不器用な貴方の守り方
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何度も眠っては起きてを繰り返していると、痛みがようやく引いた。ディアソムニア寮は気候の関係で薄暗いけれど、夜を教えてくれたのは月あかりだ。私が眠っていたせいか部屋に明かりは一切なくて、静寂だけが流れていた。
ふいにこんこんと木の乾いた音が部屋に響いた。そっと音もなく入ってきた銀の髪のその人は、剣呑な光を目に宿していた。
「シルバー先輩」
入ってきた先輩はもう大丈夫かと起き上がれない私に容体を尋ねるわけでもなく、何か必要かと言ってくれるわけでもなく、ただ入り口で私の様子をじっと見てから、ベッドに腰掛けた。先輩を背中から照らす月明かりのせいで、先輩の顔があまり見えない。
「その……無茶をして、ごめんなさい」
とりあえずと思って謝ってみたけれど、先輩はなんの反応も返してくれない。
これはどうしたら許してくれるんだ。ぐるぐると頭の中でとにかく謝罪の言葉を並べる。どうにかして許してほしくて、思いついた謝罪はそのまま口から出てきた。
「私、まだまだ弱いのに勝手に動いて、皆さんを困らせてしまって……本当に、反省しています」
それでも先輩は全く話してくれる気配もなく、ただ闇の中でぎらぎらと目を光らせている。明らかに怒っているし、私には視線の一つもくれない。あんまりな仕打ちに泣きたくなった。
「お前は、死にたいのか」
そう低く呟かれた言葉は、石の壁に反響した。あまりにも冷たい声と感情が一切乗っていない言葉に、体が動かなくなった。
起き抜けに会って初めて言われる言葉がこれなんて辛い。いや、私のせいなんだけれども。
「すいません」
「謝って済むようなものじゃない」
す、とダイヤモンドのようにギラギラ輝いている瞳が私の方を見た。何で勝手なことをしたんだって、厳しい眼が私を責め立てる。
「お前には剣の腕があっても、その場を自己犠牲なしに解決出来る戦略が足りない。親父殿も冷や汗をかいたと呆れていた。無論、俺も同意見だ」
ですよね。はい、先程馬鹿者ってしこたま怒られたので分かります。
先輩から連続で繰り広げられる正論にわたしの耳にはたこどころか岩ができそうな気分だ。シーツをぎゅっと握って何度も耐えているうちに、今度は「そもそも普段からお前には注意が足りない」とか「何でもできると勘違いするな」とか厳しく言われてギリギリと歯噛みした。も、もうこれ以上先輩の言うこと聞けない!
「つ、次は戦略や戦術も身につけて、皆さんに心配をかけないよう努めます! 本当に、ご心配をかけてすいませんでした」
しっかり次に反省を活かして、先輩たちにこんな風に不安にさせない自分になろう。だって、先輩たちには笑っていて欲しいから。
これから反省して動けば、またあの優しい瞳が帰ってくる。そう信じて顔を上げると、先輩は目を閉じて額に指先を当てている。忌々しそうに先輩は呟いた。
「本当は……家族のところに行きたかったんじゃないのか」
私は自分の耳を疑った。先輩は今、なんて言ったのか理解できない――ううん、分かりたくなんかなかった。その答えが怖くて、自然と尋ねようと発した声が震える。
「なんて……今」
まるで剣の切っ先を突きつけられるような鋭いシルバー先輩の視線が私を貫く。苛立った様子の先輩は理解できなかった私にもわかるようにゆっくり言葉を紡いだ。
「一歩間違えれば死に直結するほどの手傷を負いながら、お前は俺に笑った。それは、俺を兄上に重ねてようやく会えたと思ったからじゃないのか、と言ったんだ」
それは夢だと思ったあの時のことを言ってることくらい、私には分かった。でも、笑ったのはお兄ちゃんと先輩を見間違えたからじゃない。笑ったのは先輩に助けられたんだって思って安心したからだ。
「それは、先輩に助けてもらえたって安心で笑ってしまったんです」
「嘘をつくな」
私の言葉に食い込むように、断固とした口調で先輩は口を挟んできた。明らかに私の言葉に不信感を抱いていて、首を横に振ってもいる。あまりにも信用する姿勢を見せない先輩にふつふつとたまっていた苛立ちが、言葉になって口から零れだした。
「ふざけないでください! 何で先輩に、私の気持ちが分かるんですか!」
「分からないわけがない。お前の夢の中は元の世界であの家族と会うことだった。違うか?」
温度を感じられない冷たい口調に、ますます胸が引きつれるように痛んだ。怒りで体中が燃え上がるように熱くなる。
「それは違いませんけど、なんで私が死にたがりみたいに言われなくちゃいけないんですか?」
家族を亡くした時の辛い気持ちは、確かにまだ癒えない。でも、先輩が一人じゃないって言ってくれたから、私は気持ちが楽になったんだ。なのに、なんで私の気持ちが全部嘘みたいに言うの?
