夢破れて正夢となる
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
オンボロ寮に帰ったところで、私の無気力は続いた。ベッドの上で転がって横を向きながら、イヤホンをする。スマホにストリーミングされた失恋ソングだけが今の感傷的な気分を形容してくれて、少しだけ息ができるようになった。
まだ信じられない。シルバー先輩に恋人ができたなんて信じたくもない。いいや、むしろこれが正当なのかもしれない。だって先輩はあんなに綺麗で、かっこよくて、優しくて強い。夢中にならない人がいないわけない。
私は……先輩にとってどんな後輩だったんだろう。ただの剣術を教える生徒? 馬術を教わる後輩? ことあるごとに面倒を見てあげたくなる妹? どれにしたって私の望みとは程遠い。あーあ、私はどちらにせよ、先輩と結ばれる運命になかったってわけだ。
スマホの待ち受け画面にしてしまっていた先輩とのツーショットが眩しい。ああ、この時は幸せだったのに、なんでこうなっちゃったんだろう。いや、こうなると知る前に先輩との思い出は残せたわけだ。でもその思い出自体が辛い。
ああだめだ、また鼻の奥が痛くなってきた。オルト君に集めてきてもらった失恋ソングが一つ一つ胸に刺さる。
「君は綺麗だ……」
すぐに嫌いになれる魔法でもあれば、これほど苦しくならないのに。なんだよ、もう。ああもういっそ。
「いっそのこと、手の届かないところに行ってくれればいいのに」
握りこぶしを作った先にあるスマホを見てふと思いついた。これから先、先輩と一緒にいたい気持ちは変わらないまま、きっと先輩が新しい恋人と仲良くしているのを見なくちゃいけない。それならもう見ないように馬術部を休んでしまおうか。
グリムとの兼ね合いがとか言って休ませてもらえないか、リドル先輩に試しにメッセージを送ったら、まさか快諾されてしまった。それも「早く戻っておいで」の一言がついて。ああ、こんなに優しい人の心を利用している気がして、もう自分が嫌いだ。イヤホンも外せば、今度は無音の世界が私を現実に引き戻した。そのせいで、ますます涙があふれて止まらない。
ぐすぐすと泣いていると、部屋の中に見慣れた緑の光が充満した。ああ、彼が来たんだ。早く出迎えてあげないといけないのに、体が全くと言ってもいいほど動かない。先輩に失恋しただけでこんな風になるなんて、私どうかしちゃってるよ。
すると、私の部屋から緑の炎が突如現れた。火事になるかもなんて頭の片隅で考えていると、その炎から私の友人が姿を現した。おやおやと言いながら、彼は私のベッドに腰掛けた。
「ユウ。随分と消沈しているな」
「……ううっ。ツノ太郎……し、失恋しちゃったぁ」
もうさっきまでの涙で、声がまともに出ない。あふれる涙もそのままにとにかくこの苦しい胸の内を早く打ち明けたくて、必死に話した。
「がっがんばったけど……やっぱり、私じゃ……だめ」
鼻水で苦しい。息も整わなくて苦しい。
でも一番は、貴方に思われない存在だったと知って、胸が苦しい。
そう自覚した瞬間にまた呼吸ができない。悪循環だ。もうみっともない自分が嫌いでしょうがない。顔に手を当てて泣いていると、ツノ太郎が静かに口を開いた。
「そのままで話していては、体に負担だ」
ツノ太郎が指を軽く振ると、ふっと体が軽くなった。鼻水も喉の痛みも引いている。思わず呆然と呟いた。
「すごい……」
「これくらい造作もない。だが、お前の涙を止めることはできない。それはお前の感情の発露だ。それを拭っては、お前もはけ口が見つからないだろう」
