夢に見て
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ユウの夢に入ったそこはシルバーの知らない世界だった。
魔法は一切使えない。マジカルペンすらない。ただ虫が泣きわめく中、入道雲が青空に高く昇っていた。彼は制服姿でコンクリートの上に立っていた。
ユウを探さなくてはいけないので、彼はまず歩くことから始めた。指輪をはめた彼が寝る前、リリアは教えてくれた。
『夢の世界は彼女が望んだ世界が広がっておる。ゆえに、そこから目覚めさせるには多少強引な手も必要じゃ。例えば、愛したものを目の前で殺す』
シルバーはその言葉に一瞬踏み出す足を鈍らせた。記憶の中のリリアは、意地悪に笑う。
『などというのは下策じゃ。一番良いのは、お主との思い出をそれとなく話すのが良いじゃろう。……しかし、これは命がかかっておる。時には手段を選ばん時が必要じゃ。シルバー、お主の判断に任せる』
「シルバー先輩!」
背後からした声に振り向くと、そこにユウはいた。しかし、彼が知るよりも長いそのくせっ毛に、一瞬彼女だと気づくのにシルバーは時間をくった。いつの間にと瞬時に気配を探ろうとしたが、ここは夢の中だ。気配も何もかも、ユウの意識がすべて反映されている。それにしても自分の周りにあるこの光は何だろうとシルバーは腕を眺めた。これもユウの意識だとでもいうのだろうか。
「こっちです。こっち」
ユウは嬉しそうにシルバーの腕を引っ張る。シルバーはとりあえずされるがまま、ユウにとある民家へ連れていかれた。見たこともない曲がり道やガードレール、横断歩道は珍しく、シルバーは歩きながら眺めていた。そして、ユウがようやく足を止めたその場所も見たことのない屋根と壁でできた家だった。ユウはためらいなくその家の門を開き、シルバーの腕を引く。
「おかーさーん!」
そう言って、ユウは母を呼び、扉を開けてシルバーを中に入れた。ここはユウが住んでいた元の世界なのかとようやくシルバーが気が付いた時には、家の奥からユウによく似た優しい瞳をした女性が出てきた。
「ユウ、おかえりなさい。あら、そちらの方はどうしたの?」
名乗ろうとしたシルバーよりも先に、ユウが彼の腕にくっついて言った。
「私の大好きなシルバー先輩! 皆に紹介したくて、帰ってきちゃった」
シルバーはこの紹介に違和感を感じながらも、最近は無理して笑っていることの方が多かったユウが心から嬉しそうにしている様子にどこか安心していた。どうやら、彼女はこの家が安心できる場所だと認定しているらしい。
ユウの母親はまあ、と声を上げ、頬に手を当てる。彼女の穏やかな微笑みが、シルバーに向けられた。
「それはよかったわ。今お茶を用意するから、先輩さんに座って待っていただきましょう」
「はーい。あ、先輩こっちです」
ユウに連れられたシルバーは机と椅子が四つ並び、テレビが取り付けられたその部屋へ足を踏み入れた。そこには壮年の男性とシルバーと同い年くらいの青年が椅子に腰かけていた。
ユウが奥の間から引っ張り出してきた客用の椅子が誕生日の人が座る位置に置かれ、シルバーはそこに座った。ユウは兄の隣へ腰かけ、コップに入った麦茶を持ってきた母親は眼鏡をかけた壮年の男性――おそらくユウの父親だろう――の隣に腰掛けた。ユウの父は言った。
「これはまた綺麗な人だなあ」
「お前、兄に内緒でこんなモデルみたいなやつどこで捕まえてきたわけ?」
頬杖をつきながらシルバーを見たユウの兄は、じろじろと物珍しそうにユウを見つめている。ユウは飲んでいたコップを机に叩きつけ、兄を睨みつけた。
