ツノ太郎と契約の石
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「こんばんは、ツノ太郎」
寝室に緑の光が溢れさせた犯人はとても楽しそうだ。さぞ来訪に慌てた私がおかしかったに違いない。肩で息をしている私に、ツノ太郎はゆっくりと言葉を返した。
「随分と遅くまで起きているんだな。人の子よ」
「いや、まだ9時だから寝ないよ」
「そうか? この時間にはシルバーもセベクも寝るんだがな」
「はっや!」
なんだその超健康優良児! 私なんて体を破壊して一日が回っているんですが!
「お前は寝ないのか?」
「今からお風呂に入って寝ようと思ってたよ。……ここで立ち話もなんだから、談話室で話そう」
ほら、ツノ太郎も寒いから上がりなよ、と言うけど、着いてくる気配はない。どうしたんだろう。振り返って見ると、ツノ太郎の後ろの月がびっくりするくらい大きく見えた。
「いいのか? 簡単に男を部屋にあげて」
「……え?」
嘘でしょ。なんでツノ太郎は知っているの?
胸によぎった不安が手元に模造刀を欲する感覚を与えた。こめかみを汗が伝う頃に、ツノ太郎はゆっくりと口角を上げた。背後の月が黄金に輝き、風で葉がこすれ合う。
「これくらい、僕でも見破れる。だが安心しろ。僕はお前のことを誰にも言わない」
「それをどう確証すればいいの?」
「随分とお前も疑り深くなったな」
「呆れた?」
「いいや、感心している。そう簡単に信じ込んでいては、この学園で食い物にされるだけだ。僕はそれが心底面白くない。人の子よ、お前は何を望む」
ツノ太郎のライムグリーンの瞳がギラギラと燃えている。まるでディアソムニア寮で見たあの炎みたいだ。背筋に走る冷たいもので足が折れそうになるのを堪えて、声を振り絞った。
「……ツノ太郎が私を裏切らないという証が欲しい。分かりやすい形で」
「いいだろう」
身体が吹き飛んでしまいそうなほどの強い風が巻き起こる。遠くで色んな家具や絵画が倒れる音がしたけれど、その場に踏みとどまるので精いっぱいだった。目を閉じ、腕を顔の前に出して頭を庇う。まるで空気の塊に押しつぶされそうだ。
その瞬間、音が止んで、抵抗を続けていた私の体はあっけなく前に倒れた。
「いたっ!」
思いきり鼻を壁にぶつけたらしい。ん? それにしては随分いい香りがする壁だ。
「いつまで僕に張り付いているんだ」
「はっ! ごめんツノ太郎」
急いで離れると、ツノ太郎は案の定呆れたため息をついて、腕を組んだ。まるで実家のお兄ちゃんみたいだな。よくああいう怒り方していたのを思い出す。
「まったく、お前は少し警戒心が持てないのか」
「さっきは疑り深くなったって褒めてくれたのに」
「それはお前がしっかり警戒していたからだ。まぁいい。お前のそういうところも僕は買っているんだ」
ツノ太郎って偉そうだなぁ。ちょっとセベクに似てる。
「手を出せ。これをお前にやろう」
両手を揃えてツノ太郎に差し出すと、掌にぼんやりと光る石が置かれた。魔法石?
「なにこれ」
「その石にはお前との契約を込めた。僕はお前の秘密を言わない。代わりにお前は僕にすべての秘密を話す、とな」
「え? 何か余計なものがついている気がするんだけど」
「余計? お前の秘密を洩らさないと約束するんだ。これくらいの対価は必要だろう」
如何にも僕の言っていることは当然ですと言わんばかりの涼しい顔で言われた私は、背後で無残にも倒れている家具たちよろしく倒れ込んでしまいたかった。
ツノ太郎は絶句している私をあざ笑いながら、私の手の上に乗っているのと全く同じ石を彼の手の上に出した。
「ちなみにそれをひとつ割ったところで僕との契約は壊れないから安心しろ」
「あはは……割るつもりなんてないよ……」
「そうだろうな。形のあるものがいいと、お前が望んだのだから」
何故だろうか。オクタヴィネル寮の悪夢が再来している気がする。いや、奴隷にされないだけましなのかな?
