この命果てるまで
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ユウの家はスーパーから歩いて十分くらいのところにある。案外近いんだな、とシルバーはぐるぐると辺りを見回していた。茨の谷と違い、魔法もなく、足元は石畳ではなくコンクリートでできている。街路樹の足元にはうっすらと白い雪が乗っているだけだ。
シルバーはあの時は夢で見た彼女の故郷の風景が、眼前にあることに終始驚いていた。ユウの先導について行くと、赤い屋根が特徴的な門付きの家がある。門と言っても平垣に取り付けられた簡易的な鉄格子の門で、甲高い音を立てて彼女はそこを開けた。
「ここが私の家です。おばさんがいるはずなんですけど……」
ユウはシルバーの手をぎゅっと握った。一歩も進もうとしない彼女の様子に、シルバーは身を屈めて彼女の顔を覗き込む。
「……どうした」
「なんていうか、ちょっと緊張しちゃって。いきなり、婚約者ですって言って、なんて反応されるか分からないので」
肩をすくめて泣き出しそうに笑うユウに、シルバーは彼女の震えている手を握り返す。サングラス越しのオーロラシルバーの瞳が真っ直ぐな光を放っていた。
「何を言われても、俺はお前と共に生きる。それは変わらない」
彼の真っ直ぐな言葉に勇気づけられ、ユウは片手で頬を叩く。乾いた音が通りに響き、ユウの表情に迷いはなくなった。
「……そうですね! むしろ、何か言われたら跳ね返してやります!」
その意気だ、と頷いたシルバーに、ユウはもうマスクや帽子を外していいと教える。サングラスを一向に外そうとしないシルバーに、挨拶は目を見せてしましょうとごく当たり前のことをユウが言いきかせて外させることに成功した。彼がすべて外し終わったところで、インターホンを彼女の白い指は押した。ピンポーンと遠くで聞こえると、忙しない足音が徐々に大きくなっていく。はーい! と返事をしながら開けられた扉の先に、ベリーショートのふくよかな体型をした女性が現れた。
「おばさん……ただいま」
ユウがにこりと微笑むと、叔母はユウちゃん! と叫んで彼女を抱きしめた。力強くも温かい家族の抱擁に、ユウの涙腺が少し緩んでしまう。叔母はユウを離すと、シルバーの方を見て頬を染めた。
「あら、そちらの方は?」
「……私の婚約者」
「はじめまして。シルバーと申します」
「まあ! は、はじめまして」
ユウの叔母は、あまりに突然の報告に、ユウの赤い顔とお辞儀をしたシルバーの顔を交互に見ることしかできなかった。ユウは紙袋を叔母に手渡す。
「それとこれ。お土産」
「ありがとう。ここじゃ寒いから、うちに入りましょう」
彼女の叔母の勧めで上がった家の間取りは、シルバーがユウの夢で見た時と全く同じだった。ダイニングテーブルについたユウとシルバーに、叔母は茶と茶菓子を出す。ユウは湯呑に息を吹きかけて、少しだけすすった。
「ユウちゃん、急にいなくなってどこに行っていたの?」
叔母の心配の眼差しにユウは苦笑いを見せた。きっとこんなことを言われるだろうと思って、想定問答集なるものを行く前に作成していて良かったと胸のうちでユウは呟く。頭を掻いて、誤魔化すようにえへへと笑う彼女はよどみなく言った。
「ごめん。実は留学に行ってて、そこでパスポート失くしちゃったの。そのせいで、しばらくかかっちゃって。連絡できなくてごめんなさい」
頭を下げたユウに、叔母は大変だったわね、と彼女をねぎらう。その目には確かな慈愛があった。
「そこで出会ったのが、シルバー先輩。留学先で一番お世話になってたの」
ユウに掌で紹介されたシルバーを見て、叔母は再び頬を染める。思わず熱くなる頬に手を当て、彼女は微笑んだ。
「そうなの。シルバーくん? だったかしら。英語とかたくさん話せそうね」
「英語?」
英語や日本語の概念もない世界からやってきたため、シルバーが首を傾げる。叔母もそろって首を傾げるので、ユウは急いで彼は日本に来たばかりだと補足を入れた。