「やつって言うな。先輩と呼べ。……しばらくここにいない間、私が一番お世話になってる人。とってもかっこいいでしょ? それに剣術だって強くって、毎日鍛錬を欠かさない凄い人なんだ」
シルバーの話になると途端に機嫌がよくなったユウを見て、呆れたように彼女の兄が笑った。
「お前のその言い草、腹が立つけど本当なんだな。指の血豆、俺も剣道してたから分かる」
シルバーは自分の手を思わずはっと見た。潰れてしまった豆たちの痕を、つぶさにこれまでの短い瞬間に見ていたのだ。剣術を教えているときのユウも同じように観察眼が優れている。だから、鍛錬の間シルバーは一瞬一瞬繰り出す攻撃は手を抜かない。彼女を含めこの兄も侮れないことが分かると、シルバーは血は受け継ぐものなのだろうかと感慨にふけっていた。
「先輩さん、うちのユウはどうですか? ご迷惑をおかけしていないかしら」
おっとりとしたユウの母の声がシルバーの緊張感を和らげる。シルバーはユウの身を案じる母の姿に、自分を育ててくれた親父殿が重なった。
「……ユウは厳しい鍛錬も欠かさずこなす芯の強い人物です。俺はそれが当たり前のことだと思いません。そして、人のために涙を流せる優しい心の持ち主です。こちらでの勉強も不慣れだと思われるのに、必死に勉強しています」
夢の中なんだからと素直に口にしていれば、徐々に心が軽くなっていく。シルバーは今まで考えてこなかったものを改めて見つめながら、結論として何が言いたいのだろうと探しあぐねていた。そして、隣で自分をじっと見るくせっ毛の彼女を見て、その答えは出た。
「彼女のそういうところが、俺はとても好ましいと思います」
先輩……と頬を赤らめるユウの瞳に吸い込まれそうな思いがする。その理由は、今のシルバーには分からなかった。
「随分とユウを気に入ってくださっているのね」
「あ……はい」
とっさに母親の言葉に引き戻され、シルバーは呼吸を整えた。なぜこんなに胸が苦しいのか分からず、胸を押さえそうになる。ちりりと腕が焼けるように痛んで、左腕の袖口を見れば、夢から起こせと書かれていた。
そうだ、起こさなくてはいけない。あやうく、ユウの夢に取り込まれるところだった。そうなれば、シルバーは忘れないよう左腕を握る。ユウをこの世界から引き戻さなければならないのだ。
ユウは笑顔で家族の紹介をした。
「先輩、私のお父さんとお母さん、お兄ちゃんです。先輩と家族をずっと今まで会わせたかったので、こんな風に紹介できて本当に嬉しいです」
朗らかに笑うユウの顔がまた胸の奥を締め付ける。そうか、と答えたシルバーはどうにかしてユウに夢だと気づかせるための方策を練っていた。そのためには、おそらく彼女と二人きりになれるところへ行かなければならない。
そのきっかけをくれたのは、ユウの母親だった。
「そうだわ。今日は夏祭りなんだから、二人で花火でも見に行ったらどうかしら」
「え! お母さん、それは先輩の都合だってあるよ……」
戸惑うユウが弱々しく語尾を小さくして、シルバーを見上げてくる。これは好機だと彼は察知した。
「夏祭り……行ってみたいです」
シルバーの一言を皮切りに、一家はユウとシルバーが二人きりになれるお祭りへの準備を始めた。
*
夏祭りに行くことになったはいいものの、シルバーは難儀していた。なにしろ、この異国の服装――浴衣と呼ばれるらしい――は、彼が普段着ているものとは作りが違う。しかし、ユウの一家は着慣れているのか、てきぱきとユウの父が彼に着付けをしてくれた。話を聞いていると、どうやらこの浴衣はユウの父が妻と恋人だった時に着ていたもののようだ。ユウの父は生き生きとしながら話す。
