えこひいきの何が悪い
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オクタヴィネル寮の一室で、緑の髪の生徒がため息を吐く。彼の頭の中にあるのは、まさについ先日トレインに怒られて内申を下げられたことだ。それだけで終わったならまだしも、このことは寮長であるアズールにまで知られてしまい、こっぴどく傍に仕えているリーチ兄弟に絞られたのだ。心理的にも身体的にも、連日詰め込まれるモストロ・ラウンジのバイトで疲労困憊だ。極めつけはアズールの鋭い視線で放たれた自らの罪を暴露すると脅されたことだ。
今でこそこうして名門校に通えているが、海の中ではただの弱いものとして蔑まれていた。なぜなら彼の兄二人はロイヤルソードアカデミーへ進学するほどの実力の持ち主で、その性格も周囲から慕われるリーダーシップの取れる一番目の兄と勤勉で落ち着きのある二人目の兄だった。両親は大層上二人を可愛がった。それに比べ彼のユニーク魔法は兄二人に比べれば地味なもので、生来内気な彼は言葉を話すのも兄たちより遅かった。学校での成績もそこそこのため、両親には空気のような扱いを受けた。兄たちは自分に優しい言葉をかけるが、最早それすらも蔑まれている気がしてならなかった。
そんな彼が心の鬱屈を晴らすために始めたのが、人間を溺れさせることだった。難破船から逃げ出した人間の足を掴み溺れさせている時、彼は世界の中心でいられた。そうして沈めてきた人数を数えるのもやめた時、誰にも知られないようにこっそりとしてきたことをあのアズールに見られていたのだ。彼は黙ってもらう代わりに名門校に行くための学力がつく資料をもらった。そして今も、その秘密のせいで身動きすら取れない。
「まったく、なぜ俺が怒られなくてはいけないんですか……」
怒る彼の隣で青髪の生徒が肩に手をかけた。鮫歯がギラリと彼の上がった口角の隙間から見える。
「なあ、監督生を痛めつけねえ? 俺たちに逆らえないくらいぼっこぼこにさ」
緑髪の彼は、なるほど、と笑った。そうだ、あの頃のように人間を沈めてやればいい。そして、怯えさせて、自分がいかに強いか見せつければいいのだ。
「それはいい案ですねえ。俺よりもいい成績ばかり修めているディアソムニア寮に正直もう手を出しそうなくらいイライラしていたんですよ」
なら早い方がいいと青髪の彼が部屋を出ていく。きっとあの仲間たちも呼ぶつもりなんだろう。緑髪の彼は落ち着き払って、彼の後を追う。扉を抜けたその先は、今まで踏み入れたことのない場所だった。
玉座が遠く見える談話室らしきこの場所は、暗く重い空気が立ち込めていた。
「こっここは?」
「ようこそ、我らがディアソムニア寮へ」
少し高い声が響いたかと思うと、緑髪の彼よりも高いところで話している黒髪にマゼンタのメッシュが特徴的なディアソムニア寮の副寮長がいた。
「り……リリア・ヴァンルージュ」
さきほどまでオクタヴィネル寮にいたはずなのにいったいなぜ、と彼が口を開けたり閉めたりしていると、リリアは面白そうに目を細めた。
「くふふ。これしきの転送魔法、わしにかかれば赤子の手をひねるよりも容易い」
そう言った後に、悲鳴が談話室に響き渡った。どこからしたのか首を縦横無尽に巡らせれば、自分の仲間である四人が足元で倒れていた。何やら、良くない夢を見せられているようで目を閉じながら口々にやめてくれ、助けてくれと叫んでいる。
彼は瞬時にこんな風に自分もされるのだと直感した。理解すると同時に膝ががくがくと震え出した。なぜこうなった。まさか悪口までディアソムニア寮に伝わったのかと思案するが、そう考えている間に彼の目の前にリリアは降り立っていた。
「わしらに言いたいことがあるなら、面と向かって言うが良い。ほれ、言ってみせい」