「先輩は日本語習いたてだから、ちょっとまだ分からない言葉もあるんだ」
「そうなの? とてもお上手に話されるからびっくりしたわ」
「これくらいなら普通に話せます」
まあすごいじゃない、と喜んでいる叔母に、ユウは微笑んだ。この居間の先にある仏壇を思うとまだ足は震えるが、彼女は膝の上の拳を固く握る。
「あのね、お父さんとお母さん、お兄ちゃんにこのことを伝えたくって」
「そうね。二人で挨拶してらっしゃい。私は部屋にいるから」
そう言って出て行った叔母は、どことなく母の後ろ姿と似ていた。
*
静寂に包まれた仏間に、耳鳴りにも似た鈴(りん)の音が響く。鈍く光る黄金の器を叩いたばちがそっと鈴の傍に置かれ、ユウは手を合わせた。彼女に倣い、シルバーも手を合わせ、目を閉じる。灰になった線香の先端が重みで崩れ、香炉の中の灰に積み重なる。
「お父さん、お母さん、お兄ちゃん。ただいま。私、もう19歳になったよ。お酒だって、もう少しで飲めるね」
くすりと笑ったユウは、写真立ての中で笑っている寄り添う両親を見つめた。その隣には、背中に竹刀を入れた袋を肩にかけて青年がピースサインを作っている。
「きっと二人に似て、飲めないと思う。お兄ちゃんはどうなんだろう。でも……きっと一緒に飲んだら、楽しいんだろうな」
ぐっと口を噛んで堪えたせいで、ユウの口内で鉄の味が広がる。目の中でじわりと広がった熱を振り払うように、彼女は無理やり口角を上げた。
「こ、この人は、私の婚約者のシルバー先輩。韓ドラ俳優好きのおばさんが、びっくりするくらいのイケメンなの。綺麗でしょ?」
彼女の脳裏では、写真立ての中の家族が様々な顔つきをしていた。父は眼鏡をかけ直して瞬きを繰り返し、母は喜びで紅潮させた頬を両手で包み、兄はからかった調子でユウにどこで拾ってきたんだとシルバーと彼女の顔を見つめている。
「あのね。今度、結婚……」
彼女の言葉はそこで途切れた。シルバーがそっと隣を見れば、彼女の頬を光が伝う。膝の上で握られた手の甲に、雫が何度も落ちた。その濡れた手に、そっとシルバーの大きな手が重なる。
「俺に言わせてくれ」
シルバーは正座をやめ、片膝をついて胸の前に拳を置いた。茨の谷の騎士における最上級のお辞儀をした彼は、顔を上げる。
「お父様、お母様、兄上。シルバーと申します。ご挨拶が遅れて、申し訳ありません。この度は、ユウと結婚式を挙げることを報告するために参りました」
澄んだオーロラシルバーの瞳が、真昼の陽光を弾いて光る。舞い上がった埃が照らされ、淡く浮かんでいた。
「俺は自分の至らなさのために、彼女を困らせてしまうこともしばしばあります。ですが、その分、ユウを守ります。これからも彼女の傍で」
ふ、とシルバーの口角が緩く持ち上がる。慈しみに溢れた柔らかな微笑みは、写真立ての中の彼らに注がれた。
「ユウを愛情をもって育ててくださったあなた方に、感謝しています。彼女と傍にいられる今が、言葉で尽くせないほど幸せです」
その言葉をきっかけに、ユウの嗚咽が零れた。両手で押さえても、涙は指の隙間から零れていく。シルバーは彼女の震える肩を抱き、ゆっくりと擦った。彼の肩にそっと寄り掛かったユウは、シルバーの服に縋りついた。
「幸せなのは……私もですっ!」
涙に濡れた言葉が、震える彼女の唇から零れる。寄り添い合う二人の目の前を、線香の煙が立ち上っていた。
*
「ユウちゃん、もう行くの?」
心配そうに見つめてくる叔母の瞳に若干の罪悪感を覚えるが、二人は長くここにはいられない。ユウは寂しそうに笑った。
「うん。旅券も明日の便で行かないといけないし、ホテルもとったから」
「そう。元気でね」
力なく手を振る叔母に、ユウはこれで最後だからと抱きしめた。もう二度とこの世界には帰らない。その決別のための帰省であることを、彼女は分かっていた。驚いた叔母は一瞬反応に困ったが、彼女の小さな体をしっかりと抱きしめる。出迎えてくれた時よりも力強い抱擁をする腕は震えていた。
涙ぐんだ叔母は、シルバーの方へ向き直る。つぶらな瞳に射抜かれて、彼は思わず身を固くした。
