動かない星が示すのは
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占星術の合同授業とはいえ、課題自体は時間帯が夜に行わなければいけないもののため、星の見える夜空の元、私はオンボロ寮の談話室に立っていた。オンボロ寮の前で先輩がてきぱきと道具を魔法で用意してくれている中、私にできるのは温かいお茶を用意しておやつを引っ張り出すくらいだ。グリムは炎魔法で松明に明かりをつけている。まあ、その松明を作ったのはシルバー先輩と私ですが。
準備が完了するまで私は二人が頑張っている姿を寮の窓越しから眺めなくてはいけない。万が一にでも先輩たちの魔法で私がケガをしたら大ごとになるからだ。魔法士が魔法も使えない人間相手を事故とはいえ怪我をさせてゴシップになった歴史は魔法史で何度も聞いた。そんな悲しいことはグリムにも、もちろん先輩にだって起きてほしくない。
さて、ランニングの合間に占星術のペアを申し込んだはいいものの、今更気が付いた。私が先輩の相性を占わなければならないことを。あくまで相性診断は人間の姿をしている獣人や妖精、変身薬を飲んだ人魚、人間にしかできない。魔獣であるグリムは魔力を持っているけれど、人ではない。だからと私をあてがわれたけれど、それで大凶星でも乗ってみなさいよ。終わりしか見えんのだが。
先輩を今もこうして見惚れているけど、これで相性最悪とか出たら不登校もあり得る。……グリムが寂しがるからそんなことしないけど。でも、やっぱり落ち込んじゃうよ……。
「ユウ。浮かない顔だね。今日はよく星が見えるよ」
私が恋の相談相手にしているゴーストが話しかけてくれた。さすが、百戦錬磨の恋の達人は気遣いも一級品だ。
「先輩と相性を占うのが怖くて。これで残念な結果だったら、どうしようって」
自分で言ってて何だか悲しい気持ちになっちゃった。でもゴーストはこれをご覧と壁にかかってる絵画を指さした。
「この絵画に描かれているのは僕だよ」
「え? 随分とイケメンですね」
「そうだろう? でもね、これくらい顔が良くったって、我がまま坊やだったから一番好きな女の子に振り向いてもらえなかったんだ。何度もアプローチしたけれど、どれも惨敗した」
そんなこと、初めて聞いた。じっと見ている私に、ゴーストは猫みたいに丸い眼を細めて、寂しそうに笑った。
「ユウ、いつだって未来のことは分からない。未来を変えるのは君たちのような生きてる存在だから、一時の運勢にすべてをかけなくていいんだよ」
そのゴーストの言葉でなんだかすべてが吹っ切れた。今がだめでも次はある。変えられるのが生きている今のうちだって、思ったらなんだか今日の課題も怖くなくなってきた。
「ありがとう。怖がらずに、向き合うね」
「その意気だよ」
「ユウー! 準備できたんだゾ!」
談話室に入ってきたグリムの言葉に弾かれたように駆けだす。先輩の待つ外に出れば、頭上にはキラキラと宝石でもちりばめたような夜空があった。
「わあ」
ついでに深呼吸をすれば、草葉の澄んだ匂いがした。ふいに元の世界の情景を思い出した。実家でもこんな風を感じていたなぁ。
「今日は星が良く見える。いい天気だ」
びっくりして隣を見れば、先輩も一緒になって空を見上げていた。
「準備はできた。やるぞ」
先輩はあんまり私との相性診断に不安そうな表情はない。まあ、私ばかり意識しすぎているだけなんだろうなぁ。逆に恥ずかしくなってきた。今のところは相性占いに集中しよう。
と、その前に……。
「し、シルバー先輩の誕生日はいつなんですか?」
よしっ! 言えた! 何があってもこれだけは聞いておこうと思っていたから、きちんと言えてよかった。
歩き出そうとしていたシルバー先輩がわざわざ、踏み出したその足をもとの位置に戻して私を見下ろす。腰に腕を当てた先輩は、小さく首を傾げた。
「俺か? 5月15日だが、それがどうかしたか」
「い、いえ! 相性は相手の星座で占うので参考に教えていただけたらなと」
なんていう苦しい言い訳! これで騙せるか? お願いします、騙されてください、と心の中で手を組んで祈っていると、先輩の涼やかな瞳が煌いた。
「そうか。監督生はいつなんだ?」
「へ? わ、私ですか?」
「ああ。俺もお前の誕生日を知っておきたい」
何でそういう優しい言葉をすぐくれるのこの王子様は。あ、いや騎士様というのが正しいのか。とにかくこれ以上好きになったらおかしくなっちゃいそう……。
私にとってはすっかり見慣れた、それでいて特別な数字を教える。ああ、私これからは先輩の誕生日お祝いできるんだ。そう思うとなんだか、胸がきゅうっと縮まるような、わくわくして飛び出しそうな気持ちになる。
「これで、先輩の誕生日お祝いできますね!」
先輩は思わずはしゃいだ私をじっと見たまま動かない。なんだ。髪に芋けんぴでもついているのか? 寮を出るときに鏡の一つくらい見ておけばよかったー!
