手荒い歓迎
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城下町には騎士たちの集う酒場がある。「グーン」と呼ばれる茨の魔女の間抜けな家臣の名が冠されたこの酒場は、飲食店が立ち並ぶ通りの中でも一段と賑やかだ。
誰かがビールの入ったジョッキを天高く突き上げ、店の照明がビールを黄金に輝かせる。轟雷にも似た声がひときわ大きく店内に響いた。
「リリア様! シルバー! セベク! お帰りなさい!!!」
各々のテーブルでぶつけられたジョッキたちが笑い声をあげるように響き合う。セベクが着席していたテーブルではひげをしっかり蓄えたドワーフが彼の頭を無造作に撫でた。
「セベ坊、また身長伸びたんじゃないか?」
「俺たちなんかとっくのとうに追い越してしまったな」
ぐりぐりと両隣から撫でまわされ、背のことばかり言われるので、セベクは負けないほどの声量で立ちあがり叫んだ。
「ええい! 僕の頭を必要以上に触るな!」
「あー、この大きな声がなつかしく感じるなんて、一年てのは長いんだなー」
それでも男たちは、可愛い息子のようなセベクが無事谷に戻ってきたことを喜んだ。その様子に辟易しているセベクの隣のテーブルでは、リリアの前にジョッキが重い音を立てておかれる。リリアが見上げた先で、壮年の妖精がそのジョッキにビールを入れた。
「リリア様。例のあれをしましょう」
「ほう。わしに敵う奴でも現れおったか」
挑戦的に微笑んだリリアに、挑戦を叩きつけた彼の背後に現れた男たちと店の奥に置かれている樽を見せつけた。
「俺たちは毎日のように飲んで肝臓を鍛えています。学生生活を続けて断酒しているリリア様に勝てること間違いなしです!」
リリアは膝を叩いて、ジョッキに手をかけた。彼の目に燃えるマゼンタがギラリと輝いた。
「その意気込みやよし! すべて蹴散らしてくれるわ!」
さてその隣のテーブルは比較的食事を楽しむものが大半だが、彼らの視線は如何せん帰ってきたシルバーよりもその隣にいる人間に注がれていた。まるで動物園の動物になった気分だとユウは肩を竦め、精一杯の笑顔を作ってみせる。
「初めまして。ユウです」
彼女の微笑みはその場に春風を吹かせる。まだ春は来ていないと言うのに、その場に漂う柔らかな雰囲気に全員が胸を高鳴らせた。誰もが身を乗り出し、彼女に質問をした。
「随分と可愛い顔してるね! 本当に人間?」
「好きな宝石は何? 俺がとってきてあげる」
「どこの国から来たの?」
ユウは誰の質問から答えればいいのか分からず、視線を右往左往させていると、逞しい右腕が彼女の肩を抱いた。
「あまり質問攻めをしないでください。俺の恋人です。それで十分でしょう」
シルバーの真っ直ぐな言葉とあからさまな牽制に男たちはにやりと笑った。
「言うようになったじゃないか、シルバー。剣術で俺たちに泣かされていたのがなつかしい」
「昔の話でしょう。俺はもう泣きません」
そうだそうだ! と加勢したのは彼の恋人だった。シルバーに抱かれていた肩は抜け出していて、ユウは握りこぶしを作ってシルバーのことをからかった男に真っ向から反抗した。しかめっ面をしている彼女など、幾多の戦場を駆け抜けた男たちからすればさほど迫力はない。
「先輩は強いんですから! 泣かせるだなんていつの話でマウント取っているんですか!」
にやり、と笑った男はパチンと指を鳴らした。
「ほーお。んじゃ、ここで一つ、お嬢ちゃんにひとつ何か披露してもらおうか」
ユウは嫌な予感がする、とこめかみに冷汗をかいた。ここの次期領主でありながら友人であるマレウスをはじめとする妖精族には一つの共通点がある。それは、すぐに人間を試そうとすることだ。
「いいですよ。何をしますか?」
「こいつを俺に当ててみろ。一度でもいい。こいつの始めの合図から、一度でも俺を当てられたらお嬢ちゃんの勝ちだ」
投げられたのは店の箒だ。受け取ったユウはなかなかの握り心地の悪さだと確認すると、立ち上がった。男はもう三人が並んでいるテーブルの前で見世物の始まりだとはやし立てる。彼らの前に出て行こうとするユウの細い手首を捉えた手の主は、視線を寄越すことなく言った。
