不器用な貴方の守り方
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ぐすっと私のみっともない鼻水をすする音に、お見舞いに来てくれたグリムがティッシュを差し出してくれた。ありがたく受け取って鼻をかむ。
「お前、また泣いてんのか」
呆れたように言われるのも仕方ない。私はグリムが来てから体を起こして、ずっと泣いては愚痴をこぼし、自己嫌悪に陥ってまた泣くの繰り返しをしている。これが二時間も続けばグリムもそれは気が滅入るだろう。
でも私はやっぱり昨日のシルバー先輩の発言だけは許せなかった。
「私が死にたがりみたいに言われるのが納得いかない。そりゃ、お父さんやお母さんやお兄ちゃんに何度だって会いたいって思ったよ。でも……私は、シルバー先輩がついていてくれるって言ってくれて、もう一人じゃないんだって……本気で思って」
うわあああん、と嗚咽を上げようにも、喉はカラカラでセベクが出してくれた水差しの中身は空っぽだ。目も腫れぼったい。グリムが背中をまた擦ってくれるのが、胸の痛みを更に増長させた。
まるで私が望んでここにいるわけじゃないみたいにシルバー先輩に言われるのが悲しい。それじゃあ、シルバー先輩がまるで私にはここにいてほしくないみたいじゃないか。ああ、ダメだもう辛くて何も考えられない。
私は確かに馬鹿だ。目の前のドワーフを救うことばっかりで、その後のことなんて全然考えられなかった。そのせいで沢山の人に迷惑をかけた。やっぱり私みたいなやつは、先輩たちを心配させてばかりだから、傍にいちゃだめなのかな。
「ユウ! 入るぞ!」
ノックの音すら気づかなかったせいで、セベクが部屋に入ってくる。急いで枕で顔を隠したけど、ばっちり私の顔を見られたらしい。セベクが大丈夫かと駆け寄ってきた。
「こ、こっち見ないで!」
「何を意固地になっている。普段の冷静さはどうした」
セベクの言葉が怖い。普段なら何も怖くなんてないのに、私のこと邪魔って思っているのかな? シルバー先輩みたいに死にたがりが何をしているんだって怒られちゃうのかな。
「わ、私なんてどうせ迷惑なだけだし、出て行けなんて思われてて」
「何を言っているんだ? 大体、そんなことを誰が言った」
「セベクだってどうせ思ってるんでしょ! 私みたいな考えなしの馬鹿は元の世界に帰れって!」
「甘ったれるな!!!」
鼓膜がビリビリと震えるほどの大きな声にびっくりして枕から顔を上げると、セベクが鬼瓦みたいな形相で私を睨んでいた。腕を組んで見下ろすセベクの迫力に、言葉も出ない。
「大体なんだ、その言い分は。僕の気持ちも碌に聞かないで、勝手に決めつけるとは傲慢も甚だしいぞ!」
セベクを怒らせてしまった。彼は泣きはらした私の顔を見て心配で駆け寄っただけなのに、私は何を勝手に不安になって怯えていたんだろう。罪悪感がまた押し寄せてきて、ぽつりと口から謝罪の言葉が出てきた。
「……ごめん」
「ふん。落ち着いたか。それと、泣き顔くらい見られてもお前は弱くならない。それくらいの鍛錬をお前は乗り越えて、食らいついてきた。僕とシルバーが保証する」
セベクの言葉がじんわりと胸に沁みる。痛くて痛くて仕方なかった心が、セベクのおかげでほんの少しだけ余裕ができた。遠慮もせず私の顔を見てくれるセベクに、今はただ感謝を言いたかった。
「セベク、ありがとう」
「礼など要らん。お前は早くその傷を治して、リリア様とシルバーを安心させろ。若様の手を借りてまでお前の治療に専念したのだ」
リリア先輩とシルバー先輩が? 思わずそう尋ねると、セベクが当然といった調子で「他に誰がいる」と返した。お二人にはあんな厳しいことを言われた後だから、てっきり私は一人で耐えているものかと思っていた。けど、今思えば一人じゃ餓死しているんだよね。