「……俺も祝わせてもらえないだろうか。お前の誕生日を」
「え、いいんですか?」
だめだろうか、とちょっぴり声のトーンが下がるので、すかさず大歓迎です! と親指を立てる。なんだか暴走している気もするけれど、先輩の悲しい顔は見たくないんだ!
「そうか。なら、お互い楽しみだな」
一瞬だけ笑った……? ような気もするけど、先輩はすぐ涼しい顔に戻って、儀式をするぞと行ってしまった。先輩のあの優しい声は反則でしょう……。
動けない私の足をグリムがふななな、と押し始めたところでやっと私は歩くことができた。
*
占星術で相性を占う時、互いの星座を知ったうえでホロスコープに乗る星に見立てた魔法石の動きを判断し、占う。魔法石を動かすのはあくまで運命を司る星なので、魔力が全くない私でも魔法士と相性を占うことはできる。この魔法石は先生が満月の光に精製水に沈めたもので、どれもキラキラと光り輝いている。
先輩が用意してくれた切り株のテーブルは宙に浮いていて、他にも同時に複数の魔法を使っているものだからブロットがたまっていないか心配だ。
「先輩……こんなに魔法を使って、ブロットはたまりませんか?」
「大丈夫だ。これくらいなら、一日寝れば治る」
「そうなんですか」
毎日隙あらば睡魔と戦うような先輩がしっかり休めるといいんだけれど。せめて疲れたら教えてもらうよう言って、儀式を始めることにした。
シルバー先輩がホロスコープの上に手袋を外した手を出す。
「監督生。手を出せ」
そう、この儀式の最も恥ずかしいところ。それは占う相手と手を繋がなければならないことだ。こんな幸運あっていいのか? 本当に明日隕石堕ちてきても文句は言えない待遇を受けている気がする。
ええい、ままよ! と出した手を先輩の手に触れる程度に握ると、ぎゅっとしっかり手を掴まれた。
「遠慮をするな。互いの鼓動を感じないとこの儀式は成立しない」
くそう! 教科書にそんなこと書いてあったかも! 恥ずかしすぎて多分その行はすっとばした!
先輩が儀式のための詠唱を始める。互いの相性を星たちが占うために、私はひたすら先輩のことを考えなくちゃいけない。もう今までのイベントで先輩のことしか考えられませんが。なんなら、握ってくれてる手袋の感触だけで大歓喜なのですが!
その瞬間、魔法石たちが思わず目を瞑ってしまう位の激しい光を出した。先輩が見えなくて怖くなって握られている右手を思わず強く握る。
何が起こってるのかもわからない。ただただ先輩のことだけを考えた。怪我をするようなことは起きないはずなんだけど、魔法にありえないはない。もしものことを考えて、先輩とグリムを守れるようにしておかないと!
