静寂が降りる頃に

 銃声が大きくなる。左右後方に2人が付いて来る。
 狭いコンテナの隙間を走りながら銃声に耳を傾ける。
 開ける。まだラドムVIS35を握っていない右手で左右にハンドシグナルを送る。……自分が先行する。左右に展開しろ。
 この廃棄区画の周辺地図は頭に叩き込んでいるが、コンテナの配置までは手が及ばない。
 『敵も味方もそれは同じはずだ』。
 5m、道が開ける。
 明るさは変わらない。
 明奈のタクティカルライトだけが頼り。
 その頼みのタクティカルライトを手からわざと滑り落とし、前転しながら、前方やや右手側に積まれた錆びついたドラム缶や一斗缶の陰へ滑り込む。
 後方から飛び出た2人もそれに倣い、左右に展開してそれぞれの遮蔽に身を潜める。
 視界が広くない。死角が多い。
 そして予想通り、タクティカルライトが銃弾で弾かれる。
 堅牢な拵えのタクティカルライトが跳ねて一気に暗くなる。
 月明かりも無い夜。コンテナの脇腹を僅かに鈍く反射してくる外灯の明かりだけが頼り。
 銃弾は散発的に続く。
 この場でここに展開している3人を釘付けにするだけが目的らしい。散発的であるが、相手の居場所が突き止められないうちは脅威の度合いは変わらない。
 大変危険だ。
 タクティカルライトを真っ先に潰した判断力も間違えていない。
 右手にラドムVIS35を持つ。左手に予備弾倉。
 弾幕を張りながら前進して間合いを図るしかない。
 手探りに近い銃撃戦を強いられている。恐らく相手は『コンテナから反射する鈍い明かりを背負っている明奈達の動向が見えているはずだ』。
 遠くでは短機関銃と散弾銃が乱射される銃声が聞こえる。
 こちらの手勢にも短機関銃や散弾銃を使う警護要員が居たが、お互いが連携連絡できないので三者の内、どの勢力の発砲なのか解らない。
 この場に居る勢力は3つ。
 商談の場の2つと外部から侵攻してきたと思われる1つ。
 相手の伏兵という可能性も有る。
 少なくともこちらの手勢ではない。そのような話は聞いていない。今夜、相手に襲撃を加える予定も聞いていない。
 右手後方にワルサーP388の遣い手。左手側に1911の遣い手。 お互い、ハンドシグナルが通用するだけの経験と智慧が有って助かる。
 意思の疎通は何とか行える。
 1911の男は、自分が先行する、バックアップを。と、ハンドシグナルで伝えてくる。
 伝えるや否や、吶喊する。
 この状況では膠着してしまうのを回避したかった為の選択だろう。
 1911の遣い手が疎らな牽制を撃ちながら走る。
 弾倉にはたった7発。無駄な乱射は避けたいのだろう。
 続いて明奈が進み、その後方を援護するようにワルサーP38の遣い手が進んでくる。
 寒さを感じないほどに体の芯が熱くなる。
 脳内麻薬が噴出すのを感じる。
 弾倉交換を終えた1911の遣い手が牽制を仕掛けながら、更にコンテナ群の奥へと進む。
 先ほどよりはかなり広い通路が出来上がっているコンテナの隙間で、互いのマズルフラッシュで遮蔽の位置が目視できる。明奈の一団の前には4人の拳銃遣いが居る。
 ワルサーP38の男が牽制してくれるので明奈の前進は容易だった。ただ、1911の男は、一定の距離から向こうへ近付けないで居る。 
 たった7mほどの距離に、見えない防衛ラインが引かれている。
 銃弾が飛び交う。
 一対多数なら幾らでも経験が有るが、複数対複数の鉄火場は余り経験が無いので『逆に心強い』。
 明奈の仕事はここで少しでも侵攻してくる勢力を塞き止める事だ。一番中央に位置しているクライアントは、クライアントが雇った信頼できる警護要員がガードして脱出経路へ向かうだろう。
