銀の人の名前は
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今日は錬金術で昨日のうちに洗濯にかけておいた白衣がパリッといい音を立てて広がる。ゴーグルもしっかりつけて、手元にはメモするためのちいさな筆記用具を持った。クルーウェル先生は、淡々と実験の手順や注意事項を言ってくれる。まぁ要するに、昨日の授業で習ったことを再現するだけだ。
ちらりと視線を右に泳がせれば、今回ペアになってくれるデュースの二人飛ばして右隣りに、銀の人がいた。すごく綺麗。というか、授業が被るなんてこと滅多にないから今日は最高にラッキー!
「仔犬ども、始めるぞ」
よし、それじゃあ早速デュースに声をかけようと手を伸ばした時、私の手を邪魔するように他の生徒が私とデュースの間に割り込んだ。
「じゃ、デュース一緒にやろうぜ」
「え! デュース!?」
いつも一緒だと思っていたのに! どういうこと!
私の声にこちらを振り返ったデュースは、どこかのハートのペイントをした友人と似た意地悪な笑顔をした。
「悪い。実は先約が入っているんだ」
そんな、なんでマブが私以外の奴と組んでいるんだ! 私を置いて行かないで!
「わかったよ」
いったん大人になって、手を振って見送った私だが、このままだと実験ができない。実験ができないとクルーウェル先生に駄犬呼ばわりされる! どうしよう。もう他の生徒はペアを見つけているし……今からどこかに混ぜてもらって三人にしてもらえないか交渉をしようか。
「監督生」
え。
今あの人の声がしたと思って振り向けば、そこに銀の人がいた。一瞬で息が止まる。
嘘。めちゃめちゃ綺麗。いや、銀の人が綺麗なんて常識なんだけども。
感情の読み取れない顔で、思った以上に静かな声が私を現実に引き戻した。
「すまないが組んでくれないか」
嘘おおおおお! 入学して以来のラッキーなイベントじゃない!? ていうか近くで見ると、びっくりするくらい綺麗。なにこれ4Kテレビで視聴してるの?
「も……もちろん」
そんな感動を喉の奥にどうにか閉じ込めた私は、首をゆっくりと縦に振った。これは勝利の頷きだ。やった! 握りこぶしを背中に隠して作る。
今回の課題は「熱変性による魔法水の変質」だ。実験ではいくらの温度で変質が始まるかが今回のコツだって、クルーウェル先生が言ってた。私の申し出で調合担当は私が、銀の人は目盛りを読む係になった。釜の中でぐつぐつと煮えたぎる緑色であったはずの液体は中心から徐々に虹色になっている。もう変質は始まっている証拠だ。
「あの、目盛りはいくらですか?」
一度聞いても返事は来ない。火を使っているから徐々に虹色が広がっていっていくことを眺めることしかできない。何度呼びかけても返事がないので隣を見れば、そこには立ったまま頭だけ舟をこいでいる銀の人がいた。
「ちょ、目盛り見てください!」
何で寝てるの!?? あ、そうだった。この人よく寝てるんだった。でも、立ちながら寝るなんて普通じゃない。もしかして、つまんないからじゃないのかも。なんだ不可抗力なのかな。
大声で騒いでも起きないので、思い切って肩をゆすると銀の人は音を立てて顔を起こした。
「は! すまない。……また、俺は眠っていたのか」
表情には出ないけれど、声ににじみ出た剣呑さや分厚い手袋にたくさん皺ができるほど握られた拳が、望んだものでないことを私に教えてくれた。わざとでもなければ、この人は授業を放棄しようとしているわけじゃない。それさえわかれば、生まれた失望もくすぐったい気持ちになった。
あの、と声をかければ、こちらに顔を向けてくれる。ああ、とってもきれいな瞳。安心させるように微笑みかける。
「まだ材料はありますから、もう一回しましょう」
意外と抜けてるところもあるんだなぁ。でも、そんなところも素敵だなんて思う私は相当重症だ。
それから何度も眠りそうになる銀の人をあまり暇ではない釜担当に、私が目盛りを見る係になった。銀の人の指示通りに目盛りを見て、その温度と変質の傾向を調べればあっという間だった。
「完璧だ」
そう銀の人が優しい声で言うと、私は思わず飛び上がった。
「やったぁ!」
達成感で拳を天に突き上げ、雄叫びを上げる。と同時に、体が後ろに倒れた。
背後にあるのは、沸騰した魔法水の入っている釜。入ったら火傷じゃ済まないことに何故か今気づいた。
避けられない!
