後編
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シルバーはそれからユウと時折廊下ですれ違えば挨拶する仲になった。ユウはシルバーが思う以上に逞しい人物だった。寮長たちに屈託なく声をかける姿や、身勝手さに振り回されながらもそれに応えていく姿を見る度、シルバーは目の前で火花が散るような感覚に陥った。
エースとデュース、グリムに囲まれる姿は、何ら変哲のないただの学生だ。友と共に学び、遊び、眠るのだろう。シルバーはそんな彼女が眩しくて仕方なかった。
一言で言えば、ユウはよく馴染んでいたのだ。多くのものに声をかけられ、笑顔で立っている。友人にも恵まれ、授業にも実に真面目さだけでよく食らいついている。分からない部分をたまに聞かれたりもするが、しっかり理解するまで諦めない姿勢は無口なシルバーが時間を忘れて面倒を見てしまうほどだった。
ユウに強い力技や魔法はなくとも、その頭脳で難なく降りかかる争いを切り抜けていた。持ち前の人の良さで学年関係なく人脈もある。なにより、この世界の住人でもないというのに、環境に適応していくその逞しさには目を見張るものがあった。
彼女は弱くない。シルバーの脳裏で描かれていた傷ついてばかりの彼女は幻だったのだ。そう信じて疑わなかった。
それが幻想にすぎないと知ったのは、この学園裏の森で見るはずのないものだった。シルバーは鍛錬として走り込みも日課にしている。その際のルートとして学園裏の森を使うのだが、視界の端でとらえたそれを見逃さなかった。足を止めた彼は、少しだけ上がった息を落ち着かせながら、膝を折って屈んだ。
血痕が草葉について斑で落とし、線を描いている。血の手形がついた木には、わずかなへこみがある。怪我を負わされた人物は、殴られたか蹴り上げられて、この木にぶつけられたんだろう。出血を抑えた手の跡が五本の線に分かれて、血痕の続く先へと続いている。
常日頃から争いは愚かだと主人や父親に聞かされているシルバーは、この争いを収める必要があると感じた。森は日暮れも近いせいで一層暗くなっている。足元が見えなくなってきている今、残された時間はあまりないと直感した。
血の跡をところどころ見つけて歩いていると、出血が治まったのかもう血痕が見当たらない。まだ争いは終わっていないだろう。歯噛みしそうになった彼に、小鳥やリスたちが近寄ってきた。いつも力を貸してくれるこの小さな仲間は、自分の意思をくみ取っているように一斉に同じ方向へ進みだした。やけに小鳥が急かすように鳴いている。
「急ごう」
シルバーは小動物たちの先導について走り出す。胸を焦がすような焦燥感が、シルバーの背筋を冷たくさせた。
開けた視界に出てきたのは星送りの時に使われた大樹だ。シルバーは鍛錬でよくここで寝てしまうのだが、今日はそこに先客がいた。
どこの寮にも所属しないため寮章のないブレザーが真っ先に目に飛び込んだ。大樹の根元に倒れ込んでいる監督生にシルバーは冷たいものがうなじを滑り落ちるのを感じた。
「監督生!」
足元の小動物に構わず近づき抱き起こす。ざんばらに短く切られた髪の間から、真っ赤に腫れ上がった頬が見える。口の端から零れている血の跡に、シルバーは全身が激しい炎に包まれる感覚がした。
「う……」
主人と似た黒い髪の隙間から、夜の闇を思わせる瞳が揺れながらシルバーを捉える。シルバーは弱り切った動物が救いを求めているような瞳に、動きを止めた。
彼は彼女が目の前で倒れていることが信じられなかった。監督生は強い。そのはずだ。なのに、ここで呻き声を上げながら倒れている。
誰がこんなことをした。彼女が女だからと侮り、1人のときを狙って姑息にも集団で暴行を加えた愚か者はどこの馬の骨だ。彼らに粛清を与えなくてはいけない。シルバーは確かにその時己に使命を課した。