なんだよツノ太郎。そんなの、卑怯じゃないか。どうせ止めるなら、涙だって止めてくれてもいいだろう。でも溢れだした涙は止まらない。頬を流れて行ったそれは瞬く間にシーツに吸い込まれていく。
「……ツノ太郎、その優しさは酷だよ」
あの人の優しさを思い出してしまう。もっとなんて欲しがっちゃいけないのに。
「ふん。優しさにすら痛みを覚えるほど、お前はシルバーに大切にされていたんだな」
「だって、シルバー先輩は優しいから……!」
自分で何を言っているんだろう。でも、言葉が整理できないまま、ぐちゃぐちゃになってしまったありったけの感情をぶつけることしか頭になかった。
「あの人はいつだって優しくて、かっこよくて、温かくて……自分の大切なものを守ろうとしていて……。私……ずっとついていてくれるって……言ってくれたくせに! 先輩の寝坊助!」
思いつく悪口を言うと、なぜかツノ太郎は噴き出した。全然面白くないよ! 私の言うことなんて所詮は負け犬の遠吠えだ。
寝坊助と言ってしまったけれど、本当はそんな寝ている姿でさえも守りたいだなんて偉そうなことを思ってしまう私なんです。先輩の寝ている姿は見ている人を和やかな気持ちにさせるから、好きなんです。それ以外に好きなところは並べたらきりがない。
シルバー先輩の恋人はそんな風に先輩のいいところを知っているのかな。言いようのない怒りがふつふつと込み上げてくる。何もわかってなかったら、きっと私は許せなくなる。私の方がずっとずっと好きだったのに、傍にだって私の方がずっといたのに。
「私の方が大好きなのに!! ずるい!」
ツノ太郎は肩を震わせてそっぽを向いているけれど、私はちっとも面白くなんかない。
今更自分の感情をむき出しにしたところで、自分の空しさだけが募っていって、辛いんだ。こんなに好きでも伝わらないものって、あるんだな。ああ、なんて悲しいんだ。私ってこんなに醜い生き物だったんだね。
ぐずぐずと涙を拭う私に、ツノ太郎は笑いながら話しかけてきた。
「……抱きしめてやろうか?」
何の意図があって言っているんだか知らないけれど、今はそんな気分じゃない。とにかく先輩への気持ちに折り目をつけないときっととんでもないことをしでかす。今は感情の整理をする時間なんだ。
「いい。ツノ太郎の服、汚すから」
「構わない」
「いやだ!」
あまりに拒否をする私に、ツノ太郎は不機嫌そうに眉をしかめて首を傾げた。
「何故そう意固地になる。僕の言うことが聞けないのか」
私はすぐに首を振って、ツノ太郎のライムグリーンの瞳を見返した。涙でまだぼやけるけれど、精一杯の気力を振り絞って答える。
「ツノ太郎をシルバー先輩の代わりにしてるみたいで嫌だ! シルバー先輩になら抱きしめられたいけど……ツノ太郎は友人だよ。こうしてどうしようもない気持ちを聞いてくれるだけで、十分だから……」
ああもう、私は本当に面倒くさいやつだ。たかが恋愛でこんなに辛い思いをして、それでもまだ先輩のことを好きなままでいるなんて、大馬鹿者と笑われてもしようがない。頭上でため息が聞こえた。
「全く、つくづく人間とは理解ができない。泣き止ませるためのいい冗談だと思ったのだがな」
「冗談にしては酷いよ。私……本気で傷付いているんだから」
ツノ太郎は指を一度鳴らすと、私の頭の上にポンポンと花を出した。先ほどよりも私の視線を窺うようなツノ太郎は、私の顔を覗き込むように首を傾げた。
「これでもダメか?」
そんなわけない。きっとツノ太郎は、私を励ましたかったんだろう。でも私たちは文化背景が違うから、ちょっと分かりにくかったんだろうな。
ツノ太郎の気持ちになったらちょっとだけ余裕が持てた心は、自然と笑顔を私に与えてくれた。
「……ツノ太郎、ありがとう」
