貴方の口で教えて
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ユウはチョコを作る前に、事前に思い人であるシルバーに下調べを行っていた。というのも、甘いものが好きなのか、そうでないものが好きなのかというだけなのだが、ユウはそう言った細かい部分も大事にしたかった。
手始めに嫌いな食べ物から会話で探れば、なぜか苦渋の表情で親父殿の料理だと言われて戸惑ったのは、手の中のブラウニーを作る一週間前だ。念のためアレルギーもないか尋ねたが、特にそう言ったものもないと聞いてユウは安心した。食べるもののレパートリーが広いのは、あまり料理をしないユウからすれば幸運だ。
それに茨の谷にバレンタインなんてものも存在しないだろう。ハロウィーンは存在したが、この男子校でバレンタインの名前もあがらないのだ。おそらく茨の谷にもそんな風習はないに違いない。そもそも元の世界でバレンタインにチョコ贈るなんて商業戦略が国家的に敷衍していたのはユウの国くらいだ。
やはりこのチョコに籠めた思いは伝わることはないだろう、と彼女の脳内が何度も帰結した結論を再びはじき出したところで、待ち合わせに彼は来た。
「すまない。待たせた」
学園裏の森に来るよう言ったユウが悪いのだが、シルバーはコック服から急いで着替えたせいか胸元のボタンがいつもより留められておらず、思わず逞しい胸筋に目が行ってしまう。よこしまな感情が胸をよぎったところで、ユウは頭を振ってそれを掻き消した。そもそも、この思いから決別するための儀式だ。
ユウは昨日の夜まで悩んだラッピングを思い出しながら、シルバーに紙袋を差し出した。
「シルバー先輩。これどうぞ」
好きと言えない代わりに手渡したその中身を見たシルバーは、ユウの顔をそっと見る。ユウは緊張で思わず表情が強張った。
「チョコ、か?」
「はい。チョコブラウニーです」
「実は今まで調理で集中していて、お腹が空いた。ここで食べてもいいか?」
まさかそう来られるとは思わずユウは一瞬ためらったが、すかさず頷いて食べるよう勧めた。二人して木陰に腰掛けて手ずから作ったものを目の前で食べてもらうという奇妙な空間に、ユウはまるでマスターシェフの授業を自分も取っているようだと頭を抱えたくなる。しかし、包みを広げて、ブラウニーを手づかみで一口そのまま放り込んだシルバーから目が離せなくなった。咀嚼を繰り返し、それがそのままシルバーの喉を通り過ぎていく。一切表情が変わらないまま彼女のチョコが嚥下されたことを確認したユウは、おそるおそる尋ねた。
「ど、どうですか?」
シルバーは普段の涼やかな表情のまま、ユウの方を見て答えた。
「美味しい。見た目も良くて、今受けている授業の参考になる」
柔らかく答えた彼の声音から、これは大丈夫だと分かったユウは、安堵のあまり胸を押さえた。とにかくまずいとか食べられたものじゃないと言われることだけは避けたかったので、及第点はクリアだ。
「よかったです。まずいと言われたら、どうしようかと」
シルバーは何を言っているんだと首を傾げる。ユウも思わず首を傾げると、シルバーは宝石のような目でユウをまっすぐ見た。
「お前と食べるものはどれも美味しい。作ってくれたなら、なおさらだ」
はっきりとそう言ってくれるシルバーの優しさに、ユウは思わず顔を覆った。彼のそう言った何の衒いもなくかける温かい言葉にどれだけ救われ、そしてときめかされたことは数知れず。思いを断ち切るために会ったのに、ますます好きにさせてどうするんだとユウは叫びたかった。
「お前にお礼をしたいのだが……何もないな」
