夢に見て
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日も落ち始めた保健室で、保険医の話を聞いていたクロウリーが仮面の下に隠した眼光をきらりと光らせた。その先には、ベッドで眠っているユウがいる。
「いやはや困ったことになりました」
クロウリーが呟くと、担任であるクルーウェルとユウの相棒であるグリムがいた。グリムは耳を垂れさせ、眠るユウの手を握った。しかし、反応はない。
「俺様のせいなんだ」
「いいや。そもそもはユニーク魔法の見せあいなどとくだらない遊びを思いついた駄犬どもだ。それも大半が俺のクラスだとは嘆かわしい。……そのせいで、この仔犬の昏睡を治す方法も分からんとは、教員の名折れだ」
クルーウェルが苦々しそうに言うと、彼もまた眠ったままのユウを見ていた。そこに保健室のドアが軋んだ音がした。
「入るぞ」
なんと扉の向こうからやってきたのは、ディアソムニア寮の副寮長であるリリア・ヴァンルージュだった。彼の後ろにはユウがこん睡状態になる現場にいたシルバーがついて来ている。どうやら彼が呼んだのかとクルーウェルが察すると、リリアは眠るユウの傍に一瞬で移動していた。
「ふむ。シルバーの言う通り、ただ眠っておるように見える。が、ちとこれは珍しい」
「おい、ヴァンルージュ。貴様のような関係のない仔犬はここに立ち入るな」
むやみに触れられてはユウに何が起こる分からない。そのために発した注意の言葉だったが、生憎リリアにはそんな牽制も効かない。彼は普段のにこやかな表情を崩さず、むしろ余裕でもってクルーウェルに寛容に接した。
「そうかっかするな、クルーウェル。なにもただの野次馬ではない。わしはこの状態を治す方法を知っておる」
「なに?」
「まあ、昔こういうユニーク魔法の事故でこん睡状態に陥った者の意識を取り戻すために、いろいろと手を尽くしたことがある。その手がかりがあの者のユニーク魔法じゃ」
リリアが指を鳴らすと、シルバーが保健室の外にいるものを呼び出す。そこから出てきたのは、ユウが当たった光の矢のユニーク魔法を持つ生徒だった。クルーウェルがなぜ呼んだと視線で責めると、リリアはウインクで返した。
「まあ待て。……のう、お主。ユウに当たったユニーク魔法について教えてくれんか?」
リリアが親しみやすい笑顔で話しかけると、強張っていた表情の彼は少しだけ安堵に緩んだ。
「お……僕のユニーク魔法は、光の矢にあたった人を夢に閉じ込めるものです」
「ほお。なかなか大層なユニーク魔法じゃな。して、どうすればその夢から覚めることができる?」
「夢だと本人が気づけば覚めることができます」
なら、夢から覚ませばいい。そう思って喜んだのはグリムだけだった。跳ねたグリム以外、ユウが夢から覚めようとはしないその訳を言わない生徒に皆視線を向けていた。リリアのマゼンタの瞳が室内の明りできらりと光る。
「お主、説明が足りておらんぞ。それではユウがなぜ目覚めんのか理由がつかん」
リリアの正論にぎくりとその生徒は身を震わせた。学園長にクルーウェルの視線もあるこの場のプレッシャーに彼は耐えきれなくなり言った。
「夢の内容はその人によって変わっていて、共通しているのは夢から覚めたくないほど幸せなものです。だから、夢の中にいたいと本人が思って出られなくなります」
グリムは思わずその生徒にとびついた。重みに耐えきれず倒れ込んだ彼に、グリムは叫ぶ。
「ふざけんじゃねーゾ! それじゃあ、ユウはもう目覚めねえってのか! なあ!」
「ステイ!」
クルーウェルが魔法でグリムと生徒を引き離し、グリムを宙に浮かせたままにする。シルバーグレーの瞳がグリムに冷静になれと言い聞かせる。
「グリム。暴力行為は謹慎処分になるぞ」
グリムはしばらくもがいた後、見下ろした先のユウを見て再び耳をしなだれた。クルーウェルはグリムをユウの枕元に置くと、リリアを見た。
「それで、どうすればいい」