セベクがまさかとは思うが、とこっちに視線だけ寄越して眉をひそめた。首を傾げた私には何も分かっていないことを確認した彼は、深いため息をついて地面を指さした。
「ここはシルバーの部屋で、そのベッドもあいつのだ。お前が目を覚ますまでずっと、あいつは居眠りをしながらお前の身の回りの世話をしていた。呻き声の一つでもあげれば、眠りから飛び起きてお前の相手をしていた」
私が眠っている間にそんなことがあったなんて全く知らなかった。知らなくて当然なんだろうけれども、これほど私に身を割いてくれた先輩になんて酷いことを言ってしまったんだろう。また罪悪感で胸が潰れそうになる。
「……シルバー先輩に死にたがりって言われて、怒っちゃった」
ぽつりと漏れた懺悔にセベクが片眉を上げて、目を丸くした。じろじろと私を見る瞳にはどうもありえないという感情が見え見えだ。
「お前が?」
「うん」
「珍しいこともあるものだな。まあ、今回ばかりは僕もその言葉に同意せざるを得ない」
う、セベクにまで言われると私の立つ瀬がない。でも、わざわざ死にたがりなんて言われるようなことをしてしまったと自分でも思うと、今となってドワーフを救うと決めたあの判断をしたのが果たしてよかったのか分からなくなった。
「やっぱり馬鹿だから?」
「考えなしに突っ込んだ点についてはな」
セベクが「体の痛みはどうだ」と聞いてきたから、もうないと答えると「当然だな」となぜか誇らしげに言われる。何でセベクが嬉しそうなんだ?
「シルバーがお前に古の回復魔法を使って、痛みと引き換えにその身体を完全再生したことは知っているか?」
まったく知らない、と首を横に振ると、お前たちはもう少しコミュニケーションを取れないのか? とセベクに首を傾げられた。
うるさいな! 今はケンカ中だから詳しいことも聞かされなかったんです! そのせいで君から聞かされたシルバー先輩の優しさに頭抱えたくなるくらいの後悔をしているんです!
セベクは仕方ないな、と肩をすくめて、また嬉しそうに教えてやろう、と言ってきた。
「あの爆発音で真っ先にお前の元に辿り着いたのはシルバーだ。風上からお前の匂いがしていたことは分かっていたから、爆発に巻きこまれたのではないかとすぐさま予想したのだろう。僕が着いた時には、シルバーは茨の谷に古くから伝わる回復魔法をすでにお前にかけていた。言っておくがお前はあの時死にかけていたんだ。僕にも死の匂いくらい分かる。だからシルバーはお前に何度も『死ぬな』と言い続けていた」
セベクが天蓋にかかる柱に頭と肩を凭れさせて、腕を組んだ。アンティークゴールドの瞳が遠くを見つめている。
「あの呪文は複雑だ。そして、シルバーはお前を半ば蘇生させるような真似をするために行使した魔力を焦りゆえにコントロールしきれていなかった。それゆえにシルバーのかけた魔法は未完成だった。そのままなら、お前の意識が戻ってきたとしても、痛みのあまり気絶するか下手をすればショック死する。それを修復し、整えてくださったのが若様とリリア様だ。その修復作業は繊細なため、僕やシルバーでは手出しのできないような細かい魔法をお前が眠っていた三日間かけ続けていた。お前が起きた時、少しでもその痛みを和らげるために」
今思えば、起きた時体中痛かったけれど、気絶する程なんて痛みではなかった。ぞっと背筋に走った寒気に両腕を抱えるように擦る。
「毎晩お前を世話するシルバーは、見る見るうちに弱っていった。そのうち、オーバーブロットでもするんじゃないかと危惧したリリア様が眠らせたぐらいだ。そして、お前が目覚めた時、僕は初めて見たんだ。あいつの……シルバーの泣く顔を」
セベクの長いまつ毛がふせられて、息がつまりそうな思いがした。