ツノ太郎はその後も私が寝るまで、スノードームの雪のように花を降らせてくれた。あまりにメルヘンな情景に、なんだか物語の眠り姫になった気分で、私はいつの間にか瞼を下ろしていた。いっそのこと、目覚めなければいいのに。
まだ信じられない。シルバー先輩に恋人ができたなんて信じたくもない。いいや、むしろこれが正当なのかもしれない。だって先輩はあんなに綺麗で、かっこよくて、優しくて強い。夢中にならない人がいないわけない。
私は……先輩にとってどんな後輩だったんだろう。ただの剣術を教える生徒? 馬術を教わる後輩? ことあるごとに面倒を見てあげたくなる妹? どれにしたって私の望みとは程遠い。あーあ、私はどちらにせよ、先輩と結ばれる運命になかったってわけだ。
スマホの待ち受け画面にしてしまっていた先輩とのツーショットが眩しい。ああ、この時は幸せだったのに、なんでこうなっちゃったんだろう。いや、こうなると知る前に先輩との思い出は残せたわけだ。でもその思い出自体が辛い。
ああだめだ、また鼻の奥が痛くなってきた。オルト君に集めてきてもらった失恋ソングが一つ一つ胸に刺さる。
「君は綺麗だ……」
すぐに嫌いになれる魔法でもあれば、これほど苦しくならないのに。なんだよ、もう。ああもういっそ。
「いっそのこと、手の届かないところに行ってくれればいいのに」
握りこぶしを作った先にあるスマホを見てふと思いついた。これから先、先輩と一緒にいたい気持ちは変わらないまま、きっと先輩が新しい恋人と仲良くしているのを見なくちゃいけない。それならもう見ないように馬術部を休んでしまおうか。
グリムとの兼ね合いがとか言って休ませてもらえないか、リドル先輩に試しにメッセージを送ったら、まさか快諾されてしまった。それも「早く戻っておいで」の一言がついて。ああ、こんなに優しい人の心を利用している気がして、もう自分が嫌いだ。イヤホンも外せば、今度は無音の世界が私を現実に引き戻した。そのせいで、ますます涙があふれて止まらない。
ぐすぐすと泣いていると、部屋の中に見慣れた緑の光が充満した。ああ、彼が来たんだ。早く出迎えてあげないといけないのに、体が全くと言ってもいいほど動かない。先輩に失恋しただけでこんな風になるなんて、私どうかしちゃってるよ。
すると、私の部屋から緑の炎が突如現れた。火事になるかもなんて頭の片隅で考えていると、その炎から私の友人が姿を現した。おやおやと言いながら、彼は私のベッドに腰掛けた。
「ユウ。随分と消沈しているな」
「……ううっ。ツノ太郎……し、失恋しちゃったぁ」
もうさっきまでの涙で、声がまともに出ない。あふれる涙もそのままにとにかくこの苦しい胸の内を早く打ち明けたくて、必死に話した。
「がっがんばったけど……やっぱり、私じゃ……だめ」
鼻水で苦しい。息も整わなくて苦しい。
でも一番は、貴方に思われない存在だったと知って、胸が苦しい。
そう自覚した瞬間にまた呼吸ができない。悪循環だ。もうみっともない自分が嫌いでしょうがない。顔に手を当てて泣いていると、ツノ太郎が静かに口を開いた。
「そのままで話していては、体に負担だ」
ツノ太郎が指を軽く振ると、ふっと体が軽くなった。鼻水も喉の痛みも引いている。思わず呆然と呟いた。
「すごい……」
「これくらい造作もない。だが、お前の涙を止めることはできない。それはお前の感情の発露だ。それを拭っては、お前もはけ口が見つからないだろう」
なんだよツノ太郎。そんなの、卑怯じゃないか。どうせ止めるなら、涙だって止めてくれてもいいだろう。でも溢れだした涙は止まらない。頬を流れて行ったそれは瞬く間にシーツに吸い込まれていく。
「……ツノ太郎、その優しさは酷だよ」
