貴方に近づきたくて
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
鏡を潜り抜けてまず感じたのは、早朝の涼しい風とはまた違う冷たい空気だ。私の世界で言う冬に近いかもしれない。ぶるりと体を震わせると、セベクが歩き出した。セベクの背中の向こうに見えたのは大きな城で、石畳を歩くとコツコツ音が反響した。
とはいえ、初めてディアソムニア寮に来たんだが。すごく暗くて、涼しい。はぁ、日光に弱い自分としてはちょっとありがたい。セベクの後ろをついて城内に入ると、燭台に灯された緑色の炎が廊下を明るく照らしている。これも魔法でできているんだろうか。しばらく歩くと、テーブルにフカフカそうなソファたちの足元に敷かれた如何にも高級そうな絨毯が敷かれた談話室に着いた。セベクは足を止め、ようやくこっちを振り向いた。
「僕は部屋まで書物を取ってくる。お前はここで待て」
「分かった。待ってるね」
セベクの背中が見えなくなってから私は手近にあるひじ掛け付きの椅子に腰かけた。予想通り、すごくふかふかだ。誰も座ってないみたい。
ふうと一息つくと、音があまりないことに気が付いた。ここは静かで落ち着く。でも、なんでみんな出てこないんだろう。不思議に思って首を巡らせると、荘厳だけれどこの寮に漂う空気が少し重い気がした。目の前のテーブルに置かれた燭台の炎に目移りすると、緑色の炎がゆらゆら揺れるその様に釘付けになる。なんだろう。どこかで見たことがあるような。
「おい」
セベクじゃない声に意識が戻り、声がした方へ顔を向ける。その時、銀髪が目の前で揺れた。
「お前は」
「……し、シルバー先輩」
シルバー先輩が制服姿で私の目の前に立っていた。いつも通りの表情が読めない顔はなんだか驚いているようにも見える。
ワンチャン。ワンチャン見ることができたらと思っていただけなのに、本当に会えるとか予想外にもほどがある!!!!
感動のあまり、椅子から立って挨拶することもできない。腰が抜けるとはまさにこのことだけど、今は立てないのが悔しい……!
シルバー先輩は隣に座っても良いか? と聞いてくるので、赤べこも顔負けの速さで首を縦に振った。シルバー先輩の顔がこんな近くで拝めるなんて……今日はとってもラッキー! 私の隣に腰掛けたシルバー先輩は、それで、と話を続けた。
「ディアソムニア寮に来るとは珍しいな。どうしたんだ」
シルバー先輩は相変わらず淡々とした様子なのに、私の心臓はハチャメチャに跳ね回って舌すら回らなくなっていた。
「せ、セベクの本を借りに来ました……」
蚊の鳴くような声でようやく絞り出せたけれど、聞こえているかな?
シルバー先輩は顔色一つ変えずに首を傾げた。鋭い視線が心臓にぐさりと刺さる。
「セベクの? なぜお前が?」
ひぃいい! 怪しい人認定されちゃった? どうしよう。私はただ本を借りに来ただけなのに!
言いたいことは頭の中でぐるぐる回るだけで、一向に口の先から出てこようとはしない。シルバー先輩は言葉の出せない私から目を離しそのまま右隣にかけていたそれを見ていた。
「……その模造刀。どうしたんだ」
ああー! しかも、持って来ていた模造刀見られた! 絶対殴り込みに来たって勘違いされる! 本当は貴方の傍にいたいだけなんですが、どうすればいいの……。
『いい? 困ったら、素直さが肝心。乙女ゲームは駆け引きと同時に真心も必要なんだから』
何で今ここで友人の声がするんだろう。でも、私に残された選択肢はそれしかなくて、ありのままをさらけ出すことにした。
「これは……セベクが剣術の特訓をつけてくれるので持ってます」
すると、シルバ―先輩は目を思い切り丸くしていた。え、こんな可愛い表情もされるんですか? 顔面国宝ですね。世界遺産も夢じゃないです。
「……あいつが。珍しいな」
「今日もセベクから若様についてもっと知るよう、鍛錬を積むため歴史を学ぼうと思って来ました」
シルバー先輩は、そうか、と短く切り返す。まぁ、これくらい当然ですよね。若様の従者になるためには、弱音なんて言ってられない。
「勤勉だな」
え。今、なんて。
びっくりしてまじまじと顔を見ると、しっかりとシルバー先輩は頷いた。もしかしなくとも、私褒められた!? 頬が急に熱くなる。
「あ、ありがとうございます! これからも励みます!」
やった! 嬉しすぎてほっぺが落ちそうな情けない笑顔になっちゃうけれど、これは不可抗力だ。だって、シルバー先輩に褒められたから!
