彼は貴方のものじゃない
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ユウが見上げた天井には魔の山と呼ばれる山を抱くドラゴンが描かれている。絢爛豪華な装飾品たちはいずれもユウが住まわせてもらっている家が何件買えるか分からないほど高額なものだ。漂う気品と重厚な雰囲気にユウは既に胸が潰されそうだった。
しかし、招かれた以上後には引けない。ユウはこのケイラの屋敷で、決着をつけるつもりだった。
メイドがケイラの訪れを告げると、黒塗りの扉から輝かしい虹色の翅をもったあの妖精は現れた。先週初めて会った時に見たドレスとは全く違う品よくスワロフスキーがあしらわれたマーメイドドレスを着ている。夜空のような暗いドレスの色が彼女の白磁のような肌を引き立てるので、ユウは反射的に目を細めた。
「いらっしゃい。ユウさん」
にっこりと笑う彼女の温度のない言葉に、ユウは一つとして心のうちに留めようとは思わなかった。彼女が要求するのはただ一つ。
「シルバー先輩が婚約者だなんて、大嘘を言いふらすのはやめてください」
腰掛けたケイラにユウはきっぱりと言い放った。ユウの黒曜石のような瞳には燃えるような怒りがあった。
「今日貴方の招待を受けたのはこれを言うためです」
「ふふ、貴方ってやっぱり世間知らずね」
何が、と眉をしかめたユウに、ケイラは相も変わらず冷たい笑いを向けている。口元に手を当てて笑っている彼女の目が三日月のように細められる。
「ここは茨の谷。貴方はただの人間でシルバーに気に入られただけ。シルバーだってそう。彼は腕がいくら立っても、ただの騎士。城の中は城主の意のまま、一度でも彼女の機嫌を損ねれば追放は免れない」
ケイラはメイドに出された茶を一口すする。伏せたまつ毛が陽光を反射して、ユウは目がちかちかと眩んだ。次の瞬間、ケイラの真珠色の瞳が煌いた。
「だから後ろ盾が必要なの。代々騎士は婚約する家によってその地位を高めた。貴方にそれはできないけれど、私にはできる」
「役不足だからなんだって言うんです。シルバー先輩は立場に執着しません」
「そうかしら。彼はきっと次期領主様のお傍に居たがると思うけれど」
確かにそうだと口をつぐんだユウに、ますます愉快そうにケイラは鼻で笑う。持ち上げたティーカップを机の上に置くと、彼女は二度手を叩いた。ユウは突然のことに肩をびくりと震わせると、黒塗りの扉から銀髪が顔を見せた。
「言い忘れていたわ。私の新しい騎士を抱えることになったの。とても腕が立つって聞いて、ぜひ引き抜きたかった。領主様からのお許しも頂いたわ」
ユウは愕然と目の前の光景を見つめた。シルバーがこの屋敷の兵士と全く同じ格好で入ってくる。そしてケイラに敬礼をすると、そのままひざまづいた。
「私への忠誠も、婚約も誓ってくれたの。素敵でしょう?」
ケイラが見せつけた左手の薬指にはめられているダイヤモンドの輝きに、ユウの感情は焼き払われた。彼女は傍にあったティーカップを握りしめて、ケイラを見上げる。禍々しく黒く燃えるその瞳は、嫉妬と怒りで満ちていた。
「先輩に何をしたの?」
ぞくりとうなじが震えたケイラは、咄嗟に挑発的に笑った。
「あるべき姿を取り戻しただけ。シルバー、今度こそ挨拶して頂戴」