動物たちはシルバーの足元に彼女をいたぶった相手の証拠品を出してくれた。いくつかの寮の寮生が関わっているあたり、かねてからユウを狙っての犯行だということは想像に難くなかった。
「許さない」
ユウが何かを言おうと唇を動かしているが、シルバーはそれを止めた。
「……動くな。今治す」
まず出血を魔法で止め、顔の腫れを引かせる。少しは効果があるのか、監督生の顔は楽そうだ。水魔法で氷を生み出し、自身の体操着を千切って氷を包み、まだ腫れている頬に当てると小さな悲鳴が漏れた。
震えながら簡易的な氷嚢を小さな手で支えようとするユウは、シルバーの瞳をまっすぐ見て微笑んだ。その瞬間、シルバーの心臓はどくりと跳ねた。
「あ……ありがとうございます」
柔らかく微笑もうとするユウは寧ろ痛々しくて、シルバーは無理をするなと厳しく言った。
「魔法で一時的に直しただけだ。保健室に行って、治療した方がいい」
「はい……」
事実、シルバーの魔法は遠く主人や父には届かないため、中途半端な治療でしかない。こればかりは専門家に任せるしかないのだ。
氷嚢を押さえて起き上がろうと肘をつくユウの体を、シルバーは制止した。今無理に体を動かしても、顔だけでなく胴体にも打撲を負っていることは汚れた制服から判別できた。
「無理に起き上がるな。俺が背負って行こう」
「え、でも」
「肋骨が折れていたら、内臓を傷つけて最悪死ぬ」
焦りから出る容赦のない事実にユウの表情は怯えに染まった。シルバーは自分の言葉選びが間違っていたのを歯噛みしたくなった。ユウはぐったりと草むらに体を横たえたまま、シルバーに左手を伸ばした。
「……おねがいします」
簡単に人に身を預けてしまえるユウの心があまりに純真で、シルバーは言いようのない物悲しさに胸を浸した。ユウのろっ骨などがものにあたってずれないように、魔法で仮止めをしておく。そして、そのまま姫抱きをした。普段から鍛えているシルバーからすれば、ユウは軽すぎて思わずもっとご飯を食べろと言ってしまいたくなるほどだった。
エースとデュース、グリムに囲まれる姿は、何ら変哲のないただの学生だ。友と共に学び、遊び、眠るのだろう。シルバーはそんな彼女が眩しくて仕方なかった。
一言で言えば、ユウはよく馴染んでいたのだ。多くのものに声をかけられ、笑顔で立っている。友人にも恵まれ、授業にも実に真面目さだけでよく食らいついている。分からない部分をたまに聞かれたりもするが、しっかり理解するまで諦めない姿勢は無口なシルバーが時間を忘れて面倒を見てしまうほどだった。
ユウに強い力技や魔法はなくとも、その頭脳で難なく降りかかる争いを切り抜けていた。持ち前の人の良さで学年関係なく人脈もある。なにより、この世界の住人でもないというのに、環境に適応していくその逞しさには目を見張るものがあった。
彼女は弱くない。シルバーの脳裏で描かれていた傷ついてばかりの彼女は幻だったのだ。そう信じて疑わなかった。
それが幻想にすぎないと知ったのは、この学園裏の森で見るはずのないものだった。シルバーは鍛錬として走り込みも日課にしている。その際のルートとして学園裏の森を使うのだが、視界の端でとらえたそれを見逃さなかった。足を止めた彼は、少しだけ上がった息を落ち着かせながら、膝を折って屈んだ。
血痕が草葉について斑で落とし、線を描いている。血の手形がついた木には、わずかなへこみがある。怪我を負わされた人物は、殴られたか蹴り上げられて、この木にぶつけられたんだろう。出血を抑えた手の跡が五本の線に分かれて、血痕の続く先へと続いている。
常日頃から争いは愚かだと主人や父親に聞かされているシルバーは、この争いを収める必要があると感じた。森は日暮れも近いせいで一層暗くなっている。足元が見えなくなってきている今、残された時間はあまりないと直感した。
