茨の道中
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最後の宿だと言ったリリアが指さしたのは、古い城だった。ここはドラコニア家が管轄している城跡らしく、事前にマレウスが用意していたのか周囲を警戒して飛び回っていた烏がリリアの傍へ近寄る。リリアは近づいてきた烏のがあがあという鳴き声で、報告を聞くとあいわかったと頷いた。
「マレウスの言伝、ご苦労。わしらは明日着くと伝えてくれ」
烏は大きな鳴き声をあげ、そのままリリアから離れていった。リリアは背後にいるセベクとシルバーに先に城へ行くよう指文字で伝える。頷いた二人はリリアの先をあっという間に追い抜かしていった。
リリアは速度を落とし、ユウの馬車の隣まで降りてくる。ユウに城へ着いたら荷物運びは男手に任せて馬の相手をしろと言うと、彼女はすっかり慣れたのか初めの頃にあった罪悪感はなくなっていた。快諾したユウを見届け、リリアはもう少しだと励まし、再び上昇した。
ひよこ豆ほど小さく見えた城は随分と大きくなり、馬車でも半刻すれば着くだろう。積み荷を守りながらリリアは見つめる先の城から魔法で打ち上げられた照明弾に、城の安全が確保されたと信号が入る。了解の照明弾を飛ばせば、前方からこちらに向かって飛んでくる人影があった。
「親父殿、俺が代わります。先に向こうで休んでいてください」
とまあ、なんとも親孝行な息子を持てて嬉しいのだが、その視線が彼の足元にいる愛しい恋人を意識していることくらいリリアにはお見通しだった。
「くふふ、恋人を自らの手で守ろうというその気概、大切にするんじゃぞ」
リリアは転送魔法によって一瞬でその場から消えた。シルバーは赤くなる頬をなるべく下にいるユウに悟られないように、上から彼女の様子を見つめていた。不意にこちらを見上げたユウがシルバーを視認する。ばっちり目が合ったことにシルバーの心臓が勢い良く跳ねると、ユウが笑顔で手を振った。シルバーは楽しそうな彼女の様子に思わず頬を緩め、手を振り返す。
せんぱーい、とのびやかに響くその声が、森にこだました。
*
城の中は手入れされているが、暖房設備に関しては前時代的でエアコンもなければヒーターもない。まだ雪も溶けきっていない茨の谷でこの設備では、間違いなく今夜は冷え込むだろうなとユウは思った。リリアがあっけらかんと夜になれば寝ている間に凍死なんてこともあり得る程度にはな、と付け加え、ユウは飛び退き、驚きの声を上げる。シルバーも本当だと言うので、茨の谷の中心地に入る最終日は暖炉の傍で休むことになった。
すっかりあたりが暗くなり、見張りを終えたシルバーがセベクと交代する。中で休憩を取っていたユウは、談話室と思われる部屋の暖炉の傍で温まっていた。リリアは持ち込んだお菓子を彼女と頬張って、シルバーに労いの言葉をかける。彼の肩に積もった雪が、外の状況をよく伝えてくれた。
薪がパチパチと乾いた音を立てながら、割れていく様をユウは見ていた。不思議と心を落ち着かせるその様に、だんだん瞼が降りてくるのを感じて彼女は頭を振る。シルバーはそんな彼女の様子を察知し、寝袋を渡した。
「ユウ、無理をするな。寝たほうがいい」
ユウはそう言われて、眉尻を下げた。渡された寝袋を受け取ろうとはせず、ただシルバーに懇願の視線を向ける。
「でも……皆さん見張りをするのに……」
「いや、シルバーの言う通りじゃ」
遠慮をするユウに、リリアはしっかりと言った。胡坐をかいている彼は、焔からユウへと視線を向け、彼女に反論する気概を失わせる。
「お主は旅の疲れを少しでも癒せ。シルバーがお主を守る。万が一シルバーが寝ても、わしもついておる。……明日からは茨の谷の中心地じゃ。英気を養っておくのも、お主の務めじゃぞ」
はい……と頷いたユウは、シルバーから寝袋を受け取る。そのままそこに入って寝転ぶと、彼女はすぐに寝息を立てた。シルバーがマジカルペンを取り出し、それを一振りした。ちょうどリリアとシルバーの間にいたユウが持ち上がり、そのまま彼女の頭がシルバーの太ももの上に来るよう寝袋は音もなくそっと置かれる。リリアはこの場で声を上げて笑い転げたいのを口に手を当てて堪えた。
