前編
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ことの始まりは、ジェイドからのお誘いだった。お誘いと言ってもデートなんて甘いものではなく、闇の鏡を使って山へとキノコ採取をしに行くだけだ。ユウはオクタヴィネル寮での一件が済んでから、ジェイドが無類のキノコ好きと知った。彼があの菌類にかける愛情はそれはすさまじく双子の兄弟でさえ後ずさりするほどだ。
ユウは食費のほとんどをグリムの缶詰に吸収されてしまうことを考え、自給自足の手段としてジェイドのキノコ集めに参加することにした。山を愛する会に入りませんかと勧誘もかけられたが、丁重にお断りした。残念ですと言いながら指の隙間からこちらを覗く金の瞳に、足が何となく竦んだのが昨日のことのようだ。
しかし、ユウはたった一人でついて行く気はなかった。何をしでかすか分からない兄弟が面白いというジェイドなので、いかように弄ばれるか分からない。そして、ジェイドとは違い、キノコは食べる方が好きな先輩に心当たりがあった。キノコのリゾットが好きな彼のために、たまには原材料を集めてみるのはどうかと話を持ちかけると二つ返事で頷きが返ってきた。
ユウはこれに気を良くして、さっそくジェイドに報告しようと意気揚々とモストロ・ラウンジに翌日足を運んだ。そしてなぜか、モストロ・ラウンジには人がつめかけていた。これが繁盛ではないのは会話の端々に聞こえる「ジェイド」「キノコ」「山」という言葉だった。そしてなぜか「遠足」というワードまでついている。一体どういうことなんだと、頭を抱えたくなったユウは、輪から少しはみ出しているシルバーに声をかけた。
「先輩……これはいったい」
「ああ。俺がカリムたちに予定はあるのかと聞かれたから今度のキノコ採取について話したら、カリムが来たいと言い出した」
そういえばカリムはシルバーと同じクラスメイト。会話だってあってしかるべきで、毎日でも宴を開きたいカリムがこんなイベントに食いつかないわけがない。カリムの隣で嫌そうに立っているジャミルを見るに、カリムがいくなら従者としてついて行かないわけにはいかないので、ということだろう。そんなジャミルの隣で「ぜひ僕と友達になっていただきたいです!」と意気込んでいるアズールは、フロイドに向かって「お前も来ますね?」と無言の圧をかけている。嫌がりそうなフロイドではあったが「みんなで行くの面白そう~」とご機嫌だ。アワビから見つかる真珠の如く、珍しいことこの上ない。
「ただ飯が食えるんすよね?」
シシシッと笑うラギーは、捕らぬ狸の皮算用よろしく採れてもいないキノコや山菜のことで頭がいっぱいらしい。
そして輪の中で見えた赤い髪はどう見てもリドルである。なぜ彼もここに? と首を傾げたユウは、ばっちりリドルのグレーの瞳と見つめ合ってしまった。
「君も今回のピクニックに参加するのかい?」
「はい……。リドル先輩は山に興味があるんですか?」
「まさか。二年生の寮長および副寮長は全員参加というから来たまでだよ。それに、こんな大所帯じゃ引率者が必要だからね。僕が指揮しよう」
二年生の寮長と副寮長は全員参加などジェイドから聞いてもいないが、「二年生でピクニックだー!」とはしゃいでいるカリムを見る限り、おおよそ歩く拡声器が放ったこの言葉につられてリドルはやってきたのだろう。ユウは心の中でうぎぃいいいい! と顔を真っ赤にしたリドルにならないようグレートセブンに祈った。多分祈りは届かないだろうが。
そして、彼女の中で最も疑問だったのが、同級生であるジャック、エペル、そしてセベクがここにいることだった。普段から一緒にいるマブことエーデュースコンビは、リドルによると女王の法律うんぬんかんぬんで当日参加は難しいそうだ。