ぎゅっと苦しくなる胸元に手を握って堪える。シルバー先輩は深くため息を吐くと、地を這うような低い声で吐き捨てた。
「実際に、お前の行動は死にたがりそのものだ。見ず知らずのドワーフのために、ニトロの木の実を全身で浴びるなど正気の沙汰じゃない」
その瞬間、私の中で怒りが爆発した。押さえていた胸が炎でも灯されたかのように熱くなった。
「もういいです! 帰ってください! 顔も見たくない!!」
引きつれるような声で叫んだ私の肩は上下していて、ふーっふーっと短い浅い呼吸音だけがこの空間にあった。先輩は瞳孔をどんぐりのように縮めて私を見ていたかと思うと、静かに立ち上がって部屋を出て行った。
次の瞬間、張り詰めていたものが壊れる音がした。抉るような胸の痛みが来て、か細くて高い自分の嗚咽が耳に刺さる。動かすことすら億劫な腕は溢れてきた涙を拭うこともなくただシーツにしがみついていた。
何であんなひどいことを言うんだろう。でも、私も酷いことをした。もう一度会ってやり直したい。ごめんなさいって謝って、先輩の話をもう少しきちんと聞くべきだった。
私はただあの扉から先輩が戻ってこないかと祈った。でも、先輩は朝になっても戻ってこなかった。
ふいにこんこんと木の乾いた音が部屋に響いた。そっと音もなく入ってきた銀の髪のその人は、剣呑な光を目に宿していた。
「シルバー先輩」
入ってきた先輩はもう大丈夫かと起き上がれない私に容体を尋ねるわけでもなく、何か必要かと言ってくれるわけでもなく、ただ入り口で私の様子をじっと見てから、ベッドに腰掛けた。先輩を背中から照らす月明かりのせいで、先輩の顔があまり見えない。
「その……無茶をして、ごめんなさい」
とりあえずと思って謝ってみたけれど、先輩はなんの反応も返してくれない。
これはどうしたら許してくれるんだ。ぐるぐると頭の中でとにかく謝罪の言葉を並べる。どうにかして許してほしくて、思いついた謝罪はそのまま口から出てきた。
「私、まだまだ弱いのに勝手に動いて、皆さんを困らせてしまって……本当に、反省しています」
それでも先輩は全く話してくれる気配もなく、ただ闇の中でぎらぎらと目を光らせている。明らかに怒っているし、私には視線の一つもくれない。あんまりな仕打ちに泣きたくなった。
「お前は、死にたいのか」
そう低く呟かれた言葉は、石の壁に反響した。あまりにも冷たい声と感情が一切乗っていない言葉に、体が動かなくなった。
起き抜けに会って初めて言われる言葉がこれなんて辛い。いや、私のせいなんだけれども。
「すいません」
「謝って済むようなものじゃない」
す、とダイヤモンドのようにギラギラ輝いている瞳が私の方を見た。何で勝手なことをしたんだって、厳しい眼が私を責め立てる。
「お前には剣の腕があっても、その場を自己犠牲なしに解決出来る戦略が足りない。親父殿も冷や汗をかいたと呆れていた。無論、俺も同意見だ」
ですよね。はい、先程馬鹿者ってしこたま怒られたので分かります。
先輩から連続で繰り広げられる正論にわたしの耳にはたこどころか岩ができそうな気分だ。シーツをぎゅっと握って何度も耐えているうちに、今度は「そもそも普段からお前には注意が足りない」とか「何でもできると勘違いするな」とか厳しく言われてギリギリと歯噛みした。も、もうこれ以上先輩の言うこと聞けない!
