夢破れて正夢となる
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私の失恋話はマブとツノ太郎しか知らない。泣きはらした私の目を見て、エースが「おわ! なんだその顔」と引いたり、「そうだ! 気晴らしにマジホでも吹かせるぞ!」と気をきかせてくれるデュースの味噌汁のような優しさに涙がほろりと出たのは、つい三日前だ。顔の腫れもひいてマスクも伊達眼鏡もない私の日常は、落ち着きを取り戻しつつある。あれから私はディアソムニア寮の知り合いに会っていない。これはこれで心にさざ波の一つも立たなくて落ち着くけれど、でもやっぱり目で銀の髪を探していることに気が付くたび自分をあざ笑った。放課後の二年の廊下は静かで、誰もいない。
なんでシルバー先輩がいるかもなんて期待しているんだろう。いつまで彼女面みたいな感情を抱えているんだか。恥さらしもいいところだ。さっさとオンボロ寮に帰ってグリムの課題を手伝おう。それと予習も進めて、鍛錬のランニングもしておこう。健康は大事だし、いつ戦いになるかもわからない。今のうちにできることはやって、早くこの世界から立ち去ろう。
「ユウ! 貴様、どこをほっつき歩いている!」
背中から衝撃波のような声をぶつけられて倒れそうになると、背後を振り返ればセベクがいた。何故君は腕を組んで仁王立ちなんだ。いや、偉そうなところは何一つとして変わっていないけれど。
「え、いや、今から帰るんですが」
思わず敬語になって返事をすれば、セベクが「なに!?」と鼓膜が破れんばかりの声量で突っ込んできた。素直にうるさい……。
「馬鹿者! 僕についてこい」
「え? 状況が呑み込めないんですが? セベク君?」
そのまま歩き出したセベクの背中について行くと、なぜか鏡舎を通りディアソムニア寮まで足を運んでいた。いやいや、なんで私ここにいるの? どうかシルバー先輩に会いませんように。
などという願いは談話室に佇んでいたシルバー先輩によって打ち砕かれた。先輩は私を見つけるとすぐさま近寄ってくる。
「ユウ。久しぶりだな」
あー、顔が良い。良すぎる。でも、それ以前に声とか表情から溢れている優しさというか嬉しそうな感情が伝わってきて、胸が苦しい。こういうの、本当は恋人に向けているんだろうな。そう思うと、胸の奥がずっと苦しく塞がってしまった。はあ、帰りたい。
思わず合わせていた目線を下げてしまった。
「お、お久しぶりです……」
ああ、恋人の話で頭に何も入らない。すでに嫌な予感しかしない。もう嫌だ。ここから逃げ出したい。もう涙腺は壊れないよう気合を入れたつもりが、すでに涙が目の中で渋滞している。
「馬術部を休むとリドルから聞いた。本当か」
少し硬くなったシルバー先輩の声に、思わず私も身を固くしてしまった。
「……ぐ、グリムの世話も忙しいし、今後寮の改修もあるので。しばらく、休みを頂きたいんです。リドル先輩からも了承は頂きました」
シルバー先輩は、ここで私を引き止めてくれるのかな。「お前がいると馬術にも身が入る」なんて言ってくれたように、私のことまだ必要としてくれているって言ってくれるかな? もしそうだったら、飛び上がってまだ喜べるかな。
「……そうか」
心が割れる音がした。
私は一体何を期待してたんだ。本当に。恋人ができた先輩からすれば、私なんてただの後輩じゃないか。なのに、引き止めてくれるなんて期待して、一人前に傍にいたいだなんて……バカだ。
「はい、では」
今すぐにでもその場を立ち去りたくて、くるりと踵を返したけれど、手首を掴まれてそれ以上は進めなかった。そっと振り返って見たら、鬼気迫る表情でこちらを見る先輩が私を引き止めていた。
「待て。話したい事がある。きちんと自分の言葉で伝えたい」
だから、それは恋人ができたっていうことでしょう? そんなことを言うためだけにわざわざセベクを使うなんてひどいよ先輩。もういい加減放してほしい。
でも振りほどけるような強さじゃなかった。だから、私は心にマンホールのような蓋をして、体を先輩に向けた。
「なんでしょう」
「俺はお前が好きだ」
はいはい。好きね……。恋人でもない人にそんなこと簡単に言っちゃダメなんだって、先輩知らないのかな。でも私は分かっているから、掌を見せてとりあえず頷いた。
「後輩としてですね。ええ、分かっています」
「違う。お前を一人の女性として見ている。これからも傍にいてほしい」
ん? なんだか、違う相手に告白していないか? 先輩、なにか恋人と私をすり替えるユニーク魔法にでもかかったのだろうか?