ユウは一番近かったエペルにとりあえず声をかけた。
「あ、ユウサン……。ユウサンも山に行くんですよね?」
「うん。エペルも?」
「はい。俺……僕、体力つけるためにも山に行った方が、足腰や体幹が鍛えられていいのかなってジャッククンと話してて」
彼の隣を見上げれば、ジャックがその通りだと頷いていた。
「まあ。ナイトレイブンカレッジに山はないからな。貴重なトレーニングになる」
耳やしっぽがぴくぴく動いているあたり、逞しく盛り上がった筋肉まで喜んでいるかのようだ。そして、とユウはシルバーの隣で直立不動でいるセベクを見た。ジャックより幾分か背は低いとはいえ、見上げる首が痛い。
「何だ、貴様も行くのか。ユウ」
「そういうセベクは護衛をしなくていいの?」
「若様が行って来いと仰ったのだ! 行かずしてどうする!」
相変わらずその声量だけでグラスが割れるのではないのかと疑ってしまうほどの圧に、ユウは黙って受け止めることしかできない。そうなんだね、と頷くと「若様が……せっかくの招待だからと……!」と突然涙ぐむあたり本当は連れて来たかったのだろう。次は誘えるといいね、と返すとこれまた体が吹き飛んでいきそうな声量で「そんな恐れ多いことができるか!」と叱責された。
「大体シルバー。貴様が若様の護衛をせずにここに参加することを選んだのが裏切りじゃないのか!」
「たまにはマレウス様もおひとりの時間だって欲しいだろう。何より休日は親父殿がついていてくださる。これ以上の護衛はいない」
相変わらず方針の違いと強情さが相まって、言いようのない剣呑なムードが二人の間で漂っている。暢気に遠足だピクニックだとはしゃいでいる隣の空気が更に空気を張り詰めさせた。ユウは興奮した馬を宥めるがごとく落ち着き払った態度で仕方なく二人の間に入った。
「まぁ、落ち着いて。今回一緒に行くなら楽しいものにしないと」
「人間が生意気を言うな!」
「生意気じゃないよ。今回の外出で楽しいお土産話を聞いた方が、マレウスさんもシルバー先輩のお父さんも喜ぶ。二人の喧嘩しているところ、きっと聞きたくないよ」
ユウの真っ直ぐな瞳に貫かれたセベクは身動きが取れない。彼は自分の正しさを信じて疑わない意固地ではあるが、ユウが編み出した必殺技「マレウス様」を使えば大抵のことは言うことを聞く。その証拠に、セベクは肩を震わせながら、シルバーを睨みつけた。
「今回だけは見逃しておいてやる」
忌々しそうな視線がある辺り、まだ禍根は残っているだろうとユウは嘆息した。この二人はなんだかんだ言っていい相性なのだから仲良くできるはずなのに、それがないのがもどかしいからである。
セベクの厳しい視線はユウにも向けられた。
「それと人間! マレウス様をさん付けではなく、『偉大なるマレウス・ドラコニア様』と呼べ!」
「分かった。セベクと山登り、楽しみにしているよ」
「貴様は本当に分かっているのか……。まあいい」
ユウがとぼけてみせたのが功を奏したのか、セベクは勢いをなくして視線を輪の中心に向けた。そこには、いつどうやって遠足をするのかという話し合いに発展していた。もはや声の渦である。誰が何を言っているのか、聞き取るのもおっくうになるほどだった。
「では後日、しおりをお配りしますので、皆さんはしばしお待ちください」
というジェイドの一言で、一同は解散となった。ユウはバラバラに帰る一同の中で、ジェイドに手招きをされる。嫌な予感がしつつも傍に近寄ると、ジェイドの端正な顔が彼女の耳の傍まで降りてきた。
「こんなにたくさんのお仲間を連れてくるだなんて、つれないですねえ」
背筋を駆け下りた悪寒に顔を上げると、ジェイドはいつの間にか背筋を伸ばしていた。彼は普段通りのきれいな笑顔で手を振る。
「それでは、お気を付けてお帰りください」
