握る男を狙う。
短機関銃はサプレッサーを装備したイングラムM11だ。特徴的なシルエット。今までに何度も『尻に火を点けられた』。……強敵だ。
自前でドットを打ち込んだサイトが、イングラムM11の男の胴体を捉える。
反撃できない負傷をさせるのが目的。
ブリーフケースの男はその後ろにいる。
引き金を引く。
1911のスライド式の引き金。
軽い。だが、その銃口から弾き出された金属の豆粒は確実に短機関銃の男の胸部を捉えた。
発砲音が静寂を裂く。
各場に散っていた4人の男達は、先頭を歩いていた短機関銃の男が倒れたのを見て、手際よく大きく散開した。
遮蔽の奥に潜り込む。
連中も手ぶらでは帰るわけにはいかない。確実に明奈を殺しに来る。 各所からトリガーハッピーに憑りつかれたような銃撃。
闇雲な弾幕。互いをカバーし合う余裕が見えないのだろう。
いつまでも明奈は同じ遮蔽で潜んでいない。するりと軽四ワゴンの陰から飛び出して、鉄筋の柱の陰を伝いながら連中の包囲網の外側から背後へと向かう。
連中は手中の拳銃が空撃ちした時になって漸く、その軽四ワゴンの陰に標的が居ない事に気が付き、弾倉を交換しながら声を出して自分達の位置を確認し合い……今となっては狩るべき対象になった明奈はどこに潜んでいるのか会話で伝達する。
ハンドシグナルやジェスチャーを用いない程度の連携だと判明する。 明奈は予備弾倉を抜く。それを左手に保持したまま、ラドムVIS35を右手に構える。
右膝を地面に突いた低い位置。鉄筋の柱の陰に陣取る。
明奈が早速話の纏めに入る。
「雇わせてください。給料は基本給プラス歩合で。この家の部屋を空けてあります。ご自由にお使いください……申し訳有りません。今はこの程度の待遇しか出来ません。必ず大きな取引を成功させて組自体の底上げを図ります」
心の底から申し訳無さそうに楓は頭を下げる。
「あー、そんなの無しで。私は流れ者なんで、長く居座る心算もないし、組員に組み込んでもらう気も無いし。寝床と飯に有りつければそれなりの仕事をするだけの根無し草だから」
※ ※ ※
命の安売りをした。ババを引かされた。
確かにそう思う。
あんな身の上話を聞かされて、絆された訳ではないと信じたい。
取引の仕事で楓の使いっ走りとして働く機会が早くも訪れた。小銭を稼がないといけないと思っていたので時期的に丁度好かった。だが……命の安売りをした感触は拭えない。
「…………楓さんよお。随分とハードな仕事だよ。これ」
キングエドワードスペシャルを横銜えにして思わず呟く。
仕事。取引。第三勢力……と言うより、弱小すぎてどこの組織にも編入させてくれない【屋長組】。
明菜を含めて総勢2名だ。
楓の昔の馴染みとやらは高みの見物を決め込んでいるのか、彼女に直接の助力を出す事は無いようだ。
『役者の姿形』が見えない辺りが不気味だ。
仕事。取引。他の有象無象の組織に貰った仕事。
危険な取引の代行だ。
楓も一応素人ではない事を証明する為に、武器弾薬の入手経路や闇医者の手配、運び屋の伝なども提示してくれたので万が一が発生しても取り敢えずは対応できる。
それを以て、尚も心配だった。
この場には明奈が一人。
楓は本拠地の家屋で連絡を待っている。
深夜1時。
廃棄区画の廃工場。
外灯が乏しく光源の確保に難儀する。
こちらから敵意が無い事を報せるために、わざと外灯の直下で立つ。取引相手はもう直ぐ現れる。
【屋長組】は都合のいい使い捨て組織にされている。
力が無いのだから仕方が無い。取引の外注を請け負った。その取引を滞り無く終わらせる。
それが初仕事だ。
それにしても左脇のラドムVIS35が重い。
嫌な予感がする。
県外から態々やって来る取引相手。こちらはロックが掛かったスマートフォン。
相手は金。
このロックの外し方が解らない携帯電話と、取引相手が持ってくる金を交換するだけの簡単な仕事。
お互いが……取引の場に出てくる両者とも使い捨ての駒だろう。
最近は取引の現場に外注を用いる組織も多くなった。
勿論、扱う商品次第だ。
重要な取引なら組織の人間が出張ってくるだろう。それを言うのであれば、商品を持ってきている【屋長組】が携える商品は外注で扱えるランクの知れた商品だという事だ。
穏便に済ませたい。トラブルは避けたい。
しかし……不穏。
取引現場の廃工場。