「つ、次は戦略や戦術も身につけて、皆さんに心配をかけないよう努めます! 本当に、ご心配をかけてすいませんでした」
しっかり次に反省を活かして、先輩たちにこんな風に不安にさせない自分になろう。だって、先輩たちには笑っていて欲しいから。
これから反省して動けば、またあの優しい瞳が帰ってくる。そう信じて顔を上げると、先輩は目を閉じて額に指先を当てている。忌々しそうに先輩は呟いた。
「本当は……家族のところに行きたかったんじゃないのか」
私は自分の耳を疑った。先輩は今、なんて言ったのか理解できない――ううん、分かりたくなんかなかった。その答えが怖くて、自然と尋ねようと発した声が震える。
「なんて……今」
まるで剣の切っ先を突きつけられるような鋭いシルバー先輩の視線が私を貫く。苛立った様子の先輩は理解できなかった私にもわかるようにゆっくり言葉を紡いだ。
「一歩間違えれば死に直結するほどの手傷を負いながら、お前は俺に笑った。それは、俺を兄上に重ねてようやく会えたと思ったからじゃないのか、と言ったんだ」
それは夢だと思ったあの時のことを言ってることくらい、私には分かった。でも、笑ったのはお兄ちゃんと先輩を見間違えたからじゃない。笑ったのは先輩に助けられたんだって思って安心したからだ。
「それは、先輩に助けてもらえたって安心で笑ってしまったんです」
「嘘をつくな」
私の言葉に食い込むように、断固とした口調で先輩は口を挟んできた。明らかに私の言葉に不信感を抱いていて、首を横に振ってもいる。あまりにも信用する姿勢を見せない先輩にふつふつとたまっていた苛立ちが、言葉になって口から零れだした。
「ふざけないでください! 何で先輩に、私の気持ちが分かるんですか!」
「分からないわけがない。お前の夢の中は元の世界であの家族と会うことだった。違うか?」
温度を感じられない冷たい口調に、ますます胸が引きつれるように痛んだ。怒りで体中が燃え上がるように熱くなる。
「それは違いませんけど、なんで私が死にたがりみたいに言われなくちゃいけないんですか?」
家族を亡くした時の辛い気持ちは、確かにまだ癒えない。でも、先輩が一人じゃないって言ってくれたから、私は気持ちが楽になったんだ。なのに、なんで私の気持ちが全部嘘みたいに言うの?
ぎゅっと苦しくなる胸元に手を握って堪える。シルバー先輩は深くため息を吐くと、地を這うような低い声で吐き捨てた。
「実際に、お前の行動は死にたがりそのものだ。見ず知らずのドワーフのために、ニトロの木の実を全身で浴びるなど正気の沙汰じゃない」
その瞬間、私の中で怒りが爆発した。押さえていた胸が炎でも灯されたかのように熱くなった。
「もういいです! 帰ってください! 顔も見たくない!!」
引きつれるような声で叫んだ私の肩は上下していて、ふーっふーっと短い浅い呼吸音だけがこの空間にあった。先輩は瞳孔をどんぐりのように縮めて私を見ていたかと思うと、静かに立ち上がって部屋を出て行った。
次の瞬間、張り詰めていたものが壊れる音がした。抉るような胸の痛みが来て、か細くて高い自分の嗚咽が耳に刺さる。動かすことすら億劫な腕は溢れてきた涙を拭うこともなくただシーツにしがみついていた。
何であんなひどいことを言うんだろう。でも、私も酷いことをした。もう一度会ってやり直したい。ごめんなさいって謝って、先輩の話をもう少しきちんと聞くべきだった。
私はただあの扉から先輩が戻ってこないかと祈った。でも、先輩は朝になっても戻ってこなかった。