銀の人の名前は
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一目見た時、「綺麗」の一言しか出なかった。入学式を終え、そこに佇んでいた人の美しい白銀の髪が式典服の下で煌く。ずっと見ていられる自信しかなかった。その場を去るにはあまりに惜しいと思った。これは間違いさえなければ、一目惚れだ。
名前は知らない。レオナ先輩のオーバーブロットの一件で、ディアソムニア寮の寮生ということしか知らない。髪の毛が美しい銀色ということで、私は「銀の人」と非公式で呼んでいる。銀の人はたまに一年の授業にも出ていて、魔法史や錬金術の授業で寝ているところを注意されているのをよく見る。うたた寝自体ならフロイド先輩の方が十分長いのに。そして、ここまで観察していることに、我ながら変態臭いと自覚している。そんなわけで、私は彼のことを見るだけ。
「三回目」
心の中でぼそりと呟く。廊下を歩いていると、視界の端で通り過ぎた銀の髪が陽光に煌いた。体のまんなかでうるさく跳ねまわる心臓が苦しい。思わず深呼吸して息を整えていると、エースがこっちの顔を覗き込んでくるから反射的に拳が出た。
「いってぇ! なにすんだよ!」
「ご、ごめん。顔がいきなり目の前に出てくるから」
目の前に出てくるから殴るって暴力的だぞっと、エースは頬を擦る。デュースは呆れた顔でさっさと行くぞ、と二三歩前に立っている。彼の足元を潜り抜けた影は大きな声で言った。
「俺様が教室に一番乗りなんダゾ!」
「おい、グリム! 走るんじゃない!」
デュースが無謀にも他人の足元で走り抜けていくグリムを追いかけだしたところで廊下は騒がしくなった。大方、グリムが誰かの足元で何かしらのイベントを起こしたのだろう。
「ふなー! ユウ!」
「ほら監督生。さっさと行ってやれよ」
「はいはい。監督生が通るので、皆さん通してください。苦情も後で聞きますから」
こんな騒がしい日々のオアシスが、銀の人なのだ。
特定の異性を見るのは、元の世界の友人を思い出させた。私がここに来る前に、ある友人がよくカッコイイ先輩を見つけては、その人を目で追うのを楽しむことがあった。友人はその先輩が今日は何をしていて何が好きなのかを昼休みによく私に話してくれた。まさに恋する乙女そのものなのに、「先輩はアイドルだから」の一言で恋愛ではないとバッサリ切っていた。それでも彼女は通りすがりに会おうものなら呼吸を止めてまで、先輩に気配を悟らせないように眺めていた。まるで忍びみたいだとあの時はぼんやり思っていたが、今は分かる。自分の人生で好みの顔に会うと、自分を制御などできない。
かといって、見る以上の手出しはしない。だって犯罪じゃん。眺めるのは許してほしい。と私に冷静な目で見られて辟易する友人の気持ちが今更になって分かる。見ずにはいられないほど、美しい人だったのだ。この学園にはもちろんトップモデルもいれば愛らしい美少年もいるし、顔面偏差値がとにかくずば抜けて高い人ばかりだ。入学生を選んでいるという闇の鏡は実は面食いではなかろうか。あ、でも私は違うか。
グリムが人様の足を踏んづけて、持っていた荷物を落とさせたという些事から起きた騒動で、グリムの監督不行き届きとして私まで反省文を書かされることになった。ちなみに止めに入ろうとしたデュースも実験器具を割らせてしまったので、同じく反省文行きは決まった。悲しいかな、エースは巻き込まれなかった。
エースだけご機嫌な私たちは食堂へ向かった。今日もジェイド先輩はキノコ料理を食べている。私はキノコのリゾットを頼んで、デュースが取っておいてくれた席へと向かう。エースは購買でカツサンドを、グリムはカレーを食べていた。そっとグリムの隣に座り、いつものお説教モードに入った。
「グリム、お願いだから無茶なことはしないで欲しいんだけど」
もうオクタヴィネル寮みたいなことはこりごりだよ。人様の領分で勝手をして自分が損するなんて、滑稽にもほどがある。
「ふなぁ、俺様が教室に一番乗りしてもいいじゃねえか」
「一番とか二番はテストで意識すればいい。でも、グリム。結局自分勝手に走ることって、反省文書かされてもいいほどのことなの?」