これから起こることを予感し、とっさに目を瞑る。その瞬間、体がふわりと宙に浮く感覚がした。ジェットコースターで頂上を乗り越えたみたいだ。縮こまった体でいると、目をおそるおそる開けると皆が私を見上げていた。
「仔犬! 何を浮いている! さっさと降ろしてもらえ」
「ひえ」
情けない悲鳴を上げると、体が少しずつ床に近づいていく。そのままふわりと降りたのは、さっきの釜から少し離れた銀の人の背中が見える窓際だった。
どうしよう。迷惑かけちゃった。
「気の緩みは失敗の元だ。注意を怠るな」
ご最もな正論で私の上昇気流のごときテンションは瞬く間に下降気流になった。思わず視線も下がって、足元しか見えない。
「......ごめんなさい」
しょんぼりと肩を落とすと、銀の人はこっちを見たのか実験着のボタンが8つ並んで見えた。
「怪我はないか」
思わず顔を上げると先程と何ら変わったところの無い綺麗な顔がそこにあった。
「な、ないです」
思わず蚊の鳴くような声で答えると、しっかりとその人は頷いた。
「ならいい」
そう言われたことに、私は頭がいっぱいになった。人のフォローもできるなんて凄いのに、気遣いもしてくれるなんて。
この瞬間、私の胸はさながらペットボトルの中で振り回される炭酸みたいに音を立てて燃え上がった。
「すし......」
「お前何言ってんだ? スシ?」
「お寿司」
グリムとふざけた会話をしていると、そのまま銀の人は成功した旨をクルーウェル先生のところまで言いに行ってくれた。普通はペアで行くはずなのだが、多分私が惚けていたからに違いない。早速このことは実験日誌にまとめないと......あ、その前に。
先生のところから戻ってきた銀の人に近寄って、レポートを挟んだバインダーを差し出した。
「あの、今日のペアの欄に名前を書かないといけないので、名前を教えてくれませんか?」
銀の人は涼しい顔で頷いてくれた。
「俺が書こう」
「あ、ありがとうございます」
私が持っていたレポートが銀の人の手に渡る。それだけで言いようのない高揚感に満たされて、そこら中跳ね回りそうだ。魔法でさらさらと名前を綴る顔も凛々しくて、思わず見とれてしまっていた。
気づけば胸元にレポートが戻ってきた。
「2年A組シルバーだ」
そう言われて渡された紙には、流麗としか言いようのない名前がペア欄にあった。
「ユウです! 1年A組です」
なんとも拙い答えを返して、紙を受け取る。このレポート、家宝にしよう。
「1年......セベクと同学年だな」
せべく? 誰? まぁ、いいや。きっとディアソムニア寮のそれは麗しい人に違いない。
私も自分の名前をペア欄に書こうとシルバー先輩の紙を受け取る手を差し出したが、シルバー先輩が自分で書いていた。どうやらさっきの挨拶で十分だったようだ。
授業が終わったらシルバー先輩はそのまま次の教室へ向かって行ってしまった。まだお礼も言っていないのに行っちゃったのがなんだか悲しくて、レポートのペア欄を眺めた。それだけで口角が上がる。
まさかこんな形で銀の人の名前を知れるなんて、私今日ついてる!
ちらりと視線を右に泳がせれば、今回ペアになってくれるデュースの二人飛ばして右隣りに、銀の人がいた。すごく綺麗。というか、授業が被るなんてこと滅多にないから今日は最高にラッキー!
「仔犬ども、始めるぞ」
よし、それじゃあ早速デュースに声をかけようと手を伸ばした時、私の手を邪魔するように他の生徒が私とデュースの間に割り込んだ。
「じゃ、デュース一緒にやろうぜ」
「え! デュース!?」
いつも一緒だと思っていたのに! どういうこと!
私の声にこちらを振り返ったデュースは、どこかのハートのペイントをした友人と似た意地悪な笑顔をした。
「悪い。実は先約が入っているんだ」
そんな、なんでマブが私以外の奴と組んでいるんだ! 私を置いて行かないで!
「わかったよ」
いったん大人になって、手を振って見送った私だが、このままだと実験ができない。実験ができないとクルーウェル先生に駄犬呼ばわりされる! どうしよう。もう他の生徒はペアを見つけているし……今からどこかに混ぜてもらって三人にしてもらえないか交渉をしようか。
「監督生」
え。
今あの人の声がしたと思って振り向けば、そこに銀の人がいた。一瞬で息が止まる。
嘘。めちゃめちゃ綺麗。いや、銀の人が綺麗なんて常識なんだけども。
感情の読み取れない顔で、思った以上に静かな声が私を現実に引き戻した。
「すまないが組んでくれないか」
嘘おおおおお! 入学して以来のラッキーなイベントじゃない!? ていうか近くで見ると、びっくりするくらい綺麗。なにこれ4Kテレビで視聴してるの?