血の跡をところどころ見つけて歩いていると、出血が治まったのかもう血痕が見当たらない。まだ争いは終わっていないだろう。歯噛みしそうになった彼に、小鳥やリスたちが近寄ってきた。いつも力を貸してくれるこの小さな仲間は、自分の意思をくみ取っているように一斉に同じ方向へ進みだした。やけに小鳥が急かすように鳴いている。
「急ごう」
シルバーは小動物たちの先導について走り出す。胸を焦がすような焦燥感が、シルバーの背筋を冷たくさせた。
開けた視界に出てきたのは星送りの時に使われた大樹だ。シルバーは鍛錬でよくここで寝てしまうのだが、今日はそこに先客がいた。
どこの寮にも所属しないため寮章のないブレザーが真っ先に目に飛び込んだ。大樹の根元に倒れ込んでいる監督生にシルバーは冷たいものがうなじを滑り落ちるのを感じた。
「監督生!」
足元の小動物に構わず近づき抱き起こす。ざんばらに短く切られた髪の間から、真っ赤に腫れ上がった頬が見える。口の端から零れている血の跡に、シルバーは全身が激しい炎に包まれる感覚がした。
「う……」
主人と似た黒い髪の隙間から、夜の闇を思わせる瞳が揺れながらシルバーを捉える。シルバーは弱り切った動物が救いを求めているような瞳に、動きを止めた。
彼は彼女が目の前で倒れていることが信じられなかった。監督生は強い。そのはずだ。なのに、ここで呻き声を上げながら倒れている。
誰がこんなことをした。彼女が女だからと侮り、1人のときを狙って姑息にも集団で暴行を加えた愚か者はどこの馬の骨だ。彼らに粛清を与えなくてはいけない。シルバーは確かにその時己に使命を課した。
動物たちはシルバーの足元に彼女をいたぶった相手の証拠品を出してくれた。いくつかの寮の寮生が関わっているあたり、かねてからユウを狙っての犯行だということは想像に難くなかった。
「許さない」
ユウが何かを言おうと唇を動かしているが、シルバーはそれを止めた。
「……動くな。今治す」
まず出血を魔法で止め、顔の腫れを引かせる。少しは効果があるのか、監督生の顔は楽そうだ。水魔法で氷を生み出し、自身の体操着を千切って氷を包み、まだ腫れている頬に当てると小さな悲鳴が漏れた。
震えながら簡易的な氷嚢を小さな手で支えようとするユウは、シルバーの瞳をまっすぐ見て微笑んだ。その瞬間、シルバーの心臓はどくりと跳ねた。
「あ……ありがとうございます」
柔らかく微笑もうとするユウは寧ろ痛々しくて、シルバーは無理をするなと厳しく言った。
「魔法で一時的に直しただけだ。保健室に行って、治療した方がいい」
「はい……」
事実、シルバーの魔法は遠く主人や父には届かないため、中途半端な治療でしかない。こればかりは専門家に任せるしかないのだ。
氷嚢を押さえて起き上がろうと肘をつくユウの体を、シルバーは制止した。今無理に体を動かしても、顔だけでなく胴体にも打撲を負っていることは汚れた制服から判別できた。
「無理に起き上がるな。俺が背負って行こう」
「え、でも」
「肋骨が折れていたら、内臓を傷つけて最悪死ぬ」
焦りから出る容赦のない事実にユウの表情は怯えに染まった。シルバーは自分の言葉選びが間違っていたのを歯噛みしたくなった。ユウはぐったりと草むらに体を横たえたまま、シルバーに左手を伸ばした。
「……おねがいします」
簡単に人に身を預けてしまえるユウの心があまりに純真で、シルバーは言いようのない物悲しさに胸を浸した。ユウのろっ骨などがものにあたってずれないように、魔法で仮止めをしておく。そして、そのまま姫抱きをした。普段から鍛えているシルバーからすれば、ユウは軽すぎて思わずもっとご飯を食べろと言ってしまいたくなるほどだった。