驚いた彼は尻もちをつき、両手で体を引きずりながら後ずさりする。普段はあんなに小柄に見えるリリアがなぜか巨大なものに感じられた。こめかみを伝う冷や汗と早まる動悸に思考はマヒした。
「ひっ……」
「なんじゃ? ユウはお主らに面と向かって意見したのに、それすらも出来ないのか? 腰抜けが」
ギラリと光ったマゼンタが深紅に光る。これは怒っているのだと彼が気が付いた時には、右隣りからミストグリーンの髪をした長身の男が出てきた。
「僕がどう言われようが構わないが、我が寮を罵ったその口、二度と開けんようにしてやる!」
あまりの声量と迫力に彼はとっさに走り出した。出口がどこにあるのかすらも分からないが、逃げなければ命はない。そう本能が告げている。
「ぎゃああ! ごめんなさい! もうしませんから!」
出口らしき扉を目指し走るが、そこに辿り着くことはなかった。彼の足は空を掻き、体ごと元の位置へと連れ戻される。嫌だと腕を宙で掻くが、引き戻されたそこで見上げたオーロラシルバーの瞳は普段は見えない炎が揺れていた。
「監督生を泣かせておいて、タダで帰すわけにいかない」
シルバーはそう言うと警棒を振り、不可視の鎖でオクタヴィネル寮の寮生を捕縛した。何度も謝罪の言葉を述べているようだが、生憎シルバーの耳には届いていない。彼の頭の中にあったのは、自分たちのために怒ってくれたユウを守るという使命感だった。
泣くほど代わりに怒ってくれるだけで十分だと言うのに、あの娘は他人の痛みすら抱えようとする。その危なっかしい優しさにシルバーの心は暖かくなったのだ。そして、小鳥からの贈り物を受け取った時の花が綻ぶような笑顔に、シルバーは誓ったのだ。彼女の心と笑顔を守る。そして、この先もユウが笑っている姿を見たい、と願った。
泣きわめきながら許しを乞うている彼は宙に逆さづりになっていた。そこに扉が開き、廊下から敷かれた絨毯には大きな角のシルエットが見えた。
「どうした? 随分と楽しそうじゃないか。僕にも何があったか聞かせてみせろ」
マレウスの登場に、緑髪の彼はもう何も言えなかった。
膝をつき、敬意を表す彼の従者たちのなかで、事の次第をシルバーが語った。その話を一通り聞いたマレウスは、薄く笑った。
「なるほど、あの者がそれほど僕の従者に心を砕いていたとは。やはり、面白いな」
機嫌がよさそうな彼を見たオクタヴィネル寮の寮生は、掠れた声で願った。
「みっ見逃して……」
その一言を聞き逃さなかったマレウスは指を一振りし、シルバーの拘束を強くした。そのため、緑の髪が波打ち、白目を剥くほどの圧迫感に苦しんだ。
「見逃す? 僕の従者を罵ることは僕を罵ることだと思え、下郎」
次に彼を襲ったのは、この世界でも五本の指に入るほどの魔力の圧だった。その魔力はかのグレートセブンの再来と言われても異論はないほどで、息ができないと口を金魚のようにはくはくさせていた。
マレウスは一歩ずつ階段を上るように宙に浮き、苦しんでいる緑髪の彼の前に立った。逆さづりになっている彼の顔とちょうど向かい合うようになったマレウスは、ほんの少し指を立てただけで拘束を髪一筋だけ緩める。怯え切った彼はもう声すら出ないようだ。
「あの人の子は、優しすぎる。お前たちに噛み付いてトレインに言い負かされたと嘆くのなら、それはお前たちがつけた傷だ。こちらも相応の対価を返そう」
マレウスが右手に炎を出現させると、引っ込んでいたはずの悲鳴と涙が彼から溢れだした。首を横に振り逃げようとするが拘束は緩まない。
「ひっ! やめ!」
「悪夢(ゆめ)でも見ていろ」
マレウスが左手の人差し指を一振りすれば、がくりと彼は首を床に向け、白目を剥いた。驚かすための右手の炎を握って潰したマレウスが降りると同時に、彼の体は四人の傍に並べられる。呻き声と涙を出している彼らは、苦悶の表情を浮かべていた。
それを見下ろしていたマレウスはふんと鼻を鳴らし、嘲り笑った。
