夢に見て
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
それからシルバーは、ユウを連れ戻すことに成功したことで学園長からこれでもかというほど謝辞を並べられた。クルーウェルも緊急事態によくやったと褒めてくれた。リリアもしっかり休めと労うほどには大仕事をしたんだと言外に伝えてくれたので、シルバーは任務が達成できたその喜びで胸がいっぱいのはずだった。
「なぜだ」
ユウの夢を長引かせてしまった自分に彼は疑問を抱いていた。そのせいで普段なら寝付いてしまうであろう中庭の木漏れ日の中でも、彼はずっと目が開いていた。
そこに近づく足音がして振り返れば、あの夢よりもずいぶんと短くなった髪のユウがそこに立っていた。ユウは紙袋を提げていて、それをシルバーに突き出す。
「先輩、ご迷惑をおかけしました。これはお礼のクッキーです」
ああ、と受け取ったシルバーの隣にユウは腰かけた。普段の彼女なら「本当にご迷惑をおかけしました!」などと賑やかに騒ぐのだが、それ以上何も話さない彼女にシルバーはむしろ違和感を抱いた。遠くを見つめている彼女は、こちらを見ることなく話しだした。
「私の夢、どんなものでしたか?」
彼女は夢の内容を覚えていないようだ。おそらく一通りの経緯は学園長かクルーウェルに聞いたのだろう。シルバーは彼女の体調を思い、しばらく鍛錬を休ませたが結果として彼女に足を運ばせる結果となったらしい。ことのありのままをシルバーは伝えた。
「……お前の実家で、お前と一緒にご両親と兄弟に挨拶をした。いつも世話になっているから、紹介したいとお前が言っていた」
「あ……あは、恥ずかしい」
頬を指先で掻く彼女はますますシルバーから視線を逸らす。シルバーは夢の中であったとしても感じられた温かみに目を細めた。
「素敵なご家族だった。きっとお前の帰りを待っているんだろう」
「それはないです。絶対に」
はっきりと言い切った彼女にシルバーはますますわけがわからなくなった。あれほど暖かい家族が彼女の帰りを待たないはずがない。
「なぜだ」
「……両親と兄は、ここに来る一年前に交通事故に巻き込まれて亡くなりました」
シルバーは息をのんだ。ユウはあの寂しくさせる笑顔で、シルバーの方に振り向く。普段の笑顔に見えて、痛みをひた隠しにする笑顔がシルバーに不甲斐なさを与えた。
「だから、ここに来られて本当は安心していた部分があるんです。皆にいい夢を見せてもらっているみたいで。一人ぼっちで家にいるときより、ずっと賑やかで楽しいですから」
そんな風に強がってほしくはない。それなのに、シルバーには彼女にかける言葉の一つも見当たらなかった。ユウはシルバーの辛そうな表情を見て、穏やかに微笑む。
「先輩。私は大丈夫です」
*
昔、シルバーはユウについてリリアに相談したことがある。と言っても、それは入学当初の彼女(あの頃は男と信じて疑わなかった)が馴染めているか心配だったので、「彼はこの学園で魔法も使えないのに、ここで生活していけるでしょうか」と尋ねたのだ。リリアはそれに対して、笑って返した。
「なんだかんだどこに行ってもああいう奴は強い。環境に適応できるものだけが生き残れるからな」
リリアはそう言ってユウを褒めていた。しかし、シルバーは最近になってそうでもないと思い始めていた。ユウは自分たちが思う以上に儚いんじゃないか。いつ、元の世界に戻れるのかもわからない。心に家族の影を背負っているのに、彼女の周りはめまぐるしく変化し、それを乗り越えなければならない。そして彼女は一人きりでその痛みを抱え込んでいる。
シルバーは胸に抱えたこの悩みで、ベッドに入っても寝付くことすらできない。ユウの夢で見た屈託のない家族と笑い合う顔、自分にも辛さを隠す笑顔。そのどちらもが彼女というなら、やはり家族への思いで今も泣いていやしないかと心配になってくるのだ。
起き上がったシルバーは急いで制服に実践魔法で着替えた。本当に彼女が泣いているならそれを支えてやりたいし、泣いていないなら話を聞くくらいはできるはずだ。敬愛する父に意見を仰ぐ時間も惜しかった。
夜の空気を切り裂くようにシルバーは走ってオンボロ寮に向かい、その扉の前まで来た。客用のブザーを鳴らせば、がちゃりと扉が明けられる。
「あれ、シルバー先輩。どうかしましたか?」
どうやらこれから寝るところだったのだろう。ユウは上下が白のスウェットを着ていた。