「シルバー先輩に恋人できたって聞かされたんですが。私は先輩の恋人ではありませんよ?」
態と冷たく言うと、先輩の瞳は一瞬も曇りを見せることなく私を貫いた。
「その恋人になってほしいのがお前だ」
嘘……嘘だ。思わず、セベクの方へ振り返って、叫んでしまった。
「セベク、そんなこと言ってなかったよね!?」
セベクはやれやれとため息を吐いて、腕を組んだ。
「僕はあの時シルバーがまさかお前に惚れているとは知らなかっただけだ。知っていたらもう少し違う言い方をしたに決まっているだろう」
え、どういうこと? 恋人っていうのは、いないの?
戸惑う私をよそにセベクはシルバー先輩に厳しい視線を向けた。
「大体、シルバー! お前がまどろっこしい告白をするからだろう!? 僕の同級生を泣かせるな!」
「仕方ないだろう。告白など生まれて初めてだったんだ」
「それでも『夢で会った』などと茨の谷でももはや絵本でしか使われないような古臭い文句を使っては、ユウも分からないだろう!」
それってもしかして、あの決死の表情で言われた夢の報告の話? あれが先輩の告白だったってこと? あれそういう意味だったの!?
「私の失恋期間返して……」
一瞬で事態を察した私は、あまりの事態に膝の力が抜けて、そのまま談話室にへたり込んでしまった。そんなくずおれた私に、先輩はそっと手を取って微笑みかけてくれる。
「もし、お前が他の誰かを愛していてもいい。俺は、お前が好きだ」
何でそんな諦めたような顔をするんだろう。思わず取ってもらった手に力が入る。私の方が何倍も諦める努力をしてきたのに! 言いようのない怒りがふつふつと湧き上がってきて、そのまま叫びとなって談話室に響いた。
「何勝手に諦めているんですか! 私だって貴方のことが好きです! いえ、入学してから今までずっと大大大好きです!」
はっ! 自分の口を抑えた時には、びっくりした顔のシルバー先輩がそこにいた。か、可愛い。不意の表情ですら、可愛いとは何事だ。
「そうか。長い間、待たせてしまってすまない」
シルバー先輩はそう言って、泣きたそうに笑った。え、えええ。こんな優しい人に微笑み返されたら砂になっちゃう……。
あまりの美しい表情にぐるぐると押さえていた何かが溢れだしてくる音がした。目の奥が熱い。
「い、いえ。私は……」
無理だ。全然我慢できない。えっ、と嗚咽を上げた瞬間、もう溢れだして止まらなかった。
「わああああん!」
大声で泣き出した私に、シルバー先輩もセベクもぎょっと目を丸くした。おろおろとシルバー先輩が、私の背中をさすりながら尋ねる。
「すまない。何か気分を害してしまったか?」
違うんです……。これは嬉し涙って言うんですよ、先輩。
でも言いたいことは言葉にすらならず、首を横に振ることしかできなかった。
「せっ……先輩に、き、嫌われなくてよがっだあ」
先輩の恋人になれなかったと思っていたから、もう幸せを願うことしかできなくて。そんな自分でありたいのに、そうなれない自分もいて。でも、もういいんだ。私は先輩の恋人になれたんだ。
「……辛い思いをさせてしまってすまない」
暖かくて力強い腕にふわりと包み込まれた。先輩の温かい腕の中が何よりも嬉しくて、ますます涙が止まらなくなった。
なんでシルバー先輩がいるかもなんて期待しているんだろう。いつまで彼女面みたいな感情を抱えているんだか。恥さらしもいいところだ。さっさとオンボロ寮に帰ってグリムの課題を手伝おう。それと予習も進めて、鍛錬のランニングもしておこう。健康は大事だし、いつ戦いになるかもわからない。今のうちにできることはやって、早くこの世界から立ち去ろう。
