彼は貴方のものじゃない
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衛兵が牢屋の一番奥に仕舞われている女性を見に行った。彼女は不気味な位静かで、身動きを一つも見せない。食事の時すら出してすぐ手を付けるのではなく、取りに戻った時空の皿が置かれているだけだ。
しかし、この不気味な女が愛した男が今日は自分の主人と結婚するらしい。その心中は察するし、この女はよくよく見ればなかなか愛らしい顔立ちをしている。式が無事に終われば恋人にはしてやろうかと彼が考えていると、入り口を見張っていた同僚が顔を出した。
「面会だ。騎士団だからあまり拒否はできん。手短に済ませるぞ」
分かったと頷き、彼が迎え入れた騎士団の男は無精ひげも整えない男だった。それもアルコール臭い吐息が鼻を刺す。
「おー、これがケイラ様を傷つけようとした卑しい人間か?」
檻に腕をかけた騎士団の男は、奥で蹲ったままの女にバンバンと檻を叩いている。しかし、女は力なく石畳を叩いただけだ。騎士団の男は衛兵を見て、言った。
「騎士団が身柄を引き取る。これは宮廷の安全のためだ。協力してくれるか」
「そんな手間を騎士団にさせるわけにはいかん。ミゼラブル家で処分する」
「悪いがこれはお願いじゃねえ。命令だ。その娘を寄越せ」
「……我々はあくまでミゼラブル様に仕えているだけだ。騎士団に忠誠を誓っているわけじゃない」
突然身柄を引き渡せと言われてもこちらにも用事はあるのだ、と衛兵は奥に佇んでいるだろう女を思った。面会時間を指し示す砂時計はとっくに期限は過ぎていることを教えてくれた。
「そもそも、面会時間はとっくに過ぎている。そんなに欲しければ、ミゼラブル家にかけあうんだな」
さっさと出て行け、と衛兵が同僚を呼び、騎士団の男を連れて行くよう頼む。しかし、騎士団の男はそこから動く気配すら見せなかった。おい、と同僚が肩を掴んだ時、地を這うような声が牢屋に響いた。
「ごちゃごちゃ、うっせえな。その嬢ちゃんを解放しろってさっきから言ってんだろうが」
目の前で同僚が一瞬でなぎ倒された。衛兵の男はとっさに彼の背後に立って斬りかかるが、次の瞬間には意識を失っていた。騎士団の男は、動きを止めてそのまま倒れ込んだ衛兵の背後にいたユウを認めて後頭部を掻く。彼女はリリアから貰った鍵で脱出し、助けてくれたのだ。
「あーあ、嬢ちゃんに助けられただなんて聞いたら、リリア様に叱られちまう。……嬢ちゃん、大丈夫か? けがは?」
「ないです」
「ならいい。時間がないから手短に話すぞ」
騎士団の男が言うには、もうシルバーの結婚式は執り行われており、後のことはリリアをはじめとする男たちが何とかするとのことだった。
「あんたは安全なところへ連れて行くよう言われている。さ、俺と一緒に」
「嫌です」
「……え?」
嫌です、ともう一度言ったユウは、胸元の魔法石を服の上から握っていた。黒曜石の瞳は一瞬たりとも揺らがない。
「シルバー先輩は私のものです。私が取り返しに行きます」
「でも、リリア様には」
「お叱りは私が受けます。式場まで、私を飛ばしてください」
そんなことを言われても、ここで転送魔法などを使って彼女がとんでもない場所に飛ばされる可能性だってある。魔法は想像する力が基本、集中力のない今の彼にそれを行使させることは、ユウにとってもリスクはあった。
「俺は昨日の酒で集中力が切れてて、下手をすればあんたを剣山の上に落としちまうかもしれない。それに、あんたは転送魔法で酔うんだろ」
もっともな理由を並べればユウは黙った。だから、大人しく家で待ってろってと手を伸ばすとユウは彼の懐の短剣を抜き取り、自身の首元に突き付けた。彼は両手を上げて、じりじりとユウに近づいた。
「おかしな気は起こすな」
「私は元からおかしいです。今はただ、それがはっきり見えるだけ。……お願いします。シルバー先輩に会わせてください」
ユウのこけた頬に流れた涙は切実な懇願だった。子供のような我儘を吐きながら、譲る姿勢すら見せない彼女はもう一度彼に願った。
「あの人に会わせて!」
ユウの涙が彼の頬で弾けた時、彼の脳裏にユウの話で相好を崩すシルバーが浮かぶ。くすりと笑った男は、分かったと頷いた。
「あんたは式をめちゃくちゃにしてやれ。できるか?」
「絶対にぶち壊します」
「その意気だ。んじゃ、俺の乱暴な転送魔法でも、吐くんじゃねーぞ」
剣を投げ捨てたユウの足元で、転送魔法が発動する。彼はありったけの集中力をかき集めながら、この屋敷で執り行われている式場を思い描いた。
転送魔法は緑の光を強くし、あと数秒でユウは飛べるようになった。その維持に集中力を使っている男にユウは叫んだ。
「ありがとうございます!」
