不器用な貴方の守り方
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目覚めた瞬間、背中に身体を動かせないくらいの痛みが走った。声すら出ない。苦しい。
目の奥が自然と熱くなって、こめかみに冷たいものが流れ落ちた。自分の乾いた呼吸だけが静かなディアソムニア寮の部屋に響く。今は看病された時のように、シルバー先輩に撫でられたかった。
助けてと唇が動いた時、ガチャリと扉が開いた。誰が入ってくるのか注視していると、小柄なディアソムニア寮の制服が見えた。
「目覚めたか」
見下ろしてくる瞳に普段の温かさが全くないのが怖い。リリア先輩は痛みで声も出ない私に淡々と告げた。
「お主の治療はその痛みと引き換えに治りを早くするものじゃ。まぁ、あのような緊急事態でその判断をとったのは吉と言えるか、凶と言えるか」
ぼそりと聞こえた言葉が引っかかった。私の治りを早くするために、痛くさせてる? 誰がそんなことをしたんだ。でも痛くて痛くて、文句を言うのもおっくうだ。
「ユウ、お主、ここに運ばれる前の記憶はあるか?」
静かに腕を組んだリリア先輩は、一つでも言葉を間違えれば誤解されるような緊張感があった。何か集中したら痛みもひくかもしれないと思って、ここに運ばれる前のことを思い出してみることにした。
確か、鍛錬について行ったんだ。リリア先輩のする鍛錬に興味があって、シルバー先輩とセベクがするのを見てろって言われた。闇の鏡を使って猛獣が闊歩する森へ行き、リリア先輩が鬼役の鬼ごっこを見ていた。でも、あまりにも動きの早い先輩たちは一瞬で私を置き去りにした。いつになっても帰ってこない先輩たちを心配して、動くなと言われたその場を私は離れた。先輩たちに会おうにも私は魔法を使えないし、猛獣たちに襲われる訳にも行かない。地道に歩いて見つけるなんて途方もない考えに従って歩いていた。そこに猛獣に囲まれて動けなくなってる子供がいた。考えるまでもなく、助けに行ってしまっていた。
持っているのは剣と火薬、あとは健脚だけ。だから、まず近くにあった土と火薬を使って煙幕で周りを見えなくさせて、そのまま子どもを背負った。
「放せ! あれくらい自分でできる!」なんて言っていたけど、どう見ても持っている武器は銃だけだ。それも使わないところから見て、弾切れしたんだろう。
「静かに。見つかっちゃうよ」
私と子どもは木の根元が空洞になっている場所へ隠れた。
でも、猛獣たちは鼻が良くて、居場所を見つけられてしまった。猿が子供めがけて赤いトゲのついた実を投げていた。あれは実験でも使ったことがある。爆発性のあるニトロの木の実だ。そう分かった瞬間、なりふり構わず子供を抱きしめて庇った。物凄い衝撃波を背中で食らって、意識を失ったんだ。
あの時の子供は大丈夫だろうか。なんて心配してると、リリア先輩が私の顔を覗き込んできた。目の前で手を振られ、その手に合わせて視線が右往左往する。
「おーい、意識はあるか?」
「ええ。全身ちぎれそうな痛みが来てます」
「左様か。思い出せたか? ユウ」
そっと微笑んでくれているのに、なぜこんなにリリア先輩が怖いんだろう。ごくりと生唾を飲む。私は何か悪いことしただろうか?