あの人の優しさを思い出してしまう。もっとなんて欲しがっちゃいけないのに。
「ふん。優しさにすら痛みを覚えるほど、お前はシルバーに大切にされていたんだな」
「だって、シルバー先輩は優しいから……!」
自分で何を言っているんだろう。でも、言葉が整理できないまま、ぐちゃぐちゃになってしまったありったけの感情をぶつけることしか頭になかった。
「あの人はいつだって優しくて、かっこよくて、温かくて……自分の大切なものを守ろうとしていて……。私……ずっとついていてくれるって……言ってくれたくせに! 先輩の寝坊助!」
思いつく悪口を言うと、なぜかツノ太郎は噴き出した。全然面白くないよ! 私の言うことなんて所詮は負け犬の遠吠えだ。
寝坊助と言ってしまったけれど、本当はそんな寝ている姿でさえも守りたいだなんて偉そうなことを思ってしまう私なんです。先輩の寝ている姿は見ている人を和やかな気持ちにさせるから、好きなんです。それ以外に好きなところは並べたらきりがない。
シルバー先輩の恋人はそんな風に先輩のいいところを知っているのかな。言いようのない怒りがふつふつと込み上げてくる。何もわかってなかったら、きっと私は許せなくなる。私の方がずっとずっと好きだったのに、傍にだって私の方がずっといたのに。
「私の方が大好きなのに!! ずるい!」
ツノ太郎は肩を震わせてそっぽを向いているけれど、私はちっとも面白くなんかない。
今更自分の感情をむき出しにしたところで、自分の空しさだけが募っていって、辛いんだ。こんなに好きでも伝わらないものって、あるんだな。ああ、なんて悲しいんだ。私ってこんなに醜い生き物だったんだね。
ぐずぐずと涙を拭う私に、ツノ太郎は笑いながら話しかけてきた。
「……抱きしめてやろうか?」
何の意図があって言っているんだか知らないけれど、今はそんな気分じゃない。とにかく先輩への気持ちに折り目をつけないときっととんでもないことをしでかす。今は感情の整理をする時間なんだ。
「いい。ツノ太郎の服、汚すから」
「構わない」
「いやだ!」
あまりに拒否をする私に、ツノ太郎は不機嫌そうに眉をしかめて首を傾げた。
「何故そう意固地になる。僕の言うことが聞けないのか」
私はすぐに首を振って、ツノ太郎のライムグリーンの瞳を見返した。涙でまだぼやけるけれど、精一杯の気力を振り絞って答える。
「ツノ太郎をシルバー先輩の代わりにしてるみたいで嫌だ! シルバー先輩になら抱きしめられたいけど……ツノ太郎は友人だよ。こうしてどうしようもない気持ちを聞いてくれるだけで、十分だから……」
ああもう、私は本当に面倒くさいやつだ。たかが恋愛でこんなに辛い思いをして、それでもまだ先輩のことを好きなままでいるなんて、大馬鹿者と笑われてもしようがない。頭上でため息が聞こえた。
「全く、つくづく人間とは理解ができない。泣き止ませるためのいい冗談だと思ったのだがな」
「冗談にしては酷いよ。私……本気で傷付いているんだから」
ツノ太郎は指を一度鳴らすと、私の頭の上にポンポンと花を出した。先ほどよりも私の視線を窺うようなツノ太郎は、私の顔を覗き込むように首を傾げた。
「これでもダメか?」
そんなわけない。きっとツノ太郎は、私を励ましたかったんだろう。でも私たちは文化背景が違うから、ちょっと分かりにくかったんだろうな。
ツノ太郎の気持ちになったらちょっとだけ余裕が持てた心は、自然と笑顔を私に与えてくれた。
「……ツノ太郎、ありがとう」
ツノ太郎はその後も私が寝るまで、スノードームの雪のように花を降らせてくれた。あまりにメルヘンな情景に、なんだか物語の眠り姫になった気分で、私はいつの間にか瞼を下ろしていた。いっそのこと、目覚めなければいいのに。