「あまり笑わないでください。それに素直がいいと言ったのは、親父殿です」
反論したシルバーに、リリアはすまんすまんと腹を抱えながら肩を震わせた。ふう、と呼吸を整えた彼は、立膝をつく。
「してシルバーよ。馬の扱いがしばらく見ぬ間に上達した。しっかり部活動に参加しとるんじゃな」
「ありがとうございます。マレウス様をお守りするなら、これくらいのことはできて当然かと」
「なんじゃ、照れずともよい。それに、この娘にも随分と長旅に耐えてもらった。お主らをまとめてほめちぎってやりたいくらいよ」
リリアの慈愛に満ちた瞳が、シルバーの膝で眠るユウに注がれる。暖炉に照らされたオレンジの頬が緩く微笑むと、冷たい空気で満ちているはずの空間が春が訪れたように暖かく感じた。
「シルバー、その娘を選んだんじゃな」
ただ静かにリリアが問うと、シルバーはしっかり頷いた。茨に閉ざされているこの谷へ連れてくるということは、ここの風習では既に婚約相手に選んでいるようなものだ。その確認をしたまでなのだが、応えられてから聞く必要もなかったかとリリアは肩を竦める。
膝枕をしてもらいながら寝ているこの娘の安らかな眠りは守ってやりたくなる、とリリアは微笑んだ。
「なら、わしもこの安らぎを守らねばなるまい」
ダン! と扉が開く音と共に、セベクの焦った声が談話室にこだました。
「リリア様! 天候が荒れ始めました!」
「静かにせんか。ユウが寝ておるんじゃぞ」
眉をひそめたリリアが窘めると、セベクはすぐさま姿勢を正した。シルバーは既にこっくりこっくりと舟をこいでいる。
「もっ申し訳ありません。ただ、外の吹雪はどうしても止む気配がないようで」
ふむ、とため息を吐いたリリアが思案し始める。セベクが若様のお力を借りるしかないのでしょうか、と聞くと、リリアは首を横に振った。
「マレウスは雷を呼べても、天候までは変えられぬ。これは運に身を任せるしかないの。セベク、引き続き見張りを頼んだぞ」
はっ! と敬礼をしたセベクの声でシルバーが微睡みから覚めて顔を上げる。リリアが呆れた顔で静かにせんか、ともう一度言うと、セベクはしまったと顔を引きつらせ何度も頭を下げていた。
「マレウスの言伝、ご苦労。わしらは明日着くと伝えてくれ」
烏は大きな鳴き声をあげ、そのままリリアから離れていった。リリアは背後にいるセベクとシルバーに先に城へ行くよう指文字で伝える。頷いた二人はリリアの先をあっという間に追い抜かしていった。
リリアは速度を落とし、ユウの馬車の隣まで降りてくる。ユウに城へ着いたら荷物運びは男手に任せて馬の相手をしろと言うと、彼女はすっかり慣れたのか初めの頃にあった罪悪感はなくなっていた。快諾したユウを見届け、リリアはもう少しだと励まし、再び上昇した。
ひよこ豆ほど小さく見えた城は随分と大きくなり、馬車でも半刻すれば着くだろう。積み荷を守りながらリリアは見つめる先の城から魔法で打ち上げられた照明弾に、城の安全が確保されたと信号が入る。了解の照明弾を飛ばせば、前方からこちらに向かって飛んでくる人影があった。
「親父殿、俺が代わります。先に向こうで休んでいてください」
とまあ、なんとも親孝行な息子を持てて嬉しいのだが、その視線が彼の足元にいる愛しい恋人を意識していることくらいリリアにはお見通しだった。
「くふふ、恋人を自らの手で守ろうというその気概、大切にするんじゃぞ」
リリアは転送魔法によって一瞬でその場から消えた。シルバーは赤くなる頬をなるべく下にいるユウに悟られないように、上から彼女の様子を見つめていた。不意にこちらを見上げたユウがシルバーを視認する。ばっちり目が合ったことにシルバーの心臓が勢い良く跳ねると、ユウが笑顔で手を振った。シルバーは楽しそうな彼女の様子に思わず頬を緩め、手を振り返す。
せんぱーい、とのびやかに響くその声が、森にこだました。