「僕はね、このしじら織の縦じま模様が好きなんだ。ほら、紺地が少し透けている部分があるだろう。ここが粋でねえ……」
「父さん話長い。あと、その話は俺が着た時にも聞いた」
「あれ? そうだったか? ごめんごめん」
ユウの兄は、未だに二階の自室に引っ込んだまま帰ってこない母とユウを、廊下に顔を出して大声で呼んだ。
「ユウ! お前まだなのかよ!」
「女の子は時間をかけるものなの! ちょっと待ってなさい!」
と母親に叱られ、兄は首をひっこめた。シルバーは、自分が着るのはこういう簡易的な服装なのだが女性の場合だとまた違うのだろうか、とぼーっと思案していると、階段から足音がした。どうやら着付けは終わったらしい。
「せ……先輩」
声のする方を見れば、色とりどりの花の飾りで髪を結ったユウが自分とは全く違った紺地に大輪の朝顔が描かれた浴衣を着ていた。帯の金色の金魚が優雅に泳いでいる。化粧も普段のような落ち着いたものではなく、ぱっちりとした目元や赤い口紅が目を引く。今まで見たことのない女性らしい格好をしたユウに、シルバーの心臓は不自然に跳ね、思わず胸を押さえた。
何も言わないシルバーに、ユウは視線を上下させ頬を赤くしながら言った。
「あの、浴衣とっても似合ってます!」
浴衣姿のユウはとても新鮮だ。その中身はシルバーの知る彼女だと分かると、走るような鼓動もさらに加速した。
「そうか。お前も似合っている」
「あ、あ、ありがとうございます!」
早く行ってらっしゃい、祭りが始まってしまうわ、とユウの母親が、二人の下駄を玄関に並べた。シルバーの背後で兄が耳打ちをする。
「きちんとあいつを連れて帰れよ。持ち帰り禁止だから」
お持ち帰りも何も、シルバーは彼女を夢から連れ出さなければならない。夢の中とはいえ、兄の言葉に逆らうのはなんだか気が引けるが、それが使命だとシルバーは頷いた。ユウの父が外に出た彼らに手を振った。
「楽しんでくるんだよ。二人とも」
「行ってきます」
魔法は一切使えない。マジカルペンすらない。ただ虫が泣きわめく中、入道雲が青空に高く昇っていた。彼は制服姿でコンクリートの上に立っていた。
ユウを探さなくてはいけないので、彼はまず歩くことから始めた。指輪をはめた彼が寝る前、リリアは教えてくれた。
『夢の世界は彼女が望んだ世界が広がっておる。ゆえに、そこから目覚めさせるには多少強引な手も必要じゃ。例えば、愛したものを目の前で殺す』
シルバーはその言葉に一瞬踏み出す足を鈍らせた。記憶の中のリリアは、意地悪に笑う。
『などというのは下策じゃ。一番良いのは、お主との思い出をそれとなく話すのが良いじゃろう。……しかし、これは命がかかっておる。時には手段を選ばん時が必要じゃ。シルバー、お主の判断に任せる』
「シルバー先輩!」
背後からした声に振り向くと、そこにユウはいた。しかし、彼が知るよりも長いそのくせっ毛に、一瞬彼女だと気づくのにシルバーは時間をくった。いつの間にと瞬時に気配を探ろうとしたが、ここは夢の中だ。気配も何もかも、ユウの意識がすべて反映されている。それにしても自分の周りにあるこの光は何だろうとシルバーは腕を眺めた。これもユウの意識だとでもいうのだろうか。
「こっちです。こっち」
ユウは嬉しそうにシルバーの腕を引っ張る。シルバーはとりあえずされるがまま、ユウにとある民家へ連れていかれた。見たこともない曲がり道やガードレール、横断歩道は珍しく、シルバーは歩きながら眺めていた。そして、ユウがようやく足を止めたその場所も見たことのない屋根と壁でできた家だった。ユウはためらいなくその家の門を開き、シルバーの腕を引く。
「おかーさーん!」