彼女に言いたいことはたくさんある。しかし、何から言えばいいのかシルバーは分からなかった。ようやく絞り出せたのは、頭に浮かんだ言葉くらいだった。
「お前が……不安じゃないかと」
「ああ、ここでの生活ですか? そんなことないですよ。先輩だって良くしてくださったじゃないですか」
にこにこと笑ったユウに、シルバーは舌打ちをしたい気持ちにかられた。そういうことじゃない。お前の心が寂しくないか心配なんだ。もう二度とあんな悲しい笑顔を見たくないのに。
「ここじゃ冷えます。紅茶でよければ出せますから。そうそう、ジェイド先輩から貰ったもので美味しい茶葉があって」
背を向けて歩き出すユウに焦燥感が募った。今じゃなければきっと届かなくなる。
「ユウ」
頼むから、俺の知らないところへ行かないでくれ。
「先輩?」
振り返ったユウの右手首には固く彼女を繋いだシルバーの右手があった。ユウがそっと見上げると、シルバーの切なげに細められた瞳が彼女だけを映している。
「一人で抱え込むな」
振り絞ったその声の必死さが、みっともないとシルバーの頭の中で誰かが呟く。そして、ユウの目から一筋の涙が零れ落ちた。
「すまない」
シルバーはとっさに彼女の手首を離した。どこかに行ってしまいそうだったから焦って強く握りすぎたのかもしれない。シルバーがとりあえず手首の処置をしようと言ってマジカルペンを出すと、ユウは首を横に振った。
「……これは、なんでか……止まらなくて」
彼女は戸惑って頬を拭っているが、シルバーからすれば暗闇の中ずっと隠れていた子供がようやく誰かに見つけてもらえた安堵の表情にしか見えなかった。孤独に打ち震えていることすら忘れてしまえるほど、彼女の強がりはいつしかこびりついて取れなくなっていたのだ。シルバーは彼女の頭をそっと優しく撫でた。
「強くなろうとするのは構わない。だが、強がりはやめろ。見ていて辛くなる」
ぐすっと泣く彼女の涙で服が濡れるのも構わず、シルバーはそっと腕の中に彼女をしまった。胸元にある小さな頭を抱え込むように抱きしめた彼は、ようやく言いたいことを思い出した。
「……お前は泣いてもいいんだ」
その言葉で、ユウは我慢していた気持ちのまま声を上げて泣いた。縋りついた背中は大きくて暖かい。何事かとグリムが行こうとするのをゴーストたちが引き留める。今はそっとしておいた方がいいと必死になっているゴーストたちの言葉と、階段下で見えるユウが安心したように泣いている姿を見てグリムはユウの自室へ籠った。
「なぜだ」
ユウの夢を長引かせてしまった自分に彼は疑問を抱いていた。そのせいで普段なら寝付いてしまうであろう中庭の木漏れ日の中でも、彼はずっと目が開いていた。
そこに近づく足音がして振り返れば、あの夢よりもずいぶんと短くなった髪のユウがそこに立っていた。ユウは紙袋を提げていて、それをシルバーに突き出す。
「先輩、ご迷惑をおかけしました。これはお礼のクッキーです」
ああ、と受け取ったシルバーの隣にユウは腰かけた。普段の彼女なら「本当にご迷惑をおかけしました!」などと賑やかに騒ぐのだが、それ以上何も話さない彼女にシルバーはむしろ違和感を抱いた。遠くを見つめている彼女は、こちらを見ることなく話しだした。
「私の夢、どんなものでしたか?」
彼女は夢の内容を覚えていないようだ。おそらく一通りの経緯は学園長かクルーウェルに聞いたのだろう。シルバーは彼女の体調を思い、しばらく鍛錬を休ませたが結果として彼女に足を運ばせる結果となったらしい。ことのありのままをシルバーは伝えた。
「……お前の実家で、お前と一緒にご両親と兄弟に挨拶をした。いつも世話になっているから、紹介したいとお前が言っていた」
「あ……あは、恥ずかしい」
頬を指先で掻く彼女はますますシルバーから視線を逸らす。シルバーは夢の中であったとしても感じられた温かみに目を細めた。
「素敵なご家族だった。きっとお前の帰りを待っているんだろう」
「それはないです。絶対に」
はっきりと言い切った彼女にシルバーはますますわけがわからなくなった。あれほど暖かい家族が彼女の帰りを待たないはずがない。
「なぜだ」
「……両親と兄は、ここに来る一年前に交通事故に巻き込まれて亡くなりました」
シルバーは息をのんだ。ユウはあの寂しくさせる笑顔で、シルバーの方に振り向く。普段の笑顔に見えて、痛みをひた隠しにする笑顔がシルバーに不甲斐なさを与えた。