「目覚めたころには何も覚えていないだろう。せいぜい楽しめ」
「セベク、シルバー。この者たちを学園裏の森に連れて行くぞ。さすがにここには置いておけん」
はい! と二つの声が重なり合い、五人のオクタヴィネル寮生は浮遊魔法で浮かされて行ったのだった。
今でこそこうして名門校に通えているが、海の中ではただの弱いものとして蔑まれていた。なぜなら彼の兄二人はロイヤルソードアカデミーへ進学するほどの実力の持ち主で、その性格も周囲から慕われるリーダーシップの取れる一番目の兄と勤勉で落ち着きのある二人目の兄だった。両親は大層上二人を可愛がった。それに比べ彼のユニーク魔法は兄二人に比べれば地味なもので、生来内気な彼は言葉を話すのも兄たちより遅かった。学校での成績もそこそこのため、両親には空気のような扱いを受けた。兄たちは自分に優しい言葉をかけるが、最早それすらも蔑まれている気がしてならなかった。
そんな彼が心の鬱屈を晴らすために始めたのが、人間を溺れさせることだった。難破船から逃げ出した人間の足を掴み溺れさせている時、彼は世界の中心でいられた。そうして沈めてきた人数を数えるのもやめた時、誰にも知られないようにこっそりとしてきたことをあのアズールに見られていたのだ。彼は黙ってもらう代わりに名門校に行くための学力がつく資料をもらった。そして今も、その秘密のせいで身動きすら取れない。
「まったく、なぜ俺が怒られなくてはいけないんですか……」
怒る彼の隣で青髪の生徒が肩に手をかけた。鮫歯がギラリと彼の上がった口角の隙間から見える。
「なあ、監督生を痛めつけねえ? 俺たちに逆らえないくらいぼっこぼこにさ」
緑髪の彼は、なるほど、と笑った。そうだ、あの頃のように人間を沈めてやればいい。そして、怯えさせて、自分がいかに強いか見せつければいいのだ。
「それはいい案ですねえ。俺よりもいい成績ばかり修めているディアソムニア寮に正直もう手を出しそうなくらいイライラしていたんですよ」
なら早い方がいいと青髪の彼が部屋を出ていく。きっとあの仲間たちも呼ぶつもりなんだろう。緑髪の彼は落ち着き払って、彼の後を追う。扉を抜けたその先は、今まで踏み入れたことのない場所だった。
玉座が遠く見える談話室らしきこの場所は、暗く重い空気が立ち込めていた。
「こっここは?」
「ようこそ、我らがディアソムニア寮へ」
少し高い声が響いたかと思うと、緑髪の彼よりも高いところで話している黒髪にマゼンタのメッシュが特徴的なディアソムニア寮の副寮長がいた。
「り……リリア・ヴァンルージュ」
さきほどまでオクタヴィネル寮にいたはずなのにいったいなぜ、と彼が口を開けたり閉めたりしていると、リリアは面白そうに目を細めた。
「くふふ。これしきの転送魔法、わしにかかれば赤子の手をひねるよりも容易い」
そう言った後に、悲鳴が談話室に響き渡った。どこからしたのか首を縦横無尽に巡らせれば、自分の仲間である四人が足元で倒れていた。何やら、良くない夢を見せられているようで目を閉じながら口々にやめてくれ、助けてくれと叫んでいる。
彼は瞬時にこんな風に自分もされるのだと直感した。理解すると同時に膝ががくがくと震え出した。なぜこうなった。まさか悪口までディアソムニア寮に伝わったのかと思案するが、そう考えている間に彼の目の前にリリアは降り立っていた。
「わしらに言いたいことがあるなら、面と向かって言うが良い。ほれ、言ってみせい」
驚いた彼は尻もちをつき、両手で体を引きずりながら後ずさりする。普段はあんなに小柄に見えるリリアがなぜか巨大なものに感じられた。こめかみを伝う冷や汗と早まる動悸に思考はマヒした。
「ひっ……」
「なんじゃ? ユウはお主らに面と向かって意見したのに、それすらも出来ないのか? 腰抜けが」