「……あいつとはこれからも仲良くしてやってくれ」
「も、もちろんです!」
そう元気良く返したところまでは良かった。
そこから、無言の時間が急に始まった。
な、なぜ今始まった。き、気まずすぎる……!!! なにか、何か話題を。
そう考えていると寝息が聞こえる。あれ? とまじまじともう一度シルバー先輩を見れば、椅子に凭れながら眠っていた。なんだこの麗しい人は。急に油断した姿を見せるなんていけません!
「し、シルバー先輩?」
だめだ。声をかけても反応がない。さっきは私に声をかけてくれたけど、きっとこの後も用事があるに違いない。誰も起こさなかったから授業に間に合わなくて、先生に怒られていた姿を思い出す。あの時の先輩は本当に申し訳なさそうな顔をしていて、辛そうだった。あんな悲しい顔をする先輩はもう見たくない。
私は思い切って腰を上げた。
「シルバー先輩。起きてください」
肩に手を置くだなんて恐れ多いけど思い切ってゆすってみると、案外すんなりとオーロラシルバーの瞳は開かれた。
「は! い、今は何時だ」
「大丈夫です。眠っちゃってからすぐ起こしたので、時間は経ってないですよ」
シルバー先輩は私の言葉に安堵したのか、ほっと溜息をつく。
「そうか。起こしてくれて、ありがとう」
「いえ! これくらい何ともないです!」
私、この反省を生かして、シルバー先輩に眠る隙のないくらいの質問を浴びせるんだ!
「し、シルバー先輩は普段からなにか読まれるんですか?」
どうだ。これなら、ちょっとは場が持つかもしれない。椅子に座り直した私は胸を躍らせながら返事を待った。シルバー先輩は表情を一つも変えず、淡々と返す。
「俺はそもそも本を読むと寝てしまう。だから、普段は鍛錬に時間を割いている。……まあ、それでも眠ってしまうんだが」
「そうなんですか」
なるほど、シルバー先輩は鍛錬が好きっと。脳内メモはしっかりとっておこう。銀の人ノートも更新だ。
「ただ、親父殿が読み聞かせしてくれた絵本は今でも持っている」
声が一瞬で優しくなったことに不覚にも心臓が盛大にシンバルを鳴らした。この人は私の呼吸を止めたいのか!
でも待って。親父殿ってことはシルバー先輩のお父様。私今日その人を本で拝見することになるのか……。祭壇でも作って拝んでおこうかな。
「どんな絵本ですか?」
「ひとりぼっちの子どもに家族ができる話だ」
わー! 絶対幸せな話だぁ。昔は私もよくお母さんに読み聞かせしてもらったなぁ。シルバー先輩もそんな思い出持ってるなんて、きっと素敵な人に育てられたんだろう。読み聞かせしてくれる人がお互いいるなんて幸せだなぁ。
「とても幸せな話ですね」
「ああ、俺もそう思う」
その瞬間、シルバー先輩の頬がわずかに持ち上がって、微笑んでいる状態になった。その息がつまるような造形の美しさに、目玉が飛び出しそうな程見開いた。
なんて幸せそうな顔……! これは見惚れてしまう。切実にゴーストカメラで収めたい。
「ユウ! 持ってきたぞ!」
突然かけられた声にびっくりして椅子から浮くくらい跳ね上がる。振り返れば、何やら梱包されたものを持って立っているセベクがいた。
今いいところだったのに! でも心臓も爆発しそうだったからありがとうセベク!