「シルバーとは付き合いだけが長い。しかし、あいつの泣く顔というのは大概辛かったり、怖かったり、良くない時に使う表情だ。でもあいつはお前の目覚めを喜んで涙を流した。僕はその時思ったんだ。本当にあいつはお前を愛しているのだと」
真っ直ぐに私を見てくるセベクの視線に何だかいたたまれなくなって、枕で顔を隠した。頬に熱が集まってくると同時に、胸に迫る熱いものに自然と引き攣れるような嗚咽が漏れた。こんな真っ赤な顔だけは先輩以外に見せられない。
セベクのふうというため息が聞こえて「一方で、お前はこの一件で若様に貢献したことがある」と重々しく言われる。な、何かしたかな? 目元の涙を拭って顔を上げると、セベクはまだ私をまっすぐ見ていた。
「あのドワーフは身を挺してまで守るお前の姿を見て、人間への考えを改めたそうだ。『より友好的であってもいいかもしれない』と。それは他の誰がしたことでもない、お前自身の功績だ。おかげで茨の谷がまた一歩、人間たちとの友好関係を築き、若様の御代の繫栄に貢献できた。その点については胸を張れ」
茨の谷と人間における溝の深さは魔法史で学んだことがある。それはリリア先輩が毎年星送りで願い星に籠めるお願い事――種族関係なく平和に暮らせるようにとの祈りにしなければならないほど深刻なものだ。でも、その願いがどれだけ難しくとも叶えたいとシルバー先輩は言っていた。そんな大きなことに対して私ができることなんてないと初めから諦めていたけれど、セベクが教えてくれた。
頬が自然と持ち上がって、胸に暖かなものが染みわたる気がした。私の判断は間違っていなかったんだ。私にできることは少ないけれど、先輩たちが願う種族関係ない平和に役立てたならこれほど嬉しいものはない。
「セベク……ありがとう。元気出た」
「ふん。僕は当然のことを言ったまでだ。さっさと体調を治して、鍛錬に励め。お前の剣術はシルバーも買っているんだ」
「そうだね。早く治すよ」
くすりと笑った瞬間、セベクがやっと笑ったな、とため息を吐きながら呆れたように笑う。セベクの大声に驚いていなくなっていたはずのグリムは、先輩のベッドの下から出てきて、仲直りするんだゾ、と私の鼻先にその愛らしい肉球を突きつけた。
「お前、また泣いてんのか」
呆れたように言われるのも仕方ない。私はグリムが来てから体を起こして、ずっと泣いては愚痴をこぼし、自己嫌悪に陥ってまた泣くの繰り返しをしている。これが二時間も続けばグリムもそれは気が滅入るだろう。
でも私はやっぱり昨日のシルバー先輩の発言だけは許せなかった。
「私が死にたがりみたいに言われるのが納得いかない。そりゃ、お父さんやお母さんやお兄ちゃんに何度だって会いたいって思ったよ。でも……私は、シルバー先輩がついていてくれるって言ってくれて、もう一人じゃないんだって……本気で思って」
うわあああん、と嗚咽を上げようにも、喉はカラカラでセベクが出してくれた水差しの中身は空っぽだ。目も腫れぼったい。グリムが背中をまた擦ってくれるのが、胸の痛みを更に増長させた。
まるで私が望んでここにいるわけじゃないみたいにシルバー先輩に言われるのが悲しい。それじゃあ、シルバー先輩がまるで私にはここにいてほしくないみたいじゃないか。ああ、ダメだもう辛くて何も考えられない。
私は確かに馬鹿だ。目の前のドワーフを救うことばっかりで、その後のことなんて全然考えられなかった。そのせいで沢山の人に迷惑をかけた。やっぱり私みたいなやつは、先輩たちを心配させてばかりだから、傍にいちゃだめなのかな。
「ユウ! 入るぞ!」
ノックの音すら気づかなかったせいで、セベクが部屋に入ってくる。急いで枕で顔を隠したけど、ばっちり私の顔を見られたらしい。セベクが大丈夫かと駆け寄ってきた。
「こ、こっち見ないで!」
「何を意固地になっている。普段の冷静さはどうした」