でもその光は闇に飲まれた。瞼で闇を感じてそろそろと目を開ければ、闇に慣れていない目では何も見えない。
「先輩……?」
「大丈夫だ。監督生、闇に眼が慣れるまで動くな」
何が起こるか分からないので指示通り大人しくしているとどんどん周りの状況が分かってきた。先輩も足元で目を押さえているグリムも怪我はなさそうだ。繋がれた手だけあの光が溢れるよりも前よりずっと固く握りあっていた。
「あの……さっきの光は一体」
「分からない。後で教科書を見よう」
そう言えば、ホロスコープはどうなったんだろう。そっとつないだ手の向こう側にある正座早見表のような星々の散らばるホロスコープを覗き込むと、私は思わず息をのんだ。
「ホロスコープが……動かないです」
「たしか、動かない場合の読み取りは……『予測不可』」
「よ、予測不可? ありえるんですか?」
「俺も見るのは初めてだ」
そんなことありえるんだ……。なんだか怖くなってきちゃったよ。結局私と先輩の相性なんて星にすら分からないのか……。でも最悪と決まったわけじゃないし、よしとしよう。
「これ、クルーウェル先生に相談しますか?」
「その方がいいだろう。俺一人で行くから、監督生は」
「わ、私もついて行きます! ペアなんですから!」
思わず食い気味に言えば、先輩の瞳がまた私を凝視している。ああああ、絶対なんだこいつって不審がられているよー!
「そうか。なら、明後日の放課後はどうだろうか」
「大丈夫です!」
よかった。先輩はいたって普通そうだし、まあ私の大袈裟な反応にいちいち食いついたりしないよね。ほっと安堵のため息を吐くと、グリムが言った。
「お前ら、いつまで手を繋いでんだゾ?」
蘇ってきた恥ずかしさで、私は一瞬で自分の手を外そうとした。しかし、外れない。なぜ?
「すー……」
ね……寝てるー! そうだよね! 疲れましたよね! 立ったまま寝られるなんて器用ですね!
しかし、寝ているときも外れないその握力凄い。それくらい長い間剣を握ってても疲れないのかな。というか、この節くれだった手、ごつごつしてて男らしいなぁ。綺麗な顔をしていらっしゃるけれど、やっぱりこの人は騎士なんだ。
「先輩、お疲れ様です」
さて、どうやって、この後片付けをしようか……。早速足元のグリムを見た。
「グリム、悪いけどポケットからあの石を取り出してくれる?」
イカ耳になって、耳の炎も小さくなったグリムは、あまり触りたくないんだゾと言いながら、ズボンの右ポケットに入っている小さな袋を取り出してくれた。その袋の中ではまだ淡い光を放つ石がある。私は左手でそれを受け取り、彼を呼んだ。
「ツノ太郎」
石がさっきの儀式とは違って淡く明滅する。すると、一陣の風が私の背後で吹いた。
「僕を呼んだな」
頼られて何やら嬉しそうなツノ太郎は、今の私の状況を見てますます楽しそうに笑った。楽しそうな今なら私の話も聞いてくれるかな?
「シルバー先輩が寝ちゃったから、ディアソムニア寮まで送ってあげて欲しいんだ。頼んでもいいかな?」
「いいだろう」
そう言ったツノ太郎が指を一度鳴らすと、シルバー先輩は一瞬で消えてしまった。それと同時に切株のテーブルも地面に落下する。
「寮の部屋に送っておいた」
「ありがとう。さすがツノ太郎だね」
「これくらいで褒めるな。もっとすごいこともできるぞ?」
「うん、またの機会にお願いしようかな」
つまらん、と言ったツノ太郎はさっきまでの楽しそうな顔を消してため息を吐いた。一緒にお茶をしようと誘えば、またすぐにあの笑顔に戻ったけれど。
「じゃ、ここの儀式の片づけをしておくので、ツノ太郎は寮で待ってて」
「それでは僕を待たせる。ここはもう一つ手を貸してやろう」
人差し指を一振りしたツノ太郎は、シルバー先輩が用意してくれた道具全部をまた一瞬でどこかへ飛ばした。ていうか一瞬で消えたんだが。
「え、どこに送ったの?」
「シルバーの部屋だ」
絶対ろくでもないことになってる!!! 文句を言おうとも思ったけれど、ツノ太郎はそのまま私をまたあのベビーカーよろしく浮遊魔法をかけてオンボロ寮へと向かっている。
「人の子よ。先ほどまでの話、僕にも聞かせろ」
そう楽しそうに言われては、こちらも怒れないというものだ。私は大人しく、機嫌のいいツノ太郎に付き合ってあげることにした。