「シルバーさん。どうか、ユウちゃんをよろしくお願いします」
深いお辞儀をした叔母に、シルバーは同じように頭を下げた。
「……騎士の誇りにかけて、守り抜きます」
シルバーはあの時は夢で見た彼女の故郷の風景が、眼前にあることに終始驚いていた。ユウの先導について行くと、赤い屋根が特徴的な門付きの家がある。門と言っても平垣に取り付けられた簡易的な鉄格子の門で、甲高い音を立てて彼女はそこを開けた。
「ここが私の家です。おばさんがいるはずなんですけど……」
ユウはシルバーの手をぎゅっと握った。一歩も進もうとしない彼女の様子に、シルバーは身を屈めて彼女の顔を覗き込む。
「……どうした」
「なんていうか、ちょっと緊張しちゃって。いきなり、婚約者ですって言って、なんて反応されるか分からないので」
肩をすくめて泣き出しそうに笑うユウに、シルバーは彼女の震えている手を握り返す。サングラス越しのオーロラシルバーの瞳が真っ直ぐな光を放っていた。
「何を言われても、俺はお前と共に生きる。それは変わらない」
彼の真っ直ぐな言葉に勇気づけられ、ユウは片手で頬を叩く。乾いた音が通りに響き、ユウの表情に迷いはなくなった。
「……そうですね! むしろ、何か言われたら跳ね返してやります!」
その意気だ、と頷いたシルバーに、ユウはもうマスクや帽子を外していいと教える。サングラスを一向に外そうとしないシルバーに、挨拶は目を見せてしましょうとごく当たり前のことをユウが言いきかせて外させることに成功した。彼がすべて外し終わったところで、インターホンを彼女の白い指は押した。ピンポーンと遠くで聞こえると、忙しない足音が徐々に大きくなっていく。はーい! と返事をしながら開けられた扉の先に、ベリーショートのふくよかな体型をした女性が現れた。
「おばさん……ただいま」
ユウがにこりと微笑むと、叔母はユウちゃん! と叫んで彼女を抱きしめた。力強くも温かい家族の抱擁に、ユウの涙腺が少し緩んでしまう。叔母はユウを離すと、シルバーの方を見て頬を染めた。
「あら、そちらの方は?」
「……私の婚約者」
「はじめまして。シルバーと申します」
「まあ! は、はじめまして」
ユウの叔母は、あまりに突然の報告に、ユウの赤い顔とお辞儀をしたシルバーの顔を交互に見ることしかできなかった。ユウは紙袋を叔母に手渡す。
「それとこれ。お土産」
「ありがとう。ここじゃ寒いから、うちに入りましょう」
彼女の叔母の勧めで上がった家の間取りは、シルバーがユウの夢で見た時と全く同じだった。ダイニングテーブルについたユウとシルバーに、叔母は茶と茶菓子を出す。ユウは湯呑に息を吹きかけて、少しだけすすった。
「ユウちゃん、急にいなくなってどこに行っていたの?」
叔母の心配の眼差しにユウは苦笑いを見せた。きっとこんなことを言われるだろうと思って、想定問答集なるものを行く前に作成していて良かったと胸のうちでユウは呟く。頭を掻いて、誤魔化すようにえへへと笑う彼女はよどみなく言った。
「ごめん。実は留学に行ってて、そこでパスポート失くしちゃったの。そのせいで、しばらくかかっちゃって。連絡できなくてごめんなさい」
頭を下げたユウに、叔母は大変だったわね、と彼女をねぎらう。その目には確かな慈愛があった。
「そこで出会ったのが、シルバー先輩。留学先で一番お世話になってたの」
ユウに掌で紹介されたシルバーを見て、叔母は再び頬を染める。思わず熱くなる頬に手を当て、彼女は微笑んだ。
「そうなの。シルバーくん? だったかしら。英語とかたくさん話せそうね」
「英語?」
英語や日本語の概念もない世界からやってきたため、シルバーが首を傾げる。叔母もそろって首を傾げるので、ユウは急いで彼は日本に来たばかりだと補足を入れた。
「先輩は日本語習いたてだから、ちょっとまだ分からない言葉もあるんだ」
「そうなの? とてもお上手に話されるからびっくりしたわ」
「これくらいなら普通に話せます」