「ユウ。付き合うことはない」
シルバーは行ってほしくないと言っているが、ユウには引き下がれない理由がとっくのとうにできている。尊敬する人を馬鹿にされて、頭に来ないわけがないのはトレインの一件でもうとっくに知っているだろう。
ユウは笑顔で彼にこたえた。
「行ってきます! 絶対勝てるので、応援しててください」
そう言って彼のもとを去ったユウの勇ましい背中に、シルバーはようやく視線を向けると笑った。
「……止めても無駄か」
男は小柄なユウが箒を構えているのを見て、へらへらと笑った。頬と鼻が赤いのを見る限り、どうやら少し酒が入っているらしい。
「いいのか? 俺は騎士団でも俊敏だぜ?」
「いいですよ」
しかし、箒と模造刀じゃ勝手が違うために、慣れない構えをするユウに男は嗤った。
「そんなへっぴり腰じゃダメだろ」
周りでげらげらと酒で喉をつぶされた男たちの笑い声が響く。ユウはそれでも男をじっと見ていた。
様子を見ていたうちの一人がジョッキを掲げると同時に、合図をした。
「はじめ!」
「ほらほら! 捕まえて見せろよ!」
一瞬で姿が見えなくなった彼は酒屋の中を縦横無尽に駆け回り、気流が生まれ始めた。踏みつけた靴音だけが壁や床、椅子にするだけで、ユウの視界に一瞬たりともとどまらない。そして、ユウは一歩も動かなかった。なんなら、目すら瞑っているので、誰もが彼女の敗北を予感した。
「諦めて泣いてんのか?」
観客の一人がそう呟くと、シルバーが首を横に振った。
「違う。あいつには見えている」
彼には分かっていた。彼女が一体何を探ろうとしているのか。それは目を必要としないことであるとも。だから、セベクも見ているのがじれったくなって叫んだ。
「いつまで休憩しているつもりだ! ユウ!」
バン! という重々しい木のぶつかる音と共に、男が床に尻もちをつきながら左腕でかろうじて店の箒を受け止めていた。箒を振り下ろしていたユウは、ゆっくり目を開け、酔いが醒めた状態で彼女を呆然と見上げる男ににっこりと笑う。
「……当たりましたね」
「ま、参った」
その瞬間、酒場「グーン」は、一瞬でユウの剣術で話題が持ちきりになった。箒を当てられた男の腕からはいまだに衝撃が消えず痙攣している。観客の一人であるドワーフが目を丸くして言った。
「なんで当てられたんだ!?」
「あの嬢ちゃんただものじゃねえ!」
混乱に満ちたそこを唯一静寂に包まれていたテーブルから発された笑い声が席巻した。その場にいた誰もが注目した小柄な体は腹を抱えて、あまりの滑稽さに全身が震えていた。リリアはジョッキに残っていたビールを一気に飲み干すと、ユウをただの人間と侮っていた同胞たちに告げた。
「お主ら、その娘の剣術はセベクとシルバー仕込みじゃ。お主らとて甘く見ると痛い目を見るぞ」
ぞくり、と背筋を走った冷たいものに心当たりのあるものは全員身を固くすると、ユウは箒をシルバーの昔話で茶化した男たちに向けた。全身の毛を逆立てた猫のように、彼女はシルバーを庇いながら怒っていた。
「私が勝ったので、もうシルバー先輩を昔のことでからかわないでください!」
やれやれとシルバーがため息をついて立ち上がる。ユウの小さな肩をもう一度抱き寄せると、シルバーが彼女を背中に隠した。彼の真っ直ぐな瞳が騎士団の男たちに向けられる。
「俺のことは何と言っても構いません。でも、今のような戯れにユウを巻き込まないでください。彼女に万が一怪我をさせたなら、次は俺が相手になります」
軽口を否定させるために体を張ったユウといい、シルバーの冗談抜きの牽制といい、その場にいた誰もがこの恋人たちに笑い声をあげた。
「あはは! 随分とお熱い。これは痛い目を見る前に謝らなくちゃな」
妖精なりのお辞儀を見せた一同にユウはそろそろとシルバーの背中から顔を出す。猛禽類の翼をもつ男が柔和な笑みを浮かべた。
「申し訳ありません。僕たちはシルバーやセベクが可愛くて仕方ないんです。なにせ、弟のように育ててきましたから」
「ここでしか聞けないシルバーの話もできるぜ?」