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城の中は手入れされているが、暖房設備に関しては前時代的でエアコンもなければヒーターもない。まだ雪も溶けきっていない茨の谷でこの設備では、間違いなく今夜は冷え込むだろうなとユウは思った。リリアがあっけらかんと夜になれば寝ている間に凍死なんてこともあり得る程度にはな、と付け加え、ユウは飛び退き、驚きの声を上げる。シルバーも本当だと言うので、茨の谷の中心地に入る最終日は暖炉の傍で休むことになった。
すっかりあたりが暗くなり、見張りを終えたシルバーがセベクと交代する。中で休憩を取っていたユウは、談話室と思われる部屋の暖炉の傍で温まっていた。リリアは持ち込んだお菓子を彼女と頬張って、シルバーに労いの言葉をかける。彼の肩に積もった雪が、外の状況をよく伝えてくれた。
薪がパチパチと乾いた音を立てながら、割れていく様をユウは見ていた。不思議と心を落ち着かせるその様に、だんだん瞼が降りてくるのを感じて彼女は頭を振る。シルバーはそんな彼女の様子を察知し、寝袋を渡した。
「ユウ、無理をするな。寝たほうがいい」
ユウはそう言われて、眉尻を下げた。渡された寝袋を受け取ろうとはせず、ただシルバーに懇願の視線を向ける。
「でも……皆さん見張りをするのに……」
「いや、シルバーの言う通りじゃ」
遠慮をするユウに、リリアはしっかりと言った。胡坐をかいている彼は、焔からユウへと視線を向け、彼女に反論する気概を失わせる。
「お主は旅の疲れを少しでも癒せ。シルバーがお主を守る。万が一シルバーが寝ても、わしもついておる。……明日からは茨の谷の中心地じゃ。英気を養っておくのも、お主の務めじゃぞ」
はい……と頷いたユウは、シルバーから寝袋を受け取る。そのままそこに入って寝転ぶと、彼女はすぐに寝息を立てた。シルバーがマジカルペンを取り出し、それを一振りした。ちょうどリリアとシルバーの間にいたユウが持ち上がり、そのまま彼女の頭がシルバーの太ももの上に来るよう寝袋は音もなくそっと置かれる。リリアはこの場で声を上げて笑い転げたいのを口に手を当てて堪えた。
「あまり笑わないでください。それに素直がいいと言ったのは、親父殿です」
反論したシルバーに、リリアはすまんすまんと腹を抱えながら肩を震わせた。ふう、と呼吸を整えた彼は、立膝をつく。
「してシルバーよ。馬の扱いがしばらく見ぬ間に上達した。しっかり部活動に参加しとるんじゃな」
「ありがとうございます。マレウス様をお守りするなら、これくらいのことはできて当然かと」
「なんじゃ、照れずともよい。それに、この娘にも随分と長旅に耐えてもらった。お主らをまとめてほめちぎってやりたいくらいよ」
リリアの慈愛に満ちた瞳が、シルバーの膝で眠るユウに注がれる。暖炉に照らされたオレンジの頬が緩く微笑むと、冷たい空気で満ちているはずの空間が春が訪れたように暖かく感じた。
「シルバー、その娘を選んだんじゃな」
ただ静かにリリアが問うと、シルバーはしっかり頷いた。茨に閉ざされているこの谷へ連れてくるということは、ここの風習では既に婚約相手に選んでいるようなものだ。その確認をしたまでなのだが、応えられてから聞く必要もなかったかとリリアは肩を竦める。
膝枕をしてもらいながら寝ているこの娘の安らかな眠りは守ってやりたくなる、とリリアは微笑んだ。
「なら、わしもこの安らぎを守らねばなるまい」
ダン! と扉が開く音と共に、セベクの焦った声が談話室にこだました。
「リリア様! 天候が荒れ始めました!」
「静かにせんか。ユウが寝ておるんじゃぞ」
眉をひそめたリリアが窘めると、セベクはすぐさま姿勢を正した。シルバーは既にこっくりこっくりと舟をこいでいる。
「もっ申し訳ありません。ただ、外の吹雪はどうしても止む気配がないようで」
ふむ、とため息を吐いたリリアが思案し始める。セベクが若様のお力を借りるしかないのでしょうか、と聞くと、リリアは首を横に振った。
「マレウスは雷を呼べても、天候までは変えられぬ。これは運に身を任せるしかないの。セベク、引き続き見張りを頼んだぞ」
はっ! と敬礼をしたセベクの声でシルバーが微睡みから覚めて顔を上げる。リリアが呆れた顔で静かにせんか、ともう一度言うと、セベクはしまったと顔を引きつらせ何度も頭を下げていた。