辺りを見回すがここは学園裏の森のため、存在するのはただの草木程度だ。困っているシルバーにユウはお礼はいらないと言った。すると、彼の肩に薔薇を持った小鳥が一羽とまる。更にリスが彼の膝の上に同じく真っ赤な薔薇を置いた。彼らに続くように他の小鳥やリスもシルバーの膝の上に赤い薔薇を置いた。
「これを、俺にくれるのか?」
シルバーの元に薔薇を置いた小動物たちはしきりに頷き、次にユウの頭上を飛び回ったり肩に乗り始めたりした。シルバーは彼らの言いたいことが分かると、薔薇を全て束ね始める。そして小鳥が持たせてくれた色紙で巻き、実践魔法でリボンを出して縛った。
「ユウ、これを」
彼が差し出したのは、真っ赤な薔薇の花束だった。ユウは短時間で動物たちが集めてきた薔薇だけでできた立派な花束に目を丸くした。
「い、いいんですか……? こんなにたくさん」
「ああ。お前に渡したい。受け取ってくれるか?」
「も、もちろんです」
お返しをもらっても気持ちに応えてもらえたわけではない。しかし、好きな人から手渡されるなら何でも受け取りたいと、ユウはそろそろと花束に手を伸ばす。すると、シルバーがユウの手を取った。
「ところで。チョコで好意を伝えるのも愛らしいが、俺に一言言ってくれないのか」
彼があまりにも真っ直ぐな瞳で尋ねるので、ユウは一瞬シルバーが何を言ったのか分からなかった。もう一度脳内で言葉を反芻すると、ユウの首から耳までが熱で真っ赤になった。
「……え!? な、なんで」
「親父殿が貸してくれた漫画? という本で読んだ。女性はこの時期に好意を持っている男性にチョコを贈ると。そうじゃないのか?」
不安げに尋ねてくるシルバーに、反射でユウは首を横に振った。は! と正気を取り戻した時には、シルバーがこちらをじっと見ている。動物たちで気を紛らわせようにも、彼らはとっくに遠くで二人の様子を見守っていた。
「……ば、ばれちゃいました」
後頭部を掻くユウは、観念した様子で首を竦める。知られることなど予定にはなかったが、漫画というものにまさかシルバーが触れていたのは誤算だった。しかし、ばれたからと言って、ユウはシルバーに気持ちに応えてほしいと言うつもりはなかった。
「でも、これは本当にただの気持ちなんです。だって先輩はモテるし、私なんてたまに話すくらいで……その、好きとかそういうわけじゃないってことは知っていますから。なので、先輩は気負わなくても」
「まだ俺は何も言ってない」
予想しなかった強い口調に、ユウは口を閉じる。シルバーが握る力を強くするので、ユウは手から熱を流し込まれるような気分がした。シルバーがユウを見る瞳は普段の涼やかなものではなく、薔薇の赤を反射した熱のこもったものだ。
「ユウ、このチョコに籠められた気持ちが俺は嬉しい。だから、教えてほしい。お前の気持ちを、お前の口で」
あまりに情熱的でわがままなシルバーの言葉に、ユウは顔を真っ赤にして戸惑った。想像上のシルバーは、絶対に了承しない上こんな意地悪を言わないのだ。
「い、言わせるなんて卑怯です」
「好きな相手がじれったくチョコで思いを伝えて自己完結しそうだったんだ。俺は少し怒っている」
う、と言葉を詰まらせたユウに逃げ道はなかった。怒らせてしまったのは完全にユウのせいであることに間違いはない上、自己完結してしまうつもりだったことも否定できない。ユウは心臓が焼き切れて落ちてしまうのではないのかと思うほど、体中が震える思いがした。彼に抱いていた思いの大きさを今更ながら確認したユウは自分で呆れた。
「……好きです。シルバー先輩」
言葉にしても治まるどころかますます激しくなる拍動にユウは泣き出したくなった。薔薇の赤を反射したシルバーの瞳が、柔らかく弧を描く。泣き出しそうなその笑顔に、ユウは息も忘れた。
「俺も、お前が好きだ」