ええそうですねと頷けば、ツノ太郎は満足そうに笑っている。ご満悦そうでよかったよ。私の精神はすり減ったけど。
「ツノ太郎。私に用があったんじゃないの?」
元はと言えば、ツノ太郎がアポなし訪問をするからだ。その理由を聞く前に私が女だって話に発展しちゃったし。一体全体どういう理由で来たのかこちらも聞かせてもらわないと、割に合わない。
ツノ太郎は目を瞬くと、ああと感嘆した。いかにも楽しそうな顔はそのままだ。
「お前の反応を見ていたら、つい忘れてしまっていた。人の子よ、中に入って話そう」
全く人のペースを無視していくこの妖精さんが人差し指をちょっと振れば、なぎ倒された家具たちはまるでそこに存在していた記憶があるかのように元通りになった。更にもう一度指を振ると、今度は私をふわりと浮かせ、堂々と我が家に入っていく。宙に浮いて縮こまった私の体は、ツノ太郎の背中について行く。私はさながらベビーカーに乗った赤ちゃんの如く流れていく景色を眺めているだけだ。
「これくらい歩けるよ」
「お前の家を荒らした詫びだ。素直に受け取っておけ」
そうなのか。これはツノ太郎なりのお詫びなのか。その気持ちだけで十分なのにな。でもこういうことを言うと、たちまち下ろされかねないので黙って甘受することにした。まぁ、家を荒らした本人が進んでやるんだ。止めなくてもいいだろう。
ツノ太郎は談話室まで私を運ぶと、談話室の壁際に並ぶストライプのソファに下ろしてくれた。ツノ太郎は、そのまま私が良く使うロッキングチェアに腰掛けた。ぎい、と木の悲鳴がしたのは聞き流しておこう。ひじ掛けに頬杖をついて、楽しそうにツノ太郎は笑う。
「今日はセベクとディアソムニア寮に来たそうじゃないか」
「それがどうかしたの?」
「ああ。僕の寮はあまり人が出入りすることはなくてな。すぐに噂で持ち切りだ」
うわぁ。いつの間にか有名人になってしまったらしい。いや、ここに来た時から魔力もないのに闇の鏡に選ばれたとか言う超イレギュラー監督生として名を馳せているのだから、今更大したことではないのかもしれない。
でもシルバー先輩になんと思われるかが心配なのでやはり噂になってほしくない気もする。
「なぜディアソムニア寮に足を運んだんだ? それもセベクを頼ってまで」
何故と聞かれても、これまで沢山のことが起こっている。それを逐一説明するのはおっくうになるくらい長ったらしい。それを聞くツノ太郎は退屈じゃないのかな?
「……長くなりますよ? ツノ太郎も早寝しないといけないんじゃない?」
「僕は子どもじゃない。それに、お前は僕との契約を自ら破るつもりか?」
心配になって言ったつもりが、どうやら機嫌を損ねたらしい。急に風が窓を叩き始め、星の見えていたはずの空に暗雲が立ち込める。遠くで雷鳴が聞こえた。さっさと言わないつもりじゃないんだと説明して、ディアソムニア寮へ行くに至った経緯を話した。
ツノ太郎は私がシルバー先輩に一目ぼれしたことを聞いた瞬間、にやりと嫌な笑顔を見せた。これは面白がっているに違いない。
続けて、セベクには剣術を学んでいることを伝えれば、目を丸くして身を乗り出した。そんなに聞くほどのことかなぁ?