「だから、ここに来られて本当は安心していた部分があるんです。皆にいい夢を見せてもらっているみたいで。一人ぼっちで家にいるときより、ずっと賑やかで楽しいですから」
そんな風に強がってほしくはない。それなのに、シルバーには彼女にかける言葉の一つも見当たらなかった。ユウはシルバーの辛そうな表情を見て、穏やかに微笑む。
「先輩。私は大丈夫です」
*
昔、シルバーはユウについてリリアに相談したことがある。と言っても、それは入学当初の彼女(あの頃は男と信じて疑わなかった)が馴染めているか心配だったので、「彼はこの学園で魔法も使えないのに、ここで生活していけるでしょうか」と尋ねたのだ。リリアはそれに対して、笑って返した。
「なんだかんだどこに行ってもああいう奴は強い。環境に適応できるものだけが生き残れるからな」
リリアはそう言ってユウを褒めていた。しかし、シルバーは最近になってそうでもないと思い始めていた。ユウは自分たちが思う以上に儚いんじゃないか。いつ、元の世界に戻れるのかもわからない。心に家族の影を背負っているのに、彼女の周りはめまぐるしく変化し、それを乗り越えなければならない。そして彼女は一人きりでその痛みを抱え込んでいる。
シルバーは胸に抱えたこの悩みで、ベッドに入っても寝付くことすらできない。ユウの夢で見た屈託のない家族と笑い合う顔、自分にも辛さを隠す笑顔。そのどちらもが彼女というなら、やはり家族への思いで今も泣いていやしないかと心配になってくるのだ。
起き上がったシルバーは急いで制服に実践魔法で着替えた。本当に彼女が泣いているならそれを支えてやりたいし、泣いていないなら話を聞くくらいはできるはずだ。敬愛する父に意見を仰ぐ時間も惜しかった。
夜の空気を切り裂くようにシルバーは走ってオンボロ寮に向かい、その扉の前まで来た。客用のブザーを鳴らせば、がちゃりと扉が明けられる。
「あれ、シルバー先輩。どうかしましたか?」
どうやらこれから寝るところだったのだろう。ユウは上下が白のスウェットを着ていた。
彼女に言いたいことはたくさんある。しかし、何から言えばいいのかシルバーは分からなかった。ようやく絞り出せたのは、頭に浮かんだ言葉くらいだった。
「お前が……不安じゃないかと」
「ああ、ここでの生活ですか? そんなことないですよ。先輩だって良くしてくださったじゃないですか」
にこにこと笑ったユウに、シルバーは舌打ちをしたい気持ちにかられた。そういうことじゃない。お前の心が寂しくないか心配なんだ。もう二度とあんな悲しい笑顔を見たくないのに。
「ここじゃ冷えます。紅茶でよければ出せますから。そうそう、ジェイド先輩から貰ったもので美味しい茶葉があって」
背を向けて歩き出すユウに焦燥感が募った。今じゃなければきっと届かなくなる。
「ユウ」
頼むから、俺の知らないところへ行かないでくれ。
「先輩?」
振り返ったユウの右手首には固く彼女を繋いだシルバーの右手があった。ユウがそっと見上げると、シルバーの切なげに細められた瞳が彼女だけを映している。
「一人で抱え込むな」
振り絞ったその声の必死さが、みっともないとシルバーの頭の中で誰かが呟く。そして、ユウの目から一筋の涙が零れ落ちた。
「すまない」
シルバーはとっさに彼女の手首を離した。どこかに行ってしまいそうだったから焦って強く握りすぎたのかもしれない。シルバーがとりあえず手首の処置をしようと言ってマジカルペンを出すと、ユウは首を横に振った。
「……これは、なんでか……止まらなくて」
彼女は戸惑って頬を拭っているが、シルバーからすれば暗闇の中ずっと隠れていた子供がようやく誰かに見つけてもらえた安堵の表情にしか見えなかった。孤独に打ち震えていることすら忘れてしまえるほど、彼女の強がりはいつしかこびりついて取れなくなっていたのだ。シルバーは彼女の頭をそっと優しく撫でた。
「強くなろうとするのは構わない。だが、強がりはやめろ。見ていて辛くなる」
ぐすっと泣く彼女の涙で服が濡れるのも構わず、シルバーはそっと腕の中に彼女をしまった。胸元にある小さな頭を抱え込むように抱きしめた彼は、ようやく言いたいことを思い出した。
「……お前は泣いてもいいんだ」
その言葉で、ユウは我慢していた気持ちのまま声を上げて泣いた。縋りついた背中は大きくて暖かい。何事かとグリムが行こうとするのをゴーストたちが引き留める。今はそっとしておいた方がいいと必死になっているゴーストたちの言葉と、階段下で見えるユウが安心したように泣いている姿を見てグリムはユウの自室へ籠った。