「はい……」
「この馬鹿者」
その声は初めて聞いたリリア先輩のお叱りだった。リリア先輩は眉をしかめ、腰に手を当てて私を非難する視線を向けている。
「あのような無茶をして、シルバーやわしが心配せんとでも思ったのか」
リリア先輩に叱られているのは私なのに、何故か私じゃなくてリリア先輩が泣きそうだ。いや、怒っている先輩は私が心配させたんだ。
でもリリア先輩、私は無謀に突っ込んででも守らないとと思ったんです。
「……でも、あの時はああするしか」
「まだ方策はあった。わしらの救援を待ち、獣のかく乱をすればよい」
「それじゃダメなんです!」
それじゃ、あの時、あの子供を救えない。ぎりぎりと掌に指先が食い込んでいく。
リリア先輩は驚いた顔をしていた。そして、ため息をついてベッドに腰掛けると私の顔をじっと見た。
「ユウ、あの状況でお主には何が見えておった」
「……子供が、襲われていて」
リリア先輩は溜息をつき首を横に振ると、それは違うと言った。
「あれはドワーフじゃ。まあ、見たところ成人の証を見せるためにあの猛獣を狩りに来ておったんじゃろうが、全く身のこなしがなっておらなんだ」
足を組んだリリア先輩は忌々しそうに壁を見つめ、苛立った調子で吐き捨てた。
「その上、森の獣たちには敬意をもって剣で戦わねばならんというのに、猛獣相手に銃を使おうとするなどもってのほかじゃ。おそらく、素手であったなら戦力にもならんだろう」
そんな風習があるんだ、とぼんやり見ていると、リリア先輩はあのような若造がいては茨の谷も落ち着いて腰を据えられんなどとぼやいていた。やっぱりあの時、ドワーフの彼は戦える状況じゃなかったんだ。
庇った時、彼はケガをしなかっただろうか。結構強引に抱き込んだから、体を痛めていないと良いんだけど。
「彼は……その、ドワーフは無事なんですか?」
ぼやいていたリリア先輩は、私を見ると顔を引きつらせて身を引いた。次の瞬間には頭痛がするのか頭を片手で支えて、大きなため息を吐いた。
「お主という奴は……底の見えぬお人好しは、美徳ではあるが同時に命取りになるぞ。シルバーを残して逝くつもりか?」
低く言われたその言葉が、ギラギラと怒りの炎に燃えたマゼンタでさらに恐ろしさを増す。ぞくりと背筋が粟立つほどの怒りに思わず視線を下げ、最早何も言えなくなってしまった。
リリア先輩は私の頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。びっくりして目の前が私の髪の毛で塞がれる。
「わわっ」
「馬鹿者」
噛みしめるように吐いたリリア先輩の声は、少しだけ揺れている。
シルバー先輩が泣いていたあれも夢じゃないってことなら、私は非常にまずいことをしただろう。勝手にはぐれて迷子になった挙句、意識を失った状態で見つかるなんて、死亡フラグが森のように生い茂ったと思われても仕方ない。
リリア先輩は歯噛みしたあと、前髪を退かした私の顔を見て言った。
「身を挺して庇ってもよいのは、お主がどんな攻撃にも耐えられる人物であるか、命を懸けてでも守らねばならん相手じゃ。全くお主は……馬鹿が突き抜けておる大馬鹿者じゃ」
本当に全くその通りです。私のせいでリリア先輩やセベク、何よりシルバー先輩に心配をかけてしまった。リリア先輩が本気で怒ってて怖い気持ちと酷いことをしてしまった後悔で目の奥に熱が集まって、じわじわと視界が揺れていく。
リリア先輩はくすりと笑うと、くしゃくしゃになった私の頭をそっと撫でた。その手には先ほどまでの怒りはなくて、ただ私の髪を整えるように優しく触れた。
「すまん。言い過ぎた」
リリア先輩は泣きたそうに笑っている。その笑顔がぐさりと罪悪感となって心を刺した。あ、リリア先輩の目の下に普段見た事もないくまができている。
リリア先輩は子どもに言い聞かせるように、先ほどとは打って変わって普段より低いトーンの優しい声になった。
「今まで何度も出会いを別れを繰り返し、人の儚さは十分に知っておる。そして、人の良きところと悪いところも見てきた。お主は心の優しい人間、シルバーがその心を開くほどの温かさに満ちた心の持ち主じゃ」