「これではっきりした。要はユウに夢と気づかせ、ここに意識を戻す。そのためには、あやつの意識に潜り込めるほどに親しく、あやつの潜在意識を荒らさぬ冷静沈着な人物が良い」
リリアの視線はクルーウェルから外れ、そのまま背後にいるシルバーに向けられる。シルバーはその視線に身を固くした。
「シルバー、やってくれるか」
絶対の信頼を寄せるその視線にシルバーは首肯する以外、自らに選択肢を与えなかった。
「……はい。もちろんです」
*
それから、リリアはユウの精神世界をシルバーに繋げるため、大掛かりな準備をしに寮へ戻った。その間にクルーウェルがユウに魔法が当たってしまった生徒を寮へ送ると言って保健室を後にした。
すっかり暗くなった学園内でシルバーはただ、穏やかに眠ったままのユウをグリムと共に眺めていた。彼女が最後に見せた捨て身の情景を思い出す。あの瞬間に戻れるなら、シルバーは迷わず彼女よりも先にグリムに防衛魔法を張って守っていただろう。とっさの判断がこれほどの致命傷になると頭で分かっていても、実際に対応できない自分の未熟さに握りこぶしを作ることしかできない。そんな状態すらもどかしくて仕方なかった。
「シルバーくん」
ばっとシルバーが顔を上げるとそこには心配そうにこちらを見下ろすクロウリーがいた。さっきから呼んでたんですけど、と付け加えられ、シルバーはとっさに自分のしでかしたことに気が付いた。
「す、すみません」
「でもまあ、心配ですよね。なんと優しい心の持ち主なんでしょう。ああ、まるで私のよう!」
なんだか訳の分からないことを言っているなとシルバーが眠たそうにすると、クロウリーは話を聞きなさい! と怒った。
「夢はその人の精神世界です。万が一にでも、踏み荒らしてしまえばユウさんは目覚めても心は壊れます。ですから、落ち着いて戻ってきてくださいね」
学園長なりのアドバイスだったのか、とシルバーは納得すると頷いた。クロウリーは満足そうに笑う。
「ああ、それと僕からのお守りです。腕を出してください」
シルバーは言われた通り左腕を出す。クロウリーは何やら呪文を唱えて、その腕に一瞬だけ触れた。しかし、特段何も起きないのでシルバーが首を傾げると、クロウリーはこれは夢の中でしか効果を発揮しないと言った。
「シルバーくんが使命を忘れた時、一回だけその腕が痛み、貴方に使命が何だったのか思い出させてくれます。ゆめゆめ、忘れないよう」
「ありがとうございます」
シルバーは左腕を押さえ、頭を下げた。この餞別はユウをこちらへ引き戻すためのもの。そのためにも、必ず成功させようとシルバーは誓った。
背後に気配がしたので振り返れば、リリアが小さな箱を持って来ていた。
「準備はできた。シルバー、用意はいいな」
しっかりとシルバーが頷くと、リリアはこれを嵌めよ、と箱の中身を出す。そこには金色の指輪が二つ並んでいた。
「これをお主とユウにひとつずつ付ける。つける場所は心臓につながると言われる薬指じゃ。婚姻関係を結ぶわけではないが、ここは左手でつけるのがならわしじゃろう」
なるほど、と頷いたシルバーは指輪を受け取り、ユウの左手の薬指に指輪をつける。誰にでもはめられるよう作られたこの魔道具は、ユウの指では抜けてしまいそうだ。抜けないよう指輪をはめたまま握りこぶしを作らせ、グリムに指輪が外れないよう見張ってくれと頼んだ。
「シルバー、お主には寮の部屋へ戻ってもらう。普段通りにお主も眠れることで、ユウの夢にも入り込みやすくなる」
「分かりました」
早速移動魔法で寮の部屋に戻ろうとした時、グリムが立ちあがった。
「ぎ……銀髪野郎!」
この中に銀髪はただ一人だけなので、シルバーがグリムの方を見た。シアンの瞳は不安と心配でいつになく潤んで見える。
「ユウを、絶対連れ戻すんだゾ!」
その小さな体で必死に不安に耐える姿を、シルバーはしっかりと目に焼き付けた。自分が背負っているものの大きさをかみしめ、任務を達成する心意気を新たにするために。
「もちろんだ」