「あ、ありがとうセベク」
おそるおそる若様の本を手に取ると、しっかりと汚れ防止用のカバーがかけられている上に梱包をしたらしい。厳重だ。
「汚すなよ」
「分かってる」
セベクの本を受け取り立ち上がると、シルバー先輩に向き直ってお辞儀をした。
「……シルバー先輩、先日は実験での不手際をフォローしてくださって、ありがとうございました。おかげで火傷せずに済みました」
頭を上げると、何ら変わったところのない表情でシルバー先輩は頷いた。
「ああ。今後は気を付けろ」
「はい! それと、良ければその絵本を今度見せてもらってもいいですか?」
「……構わない」
その答えに満足して、私は帰ることにした。セベクが鏡舎までついて行こうかと聞いたが、さすがに私はそこまで迷子にならない。丁重にお断りして、意気揚々とディアソムニア寮を後にすることにした。
「それでは失礼しました」
そっとセベクに向けて手を振ると、シルバー先輩が振り返してくれた。一瞬で心臓がノミみたいに縮んで潰れそうになるから、さっさと扉を閉めて足早に去った。
やっぱりシルバー先輩は侮れない! 流石若様!
このまま賢者の島の端まで行って、海に大声で叫びだしたい気分だ。貴方が世界一好きです、と。
*
ユウが立ち去った談話室ではしばらくの沈黙が流れていた。それを破ったのは、セベクの不機嫌な声だった。
「おい、なんだ絵本というのは」
セベクが眉をひそめて聞くと、シルバーは何一つ顔色を変えずに答える。
「親父殿が俺に読み聞かせしてくれたものだ」
「僕は読んだことがないぞ!」
当たり前だ。シルバーの読み聞かせはセベクに会う前のことだから。一人ぼっちの夜を過ごさなくなった今は、懐かしい思い出の一部になって本棚に並んでいる。
そんな思い出の絵本を読みたいとはっきり言った監督生の真っ直ぐなまなざしを思い出し、シルバーは目を伏せた。
「悪いが、監督生が先だ」
「シルバーが偉そうに言うな!」
セベクの反抗の叫びが厳かなディアソムニア寮内に響きわたった。
とはいえ、初めてディアソムニア寮に来たんだが。すごく暗くて、涼しい。はぁ、日光に弱い自分としてはちょっとありがたい。セベクの後ろをついて城内に入ると、燭台に灯された緑色の炎が廊下を明るく照らしている。これも魔法でできているんだろうか。しばらく歩くと、テーブルにフカフカそうなソファたちの足元に敷かれた如何にも高級そうな絨毯が敷かれた談話室に着いた。セベクは足を止め、ようやくこっちを振り向いた。
「僕は部屋まで書物を取ってくる。お前はここで待て」
「分かった。待ってるね」
セベクの背中が見えなくなってから私は手近にあるひじ掛け付きの椅子に腰かけた。予想通り、すごくふかふかだ。誰も座ってないみたい。
ふうと一息つくと、音があまりないことに気が付いた。ここは静かで落ち着く。でも、なんでみんな出てこないんだろう。不思議に思って首を巡らせると、荘厳だけれどこの寮に漂う空気が少し重い気がした。目の前のテーブルに置かれた燭台の炎に目移りすると、緑色の炎がゆらゆら揺れるその様に釘付けになる。なんだろう。どこかで見たことがあるような。
「おい」
セベクじゃない声に意識が戻り、声がした方へ顔を向ける。その時、銀髪が目の前で揺れた。
「お前は」
「……し、シルバー先輩」
シルバー先輩が制服姿で私の目の前に立っていた。いつも通りの表情が読めない顔はなんだか驚いているようにも見える。
ワンチャン。ワンチャン見ることができたらと思っていただけなのに、本当に会えるとか予想外にもほどがある!!!!
感動のあまり、椅子から立って挨拶することもできない。腰が抜けるとはまさにこのことだけど、今は立てないのが悔しい……!