「ユウ! 貴様、どこをほっつき歩いている!」
背中から衝撃波のような声をぶつけられて倒れそうになると、背後を振り返ればセベクがいた。何故君は腕を組んで仁王立ちなんだ。いや、偉そうなところは何一つとして変わっていないけれど。
「え、いや、今から帰るんですが」
思わず敬語になって返事をすれば、セベクが「なに!?」と鼓膜が破れんばかりの声量で突っ込んできた。素直にうるさい……。
「馬鹿者! 僕についてこい」
「え? 状況が呑み込めないんですが? セベク君?」
そのまま歩き出したセベクの背中について行くと、なぜか鏡舎を通りディアソムニア寮まで足を運んでいた。いやいや、なんで私ここにいるの? どうかシルバー先輩に会いませんように。
などという願いは談話室に佇んでいたシルバー先輩によって打ち砕かれた。先輩は私を見つけるとすぐさま近寄ってくる。
「ユウ。久しぶりだな」
あー、顔が良い。良すぎる。でも、それ以前に声とか表情から溢れている優しさというか嬉しそうな感情が伝わってきて、胸が苦しい。こういうの、本当は恋人に向けているんだろうな。そう思うと、胸の奥がずっと苦しく塞がってしまった。はあ、帰りたい。
思わず合わせていた目線を下げてしまった。
「お、お久しぶりです……」
ああ、恋人の話で頭に何も入らない。すでに嫌な予感しかしない。もう嫌だ。ここから逃げ出したい。もう涙腺は壊れないよう気合を入れたつもりが、すでに涙が目の中で渋滞している。
「馬術部を休むとリドルから聞いた。本当か」
少し硬くなったシルバー先輩の声に、思わず私も身を固くしてしまった。
「……ぐ、グリムの世話も忙しいし、今後寮の改修もあるので。しばらく、休みを頂きたいんです。リドル先輩からも了承は頂きました」
シルバー先輩は、ここで私を引き止めてくれるのかな。「お前がいると馬術にも身が入る」なんて言ってくれたように、私のことまだ必要としてくれているって言ってくれるかな? もしそうだったら、飛び上がってまだ喜べるかな。
「……そうか」
心が割れる音がした。
私は一体何を期待してたんだ。本当に。恋人ができた先輩からすれば、私なんてただの後輩じゃないか。なのに、引き止めてくれるなんて期待して、一人前に傍にいたいだなんて……バカだ。
「はい、では」
今すぐにでもその場を立ち去りたくて、くるりと踵を返したけれど、手首を掴まれてそれ以上は進めなかった。そっと振り返って見たら、鬼気迫る表情でこちらを見る先輩が私を引き止めていた。
「待て。話したい事がある。きちんと自分の言葉で伝えたい」
だから、それは恋人ができたっていうことでしょう? そんなことを言うためだけにわざわざセベクを使うなんてひどいよ先輩。もういい加減放してほしい。
でも振りほどけるような強さじゃなかった。だから、私は心にマンホールのような蓋をして、体を先輩に向けた。
「なんでしょう」
「俺はお前が好きだ」
はいはい。好きね……。恋人でもない人にそんなこと簡単に言っちゃダメなんだって、先輩知らないのかな。でも私は分かっているから、掌を見せてとりあえず頷いた。
「後輩としてですね。ええ、分かっています」
「違う。お前を一人の女性として見ている。これからも傍にいてほしい」
ん? なんだか、違う相手に告白していないか? 先輩、なにか恋人と私をすり替えるユニーク魔法にでもかかったのだろうか?