準備が完了するまで私は二人が頑張っている姿を寮の窓越しから眺めなくてはいけない。万が一にでも先輩たちの魔法で私がケガをしたら大ごとになるからだ。魔法士が魔法も使えない人間相手を事故とはいえ怪我をさせてゴシップになった歴史は魔法史で何度も聞いた。そんな悲しいことはグリムにも、もちろん先輩にだって起きてほしくない。
さて、ランニングの合間に占星術のペアを申し込んだはいいものの、今更気が付いた。私が先輩の相性を占わなければならないことを。あくまで相性診断は人間の姿をしている獣人や妖精、変身薬を飲んだ人魚、人間にしかできない。魔獣であるグリムは魔力を持っているけれど、人ではない。だからと私をあてがわれたけれど、それで大凶星でも乗ってみなさいよ。終わりしか見えんのだが。
先輩を今もこうして見惚れているけど、これで相性最悪とか出たら不登校もあり得る。……グリムが寂しがるからそんなことしないけど。でも、やっぱり落ち込んじゃうよ……。
「ユウ。浮かない顔だね。今日はよく星が見えるよ」
私が恋の相談相手にしているゴーストが話しかけてくれた。さすが、百戦錬磨の恋の達人は気遣いも一級品だ。
「先輩と相性を占うのが怖くて。これで残念な結果だったら、どうしようって」
自分で言ってて何だか悲しい気持ちになっちゃった。でもゴーストはこれをご覧と壁にかかってる絵画を指さした。
「この絵画に描かれているのは僕だよ」
「え? 随分とイケメンですね」
「そうだろう? でもね、これくらい顔が良くったって、我がまま坊やだったから一番好きな女の子に振り向いてもらえなかったんだ。何度もアプローチしたけれど、どれも惨敗した」
そんなこと、初めて聞いた。じっと見ている私に、ゴーストは猫みたいに丸い眼を細めて、寂しそうに笑った。
「ユウ、いつだって未来のことは分からない。未来を変えるのは君たちのような生きてる存在だから、一時の運勢にすべてをかけなくていいんだよ」
そのゴーストの言葉でなんだかすべてが吹っ切れた。今がだめでも次はある。変えられるのが生きている今のうちだって、思ったらなんだか今日の課題も怖くなくなってきた。
「ありがとう。怖がらずに、向き合うね」
「その意気だよ」
「ユウー! 準備できたんだゾ!」
談話室に入ってきたグリムの言葉に弾かれたように駆けだす。先輩の待つ外に出れば、頭上にはキラキラと宝石でもちりばめたような夜空があった。
「わあ」
ついでに深呼吸をすれば、草葉の澄んだ匂いがした。ふいに元の世界の情景を思い出した。実家でもこんな風を感じていたなぁ。
「今日は星が良く見える。いい天気だ」
びっくりして隣を見れば、先輩も一緒になって空を見上げていた。
「準備はできた。やるぞ」
先輩はあんまり私との相性診断に不安そうな表情はない。まあ、私ばかり意識しすぎているだけなんだろうなぁ。逆に恥ずかしくなってきた。今のところは相性占いに集中しよう。
と、その前に……。
「し、シルバー先輩の誕生日はいつなんですか?」
よしっ! 言えた! 何があってもこれだけは聞いておこうと思っていたから、きちんと言えてよかった。
歩き出そうとしていたシルバー先輩がわざわざ、踏み出したその足をもとの位置に戻して私を見下ろす。腰に腕を当てた先輩は、小さく首を傾げた。
「俺か? 5月15日だが、それがどうかしたか」
「い、いえ! 相性は相手の星座で占うので参考に教えていただけたらなと」
なんていう苦しい言い訳! これで騙せるか? お願いします、騙されてください、と心の中で手を組んで祈っていると、先輩の涼やかな瞳が煌いた。
「そうか。監督生はいつなんだ?」
「へ? わ、私ですか?」
「ああ。俺もお前の誕生日を知っておきたい」
何でそういう優しい言葉をすぐくれるのこの王子様は。あ、いや騎士様というのが正しいのか。とにかくこれ以上好きになったらおかしくなっちゃいそう……。
私にとってはすっかり見慣れた、それでいて特別な数字を教える。ああ、私これからは先輩の誕生日お祝いできるんだ。そう思うとなんだか、胸がきゅうっと縮まるような、わくわくして飛び出しそうな気持ちになる。
「これで、先輩の誕生日お祝いできますね!」
先輩は思わずはしゃいだ私をじっと見たまま動かない。なんだ。髪に芋けんぴでもついているのか? 寮を出るときに鏡の一つくらい見ておけばよかったー!