そう言って彼は保健室から去る一瞬だけ、眠っているユウをもう一度見つめた。次の瞬間には、シルバーは保健室のどこにもいなくなっていた。
「いやはや困ったことになりました」
クロウリーが呟くと、担任であるクルーウェルとユウの相棒であるグリムがいた。グリムは耳を垂れさせ、眠るユウの手を握った。しかし、反応はない。
「俺様のせいなんだ」
「いいや。そもそもはユニーク魔法の見せあいなどとくだらない遊びを思いついた駄犬どもだ。それも大半が俺のクラスだとは嘆かわしい。……そのせいで、この仔犬の昏睡を治す方法も分からんとは、教員の名折れだ」
クルーウェルが苦々しそうに言うと、彼もまた眠ったままのユウを見ていた。そこに保健室のドアが軋んだ音がした。
「入るぞ」
なんと扉の向こうからやってきたのは、ディアソムニア寮の副寮長であるリリア・ヴァンルージュだった。彼の後ろにはユウがこん睡状態になる現場にいたシルバーがついて来ている。どうやら彼が呼んだのかとクルーウェルが察すると、リリアは眠るユウの傍に一瞬で移動していた。
「ふむ。シルバーの言う通り、ただ眠っておるように見える。が、ちとこれは珍しい」
「おい、ヴァンルージュ。貴様のような関係のない仔犬はここに立ち入るな」
むやみに触れられてはユウに何が起こる分からない。そのために発した注意の言葉だったが、生憎リリアにはそんな牽制も効かない。彼は普段のにこやかな表情を崩さず、むしろ余裕でもってクルーウェルに寛容に接した。
「そうかっかするな、クルーウェル。なにもただの野次馬ではない。わしはこの状態を治す方法を知っておる」
「なに?」
「まあ、昔こういうユニーク魔法の事故でこん睡状態に陥った者の意識を取り戻すために、いろいろと手を尽くしたことがある。その手がかりがあの者のユニーク魔法じゃ」
リリアが指を鳴らすと、シルバーが保健室の外にいるものを呼び出す。そこから出てきたのは、ユウが当たった光の矢のユニーク魔法を持つ生徒だった。クルーウェルがなぜ呼んだと視線で責めると、リリアはウインクで返した。
「まあ待て。……のう、お主。ユウに当たったユニーク魔法について教えてくれんか?」
リリアが親しみやすい笑顔で話しかけると、強張っていた表情の彼は少しだけ安堵に緩んだ。
「お……僕のユニーク魔法は、光の矢にあたった人を夢に閉じ込めるものです」
「ほお。なかなか大層なユニーク魔法じゃな。して、どうすればその夢から覚めることができる?」
「夢だと本人が気づけば覚めることができます」
なら、夢から覚ませばいい。そう思って喜んだのはグリムだけだった。跳ねたグリム以外、ユウが夢から覚めようとはしないその訳を言わない生徒に皆視線を向けていた。リリアのマゼンタの瞳が室内の明りできらりと光る。
「お主、説明が足りておらんぞ。それではユウがなぜ目覚めんのか理由がつかん」
リリアの正論にぎくりとその生徒は身を震わせた。学園長にクルーウェルの視線もあるこの場のプレッシャーに彼は耐えきれなくなり言った。
「夢の内容はその人によって変わっていて、共通しているのは夢から覚めたくないほど幸せなものです。だから、夢の中にいたいと本人が思って出られなくなります」
グリムは思わずその生徒にとびついた。重みに耐えきれず倒れ込んだ彼に、グリムは叫ぶ。
「ふざけんじゃねーゾ! それじゃあ、ユウはもう目覚めねえってのか! なあ!」
「ステイ!」
クルーウェルが魔法でグリムと生徒を引き離し、グリムを宙に浮かせたままにする。シルバーグレーの瞳がグリムに冷静になれと言い聞かせる。
「グリム。暴力行為は謹慎処分になるぞ」
グリムはしばらくもがいた後、見下ろした先のユウを見て再び耳をしなだれた。クルーウェルはグリムをユウの枕元に置くと、リリアを見た。
「それで、どうすればいい」
「これではっきりした。要はユウに夢と気づかせ、ここに意識を戻す。そのためには、あやつの意識に潜り込めるほどに親しく、あやつの潜在意識を荒らさぬ冷静沈着な人物が良い」