まるで獲物を見つけた肉食獣のような瞳に、彼女はぞっとして走り出した。モストロ・ラウンジを出た先でまだ歩いているシルバーに声をかけ、オンボロ寮までと送ってほしいと頼むまでに時間は要らなかった。
ユウは食費のほとんどをグリムの缶詰に吸収されてしまうことを考え、自給自足の手段としてジェイドのキノコ集めに参加することにした。山を愛する会に入りませんかと勧誘もかけられたが、丁重にお断りした。残念ですと言いながら指の隙間からこちらを覗く金の瞳に、足が何となく竦んだのが昨日のことのようだ。
しかし、ユウはたった一人でついて行く気はなかった。何をしでかすか分からない兄弟が面白いというジェイドなので、いかように弄ばれるか分からない。そして、ジェイドとは違い、キノコは食べる方が好きな先輩に心当たりがあった。キノコのリゾットが好きな彼のために、たまには原材料を集めてみるのはどうかと話を持ちかけると二つ返事で頷きが返ってきた。
ユウはこれに気を良くして、さっそくジェイドに報告しようと意気揚々とモストロ・ラウンジに翌日足を運んだ。そしてなぜか、モストロ・ラウンジには人がつめかけていた。これが繁盛ではないのは会話の端々に聞こえる「ジェイド」「キノコ」「山」という言葉だった。そしてなぜか「遠足」というワードまでついている。一体どういうことなんだと、頭を抱えたくなったユウは、輪から少しはみ出しているシルバーに声をかけた。
「先輩……これはいったい」
「ああ。俺がカリムたちに予定はあるのかと聞かれたから今度のキノコ採取について話したら、カリムが来たいと言い出した」
そういえばカリムはシルバーと同じクラスメイト。会話だってあってしかるべきで、毎日でも宴を開きたいカリムがこんなイベントに食いつかないわけがない。カリムの隣で嫌そうに立っているジャミルを見るに、カリムがいくなら従者としてついて行かないわけにはいかないので、ということだろう。そんなジャミルの隣で「ぜひ僕と友達になっていただきたいです!」と意気込んでいるアズールは、フロイドに向かって「お前も来ますね?」と無言の圧をかけている。嫌がりそうなフロイドではあったが「みんなで行くの面白そう~」とご機嫌だ。アワビから見つかる真珠の如く、珍しいことこの上ない。
「ただ飯が食えるんすよね?」
シシシッと笑うラギーは、捕らぬ狸の皮算用よろしく採れてもいないキノコや山菜のことで頭がいっぱいらしい。
そして輪の中で見えた赤い髪はどう見てもリドルである。なぜ彼もここに? と首を傾げたユウは、ばっちりリドルのグレーの瞳と見つめ合ってしまった。
「君も今回のピクニックに参加するのかい?」
「はい……。リドル先輩は山に興味があるんですか?」
「まさか。二年生の寮長および副寮長は全員参加というから来たまでだよ。それに、こんな大所帯じゃ引率者が必要だからね。僕が指揮しよう」
二年生の寮長と副寮長は全員参加などジェイドから聞いてもいないが、「二年生でピクニックだー!」とはしゃいでいるカリムを見る限り、おおよそ歩く拡声器が放ったこの言葉につられてリドルはやってきたのだろう。ユウは心の中でうぎぃいいいい! と顔を真っ赤にしたリドルにならないようグレートセブンに祈った。多分祈りは届かないだろうが。
そして、彼女の中で最も疑問だったのが、同級生であるジャック、エペル、そしてセベクがここにいることだった。普段から一緒にいるマブことエーデュースコンビは、リドルによると女王の法律うんぬんかんぬんで当日参加は難しいそうだ。
ユウは一番近かったエペルにとりあえず声をかけた。
「あ、ユウサン……。ユウサンも山に行くんですよね?」
「うん。エペルも?」
「はい。俺……僕、体力つけるためにも山に行った方が、足腰や体幹が鍛えられていいのかなってジャッククンと話してて」