シルバー先輩は隣に座っても良いか? と聞いてくるので、赤べこも顔負けの速さで首を縦に振った。シルバー先輩の顔がこんな近くで拝めるなんて……今日はとってもラッキー! 私の隣に腰掛けたシルバー先輩は、それで、と話を続けた。
「ディアソムニア寮に来るとは珍しいな。どうしたんだ」
シルバー先輩は相変わらず淡々とした様子なのに、私の心臓はハチャメチャに跳ね回って舌すら回らなくなっていた。
「せ、セベクの本を借りに来ました……」
蚊の鳴くような声でようやく絞り出せたけれど、聞こえているかな?
シルバー先輩は顔色一つ変えずに首を傾げた。鋭い視線が心臓にぐさりと刺さる。
「セベクの? なぜお前が?」
ひぃいい! 怪しい人認定されちゃった? どうしよう。私はただ本を借りに来ただけなのに!
言いたいことは頭の中でぐるぐる回るだけで、一向に口の先から出てこようとはしない。シルバー先輩は言葉の出せない私から目を離しそのまま右隣にかけていたそれを見ていた。
「……その模造刀。どうしたんだ」
ああー! しかも、持って来ていた模造刀見られた! 絶対殴り込みに来たって勘違いされる! 本当は貴方の傍にいたいだけなんですが、どうすればいいの……。
『いい? 困ったら、素直さが肝心。乙女ゲームは駆け引きと同時に真心も必要なんだから』
何で今ここで友人の声がするんだろう。でも、私に残された選択肢はそれしかなくて、ありのままをさらけ出すことにした。
「これは……セベクが剣術の特訓をつけてくれるので持ってます」
すると、シルバ―先輩は目を思い切り丸くしていた。え、こんな可愛い表情もされるんですか? 顔面国宝ですね。世界遺産も夢じゃないです。
「……あいつが。珍しいな」
「今日もセベクから若様についてもっと知るよう、鍛錬を積むため歴史を学ぼうと思って来ました」
シルバー先輩は、そうか、と短く切り返す。まぁ、これくらい当然ですよね。若様の従者になるためには、弱音なんて言ってられない。
「勤勉だな」
え。今、なんて。
びっくりしてまじまじと顔を見ると、しっかりとシルバー先輩は頷いた。もしかしなくとも、私褒められた!? 頬が急に熱くなる。
「あ、ありがとうございます! これからも励みます!」
やった! 嬉しすぎてほっぺが落ちそうな情けない笑顔になっちゃうけれど、これは不可抗力だ。だって、シルバー先輩に褒められたから!
「……あいつとはこれからも仲良くしてやってくれ」
「も、もちろんです!」
そう元気良く返したところまでは良かった。
そこから、無言の時間が急に始まった。
な、なぜ今始まった。き、気まずすぎる……!!! なにか、何か話題を。
そう考えていると寝息が聞こえる。あれ? とまじまじともう一度シルバー先輩を見れば、椅子に凭れながら眠っていた。なんだこの麗しい人は。急に油断した姿を見せるなんていけません!
「し、シルバー先輩?」
だめだ。声をかけても反応がない。さっきは私に声をかけてくれたけど、きっとこの後も用事があるに違いない。誰も起こさなかったから授業に間に合わなくて、先生に怒られていた姿を思い出す。あの時の先輩は本当に申し訳なさそうな顔をしていて、辛そうだった。あんな悲しい顔をする先輩はもう見たくない。
私は思い切って腰を上げた。
「シルバー先輩。起きてください」
肩に手を置くだなんて恐れ多いけど思い切ってゆすってみると、案外すんなりとオーロラシルバーの瞳は開かれた。
「は! い、今は何時だ」
「大丈夫です。眠っちゃってからすぐ起こしたので、時間は経ってないですよ」
シルバー先輩は私の言葉に安堵したのか、ほっと溜息をつく。
「そうか。起こしてくれて、ありがとう」
「いえ! これくらい何ともないです!」
私、この反省を生かして、シルバー先輩に眠る隙のないくらいの質問を浴びせるんだ!