そう言って、ユウは母を呼び、扉を開けてシルバーを中に入れた。ここはユウが住んでいた元の世界なのかとようやくシルバーが気が付いた時には、家の奥からユウによく似た優しい瞳をした女性が出てきた。
「ユウ、おかえりなさい。あら、そちらの方はどうしたの?」
名乗ろうとしたシルバーよりも先に、ユウが彼の腕にくっついて言った。
「私の大好きなシルバー先輩! 皆に紹介したくて、帰ってきちゃった」
シルバーはこの紹介に違和感を感じながらも、最近は無理して笑っていることの方が多かったユウが心から嬉しそうにしている様子にどこか安心していた。どうやら、彼女はこの家が安心できる場所だと認定しているらしい。
ユウの母親はまあ、と声を上げ、頬に手を当てる。彼女の穏やかな微笑みが、シルバーに向けられた。
「それはよかったわ。今お茶を用意するから、先輩さんに座って待っていただきましょう」
「はーい。あ、先輩こっちです」
ユウに連れられたシルバーは机と椅子が四つ並び、テレビが取り付けられたその部屋へ足を踏み入れた。そこには壮年の男性とシルバーと同い年くらいの青年が椅子に腰かけていた。
ユウが奥の間から引っ張り出してきた客用の椅子が誕生日の人が座る位置に置かれ、シルバーはそこに座った。ユウは兄の隣へ腰かけ、コップに入った麦茶を持ってきた母親は眼鏡をかけた壮年の男性――おそらくユウの父親だろう――の隣に腰掛けた。ユウの父は言った。
「これはまた綺麗な人だなあ」
「お前、兄に内緒でこんなモデルみたいなやつどこで捕まえてきたわけ?」
頬杖をつきながらシルバーを見たユウの兄は、じろじろと物珍しそうにユウを見つめている。ユウは飲んでいたコップを机に叩きつけ、兄を睨みつけた。
「やつって言うな。先輩と呼べ。……しばらくここにいない間、私が一番お世話になってる人。とってもかっこいいでしょ? それに剣術だって強くって、毎日鍛錬を欠かさない凄い人なんだ」
シルバーの話になると途端に機嫌がよくなったユウを見て、呆れたように彼女の兄が笑った。
「お前のその言い草、腹が立つけど本当なんだな。指の血豆、俺も剣道してたから分かる」
シルバーは自分の手を思わずはっと見た。潰れてしまった豆たちの痕を、つぶさにこれまでの短い瞬間に見ていたのだ。剣術を教えているときのユウも同じように観察眼が優れている。だから、鍛錬の間シルバーは一瞬一瞬繰り出す攻撃は手を抜かない。彼女を含めこの兄も侮れないことが分かると、シルバーは血は受け継ぐものなのだろうかと感慨にふけっていた。
「先輩さん、うちのユウはどうですか? ご迷惑をおかけしていないかしら」
おっとりとしたユウの母の声がシルバーの緊張感を和らげる。シルバーはユウの身を案じる母の姿に、自分を育ててくれた親父殿が重なった。
「……ユウは厳しい鍛錬も欠かさずこなす芯の強い人物です。俺はそれが当たり前のことだと思いません。そして、人のために涙を流せる優しい心の持ち主です。こちらでの勉強も不慣れだと思われるのに、必死に勉強しています」
夢の中なんだからと素直に口にしていれば、徐々に心が軽くなっていく。シルバーは今まで考えてこなかったものを改めて見つめながら、結論として何が言いたいのだろうと探しあぐねていた。そして、隣で自分をじっと見るくせっ毛の彼女を見て、その答えは出た。
「彼女のそういうところが、俺はとても好ましいと思います」
先輩……と頬を赤らめるユウの瞳に吸い込まれそうな思いがする。その理由は、今のシルバーには分からなかった。
「随分とユウを気に入ってくださっているのね」
「あ……はい」