シルバーは立ち上がり、ケイラの肩を掴むと顔を近づけだした。それが何を意味するか分かった瞬間、その身を焼き尽くさん勢いでユウの体中に闘気が立ち上った。ユウはすぐさま手の中のカップを割り、割れたカップの突起をケイラに向けて残像すら見えないほどの速さで突き刺す。どん! という音と共にカップがずぶりと肉に食い込む感覚がユウの手の中に伝わった。ぽた、と大理石の床に落ちた真っ赤な血が斑を作る。ユウは見上げた先の端正な顔が感情を映すことなく、左の前腕でカップを受け止めていたことに体中が凍り付いた。
「先輩……? なんで、そんな女を守るの?」
ユウの絶望に見開かれた瞳に映るシルバーは、何も答えない。ただ腕に刺されたそのカップを引き抜くと、更に彼の袖口に赤黒い染みが広がった。ユウは急いでハンカチを取り出し、シルバーの止血をする。シルバーは、されるがままその施しを受けていた。あまりの出来事に呆けていたケイラが、シルバーを抱いて叫んだ。
「衛兵! この娘を連れて行きなさい!」
「余計なことをしないで!」
かろうじて仮止めできただけの傷口はまだ塞がっていない。それなのに急いで入ってきた衛兵たちに引きはがされたユウは、シルバーに手を伸ばした。
「離してください! 先輩! 先輩!!」
「やだ、私の婚約者に手を出さないでいただける。下民の……それも人間風情が。連れて行って」
ケイラは衛兵二人相手にもがくユウに先ほど感じた殺意への悪寒を思い出し、すぐに寄ってきた衛兵長に言いつけた。
「あの者は私に向けて、カップの破片で刺そうとしました。そこをシルバーが何とか助けてくれたわ。あの娘、私とシルバーの結婚式まで厳重に閉じ込めて頂戴」
「はっ!」
ケイラは満足すると、良く守ってくれました、とシルバーに微笑む。しかし、シルバーはその微笑みにすら答えなかった。ケイラはシルバーの腕に巻き付いているハンカチを取り、その場にいた執事に言った。
「これ、燃やして頂戴。それと新しいハンカチも持って来てくださる?」
「はっはい!」
ぽたぽたと再び流れ出した血に大理石が汚れようが、ケイラは構わなかった。シルバーの逞しい胸に凭れると、うっとりとため息を吐き、彼女は微笑んだ。
「ああ、これでようやく、約束は形になるのね」
しかし、招かれた以上後には引けない。ユウはこのケイラの屋敷で、決着をつけるつもりだった。
メイドがケイラの訪れを告げると、黒塗りの扉から輝かしい虹色の翅をもったあの妖精は現れた。先週初めて会った時に見たドレスとは全く違う品よくスワロフスキーがあしらわれたマーメイドドレスを着ている。夜空のような暗いドレスの色が彼女の白磁のような肌を引き立てるので、ユウは反射的に目を細めた。
「いらっしゃい。ユウさん」
にっこりと笑う彼女の温度のない言葉に、ユウは一つとして心のうちに留めようとは思わなかった。彼女が要求するのはただ一つ。
「シルバー先輩が婚約者だなんて、大嘘を言いふらすのはやめてください」
腰掛けたケイラにユウはきっぱりと言い放った。ユウの黒曜石のような瞳には燃えるような怒りがあった。
「今日貴方の招待を受けたのはこれを言うためです」
「ふふ、貴方ってやっぱり世間知らずね」
何が、と眉をしかめたユウに、ケイラは相も変わらず冷たい笑いを向けている。口元に手を当てて笑っている彼女の目が三日月のように細められる。
「ここは茨の谷。貴方はただの人間でシルバーに気に入られただけ。シルバーだってそう。彼は腕がいくら立っても、ただの騎士。城の中は城主の意のまま、一度でも彼女の機嫌を損ねれば追放は免れない」
ケイラはメイドに出された茶を一口すする。伏せたまつ毛が陽光を反射して、ユウは目がちかちかと眩んだ。次の瞬間、ケイラの真珠色の瞳が煌いた。
「だから後ろ盾が必要なの。代々騎士は婚約する家によってその地位を高めた。貴方にそれはできないけれど、私にはできる」