気にせず話せと言われ、そもそもセベクの言う若様をシルバー先輩と勘違いしていた話をしたら、ロッキングチェアごと倒れてしまうんじゃないかってくらい後ろに倒れかかっていた。震える肩からしてあれも笑っているんだろう。さすがにこれは恥ずかしいけど。
「以上、事の経緯ってわけ」
「なるほどな。やはりお前は面白い」
今までの感想がそれに集結されるのか。絶対私の勘違いに全部の感情持っていかれたんでしょ、この妖精さん。私がシルバー先輩のこと何も知らないからって。
でも、今なら同じ寮生のツノ太郎に聞けばわかることはあるかもしれない。私の脳内でツノ太郎に聞きたかったことが途端に溢れだしてきた。
「ツノ太郎。シルバー先輩ってどんな人なの? いやどんな妖精さん?」
私が首を傾げると、ツノ太郎はいいやと首を横に振った。
「シルバーはれっきとした人間だ。しかし、あの忠誠心の高さと実力を見込まれて、茨の谷の次期王でもあるディアソムニア寮寮長の護衛をセベクと共に務めている」
「護衛!?」
じゃあ、とっても強いんだ。鍛錬を良くしているのも護衛を務めるためだとしたら、凄い努力の塊だなぁ。アズール先輩と引けを取らないくらいの努力家ってそうそういないのではないだろうか。
私の驚きっぷりにツノ太郎は機嫌を良くしたのか、他にもシルバー先輩のことを教えてくれた。
眠りこけてしまう性質は医者も匙を投げるくらい手に負えないもので、シルバー先輩はそれを乗り越えようと必死に頑張っていること。毎日鍛錬を欠かさないおかげで、寮長を守る仕事は充分にやっていること。早寝をするのは、父親の教えを守っているからということ。親しい人には良く笑うこと。
自分でも知らなかったシルバー先輩の一面がたくさん見えて、知らなかったときよりもずっとシルバー先輩が身近に感じた。そして同時に、シルバー先輩にそれほど微笑みかけられたことのない事実に胸が重い石で潰された気分だ。
「人の子よ。なぜそんなに残念がる。シルバーの話が聞きたかったんじゃないのか」
「そうだけど……私やっぱりシルバー先輩のこと何も知らないなぁって自覚しちゃって、ちょっとへこんだ」
ソファに足を乗せて膝を抱え込む。ぎゅっと不安で押しつぶされそうな気持ちがまぎれることはなく、ただひたすらに私の無知さを突きつけられた。
ツノ太郎は不思議そうにこっちを眺めている。
「僕が教えてやっているのに知らないとはどういうことだ?」
「シルバー先輩のことを本当に知らないんだ。親しい人にはたくさん笑うだなんて、全然知らない。それに、一回きりしか微笑みかけてもらえていないから……その程度なのかなって」
あ、だめだこれ。自分で言ってて泣きそうになるなんて情けないけど、素直になった涙腺は鼻の奥を刺激した。溢れそうになる熱いものを必死に歯を食いしばって流すまいと耐える。
「まったく、お前とシルバーはまだ知り合ったばかりだろう。何故そう急く」
「それは……」
早く仲良くなっていろんな顔は見たいし、沢山微笑まれたい。ただ、愛されたい。
でもそれって、ただの自己満足だ。なんて過ぎた願いだろう。自分はこんなにもおこがましい気持ちを抱えていた。そのことにまた腹が立ってきて、ほろりと涙が肌を滑り落ちる。
「何故泣く」
「じっ……自分勝手に、ことを……進めているのが。は、恥ずかしくて、腹が立って……仕方ないんだ」
「相手に愛されようと思うことのどこが自分勝手なんだ? そもそも、お前が急いているのは自分の欲求を満たすためだ。その欲求は抑えれば抑えるほど、お前自身を焦がす」
「つ……ツノ太郎は、好きでもない相手から好きになってもらおうって思われるのは……気持ち悪くないの?」
「ほとんどの者は僕の機嫌を取ろうとするから、あまり思わないな。それより、お前は他人の目をいささか気にしすぎじゃないか?」
どうなんだろう。自分でも人目を気にする自覚がなかったからあまりそうは思わないけれど。
考えることに必死になっていたら、ツノ太郎がいつの間にかロッキングチェアから立ち上がって私の前に立っていた。
「泣き止んだな」
そう言って私の頬を撫でたツノ太郎は、もう遅いだろう、と言って、また人差し指を私の目の前でゆっくり振り子時計のように振った。緑色の魔力の光が視界に入った途端、瞼が鉛のように重くなる。
「人の子。今日はもう眠れ」
何だよツノ太郎。私の涙が止んだら、寝かしつけるとか。私も子供じゃないんだから、お別れの挨拶くらいさせてほしいのに。
「また来る。お前の話を楽しみに待っているぞ」
だめだ……もう意識が、切れ。
寝室に緑の光が溢れさせた犯人はとても楽しそうだ。さぞ来訪に慌てた私がおかしかったに違いない。肩で息をしている私に、ツノ太郎はゆっくりと言葉を返した。
「随分と遅くまで起きているんだな。人の子よ」
「いや、まだ9時だから寝ないよ」
「そうか? この時間にはシルバーもセベクも寝るんだがな」
「はっや!」
なんだその超健康優良児! 私なんて体を破壊して一日が回っているんですが!