セベクの言葉が怖い。普段なら何も怖くなんてないのに、私のこと邪魔って思っているのかな? シルバー先輩みたいに死にたがりが何をしているんだって怒られちゃうのかな。
「わ、私なんてどうせ迷惑なだけだし、出て行けなんて思われてて」
「何を言っているんだ? 大体、そんなことを誰が言った」
「セベクだってどうせ思ってるんでしょ! 私みたいな考えなしの馬鹿は元の世界に帰れって!」
「甘ったれるな!!!」
鼓膜がビリビリと震えるほどの大きな声にびっくりして枕から顔を上げると、セベクが鬼瓦みたいな形相で私を睨んでいた。腕を組んで見下ろすセベクの迫力に、言葉も出ない。
「大体なんだ、その言い分は。僕の気持ちも碌に聞かないで、勝手に決めつけるとは傲慢も甚だしいぞ!」
セベクを怒らせてしまった。彼は泣きはらした私の顔を見て心配で駆け寄っただけなのに、私は何を勝手に不安になって怯えていたんだろう。罪悪感がまた押し寄せてきて、ぽつりと口から謝罪の言葉が出てきた。
「……ごめん」
「ふん。落ち着いたか。それと、泣き顔くらい見られてもお前は弱くならない。それくらいの鍛錬をお前は乗り越えて、食らいついてきた。僕とシルバーが保証する」
セベクの言葉がじんわりと胸に沁みる。痛くて痛くて仕方なかった心が、セベクのおかげでほんの少しだけ余裕ができた。遠慮もせず私の顔を見てくれるセベクに、今はただ感謝を言いたかった。
「セベク、ありがとう」
「礼など要らん。お前は早くその傷を治して、リリア様とシルバーを安心させろ。若様の手を借りてまでお前の治療に専念したのだ」
リリア先輩とシルバー先輩が? 思わずそう尋ねると、セベクが当然といった調子で「他に誰がいる」と返した。お二人にはあんな厳しいことを言われた後だから、てっきり私は一人で耐えているものかと思っていた。けど、今思えば一人じゃ餓死しているんだよね。
セベクがまさかとは思うが、とこっちに視線だけ寄越して眉をひそめた。首を傾げた私には何も分かっていないことを確認した彼は、深いため息をついて地面を指さした。
「ここはシルバーの部屋で、そのベッドもあいつのだ。お前が目を覚ますまでずっと、あいつは居眠りをしながらお前の身の回りの世話をしていた。呻き声の一つでもあげれば、眠りから飛び起きてお前の相手をしていた」
私が眠っている間にそんなことがあったなんて全く知らなかった。知らなくて当然なんだろうけれども、これほど私に身を割いてくれた先輩になんて酷いことを言ってしまったんだろう。また罪悪感で胸が潰れそうになる。
「……シルバー先輩に死にたがりって言われて、怒っちゃった」
ぽつりと漏れた懺悔にセベクが片眉を上げて、目を丸くした。じろじろと私を見る瞳にはどうもありえないという感情が見え見えだ。
「お前が?」
「うん」
「珍しいこともあるものだな。まあ、今回ばかりは僕もその言葉に同意せざるを得ない」
う、セベクにまで言われると私の立つ瀬がない。でも、わざわざ死にたがりなんて言われるようなことをしてしまったと自分でも思うと、今となってドワーフを救うと決めたあの判断をしたのが果たしてよかったのか分からなくなった。
「やっぱり馬鹿だから?」
「考えなしに突っ込んだ点についてはな」
セベクが「体の痛みはどうだ」と聞いてきたから、もうないと答えると「当然だな」となぜか誇らしげに言われる。何でセベクが嬉しそうなんだ?
「シルバーがお前に古の回復魔法を使って、痛みと引き換えにその身体を完全再生したことは知っているか?」
まったく知らない、と首を横に振ると、お前たちはもう少しコミュニケーションを取れないのか? とセベクに首を傾げられた。
うるさいな! 今はケンカ中だから詳しいことも聞かされなかったんです! そのせいで君から聞かされたシルバー先輩の優しさに頭抱えたくなるくらいの後悔をしているんです!