「も……もちろん」
そんな感動を喉の奥にどうにか閉じ込めた私は、首をゆっくりと縦に振った。これは勝利の頷きだ。やった! 握りこぶしを背中に隠して作る。
今回の課題は「熱変性による魔法水の変質」だ。実験ではいくらの温度で変質が始まるかが今回のコツだって、クルーウェル先生が言ってた。私の申し出で調合担当は私が、銀の人は目盛りを読む係になった。釜の中でぐつぐつと煮えたぎる緑色であったはずの液体は中心から徐々に虹色になっている。もう変質は始まっている証拠だ。
「あの、目盛りはいくらですか?」
一度聞いても返事は来ない。火を使っているから徐々に虹色が広がっていっていくことを眺めることしかできない。何度呼びかけても返事がないので隣を見れば、そこには立ったまま頭だけ舟をこいでいる銀の人がいた。
「ちょ、目盛り見てください!」
何で寝てるの!?? あ、そうだった。この人よく寝てるんだった。でも、立ちながら寝るなんて普通じゃない。もしかして、つまんないからじゃないのかも。なんだ不可抗力なのかな。
大声で騒いでも起きないので、思い切って肩をゆすると銀の人は音を立てて顔を起こした。
「は! すまない。……また、俺は眠っていたのか」
表情には出ないけれど、声ににじみ出た剣呑さや分厚い手袋にたくさん皺ができるほど握られた拳が、望んだものでないことを私に教えてくれた。わざとでもなければ、この人は授業を放棄しようとしているわけじゃない。それさえわかれば、生まれた失望もくすぐったい気持ちになった。
あの、と声をかければ、こちらに顔を向けてくれる。ああ、とってもきれいな瞳。安心させるように微笑みかける。
「まだ材料はありますから、もう一回しましょう」
意外と抜けてるところもあるんだなぁ。でも、そんなところも素敵だなんて思う私は相当重症だ。
それから何度も眠りそうになる銀の人をあまり暇ではない釜担当に、私が目盛りを見る係になった。銀の人の指示通りに目盛りを見て、その温度と変質の傾向を調べればあっという間だった。
「完璧だ」
そう銀の人が優しい声で言うと、私は思わず飛び上がった。
「やったぁ!」
達成感で拳を天に突き上げ、雄叫びを上げる。と同時に、体が後ろに倒れた。
背後にあるのは、沸騰した魔法水の入っている釜。入ったら火傷じゃ済まないことに何故か今気づいた。
避けられない!
これから起こることを予感し、とっさに目を瞑る。その瞬間、体がふわりと宙に浮く感覚がした。ジェットコースターで頂上を乗り越えたみたいだ。縮こまった体でいると、目をおそるおそる開けると皆が私を見上げていた。
「仔犬! 何を浮いている! さっさと降ろしてもらえ」
「ひえ」
情けない悲鳴を上げると、体が少しずつ床に近づいていく。そのままふわりと降りたのは、さっきの釜から少し離れた銀の人の背中が見える窓際だった。
どうしよう。迷惑かけちゃった。
「気の緩みは失敗の元だ。注意を怠るな」
ご最もな正論で私の上昇気流のごときテンションは瞬く間に下降気流になった。思わず視線も下がって、足元しか見えない。
「......ごめんなさい」
しょんぼりと肩を落とすと、銀の人はこっちを見たのか実験着のボタンが8つ並んで見えた。
「怪我はないか」
思わず顔を上げると先程と何ら変わったところの無い綺麗な顔がそこにあった。
「な、ないです」
思わず蚊の鳴くような声で答えると、しっかりとその人は頷いた。
「ならいい」
そう言われたことに、私は頭がいっぱいになった。人のフォローもできるなんて凄いのに、気遣いもしてくれるなんて。
この瞬間、私の胸はさながらペットボトルの中で振り回される炭酸みたいに音を立てて燃え上がった。
「すし......」
「お前何言ってんだ? スシ?」
「お寿司」
グリムとふざけた会話をしていると、そのまま銀の人は成功した旨をクルーウェル先生のところまで言いに行ってくれた。普通はペアで行くはずなのだが、多分私が惚けていたからに違いない。早速このことは実験日誌にまとめないと......あ、その前に。
先生のところから戻ってきた銀の人に近寄って、レポートを挟んだバインダーを差し出した。
「あの、今日のペアの欄に名前を書かないといけないので、名前を教えてくれませんか?」
銀の人は涼しい顔で頷いてくれた。
「俺が書こう」
「あ、ありがとうございます」
私が持っていたレポートが銀の人の手に渡る。それだけで言いようのない高揚感に満たされて、そこら中跳ね回りそうだ。魔法でさらさらと名前を綴る顔も凛々しくて、思わず見とれてしまっていた。
気づけば胸元にレポートが戻ってきた。
「2年A組シルバーだ」
そう言われて渡された紙には、流麗としか言いようのない名前がペア欄にあった。
「ユウです! 1年A組です」
なんとも拙い答えを返して、紙を受け取る。このレポート、家宝にしよう。
「1年......セベクと同学年だな」
せべく? 誰? まぁ、いいや。きっとディアソムニア寮のそれは麗しい人に違いない。
私も自分の名前をペア欄に書こうとシルバー先輩の紙を受け取る手を差し出したが、シルバー先輩が自分で書いていた。どうやらさっきの挨拶で十分だったようだ。
授業が終わったらシルバー先輩はそのまま次の教室へ向かって行ってしまった。まだお礼も言っていないのに行っちゃったのがなんだか悲しくて、レポートのペア欄を眺めた。それだけで口角が上がる。
まさかこんな形で銀の人の名前を知れるなんて、私今日ついてる!