 自分達は給料の為にここで出来るだけ敵戦力を削いで壁の代わりになる。
 悲壮な思いは無い。
 死ぬと解ったわけではない。
 第一、勝利条件はクライアントが会合の場から早く離脱する事だ。
 その為に自分達は雇われた。万が一に備えた保険として役に立たねばならない。
 ラドムVIS35を握る。
 サイトに埋め込んだドットポイントを、マズルフラッシュを頼りに照準を合わせる。
 今潜んでいる遮蔽は木製のパレットだ。
 早く移動しなければ銃弾で風穴だらけになる。
 1911の男もワルサーP38の男も弾幕を張りながら互いをカバーして数十cmずつ前進する。
 飛来する銃弾の勢いが増す。どれだけの勢力がこの場に侵攻してきたのか不明なのが不気味だ。
 会合の場の荒らし行為だと言うのなら、充分に成功しているはずだからもう少し耐えれば連中は勝手に引き上げるだろう。
 立てかけただけの木製のパレットを銃弾が貫通する。とうとう限界値を超えたかと思ったが違うらしい。
「!」
 腹にくぐもる銃声。
「退け!」
 明奈は思わず叫んだ。2人の友軍に対して。
 その銃声はマグナムだ。
 自分達が遮蔽や防弾にしているパレットや錆びたドラム缶では役に立たない。
 それも10mほどの距離からの発砲。
 遮蔽は遮蔽だ。防弾の性能は無い。
 ましてや木製のパレット1枚の厚さなど、10mの距離からのマグナム弾頭は防げない。
 マグナムを用いる拳銃だと銃声で直ぐに解った。
 1911の男は逸早く行動を開始した、こちらが光源を背負っている分、不利だ。直ぐに移動を開始する。
「!」
 1911の男が突然仰向けに倒れる。遮蔽にしていたドラム缶を貫通したマグナム弾頭に被弾したらしい。
 侵徹力の高い弾頭を用いているのか、被弾した1911の男は右肩付近を押さえたまま呻いている。弾は貫通したらしい。
 貫通力の高い弾頭を用いた結果、対人停止力は低下していたので即死には到らなかったようだ。
 直ぐに右手側に乱射しながら展開した明奈。
 ワルサーP38の男も乱射しながら距離を更に詰める。
 1911の男は陰に潜む一人を何とか仕留めたが、自身も左上腕部を弾丸に削られた。
 明奈も牽制を繰り出しながら、目前で居る3人の死角に回り込むべく移動を始める。
 新しい遮蔽に滑り込んでもマグナムが怖くて直ぐに移動先を変える。耳を聾するマグナム拳銃が吼えるたびに肝が縮む。
 マグナムの遣い手の死角に回りこんでも、残りの2人が小癪な弾幕を張るので釘付けにされる。
 元々、明奈に課せられた使命は万が一の場合の足止めだ。
 完全な応戦排撃ではない。
 少なくともここで4人――うち1人は仕留めたが――を釘付けにしている。
 遠くでも銃撃戦が展開されている。各所での状況を詳しく知りたい。 クライアントが無事に逃げ果せる事が出来れば、この場で留まる理由はなくなるので直ぐに撤退だ。
 撤退までの使い捨て。それで結構。
 何故か脳裏に浮かぶ楓の儚い笑顔。
 それに関連付けるように思い返されるインスタントコーヒーの味。
 楓の顔が脳裏を過ぎる度に、ラドムVIS35の引き金が重くなる。無為に空薬莢をばら撒いているような錯覚を覚える。
 自分だけが非日常の空間に放り出された感覚。
 耳が目が、神経や感覚が狭窄を起こす。
 突然、死にたくないと強く願う。
 生への執着ではない。死ぬのが怖いだけだ。
 その一点の感情が群雲のように湧き、爆発的な速度で脳内を、心を、精神を覆い隠す。
 呼吸が辛い。
 喉に空気の塊が詰まったように呼吸が難儀。目の前が暗転する。
 指先が震えるのを実感する。鳩尾から喉にかけて熱い不快感が上下する。
 過呼吸を起こしたらしい。
 右手のラドムVIS35を出鱈目に乱射。
13/17ページ
スキ