彼は貴方のものじゃない
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石畳でできている廊下を歩いていると、城内に配置されている護衛たちは微塵も動かずに立っている。しかし、リリアとユウを見ると敬礼をするので、本当にあの酒場で大盛り上がりした男たちだろうかとユウは自分の目を疑った。
シルバーがいるのは来賓のために用意した応接間で、そこで警備をしているらしい。マレウスの護衛以外にも城の安全を保つのも彼の役目だ。あくまで職務についているので、会話はできないと分かっていても、ユウは城の中でのシルバーを見てみたかった。リリアの案内についていくと、何やら着飾った妖精たちが供を連れて歩いている。彼に聞けば、今日の来賓じゃと言われた。こうも華やかになるのだな、と考えたユウは、行く先にきゃあと言う黄色い声が上がるのが聞こえた。
「今の声はなんでしょうか?」
「いや……よくあることじゃ」
純粋にユウに問われたリリアはすっかり忘れていた。この城における汚らしい部分はもう一つあることを。いや、彼からすればただの風景なのだが、ユウにしてみれば大問題である。
そして彼女もその黄色い声の真ん中に恋人がいるのを見て、思わず足が止まってしまった。シルバーの周りに集った花の精のような女性たちが、猫なで声で彼に話しかけている。
「シルバー様、ごきげんよう」
「シルバー様、この前贈った衣服はいかがでした?」
「あら、今度は私ともお茶会にいたしません?」
シルバーは一切動じていないが、肝心のユウは大丈夫だろうかとリリアがそっと視線を隣に向ける。彼女は半目になって、薄く微笑んでいるようなそうでもないような表情をしている。その表情はなんじゃと尋ねれば、アルカイックスマイルですと言われるので、彼女は仏像なのかとリリアは思うことにした。しかし、その拳には溢れんばかりの怒りがギリギリと音を立ててみなぎっている。
彼女がそのまま突っ込んでいかないのは、シルバーが一切相手をせず眠っているからだろう。いや任務中に寝ているのは後で叱るとして、ユウが令嬢たちを蹴散らすような真似をしなくて済むので今は目を瞑ることにした。
ユウは笑みを崩さないまま、ぼそりと呟いた。
「……男子校に通っているせいですかね。ああいう女子見ると、ものすごくイライラします」
「おうおう。存分に見せつけてやるがよい」
しかし、そこに虹が現れた。いや、七色の翅をもったその妖精は、ユウの息すら止めてしまうほどに美しかった。まつ毛は白銀で、瞳は螺鈿細工のように真珠色の薄片がはめ込まれているようだ。彼女もシルバーの元へ一歩一歩近づいていく。その度に取り巻きの女性たちは彼から離れて行った。虹の妖精は顔を上げて微笑んだ。
「シルバー。お帰りなさい。会いたかったわ」
歩くだけで光が移動しているような心地になったユウは、シルバーがそれまでと違い目を開け、敬礼するのを見ていた。
「挨拶が遅れてしまい、申し訳ありません。ケイラ・ミゼラブル様」
彼は彼女の手を取り、白磁のような手の甲にキスをした。それくらいは社交辞令と学んでいるため、ユウはむしろ物語の一場面のような二人のやりとりをうっとりと見ていた。
「……そこじゃないわ。こっちよ」
ケイラがたおやかな指でさしたのは、自身の薄い唇だった。ユウはあまりの出来事に二人の間へ飛んで行こうとするが、リリアが堪えるんじゃ! と小声で彼女を制止する。シルバーはやんわりと彼女の要求を掌を見せて拒否した。
「……出来かねます」
「あら、婚約者に随分なことを言うのね」
「婚約者!?」
シルバーが声のする方を見ると、そこには今日面会する予定だったユウが信じられないと言った調子で立っていた。リリアが顔に手を当てて、あちゃあと困った様子を見せている。
ユウも出てきてから、シルバーの驚く顔を見て、やってしまったと身を固くした。しかし、どんなに美しい妖精であろうとも自分の恋人にそう馴れ馴れしく近づかれるのは気に食わない。ユウはシルバーと妖精の間に割って入ると、彼女を見上げた。
「ちょっと貴方、言わせていただきますが、シルバー先輩は私の恋人です」
シルバーの腕を掴んで引き寄せたユウは、精いっぱいの怖い顔で睨んだ。しかし、どう見ても子犬の唸り声程度にしか、その場にいる者には思えなかった。
「勝手にキスしようとしないでください」
精いっぱいの牽制にくすくすとケイラは笑った。そんな小さな仕草すらどきりとしてしまうほど美しいので、ユウは怒っているんだか美しさに辟易しているんだか分からなくなりそうだった。