「シルバー先輩に恋人できたって聞かされたんですが。私は先輩の恋人ではありませんよ?」
態と冷たく言うと、先輩の瞳は一瞬も曇りを見せることなく私を貫いた。
「その恋人になってほしいのがお前だ」
嘘……嘘だ。思わず、セベクの方へ振り返って、叫んでしまった。
「セベク、そんなこと言ってなかったよね!?」
セベクはやれやれとため息を吐いて、腕を組んだ。
「僕はあの時シルバーがまさかお前に惚れているとは知らなかっただけだ。知っていたらもう少し違う言い方をしたに決まっているだろう」
え、どういうこと? 恋人っていうのは、いないの?
戸惑う私をよそにセベクはシルバー先輩に厳しい視線を向けた。
「大体、シルバー! お前がまどろっこしい告白をするからだろう!? 僕の同級生を泣かせるな!」
「仕方ないだろう。告白など生まれて初めてだったんだ」
「それでも『夢で会った』などと茨の谷でももはや絵本でしか使われないような古臭い文句を使っては、ユウも分からないだろう!」
それってもしかして、あの決死の表情で言われた夢の報告の話? あれが先輩の告白だったってこと? あれそういう意味だったの!?
「私の失恋期間返して……」
一瞬で事態を察した私は、あまりの事態に膝の力が抜けて、そのまま談話室にへたり込んでしまった。そんなくずおれた私に、先輩はそっと手を取って微笑みかけてくれる。
「もし、お前が他の誰かを愛していてもいい。俺は、お前が好きだ」
何でそんな諦めたような顔をするんだろう。思わず取ってもらった手に力が入る。私の方が何倍も諦める努力をしてきたのに! 言いようのない怒りがふつふつと湧き上がってきて、そのまま叫びとなって談話室に響いた。
「何勝手に諦めているんですか! 私だって貴方のことが好きです! いえ、入学してから今までずっと大大大好きです!」
はっ! 自分の口を抑えた時には、びっくりした顔のシルバー先輩がそこにいた。か、可愛い。不意の表情ですら、可愛いとは何事だ。
「そうか。長い間、待たせてしまってすまない」
シルバー先輩はそう言って、泣きたそうに笑った。え、えええ。こんな優しい人に微笑み返されたら砂になっちゃう……。
あまりの美しい表情にぐるぐると押さえていた何かが溢れだしてくる音がした。目の奥が熱い。
「い、いえ。私は……」
無理だ。全然我慢できない。えっ、と嗚咽を上げた瞬間、もう溢れだして止まらなかった。
「わああああん!」
大声で泣き出した私に、シルバー先輩もセベクもぎょっと目を丸くした。おろおろとシルバー先輩が、私の背中をさすりながら尋ねる。
「すまない。何か気分を害してしまったか?」
違うんです……。これは嬉し涙って言うんですよ、先輩。
でも言いたいことは言葉にすらならず、首を横に振ることしかできなかった。
「せっ……先輩に、き、嫌われなくてよがっだあ」
先輩の恋人になれなかったと思っていたから、もう幸せを願うことしかできなくて。そんな自分でありたいのに、そうなれない自分もいて。でも、もういいんだ。私は先輩の恋人になれたんだ。
「……辛い思いをさせてしまってすまない」
暖かくて力強い腕にふわりと包み込まれた。先輩の温かい腕の中が何よりも嬉しくて、ますます涙が止まらなくなった。