可哀想なくらいにしょげたグリムに免じて、今日はこのくらいでよしておこう。あ、キノコ美味しい。この学食の中で唯一米の入ってるメニューだから、美味しく食べられるのは嬉しい。
「でたよ。人を刺殺しそうなくらいの正論」
「今回もユウの勝ちだな」
エースとデュースが何やら言っているけれど、もうどうでもいい。だって彼らの肩越しにあの人が座っているから。私と同じキノコのリゾットを持っている。ここしばらくあのメニューじゃないかな? 好きなのかもしれない。脳内でメモしておかないと。
エースとデュースのちょうど肩の間から見える銀の人の麗しい顔に、食欲が急になくなる。なんかこれ以上食べたら、太っちゃうかもしれない。
銀の人はいつもリリア先輩の隣に座っている。リリア先輩はなにやら銀の人に話しているが、生憎目の前にいる友人たちの会話の方が耳に入る。それでも頷きながらリゾットを口に運ぶ姿は可愛らしい。そして、リリア先輩にそっと微笑んだ。その瞬間、全身の細胞が震えた。
「おい監督生? おーい、ユウ」
はっ! 気が付いた時には、エースが私に向かって手を振り、デュースが心配そうにこっちを見ていた。グリムと言えば私のリゾットに手を出している。
「大丈夫か? 具合でも悪いなら」
「だ、大丈夫! ちょっと考え事」
「お前、最近ぼーっとしてること多くね? なに? 恋?」
エースが意地悪に笑うと同時に肩越しの銀の髪が心臓を一層鳴らした。否定しようとした手から持っていたスプーンが落ちる。
「ちっ違う! エースからかわないでよ!」
「なんだよ。これでも俺なりにアドバイスできるぜ? 男目線のアドバイス、ほしいんだろ」
「も、もうやめて……」
けらけら笑ったエースは私の性別を知っているからこその言葉で追いつめてくる。こんなことあの人に聞かれてたらと思うだけで、心臓が痛いし頬が熱くなる。さすがに耐えきれなくなって、顔を下げて頬に手を当てて冷ますことにした。こんな顔見せられない。
私の様子を見かねたデュースが弱い者いじめは良くないとエースを窘めた。いや、私は別に弱くないけどね。
ようやく頬が冷めて顔を上げると、もうエースとデュースの間にいたその人はいなかった。
「四回目」
空しくも呟いた言葉は、空っぽのお皿を転がった。
名前は知らない。レオナ先輩のオーバーブロットの一件で、ディアソムニア寮の寮生ということしか知らない。髪の毛が美しい銀色ということで、私は「銀の人」と非公式で呼んでいる。銀の人はたまに一年の授業にも出ていて、魔法史や錬金術の授業で寝ているところを注意されているのをよく見る。うたた寝自体ならフロイド先輩の方が十分長いのに。そして、ここまで観察していることに、我ながら変態臭いと自覚している。そんなわけで、私は彼のことを見るだけ。
「三回目」
心の中でぼそりと呟く。廊下を歩いていると、視界の端で通り過ぎた銀の髪が陽光に煌いた。体のまんなかでうるさく跳ねまわる心臓が苦しい。思わず深呼吸して息を整えていると、エースがこっちの顔を覗き込んでくるから反射的に拳が出た。
「いってぇ! なにすんだよ!」
「ご、ごめん。顔がいきなり目の前に出てくるから」
目の前に出てくるから殴るって暴力的だぞっと、エースは頬を擦る。デュースは呆れた顔でさっさと行くぞ、と二三歩前に立っている。彼の足元を潜り抜けた影は大きな声で言った。
「俺様が教室に一番乗りなんダゾ!」
「おい、グリム! 走るんじゃない!」
デュースが無謀にも他人の足元で走り抜けていくグリムを追いかけだしたところで廊下は騒がしくなった。大方、グリムが誰かの足元で何かしらのイベントを起こしたのだろう。
「ふなー! ユウ!」
「ほら監督生。さっさと行ってやれよ」
「はいはい。監督生が通るので、皆さん通してください。苦情も後で聞きますから」
こんな騒がしい日々のオアシスが、銀の人なのだ。
特定の異性を見るのは、元の世界の友人を思い出させた。私がここに来る前に、ある友人がよくカッコイイ先輩を見つけては、その人を目で追うのを楽しむことがあった。友人はその先輩が今日は何をしていて何が好きなのかを昼休みによく私に話してくれた。まさに恋する乙女そのものなのに、「先輩はアイドルだから」の一言で恋愛ではないとバッサリ切っていた。それでも彼女は通りすがりに会おうものなら呼吸を止めてまで、先輩に気配を悟らせないように眺めていた。まるで忍びみたいだとあの時はぼんやり思っていたが、今は分かる。自分の人生で好みの顔に会うと、自分を制御などできない。