お辞儀をして消えた彼女が無事ついていることを祈って、彼は膝から石畳に倒れ込んだ。熱された頬が冷えた石畳に心地よさを覚えている。彼はぐったりと動かない身体のまま、微笑んだ。
「……シル坊に似て、律儀なこって」
しかし、この不気味な女が愛した男が今日は自分の主人と結婚するらしい。その心中は察するし、この女はよくよく見ればなかなか愛らしい顔立ちをしている。式が無事に終われば恋人にはしてやろうかと彼が考えていると、入り口を見張っていた同僚が顔を出した。
「面会だ。騎士団だからあまり拒否はできん。手短に済ませるぞ」
分かったと頷き、彼が迎え入れた騎士団の男は無精ひげも整えない男だった。それもアルコール臭い吐息が鼻を刺す。
「おー、これがケイラ様を傷つけようとした卑しい人間か?」
檻に腕をかけた騎士団の男は、奥で蹲ったままの女にバンバンと檻を叩いている。しかし、女は力なく石畳を叩いただけだ。騎士団の男は衛兵を見て、言った。
「騎士団が身柄を引き取る。これは宮廷の安全のためだ。協力してくれるか」
「そんな手間を騎士団にさせるわけにはいかん。ミゼラブル家で処分する」
「悪いがこれはお願いじゃねえ。命令だ。その娘を寄越せ」
「……我々はあくまでミゼラブル様に仕えているだけだ。騎士団に忠誠を誓っているわけじゃない」
突然身柄を引き渡せと言われてもこちらにも用事はあるのだ、と衛兵は奥に佇んでいるだろう女を思った。面会時間を指し示す砂時計はとっくに期限は過ぎていることを教えてくれた。
「そもそも、面会時間はとっくに過ぎている。そんなに欲しければ、ミゼラブル家にかけあうんだな」
さっさと出て行け、と衛兵が同僚を呼び、騎士団の男を連れて行くよう頼む。しかし、騎士団の男はそこから動く気配すら見せなかった。おい、と同僚が肩を掴んだ時、地を這うような声が牢屋に響いた。
「ごちゃごちゃ、うっせえな。その嬢ちゃんを解放しろってさっきから言ってんだろうが」
目の前で同僚が一瞬でなぎ倒された。衛兵の男はとっさに彼の背後に立って斬りかかるが、次の瞬間には意識を失っていた。騎士団の男は、動きを止めてそのまま倒れ込んだ衛兵の背後にいたユウを認めて後頭部を掻く。彼女はリリアから貰った鍵で脱出し、助けてくれたのだ。
「あーあ、嬢ちゃんに助けられただなんて聞いたら、リリア様に叱られちまう。……嬢ちゃん、大丈夫か? けがは?」
「ないです」
「ならいい。時間がないから手短に話すぞ」
騎士団の男が言うには、もうシルバーの結婚式は執り行われており、後のことはリリアをはじめとする男たちが何とかするとのことだった。
「あんたは安全なところへ連れて行くよう言われている。さ、俺と一緒に」
「嫌です」
「……え?」
嫌です、ともう一度言ったユウは、胸元の魔法石を服の上から握っていた。黒曜石の瞳は一瞬たりとも揺らがない。
「シルバー先輩は私のものです。私が取り返しに行きます」
「でも、リリア様には」
「お叱りは私が受けます。式場まで、私を飛ばしてください」
そんなことを言われても、ここで転送魔法などを使って彼女がとんでもない場所に飛ばされる可能性だってある。魔法は想像する力が基本、集中力のない今の彼にそれを行使させることは、ユウにとってもリスクはあった。
「俺は昨日の酒で集中力が切れてて、下手をすればあんたを剣山の上に落としちまうかもしれない。それに、あんたは転送魔法で酔うんだろ」
もっともな理由を並べればユウは黙った。だから、大人しく家で待ってろってと手を伸ばすとユウは彼の懐の短剣を抜き取り、自身の首元に突き付けた。彼は両手を上げて、じりじりとユウに近づいた。
「おかしな気は起こすな」
「私は元からおかしいです。今はただ、それがはっきり見えるだけ。……お願いします。シルバー先輩に会わせてください」
ユウのこけた頬に流れた涙は切実な懇願だった。子供のような我儘を吐きながら、譲る姿勢すら見せない彼女はもう一度彼に願った。
「あの人に会わせて!」
ユウの涙が彼の頬で弾けた時、彼の脳裏にユウの話で相好を崩すシルバーが浮かぶ。くすりと笑った男は、分かったと頷いた。
「あんたは式をめちゃくちゃにしてやれ。できるか?」
「絶対にぶち壊します」
「その意気だ。んじゃ、俺の乱暴な転送魔法でも、吐くんじゃねーぞ」
剣を投げ捨てたユウの足元で、転送魔法が発動する。彼はありったけの集中力をかき集めながら、この屋敷で執り行われている式場を思い描いた。
転送魔法は緑の光を強くし、あと数秒でユウは飛べるようになった。その維持に集中力を使っている男にユウは叫んだ。
「ありがとうございます!」
お辞儀をして消えた彼女が無事ついていることを祈って、彼は膝から石畳に倒れ込んだ。熱された頬が冷えた石畳に心地よさを覚えている。彼はぐったりと動かない身体のまま、微笑んだ。
「……シル坊に似て、律儀なこって」