彼らから次々に知りたかったことを聞かせてもらえると分かると、ユウは警戒態勢を解き、目を輝かせた。シルバーの背中から飛び出てきた彼女は、男たちの群れに飛び込んでいった。
「ぜひ、聞きたいです!」
誰かがビールの入ったジョッキを天高く突き上げ、店の照明がビールを黄金に輝かせる。轟雷にも似た声がひときわ大きく店内に響いた。
「リリア様! シルバー! セベク! お帰りなさい!!!」
各々のテーブルでぶつけられたジョッキたちが笑い声をあげるように響き合う。セベクが着席していたテーブルではひげをしっかり蓄えたドワーフが彼の頭を無造作に撫でた。
「セベ坊、また身長伸びたんじゃないか?」
「俺たちなんかとっくのとうに追い越してしまったな」
ぐりぐりと両隣から撫でまわされ、背のことばかり言われるので、セベクは負けないほどの声量で立ちあがり叫んだ。
「ええい! 僕の頭を必要以上に触るな!」
「あー、この大きな声がなつかしく感じるなんて、一年てのは長いんだなー」
それでも男たちは、可愛い息子のようなセベクが無事谷に戻ってきたことを喜んだ。その様子に辟易しているセベクの隣のテーブルでは、リリアの前にジョッキが重い音を立てておかれる。リリアが見上げた先で、壮年の妖精がそのジョッキにビールを入れた。
「リリア様。例のあれをしましょう」
「ほう。わしに敵う奴でも現れおったか」
挑戦的に微笑んだリリアに、挑戦を叩きつけた彼の背後に現れた男たちと店の奥に置かれている樽を見せつけた。
「俺たちは毎日のように飲んで肝臓を鍛えています。学生生活を続けて断酒しているリリア様に勝てること間違いなしです!」
リリアは膝を叩いて、ジョッキに手をかけた。彼の目に燃えるマゼンタがギラリと輝いた。
「その意気込みやよし! すべて蹴散らしてくれるわ!」
さてその隣のテーブルは比較的食事を楽しむものが大半だが、彼らの視線は如何せん帰ってきたシルバーよりもその隣にいる人間に注がれていた。まるで動物園の動物になった気分だとユウは肩を竦め、精一杯の笑顔を作ってみせる。
「初めまして。ユウです」
彼女の微笑みはその場に春風を吹かせる。まだ春は来ていないと言うのに、その場に漂う柔らかな雰囲気に全員が胸を高鳴らせた。誰もが身を乗り出し、彼女に質問をした。
「随分と可愛い顔してるね! 本当に人間?」
「好きな宝石は何? 俺がとってきてあげる」
「どこの国から来たの?」
ユウは誰の質問から答えればいいのか分からず、視線を右往左往させていると、逞しい右腕が彼女の肩を抱いた。
「あまり質問攻めをしないでください。俺の恋人です。それで十分でしょう」
シルバーの真っ直ぐな言葉とあからさまな牽制に男たちはにやりと笑った。
「言うようになったじゃないか、シルバー。剣術で俺たちに泣かされていたのがなつかしい」
「昔の話でしょう。俺はもう泣きません」
そうだそうだ! と加勢したのは彼の恋人だった。シルバーに抱かれていた肩は抜け出していて、ユウは握りこぶしを作ってシルバーのことをからかった男に真っ向から反抗した。しかめっ面をしている彼女など、幾多の戦場を駆け抜けた男たちからすればさほど迫力はない。
「先輩は強いんですから! 泣かせるだなんていつの話でマウント取っているんですか!」
にやり、と笑った男はパチンと指を鳴らした。
「ほーお。んじゃ、ここで一つ、お嬢ちゃんにひとつ何か披露してもらおうか」
ユウは嫌な予感がする、とこめかみに冷汗をかいた。ここの次期領主でありながら友人であるマレウスをはじめとする妖精族には一つの共通点がある。それは、すぐに人間を試そうとすることだ。
「いいですよ。何をしますか?」
「こいつを俺に当ててみろ。一度でもいい。こいつの始めの合図から、一度でも俺を当てられたらお嬢ちゃんの勝ちだ」
投げられたのは店の箒だ。受け取ったユウはなかなかの握り心地の悪さだと確認すると、立ち上がった。男はもう三人が並んでいるテーブルの前で見世物の始まりだとはやし立てる。彼らの前に出て行こうとするユウの細い手首を捉えた手の主は、視線を寄越すことなく言った。
「ユウ。付き合うことはない」