彼の隣を見上げれば、ジャックがその通りだと頷いていた。
「まあ。ナイトレイブンカレッジに山はないからな。貴重なトレーニングになる」
耳やしっぽがぴくぴく動いているあたり、逞しく盛り上がった筋肉まで喜んでいるかのようだ。そして、とユウはシルバーの隣で直立不動でいるセベクを見た。ジャックより幾分か背は低いとはいえ、見上げる首が痛い。
「何だ、貴様も行くのか。ユウ」
「そういうセベクは護衛をしなくていいの?」
「若様が行って来いと仰ったのだ! 行かずしてどうする!」
相変わらずその声量だけでグラスが割れるのではないのかと疑ってしまうほどの圧に、ユウは黙って受け止めることしかできない。そうなんだね、と頷くと「若様が……せっかくの招待だからと……!」と突然涙ぐむあたり本当は連れて来たかったのだろう。次は誘えるといいね、と返すとこれまた体が吹き飛んでいきそうな声量で「そんな恐れ多いことができるか!」と叱責された。
「大体シルバー。貴様が若様の護衛をせずにここに参加することを選んだのが裏切りじゃないのか!」
「たまにはマレウス様もおひとりの時間だって欲しいだろう。何より休日は親父殿がついていてくださる。これ以上の護衛はいない」
相変わらず方針の違いと強情さが相まって、言いようのない剣呑なムードが二人の間で漂っている。暢気に遠足だピクニックだとはしゃいでいる隣の空気が更に空気を張り詰めさせた。ユウは興奮した馬を宥めるがごとく落ち着き払った態度で仕方なく二人の間に入った。
「まぁ、落ち着いて。今回一緒に行くなら楽しいものにしないと」
「人間が生意気を言うな!」
「生意気じゃないよ。今回の外出で楽しいお土産話を聞いた方が、マレウスさんもシルバー先輩のお父さんも喜ぶ。二人の喧嘩しているところ、きっと聞きたくないよ」
ユウの真っ直ぐな瞳に貫かれたセベクは身動きが取れない。彼は自分の正しさを信じて疑わない意固地ではあるが、ユウが編み出した必殺技「マレウス様」を使えば大抵のことは言うことを聞く。その証拠に、セベクは肩を震わせながら、シルバーを睨みつけた。
「今回だけは見逃しておいてやる」
忌々しそうな視線がある辺り、まだ禍根は残っているだろうとユウは嘆息した。この二人はなんだかんだ言っていい相性なのだから仲良くできるはずなのに、それがないのがもどかしいからである。
セベクの厳しい視線はユウにも向けられた。
「それと人間! マレウス様をさん付けではなく、『偉大なるマレウス・ドラコニア様』と呼べ!」
「分かった。セベクと山登り、楽しみにしているよ」
「貴様は本当に分かっているのか……。まあいい」
ユウがとぼけてみせたのが功を奏したのか、セベクは勢いをなくして視線を輪の中心に向けた。そこには、いつどうやって遠足をするのかという話し合いに発展していた。もはや声の渦である。誰が何を言っているのか、聞き取るのもおっくうになるほどだった。
「では後日、しおりをお配りしますので、皆さんはしばしお待ちください」
というジェイドの一言で、一同は解散となった。ユウはバラバラに帰る一同の中で、ジェイドに手招きをされる。嫌な予感がしつつも傍に近寄ると、ジェイドの端正な顔が彼女の耳の傍まで降りてきた。
「こんなにたくさんのお仲間を連れてくるだなんて、つれないですねえ」
背筋を駆け下りた悪寒に顔を上げると、ジェイドはいつの間にか背筋を伸ばしていた。彼は普段通りのきれいな笑顔で手を振る。
「それでは、お気を付けてお帰りください」
まるで獲物を見つけた肉食獣のような瞳に、彼女はぞっとして走り出した。モストロ・ラウンジを出た先でまだ歩いているシルバーに声をかけ、オンボロ寮までと送ってほしいと頼むまでに時間は要らなかった。