「あら、随分と幼い顔立ちがお好みなのね。でも無知で教養もないわ」
ケイラは持っていた扇子でユウの顔を持ち上げる。覗き込んでくる瞳に温度はなく、ユウは身動きすることをためらった。
「平民育ちの人間が、妖精族の貴族に逆らうだなんて。悪い子ね」
その瞬間、きん、と澄んだ音が廊下に響き渡った。ユウはいつの間にかシルバーの腕の中におり、彼が鞘から少しだけ出した剣でユウの喉元に刺さりそうだった針を受け止めていた。その針は明らかにケイラの翅から伸びていた。
「いい加減になさってください。俺は婚約など覚えてなどいません」
くすくすと笑ったケイラは針を仕舞うと、シルバーにお辞儀をした。
「いずれ思い出しますわ。その時までごきげんよう」
ケイラはリリアの方にもお辞儀をしてその場を去ると、リリアがやけに険しい顔でシルバーに近寄った。
「シルバー、お主、口約束を妖精相手にしたのか?」
シルバーは首を横に振るが、その表情はどこか不安げだ。
「あまり覚えていません。そもそもケイラ様とお会いしたのは、もう十数年前の話です」
「……もし妖精に口約束をしたなら、その執念は深い。よく注意しておけ」
リリアの常にない深い声音での注意が、いやにユウの耳に残った。シルバーのユウを抱く腕が強くなる。シルバーとケイラが立っていた物語のワンシーンのような情景がユウの脳裏に焼き付いた。
*
「シルバー。お前宛だ」
夕焼けの差す騎士の休憩室に置かれているのは、いずれも昼間自分に求愛行為(とリリアから聞いただけなのだが)をした女性たちからの贈り物だ。しかし、ほぼ仮眠程度にしか使っていないこの部屋に、それも同僚たちも使う部屋の一角を占めるほどに置いて行かれるのは流石にシルバーも対処すべきだと思った。
なによりユウに自分が女性たちに言い寄られるところを見られたのが、彼なりにこたえている。あの後リリアに連れられて帰ったが、正直彼女が何をしでかすか分からない。こんなことで信頼関係が壊れるとは思わないが、彼女は如何せんシルバーの思考の導線を外れたところへ行動を起こしたことは数知れない。何より不安にさせたせいで彼女の笑顔が消えてしまうのがシルバーには辛かった。
プレゼントの一つに、ケイラからの包みもあった。中にはマフィンが入っていて、香ばしいバターの匂いが鼻腔をくすぐる。先ほどまでの集中力を使う出来事が立て続けに起こったせいか、やけに腹も空く。彼の肩に乗った小鳥がちちちと囁いた。シルバーはその匂いにつられて、そっと口を開けた。
シルバーがいるのは来賓のために用意した応接間で、そこで警備をしているらしい。マレウスの護衛以外にも城の安全を保つのも彼の役目だ。あくまで職務についているので、会話はできないと分かっていても、ユウは城の中でのシルバーを見てみたかった。リリアの案内についていくと、何やら着飾った妖精たちが供を連れて歩いている。彼に聞けば、今日の来賓じゃと言われた。こうも華やかになるのだな、と考えたユウは、行く先にきゃあと言う黄色い声が上がるのが聞こえた。
「今の声はなんでしょうか?」
「いや……よくあることじゃ」
純粋にユウに問われたリリアはすっかり忘れていた。この城における汚らしい部分はもう一つあることを。いや、彼からすればただの風景なのだが、ユウにしてみれば大問題である。
そして彼女もその黄色い声の真ん中に恋人がいるのを見て、思わず足が止まってしまった。シルバーの周りに集った花の精のような女性たちが、猫なで声で彼に話しかけている。
「シルバー様、ごきげんよう」
「シルバー様、この前贈った衣服はいかがでした?」
「あら、今度は私ともお茶会にいたしません?」
シルバーは一切動じていないが、肝心のユウは大丈夫だろうかとリリアがそっと視線を隣に向ける。彼女は半目になって、薄く微笑んでいるようなそうでもないような表情をしている。その表情はなんじゃと尋ねれば、アルカイックスマイルですと言われるので、彼女は仏像なのかとリリアは思うことにした。しかし、その拳には溢れんばかりの怒りがギリギリと音を立ててみなぎっている。
彼女がそのまま突っ込んでいかないのは、シルバーが一切相手をせず眠っているからだろう。いや任務中に寝ているのは後で叱るとして、ユウが令嬢たちを蹴散らすような真似をしなくて済むので今は目を瞑ることにした。
ユウは笑みを崩さないまま、ぼそりと呟いた。
「……男子校に通っているせいですかね。ああいう女子見ると、ものすごくイライラします」
「おうおう。存分に見せつけてやるがよい」