「……俺も祝わせてもらえないだろうか。お前の誕生日を」
「え、いいんですか?」
だめだろうか、とちょっぴり声のトーンが下がるので、すかさず大歓迎です! と親指を立てる。なんだか暴走している気もするけれど、先輩の悲しい顔は見たくないんだ!
「そうか。なら、お互い楽しみだな」
一瞬だけ笑った……? ような気もするけど、先輩はすぐ涼しい顔に戻って、儀式をするぞと行ってしまった。先輩のあの優しい声は反則でしょう……。
動けない私の足をグリムがふななな、と押し始めたところでやっと私は歩くことができた。
*
占星術で相性を占う時、互いの星座を知ったうえでホロスコープに乗る星に見立てた魔法石の動きを判断し、占う。魔法石を動かすのはあくまで運命を司る星なので、魔力が全くない私でも魔法士と相性を占うことはできる。この魔法石は先生が満月の光に精製水に沈めたもので、どれもキラキラと光り輝いている。
先輩が用意してくれた切り株のテーブルは宙に浮いていて、他にも同時に複数の魔法を使っているものだからブロットがたまっていないか心配だ。
「先輩……こんなに魔法を使って、ブロットはたまりませんか?」
「大丈夫だ。これくらいなら、一日寝れば治る」
「そうなんですか」
毎日隙あらば睡魔と戦うような先輩がしっかり休めるといいんだけれど。せめて疲れたら教えてもらうよう言って、儀式を始めることにした。
シルバー先輩がホロスコープの上に手袋を外した手を出す。
「監督生。手を出せ」
そう、この儀式の最も恥ずかしいところ。それは占う相手と手を繋がなければならないことだ。こんな幸運あっていいのか? 本当に明日隕石堕ちてきても文句は言えない待遇を受けている気がする。
ええい、ままよ! と出した手を先輩の手に触れる程度に握ると、ぎゅっとしっかり手を掴まれた。
「遠慮をするな。互いの鼓動を感じないとこの儀式は成立しない」
くそう! 教科書にそんなこと書いてあったかも! 恥ずかしすぎて多分その行はすっとばした!
先輩が儀式のための詠唱を始める。互いの相性を星たちが占うために、私はひたすら先輩のことを考えなくちゃいけない。もう今までのイベントで先輩のことしか考えられませんが。なんなら、握ってくれてる手袋の感触だけで大歓喜なのですが!
その瞬間、魔法石たちが思わず目を瞑ってしまう位の激しい光を出した。先輩が見えなくて怖くなって握られている右手を思わず強く握る。
何が起こってるのかもわからない。ただただ先輩のことだけを考えた。怪我をするようなことは起きないはずなんだけど、魔法にありえないはない。もしものことを考えて、先輩とグリムを守れるようにしておかないと!