リリア先輩は私の右手を取ると、指で私の手の甲に文字を書いた。背中の痛みが取れていくあたり、これは痛み止めの魔法だろうか。
書き終わったのかリリア先輩はぎゅっと痛みを覚えるくらい私の手を握ってきた。真っ直ぐに見てくるリリア先輩の視線は、真剣そのものだ。
「だから、お主は死んではならん。今のお主はわしの息子の恋人であると同時に、わしの娘じゃ。わしは……お主に死んでほしくない」
しりすぼみになった言葉と一緒にリリア先輩は俯いた。ぎゅっと握りしめてくるリリア先輩の手から震えが伝わる。
よほど心配させたんだ。身体中に走る痛みよりもずっと辛い苦しみが胸を締め付ける。不意に言葉がこぼれた。
「……ごめんなさい」
「それはシルバーに言うとよい。わしはもう言いたいことを言った」
呆れた様子のリリア先輩はまだ許してくれていないだろう。最後に私の頭をそっと撫でて、そのままリリア先輩はどこかへ行った。
目の奥が自然と熱くなって、こめかみに冷たいものが流れ落ちた。自分の乾いた呼吸だけが静かなディアソムニア寮の部屋に響く。今は看病された時のように、シルバー先輩に撫でられたかった。
助けてと唇が動いた時、ガチャリと扉が開いた。誰が入ってくるのか注視していると、小柄なディアソムニア寮の制服が見えた。
「目覚めたか」
見下ろしてくる瞳に普段の温かさが全くないのが怖い。リリア先輩は痛みで声も出ない私に淡々と告げた。
「お主の治療はその痛みと引き換えに治りを早くするものじゃ。まぁ、あのような緊急事態でその判断をとったのは吉と言えるか、凶と言えるか」
ぼそりと聞こえた言葉が引っかかった。私の治りを早くするために、痛くさせてる? 誰がそんなことをしたんだ。でも痛くて痛くて、文句を言うのもおっくうだ。
「ユウ、お主、ここに運ばれる前の記憶はあるか?」
静かに腕を組んだリリア先輩は、一つでも言葉を間違えれば誤解されるような緊張感があった。何か集中したら痛みもひくかもしれないと思って、ここに運ばれる前のことを思い出してみることにした。
確か、鍛錬について行ったんだ。リリア先輩のする鍛錬に興味があって、シルバー先輩とセベクがするのを見てろって言われた。闇の鏡を使って猛獣が闊歩する森へ行き、リリア先輩が鬼役の鬼ごっこを見ていた。でも、あまりにも動きの早い先輩たちは一瞬で私を置き去りにした。いつになっても帰ってこない先輩たちを心配して、動くなと言われたその場を私は離れた。先輩たちに会おうにも私は魔法を使えないし、猛獣たちに襲われる訳にも行かない。地道に歩いて見つけるなんて途方もない考えに従って歩いていた。そこに猛獣に囲まれて動けなくなってる子供がいた。考えるまでもなく、助けに行ってしまっていた。
持っているのは剣と火薬、あとは健脚だけ。だから、まず近くにあった土と火薬を使って煙幕で周りを見えなくさせて、そのまま子どもを背負った。
「放せ! あれくらい自分でできる!」なんて言っていたけど、どう見ても持っている武器は銃だけだ。それも使わないところから見て、弾切れしたんだろう。
「静かに。見つかっちゃうよ」
私と子どもは木の根元が空洞になっている場所へ隠れた。
でも、猛獣たちは鼻が良くて、居場所を見つけられてしまった。猿が子供めがけて赤いトゲのついた実を投げていた。あれは実験でも使ったことがある。爆発性のあるニトロの木の実だ。そう分かった瞬間、なりふり構わず子供を抱きしめて庇った。物凄い衝撃波を背中で食らって、意識を失ったんだ。
あの時の子供は大丈夫だろうか。なんて心配してると、リリア先輩が私の顔を覗き込んできた。目の前で手を振られ、その手に合わせて視線が右往左往する。
「おーい、意識はあるか?」
「ええ。全身ちぎれそうな痛みが来てます」
「左様か。思い出せたか? ユウ」
そっと微笑んでくれているのに、なぜこんなにリリア先輩が怖いんだろう。ごくりと生唾を飲む。私は何か悪いことしただろうか?