しかし、そこに虹が現れた。いや、七色の翅をもったその妖精は、ユウの息すら止めてしまうほどに美しかった。まつ毛は白銀で、瞳は螺鈿細工のように真珠色の薄片がはめ込まれているようだ。彼女もシルバーの元へ一歩一歩近づいていく。その度に取り巻きの女性たちは彼から離れて行った。虹の妖精は顔を上げて微笑んだ。
「シルバー。お帰りなさい。会いたかったわ」
歩くだけで光が移動しているような心地になったユウは、シルバーがそれまでと違い目を開け、敬礼するのを見ていた。
「挨拶が遅れてしまい、申し訳ありません。ケイラ・ミゼラブル様」
彼は彼女の手を取り、白磁のような手の甲にキスをした。それくらいは社交辞令と学んでいるため、ユウはむしろ物語の一場面のような二人のやりとりをうっとりと見ていた。
「……そこじゃないわ。こっちよ」
ケイラがたおやかな指でさしたのは、自身の薄い唇だった。ユウはあまりの出来事に二人の間へ飛んで行こうとするが、リリアが堪えるんじゃ! と小声で彼女を制止する。シルバーはやんわりと彼女の要求を掌を見せて拒否した。
「……出来かねます」
「あら、婚約者に随分なことを言うのね」
「婚約者!?」
シルバーが声のする方を見ると、そこには今日面会する予定だったユウが信じられないと言った調子で立っていた。リリアが顔に手を当てて、あちゃあと困った様子を見せている。
ユウも出てきてから、シルバーの驚く顔を見て、やってしまったと身を固くした。しかし、どんなに美しい妖精であろうとも自分の恋人にそう馴れ馴れしく近づかれるのは気に食わない。ユウはシルバーと妖精の間に割って入ると、彼女を見上げた。
「ちょっと貴方、言わせていただきますが、シルバー先輩は私の恋人です」
シルバーの腕を掴んで引き寄せたユウは、精いっぱいの怖い顔で睨んだ。しかし、どう見ても子犬の唸り声程度にしか、その場にいる者には思えなかった。
「勝手にキスしようとしないでください」
精いっぱいの牽制にくすくすとケイラは笑った。そんな小さな仕草すらどきりとしてしまうほど美しいので、ユウは怒っているんだか美しさに辟易しているんだか分からなくなりそうだった。
「あら、随分と幼い顔立ちがお好みなのね。でも無知で教養もないわ」
ケイラは持っていた扇子でユウの顔を持ち上げる。覗き込んでくる瞳に温度はなく、ユウは身動きすることをためらった。
「平民育ちの人間が、妖精族の貴族に逆らうだなんて。悪い子ね」
その瞬間、きん、と澄んだ音が廊下に響き渡った。ユウはいつの間にかシルバーの腕の中におり、彼が鞘から少しだけ出した剣でユウの喉元に刺さりそうだった針を受け止めていた。その針は明らかにケイラの翅から伸びていた。
「いい加減になさってください。俺は婚約など覚えてなどいません」
くすくすと笑ったケイラは針を仕舞うと、シルバーにお辞儀をした。
「いずれ思い出しますわ。その時までごきげんよう」
ケイラはリリアの方にもお辞儀をしてその場を去ると、リリアがやけに険しい顔でシルバーに近寄った。
「シルバー、お主、口約束を妖精相手にしたのか?」
シルバーは首を横に振るが、その表情はどこか不安げだ。
「あまり覚えていません。そもそもケイラ様とお会いしたのは、もう十数年前の話です」
「……もし妖精に口約束をしたなら、その執念は深い。よく注意しておけ」
リリアの常にない深い声音での注意が、いやにユウの耳に残った。シルバーのユウを抱く腕が強くなる。シルバーとケイラが立っていた物語のワンシーンのような情景がユウの脳裏に焼き付いた。
*
「シルバー。お前宛だ」
夕焼けの差す騎士の休憩室に置かれているのは、いずれも昼間自分に求愛行為(とリリアから聞いただけなのだが)をした女性たちからの贈り物だ。しかし、ほぼ仮眠程度にしか使っていないこの部屋に、それも同僚たちも使う部屋の一角を占めるほどに置いて行かれるのは流石にシルバーも対処すべきだと思った。
なによりユウに自分が女性たちに言い寄られるところを見られたのが、彼なりにこたえている。あの後リリアに連れられて帰ったが、正直彼女が何をしでかすか分からない。こんなことで信頼関係が壊れるとは思わないが、彼女は如何せんシルバーの思考の導線を外れたところへ行動を起こしたことは数知れない。何より不安にさせたせいで彼女の笑顔が消えてしまうのがシルバーには辛かった。
プレゼントの一つに、ケイラからの包みもあった。中にはマフィンが入っていて、香ばしいバターの匂いが鼻腔をくすぐる。先ほどまでの集中力を使う出来事が立て続けに起こったせいか、やけに腹も空く。彼の肩に乗った小鳥がちちちと囁いた。シルバーはその匂いにつられて、そっと口を開けた。