ギラリと光ったマゼンタが深紅に光る。これは怒っているのだと彼が気が付いた時には、右隣りからミストグリーンの髪をした長身の男が出てきた。
「僕がどう言われようが構わないが、我が寮を罵ったその口、二度と開けんようにしてやる!」
あまりの声量と迫力に彼はとっさに走り出した。出口がどこにあるのかすらも分からないが、逃げなければ命はない。そう本能が告げている。
「ぎゃああ! ごめんなさい! もうしませんから!」
出口らしき扉を目指し走るが、そこに辿り着くことはなかった。彼の足は空を掻き、体ごと元の位置へと連れ戻される。嫌だと腕を宙で掻くが、引き戻されたそこで見上げたオーロラシルバーの瞳は普段は見えない炎が揺れていた。
「監督生を泣かせておいて、タダで帰すわけにいかない」
シルバーはそう言うと警棒を振り、不可視の鎖でオクタヴィネル寮の寮生を捕縛した。何度も謝罪の言葉を述べているようだが、生憎シルバーの耳には届いていない。彼の頭の中にあったのは、自分たちのために怒ってくれたユウを守るという使命感だった。
泣くほど代わりに怒ってくれるだけで十分だと言うのに、あの娘は他人の痛みすら抱えようとする。その危なっかしい優しさにシルバーの心は暖かくなったのだ。そして、小鳥からの贈り物を受け取った時の花が綻ぶような笑顔に、シルバーは誓ったのだ。彼女の心と笑顔を守る。そして、この先もユウが笑っている姿を見たい、と願った。
泣きわめきながら許しを乞うている彼は宙に逆さづりになっていた。そこに扉が開き、廊下から敷かれた絨毯には大きな角のシルエットが見えた。
「どうした? 随分と楽しそうじゃないか。僕にも何があったか聞かせてみせろ」
マレウスの登場に、緑髪の彼はもう何も言えなかった。
膝をつき、敬意を表す彼の従者たちのなかで、事の次第をシルバーが語った。その話を一通り聞いたマレウスは、薄く笑った。
「なるほど、あの者がそれほど僕の従者に心を砕いていたとは。やはり、面白いな」
機嫌がよさそうな彼を見たオクタヴィネル寮の寮生は、掠れた声で願った。
「みっ見逃して……」
その一言を聞き逃さなかったマレウスは指を一振りし、シルバーの拘束を強くした。そのため、緑の髪が波打ち、白目を剥くほどの圧迫感に苦しんだ。
「見逃す? 僕の従者を罵ることは僕を罵ることだと思え、下郎」
次に彼を襲ったのは、この世界でも五本の指に入るほどの魔力の圧だった。その魔力はかのグレートセブンの再来と言われても異論はないほどで、息ができないと口を金魚のようにはくはくさせていた。
マレウスは一歩ずつ階段を上るように宙に浮き、苦しんでいる緑髪の彼の前に立った。逆さづりになっている彼の顔とちょうど向かい合うようになったマレウスは、ほんの少し指を立てただけで拘束を髪一筋だけ緩める。怯え切った彼はもう声すら出ないようだ。
「あの人の子は、優しすぎる。お前たちに噛み付いてトレインに言い負かされたと嘆くのなら、それはお前たちがつけた傷だ。こちらも相応の対価を返そう」
マレウスが右手に炎を出現させると、引っ込んでいたはずの悲鳴と涙が彼から溢れだした。首を横に振り逃げようとするが拘束は緩まない。
「ひっ! やめ!」
「悪夢(ゆめ)でも見ていろ」
マレウスが左手の人差し指を一振りすれば、がくりと彼は首を床に向け、白目を剥いた。驚かすための右手の炎を握って潰したマレウスが降りると同時に、彼の体は四人の傍に並べられる。呻き声と涙を出している彼らは、苦悶の表情を浮かべていた。
それを見下ろしていたマレウスはふんと鼻を鳴らし、嘲り笑った。
「目覚めたころには何も覚えていないだろう。せいぜい楽しめ」
「セベク、シルバー。この者たちを学園裏の森に連れて行くぞ。さすがにここには置いておけん」
はい! と二つの声が重なり合い、五人のオクタヴィネル寮生は浮遊魔法で浮かされて行ったのだった。