リリアの視線はクルーウェルから外れ、そのまま背後にいるシルバーに向けられる。シルバーはその視線に身を固くした。
「シルバー、やってくれるか」
絶対の信頼を寄せるその視線にシルバーは首肯する以外、自らに選択肢を与えなかった。
「……はい。もちろんです」
*
それから、リリアはユウの精神世界をシルバーに繋げるため、大掛かりな準備をしに寮へ戻った。その間にクルーウェルがユウに魔法が当たってしまった生徒を寮へ送ると言って保健室を後にした。
すっかり暗くなった学園内でシルバーはただ、穏やかに眠ったままのユウをグリムと共に眺めていた。彼女が最後に見せた捨て身の情景を思い出す。あの瞬間に戻れるなら、シルバーは迷わず彼女よりも先にグリムに防衛魔法を張って守っていただろう。とっさの判断がこれほどの致命傷になると頭で分かっていても、実際に対応できない自分の未熟さに握りこぶしを作ることしかできない。そんな状態すらもどかしくて仕方なかった。
「シルバーくん」
ばっとシルバーが顔を上げるとそこには心配そうにこちらを見下ろすクロウリーがいた。さっきから呼んでたんですけど、と付け加えられ、シルバーはとっさに自分のしでかしたことに気が付いた。
「す、すみません」
「でもまあ、心配ですよね。なんと優しい心の持ち主なんでしょう。ああ、まるで私のよう!」
なんだか訳の分からないことを言っているなとシルバーが眠たそうにすると、クロウリーは話を聞きなさい! と怒った。
「夢はその人の精神世界です。万が一にでも、踏み荒らしてしまえばユウさんは目覚めても心は壊れます。ですから、落ち着いて戻ってきてくださいね」
学園長なりのアドバイスだったのか、とシルバーは納得すると頷いた。クロウリーは満足そうに笑う。
「ああ、それと僕からのお守りです。腕を出してください」
シルバーは言われた通り左腕を出す。クロウリーは何やら呪文を唱えて、その腕に一瞬だけ触れた。しかし、特段何も起きないのでシルバーが首を傾げると、クロウリーはこれは夢の中でしか効果を発揮しないと言った。
「シルバーくんが使命を忘れた時、一回だけその腕が痛み、貴方に使命が何だったのか思い出させてくれます。ゆめゆめ、忘れないよう」
「ありがとうございます」
シルバーは左腕を押さえ、頭を下げた。この餞別はユウをこちらへ引き戻すためのもの。そのためにも、必ず成功させようとシルバーは誓った。
背後に気配がしたので振り返れば、リリアが小さな箱を持って来ていた。
「準備はできた。シルバー、用意はいいな」
しっかりとシルバーが頷くと、リリアはこれを嵌めよ、と箱の中身を出す。そこには金色の指輪が二つ並んでいた。
「これをお主とユウにひとつずつ付ける。つける場所は心臓につながると言われる薬指じゃ。婚姻関係を結ぶわけではないが、ここは左手でつけるのがならわしじゃろう」
なるほど、と頷いたシルバーは指輪を受け取り、ユウの左手の薬指に指輪をつける。誰にでもはめられるよう作られたこの魔道具は、ユウの指では抜けてしまいそうだ。抜けないよう指輪をはめたまま握りこぶしを作らせ、グリムに指輪が外れないよう見張ってくれと頼んだ。
「シルバー、お主には寮の部屋へ戻ってもらう。普段通りにお主も眠れることで、ユウの夢にも入り込みやすくなる」
「分かりました」
早速移動魔法で寮の部屋に戻ろうとした時、グリムが立ちあがった。
「ぎ……銀髪野郎!」
この中に銀髪はただ一人だけなので、シルバーがグリムの方を見た。シアンの瞳は不安と心配でいつになく潤んで見える。
「ユウを、絶対連れ戻すんだゾ!」
その小さな体で必死に不安に耐える姿を、シルバーはしっかりと目に焼き付けた。自分が背負っているものの大きさをかみしめ、任務を達成する心意気を新たにするために。
「もちろんだ」
そう言って彼は保健室から去る一瞬だけ、眠っているユウをもう一度見つめた。次の瞬間には、シルバーは保健室のどこにもいなくなっていた。