元はセメント袋を製造する工場で、それに必要なラインや機械は放置のまま錆び付いている。引火しそうな紙や屑は一応の清掃がなされているが、この場所に人気が消えて久しい。
左手を懐に突っ込んでキングエドワードスペシャルを探ろうとする。
「…………」
足音。複数。横柄な足取りではない。
確かに気配を消そうとする、そろりそろりとした足音だ。
その足音をしっかりと聞いた次の瞬間に明奈の右手が、ジッパーが既に開放されていたフライトジャケットの前を跳ね上げて、左脇に収まるラドムVIS35のグリップを掴む。
バックステップを踏んだ。
その距離2m。
外灯の下に居たのでは危険だと勘が働く。
その勘が的中し、外灯の下……先ほどまで明奈が立っていた場所に短機関銃の一連射が舐める。
背後のブリキの壁にミシンで縫ったような孔が開く。
続く銃声。短機関銃が1挺。拳銃が4挺。
夜陰に、すっと体を滑り込ませた明奈の位置からマズルフラッシュが確認できる。
放置された、錆び付いた軽四ワゴンの陰に飛び込んでいた明奈。ラドムVIS35のセフティを解除して撃鉄を起こす。
見た目は1911だが、セフティをかけると撃鉄がデコックされるので、セフティを解除して撃発させるには撃鉄を起こしてやる必要が有る。
彼我の距離は測り難いが、各所の外灯の位置から20m四方の戦闘区域が形成された事を知る。
このまま陰に消え去って早速クレームを申し出る考えだったが、連中の一人が、黒いブリーフケースを携えていたので考えが変わった。
連中は金を持ってきている。
なのに先制攻撃を仕掛け、明奈を仕留めて商品を奪う算段を立てていた。
ランクの低い取引ならではの外注先の暴走だ。
これを行えば、外注は金を払わずに商品を入手し、金を自分達の懐に入れて商品を依頼主に届ける。……そして勝手に不義を働いた連中は街の外へ遁走する。
小悪党ならではの短絡な思考だ。
そうだと解ればここで尚更、尻尾は巻けない。
逆襲して金を放置して、取引相手に事のあらましを伝えると大きな貸しが作れる。そうすれば【屋長組】のメリットが小さくとも一つ増える。
ラドムVIS35を握る右手に力が入る。悴んだ指先。使い捨てカイロを持ってくればよかったと反省。
20m四方に5人の影。
遮蔽を利用していない。
数が多く、短機関銃を所持している心理的余裕が感じられる。
明奈が軽四ワゴンの遮蔽に飛び込んだのも確認済みだろう。
先に殺傷する標的はブリーフケースを持つ男だ。恐らくこの連中のリーダー格だ。
短機関銃を持っている……否、持たされているのは三下か、雇われの使い捨てだろう。
お互いに恨みが無いのは実に楽だ。
今から始まる鉄火場がビジネスのカードとして使える。
サイト越しに標的の一人……一番手前を歩く短機関銃を握る男を狙う。
短機関銃はサプレッサーを装備したイングラムM11だ。特徴的なシルエット。今までに何度も『尻に火を点けられた』。……強敵だ。
自前でドットを打ち込んだサイトが、イングラムM11の男の胴体を捉える。
反撃できない負傷をさせるのが目的。
ブリーフケースの男はその後ろにいる。
引き金を引く。
1911のスライド式の引き金。
軽い。だが、その銃口から弾き出された金属の豆粒は確実に短機関銃の男の胸部を捉えた。
発砲音が静寂を裂く。
各場に散っていた4人の男達は、先頭を歩いていた短機関銃の男が倒れたのを見て、手際よく大きく散開した。
遮蔽の奥に潜り込む。
連中も手ぶらでは帰るわけにはいかない。確実に明奈を殺しに来る。 各所からトリガーハッピーに憑りつかれたような銃撃。
闇雲な弾幕。互いをカバーし合う余裕が見えないのだろう。
いつまでも明奈は同じ遮蔽で潜んでいない。するりと軽四ワゴンの陰から飛び出して、鉄筋の柱の陰を伝いながら連中の包囲網の外側から背後へと向かう。
連中は手中の拳銃が空撃ちした時になって漸く、その軽四ワゴンの陰に標的が居ない事に気が付き、弾倉を交換しながら声を出して自分達の位置を確認し合い……今となっては狩るべき対象になった明奈はどこに潜んでいるのか会話で伝達する。
ハンドシグナルやジェスチャーを用いない程度の連携だと判明する。 明奈は予備弾倉を抜く。それを左手に保持したまま、ラドムVIS35を右手に構える。
右膝を地面に突いた低い位置。鉄筋の柱の陰に陣取る。