「お前は寝ないのか?」
「今からお風呂に入って寝ようと思ってたよ。……ここで立ち話もなんだから、談話室で話そう」
ほら、ツノ太郎も寒いから上がりなよ、と言うけど、着いてくる気配はない。どうしたんだろう。振り返って見ると、ツノ太郎の後ろの月がびっくりするくらい大きく見えた。
「いいのか? 簡単に男を部屋にあげて」
「……え?」
嘘でしょ。なんでツノ太郎は知っているの?
胸によぎった不安が手元に模造刀を欲する感覚を与えた。こめかみを汗が伝う頃に、ツノ太郎はゆっくりと口角を上げた。背後の月が黄金に輝き、風で葉がこすれ合う。
「これくらい、僕でも見破れる。だが安心しろ。僕はお前のことを誰にも言わない」
「それをどう確証すればいいの?」
「随分とお前も疑り深くなったな」
「呆れた?」
「いいや、感心している。そう簡単に信じ込んでいては、この学園で食い物にされるだけだ。僕はそれが心底面白くない。人の子よ、お前は何を望む」
ツノ太郎のライムグリーンの瞳がギラギラと燃えている。まるでディアソムニア寮で見たあの炎みたいだ。背筋に走る冷たいもので足が折れそうになるのを堪えて、声を振り絞った。
「……ツノ太郎が私を裏切らないという証が欲しい。分かりやすい形で」
「いいだろう」
身体が吹き飛んでしまいそうなほどの強い風が巻き起こる。遠くで色んな家具や絵画が倒れる音がしたけれど、その場に踏みとどまるので精いっぱいだった。目を閉じ、腕を顔の前に出して頭を庇う。まるで空気の塊に押しつぶされそうだ。
その瞬間、音が止んで、抵抗を続けていた私の体はあっけなく前に倒れた。
「いたっ!」
思いきり鼻を壁にぶつけたらしい。ん? それにしては随分いい香りがする壁だ。
「いつまで僕に張り付いているんだ」
「はっ! ごめんツノ太郎」
急いで離れると、ツノ太郎は案の定呆れたため息をついて、腕を組んだ。まるで実家のお兄ちゃんみたいだな。よくああいう怒り方していたのを思い出す。
「まったく、お前は少し警戒心が持てないのか」
「さっきは疑り深くなったって褒めてくれたのに」
「それはお前がしっかり警戒していたからだ。まぁいい。お前のそういうところも僕は買っているんだ」
ツノ太郎って偉そうだなぁ。ちょっとセベクに似てる。
「手を出せ。これをお前にやろう」
両手を揃えてツノ太郎に差し出すと、掌にぼんやりと光る石が置かれた。魔法石?
「なにこれ」
「その石にはお前との契約を込めた。僕はお前の秘密を言わない。代わりにお前は僕にすべての秘密を話す、とな」
「え? 何か余計なものがついている気がするんだけど」
「余計? お前の秘密を洩らさないと約束するんだ。これくらいの対価は必要だろう」
如何にも僕の言っていることは当然ですと言わんばかりの涼しい顔で言われた私は、背後で無残にも倒れている家具たちよろしく倒れ込んでしまいたかった。
ツノ太郎は絶句している私をあざ笑いながら、私の手の上に乗っているのと全く同じ石を彼の手の上に出した。
「ちなみにそれをひとつ割ったところで僕との契約は壊れないから安心しろ」
「あはは……割るつもりなんてないよ……」
「そうだろうな。形のあるものがいいと、お前が望んだのだから」
何故だろうか。オクタヴィネル寮の悪夢が再来している気がする。いや、奴隷にされないだけましなのかな?