「し、シルバー先輩は普段からなにか読まれるんですか?」
どうだ。これなら、ちょっとは場が持つかもしれない。椅子に座り直した私は胸を躍らせながら返事を待った。シルバー先輩は表情を一つも変えず、淡々と返す。
「俺はそもそも本を読むと寝てしまう。だから、普段は鍛錬に時間を割いている。……まあ、それでも眠ってしまうんだが」
「そうなんですか」
なるほど、シルバー先輩は鍛錬が好きっと。脳内メモはしっかりとっておこう。銀の人ノートも更新だ。
「ただ、親父殿が読み聞かせしてくれた絵本は今でも持っている」
声が一瞬で優しくなったことに不覚にも心臓が盛大にシンバルを鳴らした。この人は私の呼吸を止めたいのか!
でも待って。親父殿ってことはシルバー先輩のお父様。私今日その人を本で拝見することになるのか……。祭壇でも作って拝んでおこうかな。
「どんな絵本ですか?」
「ひとりぼっちの子どもに家族ができる話だ」
わー! 絶対幸せな話だぁ。昔は私もよくお母さんに読み聞かせしてもらったなぁ。シルバー先輩もそんな思い出持ってるなんて、きっと素敵な人に育てられたんだろう。読み聞かせしてくれる人がお互いいるなんて幸せだなぁ。
「とても幸せな話ですね」
「ああ、俺もそう思う」
その瞬間、シルバー先輩の頬がわずかに持ち上がって、微笑んでいる状態になった。その息がつまるような造形の美しさに、目玉が飛び出しそうな程見開いた。
なんて幸せそうな顔……! これは見惚れてしまう。切実にゴーストカメラで収めたい。
「ユウ! 持ってきたぞ!」
突然かけられた声にびっくりして椅子から浮くくらい跳ね上がる。振り返れば、何やら梱包されたものを持って立っているセベクがいた。
今いいところだったのに! でも心臓も爆発しそうだったからありがとうセベク!
「あ、ありがとうセベク」
おそるおそる若様の本を手に取ると、しっかりと汚れ防止用のカバーがかけられている上に梱包をしたらしい。厳重だ。
「汚すなよ」
「分かってる」
セベクの本を受け取り立ち上がると、シルバー先輩に向き直ってお辞儀をした。
「……シルバー先輩、先日は実験での不手際をフォローしてくださって、ありがとうございました。おかげで火傷せずに済みました」
頭を上げると、何ら変わったところのない表情でシルバー先輩は頷いた。
「ああ。今後は気を付けろ」
「はい! それと、良ければその絵本を今度見せてもらってもいいですか?」
「……構わない」
その答えに満足して、私は帰ることにした。セベクが鏡舎までついて行こうかと聞いたが、さすがに私はそこまで迷子にならない。丁重にお断りして、意気揚々とディアソムニア寮を後にすることにした。
「それでは失礼しました」
そっとセベクに向けて手を振ると、シルバー先輩が振り返してくれた。一瞬で心臓がノミみたいに縮んで潰れそうになるから、さっさと扉を閉めて足早に去った。
やっぱりシルバー先輩は侮れない! 流石若様!
このまま賢者の島の端まで行って、海に大声で叫びだしたい気分だ。貴方が世界一好きです、と。
*
ユウが立ち去った談話室ではしばらくの沈黙が流れていた。それを破ったのは、セベクの不機嫌な声だった。
「おい、なんだ絵本というのは」
セベクが眉をひそめて聞くと、シルバーは何一つ顔色を変えずに答える。
「親父殿が俺に読み聞かせしてくれたものだ」
「僕は読んだことがないぞ!」
当たり前だ。シルバーの読み聞かせはセベクに会う前のことだから。一人ぼっちの夜を過ごさなくなった今は、懐かしい思い出の一部になって本棚に並んでいる。
そんな思い出の絵本を読みたいとはっきり言った監督生の真っ直ぐなまなざしを思い出し、シルバーは目を伏せた。
「悪いが、監督生が先だ」
「シルバーが偉そうに言うな!」
セベクの反抗の叫びが厳かなディアソムニア寮内に響きわたった。