でもその光は闇に飲まれた。瞼で闇を感じてそろそろと目を開ければ、闇に慣れていない目では何も見えない。
「先輩……?」
「大丈夫だ。監督生、闇に眼が慣れるまで動くな」
何が起こるか分からないので指示通り大人しくしているとどんどん周りの状況が分かってきた。先輩も足元で目を押さえているグリムも怪我はなさそうだ。繋がれた手だけあの光が溢れるよりも前よりずっと固く握りあっていた。
「あの……さっきの光は一体」
「分からない。後で教科書を見よう」
そう言えば、ホロスコープはどうなったんだろう。そっとつないだ手の向こう側にある正座早見表のような星々の散らばるホロスコープを覗き込むと、私は思わず息をのんだ。
「ホロスコープが……動かないです」
「たしか、動かない場合の読み取りは……『予測不可』」
「よ、予測不可? ありえるんですか?」
「俺も見るのは初めてだ」
そんなことありえるんだ……。なんだか怖くなってきちゃったよ。結局私と先輩の相性なんて星にすら分からないのか……。でも最悪と決まったわけじゃないし、よしとしよう。
「これ、クルーウェル先生に相談しますか?」
「その方がいいだろう。俺一人で行くから、監督生は」
「わ、私もついて行きます! ペアなんですから!」
思わず食い気味に言えば、先輩の瞳がまた私を凝視している。ああああ、絶対なんだこいつって不審がられているよー!
「そうか。なら、明後日の放課後はどうだろうか」
「大丈夫です!」
よかった。先輩はいたって普通そうだし、まあ私の大袈裟な反応にいちいち食いついたりしないよね。ほっと安堵のため息を吐くと、グリムが言った。
「お前ら、いつまで手を繋いでんだゾ?」
蘇ってきた恥ずかしさで、私は一瞬で自分の手を外そうとした。しかし、外れない。なぜ?
「すー……」
ね……寝てるー! そうだよね! 疲れましたよね! 立ったまま寝られるなんて器用ですね!
しかし、寝ているときも外れないその握力凄い。それくらい長い間剣を握ってても疲れないのかな。というか、この節くれだった手、ごつごつしてて男らしいなぁ。綺麗な顔をしていらっしゃるけれど、やっぱりこの人は騎士なんだ。
「先輩、お疲れ様です」
さて、どうやって、この後片付けをしようか……。早速足元のグリムを見た。
「グリム、悪いけどポケットからあの石を取り出してくれる?」
イカ耳になって、耳の炎も小さくなったグリムは、あまり触りたくないんだゾと言いながら、ズボンの右ポケットに入っている小さな袋を取り出してくれた。その袋の中ではまだ淡い光を放つ石がある。私は左手でそれを受け取り、彼を呼んだ。
「ツノ太郎」
石がさっきの儀式とは違って淡く明滅する。すると、一陣の風が私の背後で吹いた。
「僕を呼んだな」
頼られて何やら嬉しそうなツノ太郎は、今の私の状況を見てますます楽しそうに笑った。楽しそうな今なら私の話も聞いてくれるかな?
「シルバー先輩が寝ちゃったから、ディアソムニア寮まで送ってあげて欲しいんだ。頼んでもいいかな?」
「いいだろう」
そう言ったツノ太郎が指を一度鳴らすと、シルバー先輩は一瞬で消えてしまった。それと同時に切株のテーブルも地面に落下する。
「寮の部屋に送っておいた」
「ありがとう。さすがツノ太郎だね」
「これくらいで褒めるな。もっとすごいこともできるぞ?」
「うん、またの機会にお願いしようかな」
つまらん、と言ったツノ太郎はさっきまでの楽しそうな顔を消してため息を吐いた。一緒にお茶をしようと誘えば、またすぐにあの笑顔に戻ったけれど。
「じゃ、ここの儀式の片づけをしておくので、ツノ太郎は寮で待ってて」
「それでは僕を待たせる。ここはもう一つ手を貸してやろう」
人差し指を一振りしたツノ太郎は、シルバー先輩が用意してくれた道具全部をまた一瞬でどこかへ飛ばした。ていうか一瞬で消えたんだが。
「え、どこに送ったの?」
「シルバーの部屋だ」
絶対ろくでもないことになってる!!! 文句を言おうとも思ったけれど、ツノ太郎はそのまま私をまたあのベビーカーよろしく浮遊魔法をかけてオンボロ寮へと向かっている。
「人の子よ。先ほどまでの話、僕にも聞かせろ」
そう楽しそうに言われては、こちらも怒れないというものだ。私は大人しく、機嫌のいいツノ太郎に付き合ってあげることにした。