「はい……」
「この馬鹿者」
その声は初めて聞いたリリア先輩のお叱りだった。リリア先輩は眉をしかめ、腰に手を当てて私を非難する視線を向けている。
「あのような無茶をして、シルバーやわしが心配せんとでも思ったのか」
リリア先輩に叱られているのは私なのに、何故か私じゃなくてリリア先輩が泣きそうだ。いや、怒っている先輩は私が心配させたんだ。
でもリリア先輩、私は無謀に突っ込んででも守らないとと思ったんです。
「……でも、あの時はああするしか」
「まだ方策はあった。わしらの救援を待ち、獣のかく乱をすればよい」
「それじゃダメなんです!」
それじゃ、あの時、あの子供を救えない。ぎりぎりと掌に指先が食い込んでいく。
リリア先輩は驚いた顔をしていた。そして、ため息をついてベッドに腰掛けると私の顔をじっと見た。
「ユウ、あの状況でお主には何が見えておった」
「……子供が、襲われていて」
リリア先輩は溜息をつき首を横に振ると、それは違うと言った。
「あれはドワーフじゃ。まあ、見たところ成人の証を見せるためにあの猛獣を狩りに来ておったんじゃろうが、全く身のこなしがなっておらなんだ」
足を組んだリリア先輩は忌々しそうに壁を見つめ、苛立った調子で吐き捨てた。
「その上、森の獣たちには敬意をもって剣で戦わねばならんというのに、猛獣相手に銃を使おうとするなどもってのほかじゃ。おそらく、素手であったなら戦力にもならんだろう」
そんな風習があるんだ、とぼんやり見ていると、リリア先輩はあのような若造がいては茨の谷も落ち着いて腰を据えられんなどとぼやいていた。やっぱりあの時、ドワーフの彼は戦える状況じゃなかったんだ。
庇った時、彼はケガをしなかっただろうか。結構強引に抱き込んだから、体を痛めていないと良いんだけど。
「彼は……その、ドワーフは無事なんですか?」
ぼやいていたリリア先輩は、私を見ると顔を引きつらせて身を引いた。次の瞬間には頭痛がするのか頭を片手で支えて、大きなため息を吐いた。
「お主という奴は……底の見えぬお人好しは、美徳ではあるが同時に命取りになるぞ。シルバーを残して逝くつもりか?」
低く言われたその言葉が、ギラギラと怒りの炎に燃えたマゼンタでさらに恐ろしさを増す。ぞくりと背筋が粟立つほどの怒りに思わず視線を下げ、最早何も言えなくなってしまった。
リリア先輩は私の頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。びっくりして目の前が私の髪の毛で塞がれる。
「わわっ」
「馬鹿者」
噛みしめるように吐いたリリア先輩の声は、少しだけ揺れている。
シルバー先輩が泣いていたあれも夢じゃないってことなら、私は非常にまずいことをしただろう。勝手にはぐれて迷子になった挙句、意識を失った状態で見つかるなんて、死亡フラグが森のように生い茂ったと思われても仕方ない。
リリア先輩は歯噛みしたあと、前髪を退かした私の顔を見て言った。
「身を挺して庇ってもよいのは、お主がどんな攻撃にも耐えられる人物であるか、命を懸けてでも守らねばならん相手じゃ。全くお主は……馬鹿が突き抜けておる大馬鹿者じゃ」
本当に全くその通りです。私のせいでリリア先輩やセベク、何よりシルバー先輩に心配をかけてしまった。リリア先輩が本気で怒ってて怖い気持ちと酷いことをしてしまった後悔で目の奥に熱が集まって、じわじわと視界が揺れていく。
リリア先輩はくすりと笑うと、くしゃくしゃになった私の頭をそっと撫でた。その手には先ほどまでの怒りはなくて、ただ私の髪を整えるように優しく触れた。
「すまん。言い過ぎた」
リリア先輩は泣きたそうに笑っている。その笑顔がぐさりと罪悪感となって心を刺した。あ、リリア先輩の目の下に普段見た事もないくまができている。
リリア先輩は子どもに言い聞かせるように、先ほどとは打って変わって普段より低いトーンの優しい声になった。
「今まで何度も出会いを別れを繰り返し、人の儚さは十分に知っておる。そして、人の良きところと悪いところも見てきた。お主は心の優しい人間、シルバーがその心を開くほどの温かさに満ちた心の持ち主じゃ」
リリア先輩は私の右手を取ると、指で私の手の甲に文字を書いた。背中の痛みが取れていくあたり、これは痛み止めの魔法だろうか。
書き終わったのかリリア先輩はぎゅっと痛みを覚えるくらい私の手を握ってきた。真っ直ぐに見てくるリリア先輩の視線は、真剣そのものだ。
「だから、お主は死んではならん。今のお主はわしの息子の恋人であると同時に、わしの娘じゃ。わしは……お主に死んでほしくない」
しりすぼみになった言葉と一緒にリリア先輩は俯いた。ぎゅっと握りしめてくるリリア先輩の手から震えが伝わる。
よほど心配させたんだ。身体中に走る痛みよりもずっと辛い苦しみが胸を締め付ける。不意に言葉がこぼれた。
「……ごめんなさい」
「それはシルバーに言うとよい。わしはもう言いたいことを言った」
呆れた様子のリリア先輩はまだ許してくれていないだろう。最後に私の頭をそっと撫でて、そのままリリア先輩はどこかへ行った。