彼は貴方のものじゃない
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リリアはミゼラブル邸の来賓の間でソファに腰掛け、腕を組んでいた。足も組んで、とんとんと指を上腕に当てていると、ようやく待ち人は現れた。
「ヴァンルージュ殿。どうなさったのです」
何もなかったかのように振舞う壮年の男性が、口の周りに蓄えたひげを忙しなく動かした。リリアは不快感をあらわに、眉間と鼻筋に剣呑な皺を刻む。くわりと見せた犬歯がきらりと照明に光って、威嚇した。
「もう老いが来たか、ミゼラブル。お主の娘が、わしの息子を勝手に結婚相手にしおったうえに、あの子が連れてきた娘を投獄じゃと」
はっと鼻で笑ったリリアは、組んでいた足をテーブルに振り下ろした。テーブルが真っ二つに割れた激しい音を聞きつけて出てきた衛兵たちに、ミゼラブルは指二本で下がらせる。見下ろしたリリアの闇よりも深いマゼンタの瞳が苛烈に燃えた。
「息子たちを解放しろ。今すぐ、わしの前に連れて来い」
「悪いがそれはできませんな。何せ私はもうここの当主ではありませんから」
「なんじゃと?」
リリアが訝しむと、ミゼラブルは目を閉じ首を左右に振った。そして、リリアから背を向け窓から見える月を眺める。今にも雲に覆われそうなその月は、もうじき満月になりかけていた。
「あの子は、私の座を望みました。だから、譲り渡したのです」
「何を言っておるんじゃ。お主はそれほど娘に甘くなかったじゃろう」
リリアが自分の耳を疑っていると、ミゼラブルは首を再び横に振った。そのまま振り返った彼の目には、何の感情もなかった。
「牢の娘との面会は、叶いましょう。しかし、現当主の言いつけで式が過ぎるまで彼女は解放いたしません。ご容赦くだされ」
ミゼラブルの背から生えていたはずの黄金の翅は、広げられたにも関わらず背中からはみ出ている部分の方が少ない。リリアはこの翅を焼かれたのだと直感した。月は雲に隠れ、窓を雨が叩き始めていた。
*
衛兵を一人伴う条件を飲んで、リリアが降りて行った先は何とも狭い地下牢だ。その最も奥にユウは入れられていた。彼女は膝を抱えてそこに顔を埋めたまま、じっと動かなかった。石のベッドにむしろが敷かれただけの粗末なそこはまるで罪人を閉じ込める場所だ。
「ユウ」
リリアが声をかけると、彼女はそろそろと顔を上げた。ユウは心配に満ちたマゼンタの瞳を視認すると、鉄格子に向かって駆け出した。
「リリア先輩!」
鉄格子を掴んだ彼女の土で汚れた指をリリアの小さな手が包むと、ユウは安堵で目に涙を浮かべた。リリアはその頬も汚れていることに気が付き、頬を撫でる。
「ユウ。大丈夫か」
「はいっ! でも、シルバー先輩がっ。私傷つけちゃって」
不安と怯えに染まっている黒曜石の瞳が、痛々しい。すっかり気が動転しているうえに状況すら読めなくなっているユウをリリアは宥めた。
「落ち着け。あやつは大丈夫じゃ」
リリアは親指で彼女の目尻を拭うと、ユウに落ち着いて聞け、と今の状況を伝えた。
「今すぐお主をここから出すことはできん。なぜなら、ミゼラブル家の現当主はわしの友人でなく、あやつの娘のケイラじゃ。当主が治める領地はわしでも手出しはできん」
ユウはその言葉を聞き、今度は悲壮に瞳を彩った。震える唇は色を失っている。
「それじゃあ、シルバー先輩とあの女が結婚するのをただ黙って見ていろって言うんですか?」
「そう言っておらん。こちらにも策はある。今はお主がなすべきことはただ一つ。シルバーとわしらを信じよ」
リリアがそう言って、ユウの肩を掴んだ。入り口で見張っていた衛兵がもう面会時間は終了だと告げる。
立ちあがったリリアにユウは不安そうな目を向けていた。しかし、リリアは振り返ることもなくそのまま地下牢を後にした。
ユウは心細さで心が折れかけていた。ただでさえ恋人の様子がおかしいと言うのにけがをさせてしまった挙句、自分以外の女と結婚式を挙げられることになっている。リリアはああ言っていたが彼女が今縋れるのは胸元の魔法石しかなかった。ぎゅっとペンダントを服の上から握りしめ、そのまま石畳に倒れ込む。
「シルバー先輩……」