とっさに母親の言葉に引き戻され、シルバーは呼吸を整えた。なぜこんなに胸が苦しいのか分からず、胸を押さえそうになる。ちりりと腕が焼けるように痛んで、左腕の袖口を見れば、夢から起こせと書かれていた。
そうだ、起こさなくてはいけない。あやうく、ユウの夢に取り込まれるところだった。そうなれば、シルバーは忘れないよう左腕を握る。ユウをこの世界から引き戻さなければならないのだ。
ユウは笑顔で家族の紹介をした。
「先輩、私のお父さんとお母さん、お兄ちゃんです。先輩と家族をずっと今まで会わせたかったので、こんな風に紹介できて本当に嬉しいです」
朗らかに笑うユウの顔がまた胸の奥を締め付ける。そうか、と答えたシルバーはどうにかしてユウに夢だと気づかせるための方策を練っていた。そのためには、おそらく彼女と二人きりになれるところへ行かなければならない。
そのきっかけをくれたのは、ユウの母親だった。
「そうだわ。今日は夏祭りなんだから、二人で花火でも見に行ったらどうかしら」
「え! お母さん、それは先輩の都合だってあるよ……」
戸惑うユウが弱々しく語尾を小さくして、シルバーを見上げてくる。これは好機だと彼は察知した。
「夏祭り……行ってみたいです」
シルバーの一言を皮切りに、一家はユウとシルバーが二人きりになれるお祭りへの準備を始めた。
*
夏祭りに行くことになったはいいものの、シルバーは難儀していた。なにしろ、この異国の服装――浴衣と呼ばれるらしい――は、彼が普段着ているものとは作りが違う。しかし、ユウの一家は着慣れているのか、てきぱきとユウの父が彼に着付けをしてくれた。話を聞いていると、どうやらこの浴衣はユウの父が妻と恋人だった時に着ていたもののようだ。ユウの父は生き生きとしながら話す。
「僕はね、このしじら織の縦じま模様が好きなんだ。ほら、紺地が少し透けている部分があるだろう。ここが粋でねえ……」
「父さん話長い。あと、その話は俺が着た時にも聞いた」
「あれ? そうだったか? ごめんごめん」
ユウの兄は、未だに二階の自室に引っ込んだまま帰ってこない母とユウを、廊下に顔を出して大声で呼んだ。
「ユウ! お前まだなのかよ!」
「女の子は時間をかけるものなの! ちょっと待ってなさい!」
と母親に叱られ、兄は首をひっこめた。シルバーは、自分が着るのはこういう簡易的な服装なのだが女性の場合だとまた違うのだろうか、とぼーっと思案していると、階段から足音がした。どうやら着付けは終わったらしい。
「せ……先輩」
声のする方を見れば、色とりどりの花の飾りで髪を結ったユウが自分とは全く違った紺地に大輪の朝顔が描かれた浴衣を着ていた。帯の金色の金魚が優雅に泳いでいる。化粧も普段のような落ち着いたものではなく、ぱっちりとした目元や赤い口紅が目を引く。今まで見たことのない女性らしい格好をしたユウに、シルバーの心臓は不自然に跳ね、思わず胸を押さえた。
何も言わないシルバーに、ユウは視線を上下させ頬を赤くしながら言った。
「あの、浴衣とっても似合ってます!」
浴衣姿のユウはとても新鮮だ。その中身はシルバーの知る彼女だと分かると、走るような鼓動もさらに加速した。
「そうか。お前も似合っている」
「あ、あ、ありがとうございます!」
早く行ってらっしゃい、祭りが始まってしまうわ、とユウの母親が、二人の下駄を玄関に並べた。シルバーの背後で兄が耳打ちをする。
「きちんとあいつを連れて帰れよ。持ち帰り禁止だから」
お持ち帰りも何も、シルバーは彼女を夢から連れ出さなければならない。夢の中とはいえ、兄の言葉に逆らうのはなんだか気が引けるが、それが使命だとシルバーは頷いた。ユウの父が外に出た彼らに手を振った。
「楽しんでくるんだよ。二人とも」
「行ってきます」