「役不足だからなんだって言うんです。シルバー先輩は立場に執着しません」
「そうかしら。彼はきっと次期領主様のお傍に居たがると思うけれど」
確かにそうだと口をつぐんだユウに、ますます愉快そうにケイラは鼻で笑う。持ち上げたティーカップを机の上に置くと、彼女は二度手を叩いた。ユウは突然のことに肩をびくりと震わせると、黒塗りの扉から銀髪が顔を見せた。
「言い忘れていたわ。私の新しい騎士を抱えることになったの。とても腕が立つって聞いて、ぜひ引き抜きたかった。領主様からのお許しも頂いたわ」
ユウは愕然と目の前の光景を見つめた。シルバーがこの屋敷の兵士と全く同じ格好で入ってくる。そしてケイラに敬礼をすると、そのままひざまづいた。
「私への忠誠も、婚約も誓ってくれたの。素敵でしょう?」
ケイラが見せつけた左手の薬指にはめられているダイヤモンドの輝きに、ユウの感情は焼き払われた。彼女は傍にあったティーカップを握りしめて、ケイラを見上げる。禍々しく黒く燃えるその瞳は、嫉妬と怒りで満ちていた。
「先輩に何をしたの?」
ぞくりとうなじが震えたケイラは、咄嗟に挑発的に笑った。
「あるべき姿を取り戻しただけ。シルバー、今度こそ挨拶して頂戴」
シルバーは立ち上がり、ケイラの肩を掴むと顔を近づけだした。それが何を意味するか分かった瞬間、その身を焼き尽くさん勢いでユウの体中に闘気が立ち上った。ユウはすぐさま手の中のカップを割り、割れたカップの突起をケイラに向けて残像すら見えないほどの速さで突き刺す。どん! という音と共にカップがずぶりと肉に食い込む感覚がユウの手の中に伝わった。ぽた、と大理石の床に落ちた真っ赤な血が斑を作る。ユウは見上げた先の端正な顔が感情を映すことなく、左の前腕でカップを受け止めていたことに体中が凍り付いた。
「先輩……? なんで、そんな女を守るの?」
ユウの絶望に見開かれた瞳に映るシルバーは、何も答えない。ただ腕に刺されたそのカップを引き抜くと、更に彼の袖口に赤黒い染みが広がった。ユウは急いでハンカチを取り出し、シルバーの止血をする。シルバーは、されるがままその施しを受けていた。あまりの出来事に呆けていたケイラが、シルバーを抱いて叫んだ。
「衛兵! この娘を連れて行きなさい!」
「余計なことをしないで!」
かろうじて仮止めできただけの傷口はまだ塞がっていない。それなのに急いで入ってきた衛兵たちに引きはがされたユウは、シルバーに手を伸ばした。
「離してください! 先輩! 先輩!!」
「やだ、私の婚約者に手を出さないでいただける。下民の……それも人間風情が。連れて行って」
ケイラは衛兵二人相手にもがくユウに先ほど感じた殺意への悪寒を思い出し、すぐに寄ってきた衛兵長に言いつけた。
「あの者は私に向けて、カップの破片で刺そうとしました。そこをシルバーが何とか助けてくれたわ。あの娘、私とシルバーの結婚式まで厳重に閉じ込めて頂戴」
「はっ!」
ケイラは満足すると、良く守ってくれました、とシルバーに微笑む。しかし、シルバーはその微笑みにすら答えなかった。ケイラはシルバーの腕に巻き付いているハンカチを取り、その場にいた執事に言った。
「これ、燃やして頂戴。それと新しいハンカチも持って来てくださる?」
「はっはい!」
ぽたぽたと再び流れ出した血に大理石が汚れようが、ケイラは構わなかった。シルバーの逞しい胸に凭れると、うっとりとため息を吐き、彼女は微笑んだ。
「ああ、これでようやく、約束は形になるのね」