のどかな昼下がり、二人は12本の薔薇を挟んで微笑みあった。シルバーがそっと口づけで教えてくれたチョコの味は、泣き出したくなる程甘かった。
END
手始めに嫌いな食べ物から会話で探れば、なぜか苦渋の表情で親父殿の料理だと言われて戸惑ったのは、手の中のブラウニーを作る一週間前だ。念のためアレルギーもないか尋ねたが、特にそう言ったものもないと聞いてユウは安心した。食べるもののレパートリーが広いのは、あまり料理をしないユウからすれば幸運だ。
それに茨の谷にバレンタインなんてものも存在しないだろう。ハロウィーンは存在したが、この男子校でバレンタインの名前もあがらないのだ。おそらく茨の谷にもそんな風習はないに違いない。そもそも元の世界でバレンタインにチョコ贈るなんて商業戦略が国家的に敷衍していたのはユウの国くらいだ。
やはりこのチョコに籠めた思いは伝わることはないだろう、と彼女の脳内が何度も帰結した結論を再びはじき出したところで、待ち合わせに彼は来た。
「すまない。待たせた」
学園裏の森に来るよう言ったユウが悪いのだが、シルバーはコック服から急いで着替えたせいか胸元のボタンがいつもより留められておらず、思わず逞しい胸筋に目が行ってしまう。よこしまな感情が胸をよぎったところで、ユウは頭を振ってそれを掻き消した。そもそも、この思いから決別するための儀式だ。
ユウは昨日の夜まで悩んだラッピングを思い出しながら、シルバーに紙袋を差し出した。
「シルバー先輩。これどうぞ」
好きと言えない代わりに手渡したその中身を見たシルバーは、ユウの顔をそっと見る。ユウは緊張で思わず表情が強張った。
「チョコ、か?」
「はい。チョコブラウニーです」
「実は今まで調理で集中していて、お腹が空いた。ここで食べてもいいか?」
まさかそう来られるとは思わずユウは一瞬ためらったが、すかさず頷いて食べるよう勧めた。二人して木陰に腰掛けて手ずから作ったものを目の前で食べてもらうという奇妙な空間に、ユウはまるでマスターシェフの授業を自分も取っているようだと頭を抱えたくなる。しかし、包みを広げて、ブラウニーを手づかみで一口そのまま放り込んだシルバーから目が離せなくなった。咀嚼を繰り返し、それがそのままシルバーの喉を通り過ぎていく。一切表情が変わらないまま彼女のチョコが嚥下されたことを確認したユウは、おそるおそる尋ねた。
「ど、どうですか?」
シルバーは普段の涼やかな表情のまま、ユウの方を見て答えた。
「美味しい。見た目も良くて、今受けている授業の参考になる」
柔らかく答えた彼の声音から、これは大丈夫だと分かったユウは、安堵のあまり胸を押さえた。とにかくまずいとか食べられたものじゃないと言われることだけは避けたかったので、及第点はクリアだ。
「よかったです。まずいと言われたら、どうしようかと」
シルバーは何を言っているんだと首を傾げる。ユウも思わず首を傾げると、シルバーは宝石のような目でユウをまっすぐ見た。
「お前と食べるものはどれも美味しい。作ってくれたなら、なおさらだ」
はっきりとそう言ってくれるシルバーの優しさに、ユウは思わず顔を覆った。彼のそう言った何の衒いもなくかける温かい言葉にどれだけ救われ、そしてときめかされたことは数知れず。思いを断ち切るために会ったのに、ますます好きにさせてどうするんだとユウは叫びたかった。
「お前にお礼をしたいのだが……何もないな」
辺りを見回すがここは学園裏の森のため、存在するのはただの草木程度だ。困っているシルバーにユウはお礼はいらないと言った。すると、彼の肩に薔薇を持った小鳥が一羽とまる。更にリスが彼の膝の上に同じく真っ赤な薔薇を置いた。彼らに続くように他の小鳥やリスもシルバーの膝の上に赤い薔薇を置いた。
「これを、俺にくれるのか?」
