この命果てるまで
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
茨の谷の市街地は相も変わらず盛況だ。冬は日照時間が短いせいで、昼間でも魔法で明りが谷中に灯されている。緑の淡い光が蛍の群がる川辺のように優しく谷を照らしていた。ユウは妖精たちに攫われないよう、シルバーの手をしっかりと掴んで人の波に耐えていた。普通に歩いているだけなのに、市場では人々と肩や腕を押し付け合ってしまう。ユウからすれば大柄な人物が多いこの谷は、シルバーの手だけが頼りだ。
シルバーも彼女が歩きづらそうにしていることは分かったので、足を止めてユウを引き寄せる。ユウは次の瞬間、シルバーの腕に抱き上げられていた。
「せっ先輩」
「この方がお前も移動しやすいだろう」
照れて頬を赤くするユウに対し、シルバーは至極真面目な表情で前を見据えている。シルバーの肩に上半身を乗せるようなそれは、ユウからすれば小さな子供のための抱き方だ。さすがに歩ける、と言いたかったが、シルバーの言う通り手をつないで歩いている時よりもスムーズに移動できていた。代わりに彼女が浴びる注目も増えた。
周囲から頭一つ抜けた位置から眺める茨の谷は、言葉を失うほど幻想的だ。彼女の世界でのクリスマスで見るイルミネーションのように、すべて茨の谷の者たちの魔力でできた明かりは所々で明滅する。吐いた息の白が薄緑を反射し、まるでこの谷中が魔力で覆われている心地さえした。確かにマレウスやセベクが一度来ると良いと公言するだけある、とユウは感嘆した。
彼女がようやく下ろされたのは、服を模した木の看板が掛けられている店の前だった。ショウウィンドウに飾られているタキシードとドレスに思わずユウがガラスに手を付けて眺めていると、その隣にシルバーが立つ。
「ここは親父殿や俺が世話になっている服屋だ。茨の谷の式典でお前が着ていた衣装もここが仕立てた」
「え! あの素敵な衣装を!?」
凄いと目をキラキラさせるユウに、シルバーが柔らかく微笑む。
「お前の花嫁衣装も、ここで作ってもらう予定だ」
「い、いいんですか! そんな……その」
どうしよう、と感極まって目を潤ませるユウに、シルバーは優しくその頭を撫でる。シルバーの逞しい腕に肩を抱かれたユウは、唇を引き結んだ。緊張が動きが硬くなった彼女の肩を、シルバーは擦った。
「ユウ。挨拶をしに行こう」
「はい!」
木枠にステンドグラスがはめられた扉を、シルバーが開けると澄んだ鈴の音がした。客の訪れに店の奥からひげを蓄えた壮齢の男性が顔を出す。シルバーは店の主人に頭を下げた。
「お久しぶりです」
シルバーに倣ってユウも頭を下げると、男性は彼女の姿を見て鷲のような眼光を柔らかくした。男性は顔を上げたシルバーに、しみじみと呟く。
「シル坊。お前も所帯をとうとう持つってか。時間は早いもんだな」
「そうですね」
「しっかりカミさんを大事にするんだぞ。なにせ、別嬪だからな」
「べ、別嬪だなんて……そんな」
ユウが頬を赤くすると、店の奥から壮年の女性が顔を出した。あら! と口元に手を当てた女性は、ユウに近づいてその手を取る。
「あなた、お名前は?」
「ユウです」
「素敵な名前! それに夜も吸い込んじゃいそうな綺麗な瞳……。愛らしいわ」
初対面でありながら顔を覗き込んでくるほどの距離の詰め方に、ユウが押されていると、フォーラ、と主人が女性を窘める。
「彼女はシル坊と挨拶に来たんだ。お前ばかり話しちゃ、困っちまうだろう」
「あらそうね。ごめんなさい」
申し訳なさそうに俯くフォーラに、シルバーが顔を上げてくださいと声をかける。
「もともとお願いしたいことがあって、こちらに伺いました」
シルバーがユウの腰に手を添える。引き寄せられた彼女は慣性でシルバーの肩に思わずもたれかかった。
