本編
朝に起きるのは久し振りだった。
エレベーターで下に降りると、白い背広を着た男がロビーで待っていた。
「よぉ、ちゃんと寝れたか?」
フランキー・イェール──ブルックリンを縄張りにする裏社会の男。
いつも派手な身なりで、金を持っていることを隠そうともしない。その点は気が合いそうだった。
「ここじゃ目立つから、俺の店に行こう、ルチアーノ」
「皆既日食はここから北のほうで見えるんだよな」
今日は皆既日食が起こる。新聞やニュース映画の宣伝もあって、車窓から見えた人々は浮き足立っているようだった。
彼の経営する飲食店は日食が見えない範囲らしく、人は疎 らだ。
彼はパンケーキを注文した。
「ここはアルがいた所とは違って静かだろ? 朝だから余計にな」
ルチアーノの友人であるアル・カポネは若い頃彼の元で働いていた。
その店には何度か足を運んだことがあるが、夜間は繁忙期であるため、ウェイターをしている彼とは閉店間際まで話すことが出来なかった。
彼がシカゴに行ってからは、しばらく会っていない。
「最近は向こうの仕事をよく引き受けてるから、近いうちにこっちの仕事を手伝ってもらうつもりだ」
シカゴではアルと彼の上司が敵との抗争を繰り広げている。
「彼、二週間前に撃たれたらしいけど、大丈夫かな」
ルチアーノが心配すると、イェールは笑って、
「あいつはそう簡単に死なないだろ」
と言った。
実際、彼は部下に庇 われて無傷だったわけだが。
ウェイターが注文の品を運んできた。
食事中はあまり話すこともなかった。
自動車は北の郊外まで走る。
この車は防弾だ、とイェールは窓を軽く叩いて言った。
空は晴れていた。
道路は一直線に続いている。
ニュージャージーまで出れば、まだ草原があった。
この辺でいいかな、とイェールが言うと、車は木陰の側で止まった。
「そろそろ日食か」
車を降りると、イェールが掛けていたサングラスを貸してくれた。
サングラス越しでも、直接見た太陽はやはり眩しく、日食の様子は窺 えなかった。
「これじゃよくわからないな。やっぱり道端で売ってたピンホールカードを買うべきだった」
と彼がぼやく。
車通りは全く無い。
待つ間、イェールは車に寄り掛かっていた。
突然、空が紺色に暗くなる。辺りは闇に包まれた。太陽が黒い月に隠されている。これが皆既日食か。
彼が唐突に話し始めた。
「なぁ、ルチアーノ。お前、あの男より俺の方につけよ」
「え?」
予想もしなかった提案に、ルチアーノが聞き返す。
「あいつはあの街から帰ってこない。だったらお前には俺が相応 しい」
彼が身に付けているダイヤのバックルは輝きを失っていた。カポネが親しい者にしか贈らないものだ。
顔を空からこちらに向けたイェールは笑っていた。
視界の端の違和感から足元を見ると、木陰に無数の白い円が浮かび上がっていた。
日食によるピンホール現象らしい。イェールも下を見た。
不思議そうに円を見つめる彼を置いて、ルチアーノは思案した。
この男は何を言っている? カポネとは古い仲で、協定を結んでいるはず。彼を裏切るということか?
ともかく、早く聞きたいことがあった。
「……それって断れば、僕は歩きでここから帰らなくちゃならないってこと?」
イェールは慌てて否定した。
「いや、流石にそれはないから……」
空は明るくなっていた。木陰の白い円も消えた。日食はいつの間に終わっていた。
車はニューヨークに向かって走る。
彼は口笛を吹いていた。
窓からの風が心地よかったため、ルチアーノは寝てしまった。
エレベーターで下に降りると、白い背広を着た男がロビーで待っていた。
「よぉ、ちゃんと寝れたか?」
フランキー・イェール──ブルックリンを縄張りにする裏社会の男。
いつも派手な身なりで、金を持っていることを隠そうともしない。その点は気が合いそうだった。
「ここじゃ目立つから、俺の店に行こう、ルチアーノ」
「皆既日食はここから北のほうで見えるんだよな」
今日は皆既日食が起こる。新聞やニュース映画の宣伝もあって、車窓から見えた人々は浮き足立っているようだった。
彼の経営する飲食店は日食が見えない範囲らしく、人は
彼はパンケーキを注文した。
「ここはアルがいた所とは違って静かだろ? 朝だから余計にな」
ルチアーノの友人であるアル・カポネは若い頃彼の元で働いていた。
その店には何度か足を運んだことがあるが、夜間は繁忙期であるため、ウェイターをしている彼とは閉店間際まで話すことが出来なかった。
彼がシカゴに行ってからは、しばらく会っていない。
「最近は向こうの仕事をよく引き受けてるから、近いうちにこっちの仕事を手伝ってもらうつもりだ」
シカゴではアルと彼の上司が敵との抗争を繰り広げている。
「彼、二週間前に撃たれたらしいけど、大丈夫かな」
ルチアーノが心配すると、イェールは笑って、
「あいつはそう簡単に死なないだろ」
と言った。
実際、彼は部下に
ウェイターが注文の品を運んできた。
食事中はあまり話すこともなかった。
自動車は北の郊外まで走る。
この車は防弾だ、とイェールは窓を軽く叩いて言った。
空は晴れていた。
道路は一直線に続いている。
ニュージャージーまで出れば、まだ草原があった。
この辺でいいかな、とイェールが言うと、車は木陰の側で止まった。
「そろそろ日食か」
車を降りると、イェールが掛けていたサングラスを貸してくれた。
サングラス越しでも、直接見た太陽はやはり眩しく、日食の様子は
「これじゃよくわからないな。やっぱり道端で売ってたピンホールカードを買うべきだった」
と彼がぼやく。
車通りは全く無い。
待つ間、イェールは車に寄り掛かっていた。
突然、空が紺色に暗くなる。辺りは闇に包まれた。太陽が黒い月に隠されている。これが皆既日食か。
彼が唐突に話し始めた。
「なぁ、ルチアーノ。お前、あの男より俺の方につけよ」
「え?」
予想もしなかった提案に、ルチアーノが聞き返す。
「あいつはあの街から帰ってこない。だったらお前には俺が
彼が身に付けているダイヤのバックルは輝きを失っていた。カポネが親しい者にしか贈らないものだ。
顔を空からこちらに向けたイェールは笑っていた。
視界の端の違和感から足元を見ると、木陰に無数の白い円が浮かび上がっていた。
日食によるピンホール現象らしい。イェールも下を見た。
不思議そうに円を見つめる彼を置いて、ルチアーノは思案した。
この男は何を言っている? カポネとは古い仲で、協定を結んでいるはず。彼を裏切るということか?
ともかく、早く聞きたいことがあった。
「……それって断れば、僕は歩きでここから帰らなくちゃならないってこと?」
イェールは慌てて否定した。
「いや、流石にそれはないから……」
空は明るくなっていた。木陰の白い円も消えた。日食はいつの間に終わっていた。
車はニューヨークに向かって走る。
彼は口笛を吹いていた。
窓からの風が心地よかったため、ルチアーノは寝てしまった。