シルバーの元に薔薇を置いた小動物たちはしきりに頷き、次にユウの頭上を飛び回ったり肩に乗り始めたりした。シルバーは彼らの言いたいことが分かると、薔薇を全て束ね始める。そして小鳥が持たせてくれた色紙で巻き、実践魔法でリボンを出して縛った。
「ユウ、これを」
彼が差し出したのは、真っ赤な薔薇の花束だった。ユウは短時間で動物たちが集めてきた薔薇だけでできた立派な花束に目を丸くした。
「い、いいんですか……? こんなにたくさん」
「ああ。お前に渡したい。受け取ってくれるか?」
「も、もちろんです」
お返しをもらっても気持ちに応えてもらえたわけではない。しかし、好きな人から手渡されるなら何でも受け取りたいと、ユウはそろそろと花束に手を伸ばす。すると、シルバーがユウの手を取った。
「ところで。チョコで好意を伝えるのも愛らしいが、俺に一言言ってくれないのか」
彼があまりにも真っ直ぐな瞳で尋ねるので、ユウは一瞬シルバーが何を言ったのか分からなかった。もう一度脳内で言葉を反芻すると、ユウの首から耳までが熱で真っ赤になった。
「……え!? な、なんで」
「親父殿が貸してくれた漫画? という本で読んだ。女性はこの時期に好意を持っている男性にチョコを贈ると。そうじゃないのか?」
不安げに尋ねてくるシルバーに、反射でユウは首を横に振った。は! と正気を取り戻した時には、シルバーがこちらをじっと見ている。動物たちで気を紛らわせようにも、彼らはとっくに遠くで二人の様子を見守っていた。
「……ば、ばれちゃいました」
後頭部を掻くユウは、観念した様子で首を竦める。知られることなど予定にはなかったが、漫画というものにまさかシルバーが触れていたのは誤算だった。しかし、ばれたからと言って、ユウはシルバーに気持ちに応えてほしいと言うつもりはなかった。
「でも、これは本当にただの気持ちなんです。だって先輩はモテるし、私なんてたまに話すくらいで……その、好きとかそういうわけじゃないってことは知っていますから。なので、先輩は気負わなくても」
「まだ俺は何も言ってない」
予想しなかった強い口調に、ユウは口を閉じる。シルバーが握る力を強くするので、ユウは手から熱を流し込まれるような気分がした。シルバーがユウを見る瞳は普段の涼やかなものではなく、薔薇の赤を反射した熱のこもったものだ。
「ユウ、このチョコに籠められた気持ちが俺は嬉しい。だから、教えてほしい。お前の気持ちを、お前の口で」
あまりに情熱的でわがままなシルバーの言葉に、ユウは顔を真っ赤にして戸惑った。想像上のシルバーは、絶対に了承しない上こんな意地悪を言わないのだ。
「い、言わせるなんて卑怯です」
「好きな相手がじれったくチョコで思いを伝えて自己完結しそうだったんだ。俺は少し怒っている」
う、と言葉を詰まらせたユウに逃げ道はなかった。怒らせてしまったのは完全にユウのせいであることに間違いはない上、自己完結してしまうつもりだったことも否定できない。ユウは心臓が焼き切れて落ちてしまうのではないのかと思うほど、体中が震える思いがした。彼に抱いていた思いの大きさを今更ながら確認したユウは自分で呆れた。
「……好きです。シルバー先輩」
言葉にしても治まるどころかますます激しくなる拍動にユウは泣き出したくなった。薔薇の赤を反射したシルバーの瞳が、柔らかく弧を描く。泣き出しそうなその笑顔に、ユウは息も忘れた。
「俺も、お前が好きだ」
のどかな昼下がり、二人は12本の薔薇を挟んで微笑みあった。シルバーがそっと口づけで教えてくれたチョコの味は、泣き出したくなる程甘かった。
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