まあすごいじゃない、と喜んでいる叔母に、ユウは微笑んだ。この居間の先にある仏壇を思うとまだ足は震えるが、彼女は膝の上の拳を固く握る。
「あのね、お父さんとお母さん、お兄ちゃんにこのことを伝えたくって」
「そうね。二人で挨拶してらっしゃい。私は部屋にいるから」
そう言って出て行った叔母は、どことなく母の後ろ姿と似ていた。
*
静寂に包まれた仏間に、耳鳴りにも似た鈴(りん)の音が響く。鈍く光る黄金の器を叩いたばちがそっと鈴の傍に置かれ、ユウは手を合わせた。彼女に倣い、シルバーも手を合わせ、目を閉じる。灰になった線香の先端が重みで崩れ、香炉の中の灰に積み重なる。
「お父さん、お母さん、お兄ちゃん。ただいま。私、もう19歳になったよ。お酒だって、もう少しで飲めるね」
くすりと笑ったユウは、写真立ての中で笑っている寄り添う両親を見つめた。その隣には、背中に竹刀を入れた袋を肩にかけて青年がピースサインを作っている。
「きっと二人に似て、飲めないと思う。お兄ちゃんはどうなんだろう。でも……きっと一緒に飲んだら、楽しいんだろうな」
ぐっと口を噛んで堪えたせいで、ユウの口内で鉄の味が広がる。目の中でじわりと広がった熱を振り払うように、彼女は無理やり口角を上げた。
「こ、この人は、私の婚約者のシルバー先輩。韓ドラ俳優好きのおばさんが、びっくりするくらいのイケメンなの。綺麗でしょ?」
彼女の脳裏では、写真立ての中の家族が様々な顔つきをしていた。父は眼鏡をかけ直して瞬きを繰り返し、母は喜びで紅潮させた頬を両手で包み、兄はからかった調子でユウにどこで拾ってきたんだとシルバーと彼女の顔を見つめている。
「あのね。今度、結婚……」
彼女の言葉はそこで途切れた。シルバーがそっと隣を見れば、彼女の頬を光が伝う。膝の上で握られた手の甲に、雫が何度も落ちた。その濡れた手に、そっとシルバーの大きな手が重なる。
「俺に言わせてくれ」
シルバーは正座をやめ、片膝をついて胸の前に拳を置いた。茨の谷の騎士における最上級のお辞儀をした彼は、顔を上げる。
「お父様、お母様、兄上。シルバーと申します。ご挨拶が遅れて、申し訳ありません。この度は、ユウと結婚式を挙げることを報告するために参りました」
澄んだオーロラシルバーの瞳が、真昼の陽光を弾いて光る。舞い上がった埃が照らされ、淡く浮かんでいた。
「俺は自分の至らなさのために、彼女を困らせてしまうこともしばしばあります。ですが、その分、ユウを守ります。これからも彼女の傍で」
ふ、とシルバーの口角が緩く持ち上がる。慈しみに溢れた柔らかな微笑みは、写真立ての中の彼らに注がれた。
「ユウを愛情をもって育ててくださったあなた方に、感謝しています。彼女と傍にいられる今が、言葉で尽くせないほど幸せです」
その言葉をきっかけに、ユウの嗚咽が零れた。両手で押さえても、涙は指の隙間から零れていく。シルバーは彼女の震える肩を抱き、ゆっくりと擦った。彼の肩にそっと寄り掛かったユウは、シルバーの服に縋りついた。
「幸せなのは……私もですっ!」
涙に濡れた言葉が、震える彼女の唇から零れる。寄り添い合う二人の目の前を、線香の煙が立ち上っていた。
*
「ユウちゃん、もう行くの?」
心配そうに見つめてくる叔母の瞳に若干の罪悪感を覚えるが、二人は長くここにはいられない。ユウは寂しそうに笑った。
「うん。旅券も明日の便で行かないといけないし、ホテルもとったから」
「そう。元気でね」
力なく手を振る叔母に、ユウはこれで最後だからと抱きしめた。もう二度とこの世界には帰らない。その決別のための帰省であることを、彼女は分かっていた。驚いた叔母は一瞬反応に困ったが、彼女の小さな体をしっかりと抱きしめる。出迎えてくれた時よりも力強い抱擁をする腕は震えていた。
涙ぐんだ叔母は、シルバーの方へ向き直る。つぶらな瞳に射抜かれて、彼は思わず身を固くした。
「シルバーさん。どうか、ユウちゃんをよろしくお願いします」
深いお辞儀をした叔母に、シルバーは同じように頭を下げた。
「……騎士の誇りにかけて、守り抜きます」