「俺たちの結婚式の衣装をここで仕立ててもらいたいんです」
フォーラの目がキラキラと輝き、隣にいる主人へと注がれる。主人も皺が刻まれた頬を緩く持ち上げた。老夫婦が腰を折り、お辞儀をしてみせた背中には、小さな翅がついていた。
「謹んで承りました」
シルバーも彼女が歩きづらそうにしていることは分かったので、足を止めてユウを引き寄せる。ユウは次の瞬間、シルバーの腕に抱き上げられていた。
「せっ先輩」
「この方がお前も移動しやすいだろう」
照れて頬を赤くするユウに対し、シルバーは至極真面目な表情で前を見据えている。シルバーの肩に上半身を乗せるようなそれは、ユウからすれば小さな子供のための抱き方だ。さすがに歩ける、と言いたかったが、シルバーの言う通り手をつないで歩いている時よりもスムーズに移動できていた。代わりに彼女が浴びる注目も増えた。
周囲から頭一つ抜けた位置から眺める茨の谷は、言葉を失うほど幻想的だ。彼女の世界でのクリスマスで見るイルミネーションのように、すべて茨の谷の者たちの魔力でできた明かりは所々で明滅する。吐いた息の白が薄緑を反射し、まるでこの谷中が魔力で覆われている心地さえした。確かにマレウスやセベクが一度来ると良いと公言するだけある、とユウは感嘆した。
彼女がようやく下ろされたのは、服を模した木の看板が掛けられている店の前だった。ショウウィンドウに飾られているタキシードとドレスに思わずユウがガラスに手を付けて眺めていると、その隣にシルバーが立つ。
「ここは親父殿や俺が世話になっている服屋だ。茨の谷の式典でお前が着ていた衣装もここが仕立てた」
「え! あの素敵な衣装を!?」
凄いと目をキラキラさせるユウに、シルバーが柔らかく微笑む。
「お前の花嫁衣装も、ここで作ってもらう予定だ」
「い、いいんですか! そんな……その」
どうしよう、と感極まって目を潤ませるユウに、シルバーは優しくその頭を撫でる。シルバーの逞しい腕に肩を抱かれたユウは、唇を引き結んだ。緊張が動きが硬くなった彼女の肩を、シルバーは擦った。
「ユウ。挨拶をしに行こう」
「はい!」
木枠にステンドグラスがはめられた扉を、シルバーが開けると澄んだ鈴の音がした。客の訪れに店の奥からひげを蓄えた壮齢の男性が顔を出す。シルバーは店の主人に頭を下げた。
「お久しぶりです」
シルバーに倣ってユウも頭を下げると、男性は彼女の姿を見て鷲のような眼光を柔らかくした。男性は顔を上げたシルバーに、しみじみと呟く。
「シル坊。お前も所帯をとうとう持つってか。時間は早いもんだな」
「そうですね」
「しっかりカミさんを大事にするんだぞ。なにせ、別嬪だからな」
「べ、別嬪だなんて……そんな」
ユウが頬を赤くすると、店の奥から壮年の女性が顔を出した。あら! と口元に手を当てた女性は、ユウに近づいてその手を取る。
「あなた、お名前は?」
「ユウです」
「素敵な名前! それに夜も吸い込んじゃいそうな綺麗な瞳……。愛らしいわ」
初対面でありながら顔を覗き込んでくるほどの距離の詰め方に、ユウが押されていると、フォーラ、と主人が女性を窘める。
「彼女はシル坊と挨拶に来たんだ。お前ばかり話しちゃ、困っちまうだろう」
「あらそうね。ごめんなさい」
申し訳なさそうに俯くフォーラに、シルバーが顔を上げてくださいと声をかける。
「もともとお願いしたいことがあって、こちらに伺いました」
シルバーがユウの腰に手を添える。引き寄せられた彼女は慣性でシルバーの肩に思わずもたれかかった。
「俺たちの結婚式の衣装をここで仕立ててもらいたいんです」
フォーラの目がキラキラと輝き、隣にいる主人へと注がれる。主人も皺が刻まれた頬を緩く持ち上げた。老夫婦が腰を折り、お辞儀をしてみせた背中には、小さな翅がついていた。
「謹んで承りました」