明日へ捧げるワルツ
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「シルバー先輩とってもかっこよかった……」
未だに謁見室で垣間見たシルバーの麗しい姿にユウは、呆けた調子のままだった。あんな麗人が今更ながら自分の恋人と思うだけで、ユウは頬に手を当てて嬉しいと叫びだしたいくらいだ。しかし、それではリリアが施してくれたメイクも崩れてしまうので、ユウは我慢した。
リリアは謁見の儀を終えたユウのことを遠巻きに見てくる男性がいるのを、視線を泳がせずとも分かっていた。まあ、肝心のユウはそんなことよりも自分の恋人に熱を上げているのだが。
「今はおぬしのその表情に釘付けの輩がホイホイおるのお」
「え?」
「ここはしばし、鍛錬の成果を見せてもらうか」
その瞬間、リリアは一瞬で消えた。なぜ消えてしまったのか分からないユウは、きょろきょろと辺りを見回す。
「どうしよう……お義父さんがいなくなっちゃった」
不安になったユウはとりあえずテラスに逃げようと歩き出した。自分のことをじろじろ見てくる人混みは苦手だ。しかし、人混みは一向にユウに近づこうとしない。むしろ、遠巻きに見ているだけなので、ユウは話しかけられないだけましか、と思うことにした。
しかし、彼女は気づいていなかった。ユウに手を伸ばそうとした男性たちは、彼女がつけている魔法石から漂う彼女への執念と強い魔力に怖気づいていたことに。確かにユウは喉から手が出るほど魅力的だが、あの魔法石がそれを許さないだろう。万が一手を出せば、魔法石によってその場で命を取られるのではないかという本能的な恐怖を彼らに抱かせた。
召使たちが話していたことを思い出した貴族がユウを見て、隣の息子に話しかける。
「あの魔法石、城下で噂になっている騎士団の許嫁が下げているものじゃないか?」
彼も女中に聞いたことがあると思いだした。城下に現れた人間の女が下げている魔法石はそれはそれは美しいが、彼女に悪意を持って近づくものを牽制する凄まじいものだと。その魔法石から漂う魔力と彼女が谷の者ではないということから推察するに、彼女は騎士団でも見目が麗しいことで有名なシルバーの許嫁と言うのが専らの噂だ。
しかし、その正体を知る者は少ない。というか、魔法石のせいで親しみやすそうなユウにあまり近寄れないため、彼女は多くの謎に包まれていた。シルバーを誑かす夢魔だとか、その正体は恐ろしい魔物だとか言われているが、彼はユウを見てそんなものじゃないと鼻で笑った。
「彼女がもし噂の許嫁なら、僕は納得できません。だって彼女より、怖い存在が周囲にたくさんいるじゃないですか」
マレウスの側近シルバーといい、谷の英雄リリア・ヴァンルージュといい、ユウはどうやらこの谷においてある意味恐ろしい存在になりそうだと、彼はこのパーティーの高嶺の花と歌われるケイラを探しに歩きだした。
一方、守るための魔法石のせいで誰にも話しかけられないユウは、不安な表情を浮かべて立っていることしかできなかった。救いの手を求めようとしてもなぜかごめんなさいと立ち去られてしまう。さほど城内にあまり詳しくないユウが華やかな会場の端で途方に暮れていると、隣から彼女に話しかける者がいた。
「あら、ヴァンルージュ様のご息女じゃない」
「ご、ごきげんよう……」
リリアに教わったお辞儀を見せると、彼女の頭上から鈴が転がるようなくすくすという笑い声がする。そっと見あげると、そこには虹色の翅が美しくたなびいていた。
「私に挨拶は要らないわ」
「ケイラ!」
ようやく知り合いに会えた喜びでユウはケイラに目を輝かせた。ケイラのドレスをユウが何の衒いもなく褒めるので、気を良くした彼女はお返しとばかりにユウのドレスも褒める。
「ふん、人間にしてはまともな格好になったじゃない。それと、素敵な宝石ね」
そういえば見せるのは初めてだった、とユウは気が付くと、嬉しそうに頬を緩ませた。
「あ、これは、し……恋人から貰った」
直接名前を出しては迷惑がかかるかもしれないとユウが危うくシルバーの名前を出しかけたところで、ケイラが呆れたようにため息を吐いた。
今更隠そうとしたってもう遅い。その魔法石から溢れ出ている魔力に触れた者は、誰がユウを守ろうとしているのか、魔法が使えないかよほどの世間知らずでもない限り、嫌と言うほど知らされていた。
「そんなの分かるわ」
「……はい」