かちゃん、と音がした。ユウは石畳の上に落ちた光るものを手にすると、それが何か分かった時には為すべきことが分かった。ユウは注意深くそれをウエストの帯の部分に隠し、再び膝を抱えて寝る。その日まで、リリアの言う通りにするんだと自分に言い聞かせながら。
「ヴァンルージュ殿。どうなさったのです」
何もなかったかのように振舞う壮年の男性が、口の周りに蓄えたひげを忙しなく動かした。リリアは不快感をあらわに、眉間と鼻筋に剣呑な皺を刻む。くわりと見せた犬歯がきらりと照明に光って、威嚇した。
「もう老いが来たか、ミゼラブル。お主の娘が、わしの息子を勝手に結婚相手にしおったうえに、あの子が連れてきた娘を投獄じゃと」
はっと鼻で笑ったリリアは、組んでいた足をテーブルに振り下ろした。テーブルが真っ二つに割れた激しい音を聞きつけて出てきた衛兵たちに、ミゼラブルは指二本で下がらせる。見下ろしたリリアの闇よりも深いマゼンタの瞳が苛烈に燃えた。
「息子たちを解放しろ。今すぐ、わしの前に連れて来い」
「悪いがそれはできませんな。何せ私はもうここの当主ではありませんから」
「なんじゃと?」
リリアが訝しむと、ミゼラブルは目を閉じ首を左右に振った。そして、リリアから背を向け窓から見える月を眺める。今にも雲に覆われそうなその月は、もうじき満月になりかけていた。
「あの子は、私の座を望みました。だから、譲り渡したのです」
「何を言っておるんじゃ。お主はそれほど娘に甘くなかったじゃろう」
リリアが自分の耳を疑っていると、ミゼラブルは首を再び横に振った。そのまま振り返った彼の目には、何の感情もなかった。
「牢の娘との面会は、叶いましょう。しかし、現当主の言いつけで式が過ぎるまで彼女は解放いたしません。ご容赦くだされ」
ミゼラブルの背から生えていたはずの黄金の翅は、広げられたにも関わらず背中からはみ出ている部分の方が少ない。リリアはこの翅を焼かれたのだと直感した。月は雲に隠れ、窓を雨が叩き始めていた。
*
衛兵を一人伴う条件を飲んで、リリアが降りて行った先は何とも狭い地下牢だ。その最も奥にユウは入れられていた。彼女は膝を抱えてそこに顔を埋めたまま、じっと動かなかった。石のベッドにむしろが敷かれただけの粗末なそこはまるで罪人を閉じ込める場所だ。
「ユウ」
リリアが声をかけると、彼女はそろそろと顔を上げた。ユウは心配に満ちたマゼンタの瞳を視認すると、鉄格子に向かって駆け出した。
「リリア先輩!」
鉄格子を掴んだ彼女の土で汚れた指をリリアの小さな手が包むと、ユウは安堵で目に涙を浮かべた。リリアはその頬も汚れていることに気が付き、頬を撫でる。
「ユウ。大丈夫か」
「はいっ! でも、シルバー先輩がっ。私傷つけちゃって」
不安と怯えに染まっている黒曜石の瞳が、痛々しい。すっかり気が動転しているうえに状況すら読めなくなっているユウをリリアは宥めた。
「落ち着け。あやつは大丈夫じゃ」
リリアは親指で彼女の目尻を拭うと、ユウに落ち着いて聞け、と今の状況を伝えた。
「今すぐお主をここから出すことはできん。なぜなら、ミゼラブル家の現当主はわしの友人でなく、あやつの娘のケイラじゃ。当主が治める領地はわしでも手出しはできん」
ユウはその言葉を聞き、今度は悲壮に瞳を彩った。震える唇は色を失っている。
「それじゃあ、シルバー先輩とあの女が結婚するのをただ黙って見ていろって言うんですか?」
「そう言っておらん。こちらにも策はある。今はお主がなすべきことはただ一つ。シルバーとわしらを信じよ」
リリアがそう言って、ユウの肩を掴んだ。入り口で見張っていた衛兵がもう面会時間は終了だと告げる。
立ちあがったリリアにユウは不安そうな目を向けていた。しかし、リリアは振り返ることもなくそのまま地下牢を後にした。
ユウは心細さで心が折れかけていた。ただでさえ恋人の様子がおかしいと言うのにけがをさせてしまった挙句、自分以外の女と結婚式を挙げられることになっている。リリアはああ言っていたが彼女が今縋れるのは胸元の魔法石しかなかった。ぎゅっとペンダントを服の上から握りしめ、そのまま石畳に倒れ込む。
「シルバー先輩……」
かちゃん、と音がした。ユウは石畳の上に落ちた光るものを手にすると、それが何か分かった時には為すべきことが分かった。ユウは注意深くそれをウエストの帯の部分に隠し、再び膝を抱えて寝る。その日まで、リリアの言う通りにするんだと自分に言い聞かせながら。