セベクは仕方ないな、と肩をすくめて、また嬉しそうに教えてやろう、と言ってきた。
「あの爆発音で真っ先にお前の元に辿り着いたのはシルバーだ。風上からお前の匂いがしていたことは分かっていたから、爆発に巻きこまれたのではないかとすぐさま予想したのだろう。僕が着いた時には、シルバーは茨の谷に古くから伝わる回復魔法をすでにお前にかけていた。言っておくがお前はあの時死にかけていたんだ。僕にも死の匂いくらい分かる。だからシルバーはお前に何度も『死ぬな』と言い続けていた」
セベクが天蓋にかかる柱に頭と肩を凭れさせて、腕を組んだ。アンティークゴールドの瞳が遠くを見つめている。
「あの呪文は複雑だ。そして、シルバーはお前を半ば蘇生させるような真似をするために行使した魔力を焦りゆえにコントロールしきれていなかった。それゆえにシルバーのかけた魔法は未完成だった。そのままなら、お前の意識が戻ってきたとしても、痛みのあまり気絶するか下手をすればショック死する。それを修復し、整えてくださったのが若様とリリア様だ。その修復作業は繊細なため、僕やシルバーでは手出しのできないような細かい魔法をお前が眠っていた三日間かけ続けていた。お前が起きた時、少しでもその痛みを和らげるために」
今思えば、起きた時体中痛かったけれど、気絶する程なんて痛みではなかった。ぞっと背筋に走った寒気に両腕を抱えるように擦る。
「毎晩お前を世話するシルバーは、見る見るうちに弱っていった。そのうち、オーバーブロットでもするんじゃないかと危惧したリリア様が眠らせたぐらいだ。そして、お前が目覚めた時、僕は初めて見たんだ。あいつの……シルバーの泣く顔を」
セベクの長いまつ毛がふせられて、息がつまりそうな思いがした。
「シルバーとは付き合いだけが長い。しかし、あいつの泣く顔というのは大概辛かったり、怖かったり、良くない時に使う表情だ。でもあいつはお前の目覚めを喜んで涙を流した。僕はその時思ったんだ。本当にあいつはお前を愛しているのだと」
真っ直ぐに私を見てくるセベクの視線に何だかいたたまれなくなって、枕で顔を隠した。頬に熱が集まってくると同時に、胸に迫る熱いものに自然と引き攣れるような嗚咽が漏れた。こんな真っ赤な顔だけは先輩以外に見せられない。
セベクのふうというため息が聞こえて「一方で、お前はこの一件で若様に貢献したことがある」と重々しく言われる。な、何かしたかな? 目元の涙を拭って顔を上げると、セベクはまだ私をまっすぐ見ていた。
「あのドワーフは身を挺してまで守るお前の姿を見て、人間への考えを改めたそうだ。『より友好的であってもいいかもしれない』と。それは他の誰がしたことでもない、お前自身の功績だ。おかげで茨の谷がまた一歩、人間たちとの友好関係を築き、若様の御代の繫栄に貢献できた。その点については胸を張れ」
茨の谷と人間における溝の深さは魔法史で学んだことがある。それはリリア先輩が毎年星送りで願い星に籠めるお願い事――種族関係なく平和に暮らせるようにとの祈りにしなければならないほど深刻なものだ。でも、その願いがどれだけ難しくとも叶えたいとシルバー先輩は言っていた。そんな大きなことに対して私ができることなんてないと初めから諦めていたけれど、セベクが教えてくれた。
頬が自然と持ち上がって、胸に暖かなものが染みわたる気がした。私の判断は間違っていなかったんだ。私にできることは少ないけれど、先輩たちが願う種族関係ない平和に役立てたならこれほど嬉しいものはない。
「セベク……ありがとう。元気出た」
「ふん。僕は当然のことを言ったまでだ。さっさと体調を治して、鍛錬に励め。お前の剣術はシルバーも買っているんだ」
「そうだね。早く治すよ」
くすりと笑った瞬間、セベクがやっと笑ったな、とため息を吐きながら呆れたように笑う。セベクの大声に驚いていなくなっていたはずのグリムは、先輩のベッドの下から出てきて、仲直りするんだゾ、と私の鼻先にその愛らしい肉球を突きつけた。