バッサリ切り捨てられたユウは、この石を贈ってくれたシルバーのことを思い出し、また頬が緩む。そんなユウの顔を見たケイラは突然にこにこと微笑み出した。何かよくないことでも考えているんだろう、とユウが彼女を注視する。ケイラは口元に扇子を広げて隠した。つり上がった目が妖艶に弧を描く。
「で、先ほどから何をにやけていますの? はしたないわよ?」
「えっ」
ユウは思わぬ言葉に急いで頬に手を当てた。自分でも気づかないうちにそんなことをしてしまったのだろうか、と羞恥で頬に熱が集まってくる感覚に、ユウは足がすくんだ。ケイラは生まれたての小鹿のような初心な反応に気を良くして、ユウがおそらく考えているであろうことをすらすらと並べ立てた。
「先ほどから誰とも踊ろうともしませんもの。まるで雲の上に意識を置いてきたみたい。……まさか、頭の中でシルバーと踊っていたの?」
踊ろうとしていないのではなく、正しくは誰も踊りに誘ってくれない(というか、誘えない)のだが、ユウはシルバーと踊れたらという秘かな願望を見抜かれ、化粧で白くなった肌でも分かるほど頬を赤らめた。
「あ、えと、その」
言葉を詰まらせながら、あたふたとどう返そうか慌てているユウに、ケイラはこらえきれず鈴が転がるような笑い声をあげた。自分に対してあれほど真っ直ぐシルバーへの思いを言ってきた勇敢な姿からは想像もつかないほど、恋人に熱を上げる姿は愛らしい。なるほど、見た目からにじみ出る愛嬌すらこの娘の魅力なのだと、ケイラは直感した。
「ふふ、こんな風に照れている姿を見れば、他の殿方が熱を上げそうになるのも頷けるわ」
聞き捨てならない言葉を聞いたユウは、ありえないと首を横に振った。誰にも踊りに誘われない自分に思いを寄せる男性がいるとはとても思えない。ユウはケイラに自分を指さして笑った。
「そ、そんなまさか……私は」
「あら随分と自信がないのね。でも本当よ」
ケイラの美しい顔が突然距離を詰めるので、ユウは思わず身を固くした。美しいものに近づかれると反射的に動けなくなってしまうユウの鼻腔を、百合の香りがくすぐる。ケイラの赤い唇から出たしっとりとした艶めかしい声がユウの耳朶に触れた。
「貴方はまるで、ここに咲いた月下美人。たった一晩しか現れない美しい花。そんな花に手を出したがる妖精がいないとでも?」
ただでさえ美しいケイラの香りや声に圧倒されたユウは、彼女の言葉で脳内がこんがらがった。そもそもユウは自分に思いを寄せてくれている男性がいたところで、シルバーというこの上ない恋人がいるのだ。どうしよう、と彼女はケイラに縋りつく。
「そ、そんな……私は気持ちに応えられないし」
ケイラはユウから顔を離して、少し微笑んだ。その瞳はユウの胸元を飾る魔法石に注がれている。
「でも大丈夫よ。その魔法石を身につけてさえいればね」
「え?」
「あら、ご存じないの? 本当に魔法が使えないのね。その魔法石には強力なまじないが施してあるのよ。おおよそ貴方の恋人がかけたんでしょうけど」
それもとびっきり粘着質なものを、とケイラが心の中で付け加えると、ユウは魔法石を握りしめ、安心したように笑った。
「よ……よかった」
鎖と言ってもいいほどのそれを愛しい相手から向けられているとも知らないユウに、ケイラは憐みにも近い微笑みを向けた。彼女は今になって思うが、縛られるのは性に合わない。どうせなら、好きな人を好きな場所に縛って着飾りたいのだ。
「ふふ、お熱いこと。私もそう熱くなれる未来の殿方を見つけようかしら」
ケイラはホールの入り口とはまた別の出口を指さした。
「庭に向かって歩いて行けば、人気はないわ。それでは、私はこれで」
「あ、ありがとう。ケイラ」
ユウがお別れのお辞儀をしようとしたところで、ケイラはとっくに違う男性と話し始めていた。妖精の社交ってよく分からないな、とユウは大広間からの脱出を試みる。
ケイラにようやく話しかけることができた男は、先ほど父親と噂していた彼女とケイラが話しているのを見て、驚きを隠せずにいた。何か情報が得られるかもしれないと彼は、ケイラに尋ねる。
「ケイラ様。あの娘と知り合いなのですか?」
「ええ。友人なの」
ご友人!? と彼が声をひきつらせたところで、ケイラの真珠色の瞳が妖艶に煌いた。
「あら、何かおかしい?」
ミゼラブル家はこの谷の中でも名家中の名家。妖精からすればその若さで当主となる器を持っている彼女は、「ブライア・ローズ」の称号を授けられており、この社交界きっての花だ。そんな彼女の友人という情報が付け加えられ、ユウという人物の謎はこのパーティーでますます深まるのであった。