ええそうですねと頷けば、ツノ太郎は満足そうに笑っている。ご満悦そうでよかったよ。私の精神はすり減ったけど。
「ツノ太郎。私に用があったんじゃないの?」
元はと言えば、ツノ太郎がアポなし訪問をするからだ。その理由を聞く前に私が女だって話に発展しちゃったし。一体全体どういう理由で来たのかこちらも聞かせてもらわないと、割に合わない。
ツノ太郎は目を瞬くと、ああと感嘆した。いかにも楽しそうな顔はそのままだ。
「お前の反応を見ていたら、つい忘れてしまっていた。人の子よ、中に入って話そう」
全く人のペースを無視していくこの妖精さんが人差し指をちょっと振れば、なぎ倒された家具たちはまるでそこに存在していた記憶があるかのように元通りになった。更にもう一度指を振ると、今度は私をふわりと浮かせ、堂々と我が家に入っていく。宙に浮いて縮こまった私の体は、ツノ太郎の背中について行く。私はさながらベビーカーに乗った赤ちゃんの如く流れていく景色を眺めているだけだ。
「これくらい歩けるよ」
「お前の家を荒らした詫びだ。素直に受け取っておけ」
そうなのか。これはツノ太郎なりのお詫びなのか。その気持ちだけで十分なのにな。でもこういうことを言うと、たちまち下ろされかねないので黙って甘受することにした。まぁ、家を荒らした本人が進んでやるんだ。止めなくてもいいだろう。
ツノ太郎は談話室まで私を運ぶと、談話室の壁際に並ぶストライプのソファに下ろしてくれた。ツノ太郎は、そのまま私が良く使うロッキングチェアに腰掛けた。ぎい、と木の悲鳴がしたのは聞き流しておこう。ひじ掛けに頬杖をついて、楽しそうにツノ太郎は笑う。
「今日はセベクとディアソムニア寮に来たそうじゃないか」
「それがどうかしたの?」
「ああ。僕の寮はあまり人が出入りすることはなくてな。すぐに噂で持ち切りだ」
うわぁ。いつの間にか有名人になってしまったらしい。いや、ここに来た時から魔力もないのに闇の鏡に選ばれたとか言う超イレギュラー監督生として名を馳せているのだから、今更大したことではないのかもしれない。
でもシルバー先輩になんと思われるかが心配なのでやはり噂になってほしくない気もする。
「なぜディアソムニア寮に足を運んだんだ? それもセベクを頼ってまで」
何故と聞かれても、これまで沢山のことが起こっている。それを逐一説明するのはおっくうになるくらい長ったらしい。それを聞くツノ太郎は退屈じゃないのかな?
「……長くなりますよ? ツノ太郎も早寝しないといけないんじゃない?」
「僕は子どもじゃない。それに、お前は僕との契約を自ら破るつもりか?」
心配になって言ったつもりが、どうやら機嫌を損ねたらしい。急に風が窓を叩き始め、星の見えていたはずの空に暗雲が立ち込める。遠くで雷鳴が聞こえた。さっさと言わないつもりじゃないんだと説明して、ディアソムニア寮へ行くに至った経緯を話した。
ツノ太郎は私がシルバー先輩に一目ぼれしたことを聞いた瞬間、にやりと嫌な笑顔を見せた。これは面白がっているに違いない。
続けて、セベクには剣術を学んでいることを伝えれば、目を丸くして身を乗り出した。そんなに聞くほどのことかなぁ?