シルバーは行ってほしくないと言っているが、ユウには引き下がれない理由がとっくのとうにできている。尊敬する人を馬鹿にされて、頭に来ないわけがないのはトレインの一件でもうとっくに知っているだろう。
ユウは笑顔で彼にこたえた。
「行ってきます! 絶対勝てるので、応援しててください」
そう言って彼のもとを去ったユウの勇ましい背中に、シルバーはようやく視線を向けると笑った。
「……止めても無駄か」
男は小柄なユウが箒を構えているのを見て、へらへらと笑った。頬と鼻が赤いのを見る限り、どうやら少し酒が入っているらしい。
「いいのか? 俺は騎士団でも俊敏だぜ?」
「いいですよ」
しかし、箒と模造刀じゃ勝手が違うために、慣れない構えをするユウに男は嗤った。
「そんなへっぴり腰じゃダメだろ」
周りでげらげらと酒で喉をつぶされた男たちの笑い声が響く。ユウはそれでも男をじっと見ていた。
様子を見ていたうちの一人がジョッキを掲げると同時に、合図をした。
「はじめ!」
「ほらほら! 捕まえて見せろよ!」
一瞬で姿が見えなくなった彼は酒屋の中を縦横無尽に駆け回り、気流が生まれ始めた。踏みつけた靴音だけが壁や床、椅子にするだけで、ユウの視界に一瞬たりともとどまらない。そして、ユウは一歩も動かなかった。なんなら、目すら瞑っているので、誰もが彼女の敗北を予感した。
「諦めて泣いてんのか?」
観客の一人がそう呟くと、シルバーが首を横に振った。
「違う。あいつには見えている」
彼には分かっていた。彼女が一体何を探ろうとしているのか。それは目を必要としないことであるとも。だから、セベクも見ているのがじれったくなって叫んだ。
「いつまで休憩しているつもりだ! ユウ!」
バン! という重々しい木のぶつかる音と共に、男が床に尻もちをつきながら左腕でかろうじて店の箒を受け止めていた。箒を振り下ろしていたユウは、ゆっくり目を開け、酔いが醒めた状態で彼女を呆然と見上げる男ににっこりと笑う。
「……当たりましたね」
「ま、参った」
その瞬間、酒場「グーン」は、一瞬でユウの剣術で話題が持ちきりになった。箒を当てられた男の腕からはいまだに衝撃が消えず痙攣している。観客の一人であるドワーフが目を丸くして言った。
「なんで当てられたんだ!?」
「あの嬢ちゃんただものじゃねえ!」
混乱に満ちたそこを唯一静寂に包まれていたテーブルから発された笑い声が席巻した。その場にいた誰もが注目した小柄な体は腹を抱えて、あまりの滑稽さに全身が震えていた。リリアはジョッキに残っていたビールを一気に飲み干すと、ユウをただの人間と侮っていた同胞たちに告げた。
「お主ら、その娘の剣術はセベクとシルバー仕込みじゃ。お主らとて甘く見ると痛い目を見るぞ」
ぞくり、と背筋を走った冷たいものに心当たりのあるものは全員身を固くすると、ユウは箒をシルバーの昔話で茶化した男たちに向けた。全身の毛を逆立てた猫のように、彼女はシルバーを庇いながら怒っていた。
「私が勝ったので、もうシルバー先輩を昔のことでからかわないでください!」
やれやれとシルバーがため息をついて立ち上がる。ユウの小さな肩をもう一度抱き寄せると、シルバーが彼女を背中に隠した。彼の真っ直ぐな瞳が騎士団の男たちに向けられる。
「俺のことは何と言っても構いません。でも、今のような戯れにユウを巻き込まないでください。彼女に万が一怪我をさせたなら、次は俺が相手になります」
軽口を否定させるために体を張ったユウといい、シルバーの冗談抜きの牽制といい、その場にいた誰もがこの恋人たちに笑い声をあげた。
「あはは! 随分とお熱い。これは痛い目を見る前に謝らなくちゃな」
妖精なりのお辞儀を見せた一同にユウはそろそろとシルバーの背中から顔を出す。猛禽類の翼をもつ男が柔和な笑みを浮かべた。
「申し訳ありません。僕たちはシルバーやセベクが可愛くて仕方ないんです。なにせ、弟のように育ててきましたから」
「ここでしか聞けないシルバーの話もできるぜ?」
彼らから次々に知りたかったことを聞かせてもらえると分かると、ユウは警戒態勢を解き、目を輝かせた。シルバーの背中から飛び出てきた彼女は、男たちの群れに飛び込んでいった。
「ぜひ、聞きたいです!」