未だに謁見室で垣間見たシルバーの麗しい姿にユウは、呆けた調子のままだった。あんな麗人が今更ながら自分の恋人と思うだけで、ユウは頬に手を当てて嬉しいと叫びだしたいくらいだ。しかし、それではリリアが施してくれたメイクも崩れてしまうので、ユウは我慢した。
リリアは謁見の儀を終えたユウのことを遠巻きに見てくる男性がいるのを、視線を泳がせずとも分かっていた。まあ、肝心のユウはそんなことよりも自分の恋人に熱を上げているのだが。
「今はおぬしのその表情に釘付けの輩がホイホイおるのお」
「え?」
「ここはしばし、鍛錬の成果を見せてもらうか」
その瞬間、リリアは一瞬で消えた。なぜ消えてしまったのか分からないユウは、きょろきょろと辺りを見回す。
「どうしよう……お義父さんがいなくなっちゃった」
不安になったユウはとりあえずテラスに逃げようと歩き出した。自分のことをじろじろ見てくる人混みは苦手だ。しかし、人混みは一向にユウに近づこうとしない。むしろ、遠巻きに見ているだけなので、ユウは話しかけられないだけましか、と思うことにした。
しかし、彼女は気づいていなかった。ユウに手を伸ばそうとした男性たちは、彼女がつけている魔法石から漂う彼女への執念と強い魔力に怖気づいていたことに。確かにユウは喉から手が出るほど魅力的だが、あの魔法石がそれを許さないだろう。万が一手を出せば、魔法石によってその場で命を取られるのではないかという本能的な恐怖を彼らに抱かせた。
召使たちが話していたことを思い出した貴族がユウを見て、隣の息子に話しかける。
「あの魔法石、城下で噂になっている騎士団の許嫁が下げているものじゃないか?」
彼も女中に聞いたことがあると思いだした。城下に現れた人間の女が下げている魔法石はそれはそれは美しいが、彼女に悪意を持って近づくものを牽制する凄まじいものだと。その魔法石から漂う魔力と彼女が谷の者ではないということから推察するに、彼女は騎士団でも見目が麗しいことで有名なシルバーの許嫁と言うのが専らの噂だ。
しかし、その正体を知る者は少ない。というか、魔法石のせいで親しみやすそうなユウにあまり近寄れないため、彼女は多くの謎に包まれていた。シルバーを誑かす夢魔だとか、その正体は恐ろしい魔物だとか言われているが、彼はユウを見てそんなものじゃないと鼻で笑った。
「彼女がもし噂の許嫁なら、僕は納得できません。だって彼女より、怖い存在が周囲にたくさんいるじゃないですか」
マレウスの側近シルバーといい、谷の英雄リリア・ヴァンルージュといい、ユウはどうやらこの谷においてある意味恐ろしい存在になりそうだと、彼はこのパーティーの高嶺の花と歌われるケイラを探しに歩きだした。
一方、守るための魔法石のせいで誰にも話しかけられないユウは、不安な表情を浮かべて立っていることしかできなかった。救いの手を求めようとしてもなぜかごめんなさいと立ち去られてしまう。さほど城内にあまり詳しくないユウが華やかな会場の端で途方に暮れていると、隣から彼女に話しかける者がいた。
「あら、ヴァンルージュ様のご息女じゃない」
「ご、ごきげんよう……」
リリアに教わったお辞儀を見せると、彼女の頭上から鈴が転がるようなくすくすという笑い声がする。そっと見あげると、そこには虹色の翅が美しくたなびいていた。
「私に挨拶は要らないわ」
「ケイラ!」
ようやく知り合いに会えた喜びでユウはケイラに目を輝かせた。ケイラのドレスをユウが何の衒いもなく褒めるので、気を良くした彼女はお返しとばかりにユウのドレスも褒める。
「ふん、人間にしてはまともな格好になったじゃない。それと、素敵な宝石ね」
そういえば見せるのは初めてだった、とユウは気が付くと、嬉しそうに頬を緩ませた。
「あ、これは、し……恋人から貰った」
直接名前を出しては迷惑がかかるかもしれないとユウが危うくシルバーの名前を出しかけたところで、ケイラが呆れたようにため息を吐いた。
今更隠そうとしたってもう遅い。その魔法石から溢れ出ている魔力に触れた者は、誰がユウを守ろうとしているのか、魔法が使えないかよほどの世間知らずでもない限り、嫌と言うほど知らされていた。
「そんなの分かるわ」
「……はい」