気にせず話せと言われ、そもそもセベクの言う若様をシルバー先輩と勘違いしていた話をしたら、ロッキングチェアごと倒れてしまうんじゃないかってくらい後ろに倒れかかっていた。震える肩からしてあれも笑っているんだろう。さすがにこれは恥ずかしいけど。
「以上、事の経緯ってわけ」
「なるほどな。やはりお前は面白い」
今までの感想がそれに集結されるのか。絶対私の勘違いに全部の感情持っていかれたんでしょ、この妖精さん。私がシルバー先輩のこと何も知らないからって。
でも、今なら同じ寮生のツノ太郎に聞けばわかることはあるかもしれない。私の脳内でツノ太郎に聞きたかったことが途端に溢れだしてきた。
「ツノ太郎。シルバー先輩ってどんな人なの? いやどんな妖精さん?」
私が首を傾げると、ツノ太郎はいいやと首を横に振った。
「シルバーはれっきとした人間だ。しかし、あの忠誠心の高さと実力を見込まれて、茨の谷の次期王でもあるディアソムニア寮寮長の護衛をセベクと共に務めている」
「護衛!?」
じゃあ、とっても強いんだ。鍛錬を良くしているのも護衛を務めるためだとしたら、凄い努力の塊だなぁ。アズール先輩と引けを取らないくらいの努力家ってそうそういないのではないだろうか。
私の驚きっぷりにツノ太郎は機嫌を良くしたのか、他にもシルバー先輩のことを教えてくれた。
眠りこけてしまう性質は医者も匙を投げるくらい手に負えないもので、シルバー先輩はそれを乗り越えようと必死に頑張っていること。毎日鍛錬を欠かさないおかげで、寮長を守る仕事は充分にやっていること。早寝をするのは、父親の教えを守っているからということ。親しい人には良く笑うこと。
自分でも知らなかったシルバー先輩の一面がたくさん見えて、知らなかったときよりもずっとシルバー先輩が身近に感じた。そして同時に、シルバー先輩にそれほど微笑みかけられたことのない事実に胸が重い石で潰された気分だ。
「人の子よ。なぜそんなに残念がる。シルバーの話が聞きたかったんじゃないのか」
「そうだけど……私やっぱりシルバー先輩のこと何も知らないなぁって自覚しちゃって、ちょっとへこんだ」
ソファに足を乗せて膝を抱え込む。ぎゅっと不安で押しつぶされそうな気持ちがまぎれることはなく、ただひたすらに私の無知さを突きつけられた。
ツノ太郎は不思議そうにこっちを眺めている。
「僕が教えてやっているのに知らないとはどういうことだ?」
「シルバー先輩のことを本当に知らないんだ。親しい人にはたくさん笑うだなんて、全然知らない。それに、一回きりしか微笑みかけてもらえていないから……その程度なのかなって」
あ、だめだこれ。自分で言ってて泣きそうになるなんて情けないけど、素直になった涙腺は鼻の奥を刺激した。溢れそうになる熱いものを必死に歯を食いしばって流すまいと耐える。
「まったく、お前とシルバーはまだ知り合ったばかりだろう。何故そう急く」
「それは……」
早く仲良くなっていろんな顔は見たいし、沢山微笑まれたい。ただ、愛されたい。
でもそれって、ただの自己満足だ。なんて過ぎた願いだろう。自分はこんなにもおこがましい気持ちを抱えていた。そのことにまた腹が立ってきて、ほろりと涙が肌を滑り落ちる。
「何故泣く」
「じっ……自分勝手に、ことを……進めているのが。は、恥ずかしくて、腹が立って……仕方ないんだ」
「相手に愛されようと思うことのどこが自分勝手なんだ? そもそも、お前が急いているのは自分の欲求を満たすためだ。その欲求は抑えれば抑えるほど、お前自身を焦がす」
「つ……ツノ太郎は、好きでもない相手から好きになってもらおうって思われるのは……気持ち悪くないの?」
「ほとんどの者は僕の機嫌を取ろうとするから、あまり思わないな。それより、お前は他人の目をいささか気にしすぎじゃないか?」
どうなんだろう。自分でも人目を気にする自覚がなかったからあまりそうは思わないけれど。
考えることに必死になっていたら、ツノ太郎がいつの間にかロッキングチェアから立ち上がって私の前に立っていた。
「泣き止んだな」
そう言って私の頬を撫でたツノ太郎は、もう遅いだろう、と言って、また人差し指を私の目の前でゆっくり振り子時計のように振った。緑色の魔力の光が視界に入った途端、瞼が鉛のように重くなる。
「人の子。今日はもう眠れ」
何だよツノ太郎。私の涙が止んだら、寝かしつけるとか。私も子供じゃないんだから、お別れの挨拶くらいさせてほしいのに。
「また来る。お前の話を楽しみに待っているぞ」
だめだ……もう意識が、切れ。