かといって、見る以上の手出しはしない。だって犯罪じゃん。眺めるのは許してほしい。と私に冷静な目で見られて辟易する友人の気持ちが今更になって分かる。見ずにはいられないほど、美しい人だったのだ。この学園にはもちろんトップモデルもいれば愛らしい美少年もいるし、顔面偏差値がとにかくずば抜けて高い人ばかりだ。入学生を選んでいるという闇の鏡は実は面食いではなかろうか。あ、でも私は違うか。
グリムが人様の足を踏んづけて、持っていた荷物を落とさせたという些事から起きた騒動で、グリムの監督不行き届きとして私まで反省文を書かされることになった。ちなみに止めに入ろうとしたデュースも実験器具を割らせてしまったので、同じく反省文行きは決まった。悲しいかな、エースは巻き込まれなかった。
エースだけご機嫌な私たちは食堂へ向かった。今日もジェイド先輩はキノコ料理を食べている。私はキノコのリゾットを頼んで、デュースが取っておいてくれた席へと向かう。エースは購買でカツサンドを、グリムはカレーを食べていた。そっとグリムの隣に座り、いつものお説教モードに入った。
「グリム、お願いだから無茶なことはしないで欲しいんだけど」
もうオクタヴィネル寮みたいなことはこりごりだよ。人様の領分で勝手をして自分が損するなんて、滑稽にもほどがある。
「ふなぁ、俺様が教室に一番乗りしてもいいじゃねえか」
「一番とか二番はテストで意識すればいい。でも、グリム。結局自分勝手に走ることって、反省文書かされてもいいほどのことなの?」
可哀想なくらいにしょげたグリムに免じて、今日はこのくらいでよしておこう。あ、キノコ美味しい。この学食の中で唯一米の入ってるメニューだから、美味しく食べられるのは嬉しい。
「でたよ。人を刺殺しそうなくらいの正論」
「今回もユウの勝ちだな」
エースとデュースが何やら言っているけれど、もうどうでもいい。だって彼らの肩越しにあの人が座っているから。私と同じキノコのリゾットを持っている。ここしばらくあのメニューじゃないかな? 好きなのかもしれない。脳内でメモしておかないと。
エースとデュースのちょうど肩の間から見える銀の人の麗しい顔に、食欲が急になくなる。なんかこれ以上食べたら、太っちゃうかもしれない。
銀の人はいつもリリア先輩の隣に座っている。リリア先輩はなにやら銀の人に話しているが、生憎目の前にいる友人たちの会話の方が耳に入る。それでも頷きながらリゾットを口に運ぶ姿は可愛らしい。そして、リリア先輩にそっと微笑んだ。その瞬間、全身の細胞が震えた。
「おい監督生? おーい、ユウ」
はっ! 気が付いた時には、エースが私に向かって手を振り、デュースが心配そうにこっちを見ていた。グリムと言えば私のリゾットに手を出している。
「大丈夫か? 具合でも悪いなら」
「だ、大丈夫! ちょっと考え事」
「お前、最近ぼーっとしてること多くね? なに? 恋?」
エースが意地悪に笑うと同時に肩越しの銀の髪が心臓を一層鳴らした。否定しようとした手から持っていたスプーンが落ちる。
「ちっ違う! エースからかわないでよ!」
「なんだよ。これでも俺なりにアドバイスできるぜ? 男目線のアドバイス、ほしいんだろ」
「も、もうやめて……」
けらけら笑ったエースは私の性別を知っているからこその言葉で追いつめてくる。こんなことあの人に聞かれてたらと思うだけで、心臓が痛いし頬が熱くなる。さすがに耐えきれなくなって、顔を下げて頬に手を当てて冷ますことにした。こんな顔見せられない。
私の様子を見かねたデュースが弱い者いじめは良くないとエースを窘めた。いや、私は別に弱くないけどね。
ようやく頬が冷めて顔を上げると、もうエースとデュースの間にいたその人はいなかった。
「四回目」
空しくも呟いた言葉は、空っぽのお皿を転がった。
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