バッサリ切り捨てられたユウは、この石を贈ってくれたシルバーのことを思い出し、また頬が緩む。そんなユウの顔を見たケイラは突然にこにこと微笑み出した。何かよくないことでも考えているんだろう、とユウが彼女を注視する。ケイラは口元に扇子を広げて隠した。つり上がった目が妖艶に弧を描く。
「で、先ほどから何をにやけていますの? はしたないわよ?」
「えっ」
ユウは思わぬ言葉に急いで頬に手を当てた。自分でも気づかないうちにそんなことをしてしまったのだろうか、と羞恥で頬に熱が集まってくる感覚に、ユウは足がすくんだ。ケイラは生まれたての小鹿のような初心な反応に気を良くして、ユウがおそらく考えているであろうことをすらすらと並べ立てた。
「先ほどから誰とも踊ろうともしませんもの。まるで雲の上に意識を置いてきたみたい。……まさか、頭の中でシルバーと踊っていたの?」
踊ろうとしていないのではなく、正しくは誰も踊りに誘ってくれない(というか、誘えない)のだが、ユウはシルバーと踊れたらという秘かな願望を見抜かれ、化粧で白くなった肌でも分かるほど頬を赤らめた。
「あ、えと、その」
言葉を詰まらせながら、あたふたとどう返そうか慌てているユウに、ケイラはこらえきれず鈴が転がるような笑い声をあげた。自分に対してあれほど真っ直ぐシルバーへの思いを言ってきた勇敢な姿からは想像もつかないほど、恋人に熱を上げる姿は愛らしい。なるほど、見た目からにじみ出る愛嬌すらこの娘の魅力なのだと、ケイラは直感した。
「ふふ、こんな風に照れている姿を見れば、他の殿方が熱を上げそうになるのも頷けるわ」
聞き捨てならない言葉を聞いたユウは、ありえないと首を横に振った。誰にも踊りに誘われない自分に思いを寄せる男性がいるとはとても思えない。ユウはケイラに自分を指さして笑った。
「そ、そんなまさか……私は」
「あら随分と自信がないのね。でも本当よ」
ケイラの美しい顔が突然距離を詰めるので、ユウは思わず身を固くした。美しいものに近づかれると反射的に動けなくなってしまうユウの鼻腔を、百合の香りがくすぐる。ケイラの赤い唇から出たしっとりとした艶めかしい声がユウの耳朶に触れた。
「貴方はまるで、ここに咲いた月下美人。たった一晩しか現れない美しい花。そんな花に手を出したがる妖精がいないとでも?」
ただでさえ美しいケイラの香りや声に圧倒されたユウは、彼女の言葉で脳内がこんがらがった。そもそもユウは自分に思いを寄せてくれている男性がいたところで、シルバーというこの上ない恋人がいるのだ。どうしよう、と彼女はケイラに縋りつく。
「そ、そんな……私は気持ちに応えられないし」
ケイラはユウから顔を離して、少し微笑んだ。その瞳はユウの胸元を飾る魔法石に注がれている。
「でも大丈夫よ。その魔法石を身につけてさえいればね」
「え?」
「あら、ご存じないの? 本当に魔法が使えないのね。その魔法石には強力なまじないが施してあるのよ。おおよそ貴方の恋人がかけたんでしょうけど」
それもとびっきり粘着質なものを、とケイラが心の中で付け加えると、ユウは魔法石を握りしめ、安心したように笑った。
「よ……よかった」
鎖と言ってもいいほどのそれを愛しい相手から向けられているとも知らないユウに、ケイラは憐みにも近い微笑みを向けた。彼女は今になって思うが、縛られるのは性に合わない。どうせなら、好きな人を好きな場所に縛って着飾りたいのだ。
「ふふ、お熱いこと。私もそう熱くなれる未来の殿方を見つけようかしら」
ケイラはホールの入り口とはまた別の出口を指さした。
「庭に向かって歩いて行けば、人気はないわ。それでは、私はこれで」
「あ、ありがとう。ケイラ」
ユウがお別れのお辞儀をしようとしたところで、ケイラはとっくに違う男性と話し始めていた。妖精の社交ってよく分からないな、とユウは大広間からの脱出を試みる。
ケイラにようやく話しかけることができた男は、先ほど父親と噂していた彼女とケイラが話しているのを見て、驚きを隠せずにいた。何か情報が得られるかもしれないと彼は、ケイラに尋ねる。
「ケイラ様。あの娘と知り合いなのですか?」
「ええ。友人なの」
ご友人!? と彼が声をひきつらせたところで、ケイラの真珠色の瞳が妖艶に煌いた。
「あら、何かおかしい?」
ミゼラブル家はこの谷の中でも名家中の名家。妖精からすればその若さで当主となる器を持っている彼女は、「ブライア・ローズ」の称号を授けられており、この社交界きっての花だ。そんな彼女の友人という情報が付け加えられ、ユウという人物の謎はこのパーティーでますます深まるのであった。