守るべきは貴方の笑顔
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
シルバーは無我夢中で走っていた。仕事が終わったと思いスマホを見れば、ユウからの着信が何件も並んでいるのだ。シルバーの仕事を優先すると言っていた彼女には考えられない行動に首をかしげると、留守電が入っている。スマホを耳に当てて聞けば、息も絶え絶えなユウが何度も切なげに自分の名前を呼んでいた。同時に、彼女の声より遠いところでリリアが「シルバー! ユウが危篤なんじゃ! 早く来んか!」と叫んでいる。
何も考えられなくなったシルバーは、衣服の乱れも気にせず城内を走っていく。城の中は主人を守る時以外に魔法を使うことは禁止されているので、出口までもつれそうになる足を必死に前へ進ませた。
彼の脳裏で笑っているユウが一瞬で森の中で倒れ伏す姿に変わる。焦ったせいで呼吸は乱れ、シルバーは壁に肩をぶつけるが、それすら気にせず彼は前へ体を倒した。
何とか城の門を出たシルバーに門番の巨人は声をかけるが、風のように彼は消えた。一瞬で転送魔法で飛んだシルバーは、慣れた手つきで家の扉を開ける。二階が騒がしいのでそのまま階段を駆け上がり、二人の寝室に入るとリリアがユウの手を握っていた。ユウはベッドに伏しており、目は閉じている。
「ユウ、シルバーが来たぞ」
う、と呻きながら開かれた黒曜石の瞳が、シルバーを射抜く。紙のように白くなった頬が、力なく笑った。
「シルバー……」
「ユウ!」
リリアがシルバーに席を譲ると、彼はそこに膝をついてユウの手をしっかりと握る。いざ目の前に弱った妻の姿があると、シルバーの手は震え出した。
「いかないでくれ。頼む。俺を置いて行くな!」
縋りつくシルバーに、リリアはそっと彼の肩を掴んだ。
「あまり派手に動かすな。毒を入れられておる。……悪いが、医者も十分に手を尽くした」
「そんな……」絶望でぼろぼろと大粒の涙をこぼすシルバーに、ユウは目を細める。繋がれた手はあまりに細く折れそうなのに、頑なに放そうとしない。
「シルバー……ごめんね。でも本当に、人間として妖精と人間の共存を手伝いたかった……。最期くらいは、貴方に認めてもらいたかったな」
力なく笑うユウに、シルバーは心の底から叫んだ。
「認める! 認めるから……頼む。ユウ、死なないでくれ」
彼女の手に頬を擦り付けて泣くシルバーに、ユウは静かに問い返す。
「本当? 認めてくれるの?」
「ああ」
「約束よ」
「もちろんだ」
ぎらり、とユウの眼は光り、起き上がった。派手な音を立てて開けられた扉から、セベクの大柄な体が出てくる。
「言質は取ったぞ!!!」
呆然としたシルバーは、セベクに見下ろされながら「今の言葉、違えるな!」と言われる。背後にいるリリアは何やら楽しそうに笑っていて、手元には発言を書き留めた文書がある。ヴァンルージュ家の紋章が刻まれたその文書は王家に保管されるものだ。
「すぐさまマレウスに届けてくるぞ!」
リリアとセベクが意気揚々と出て行ったことを見届けると、ゆっくりとシルバーはユウの方に振り返った。彼女の顔色の悪さは白粉のせいだと、拭った頬から見える肌色が教えてくれる。
「……どういうことだ……?」
「シルバーがあんまりにも認めないから、少し強引にさせてもらった。貴方の言葉を公式文書にすれば、その言葉を盾に私が人間のまま活動できるってセベクに教えてもらったから」
眉をしかめているユウが腕を組み、シルバーを見据えている。彼はようやく事態に気が付き、大きなため息を吐いて頭を抱えた。
「セベクと親父殿を使ってまで公式文書にするくらいなら、説得してくれ……」
「もちろんそうしたかった」ユウが真っ直ぐ答えると、シルバーは黒曜石の瞳を見上げた。
「シルバーの機嫌が直るまで待つか、少し強引にするかで悩んだ。でも、私と貴方の時間は違う。悠長に待ってたら、私はおばあちゃんになっちゃう。それだけは嫌」
ユウの腕は解かれ、シルバーの手を取る。包んだ手は涙で濡れていて、彼女の胸はつきんと針に刺されたように痛んだ。
「妖精と人間の共存に欠かせないのは、その間を取り持とうとする両種族の存在。それは人と妖精の間の子でも、ギフテッドでも、異世界から来た人間でもいい。なら私は、妖精たちと共にありたい人間として調査員になる」
ユウはぎゅっと硬い手を握る。見下ろした先のオーロラシルバーが分かってくれないことは承知の上だ。それでも、成しえたい夢を抱かせた目の前の存在を愛おしく思った。
「なにより、貴方を差別する人たちを少しでも減らしたい。何度邪魔されて、壊されても、諦めない」
シルバーは覗き込んでくる黒曜石の輝きに息を飲んだ。誰よりも彼女を知っているはずなのに、ユウは彼の知らない顔をしている。それは決意を胸に秘めた騎士の顔つきだった。
「ねえ、シルバー。私にも貴方を守らせてよ」
ユウの視線から目を逸らせなくなったシルバーは、痛みを堪えるように顔をしかめる。苦しそうにしている彼は、一度目を閉じ、息を吐いた。ユウはただ彼の返事を待つ。シルバーの薄い唇がゆっくりと動いた。
「……確かに、お前の残り少ない人生を俺のわがままで終わらせるのはもったいない」
ユウが息を飲むと、シルバーは薄く笑う。「いいの?」思わぬ返答にユウの瞳から涙がこぼれる。「もちろんだ」頷いたシルバーは、そのまま片膝をついた。彼女の手を取ったまま、オーロラシルバーが見上げてくる。
「ユウ、先ほどは勢いだけで言ってしまったが、騎士として、お前の伴侶として誓おう。……お前が進む道を俺は応援する」
喜びのあまり、ユウは口元に手を当てたまま動かない。シルバーは次の瞬間、表情を険しくした。
「だが、危険な目に遭うような真似ばかりされるのは困る。自分の身を護るためにも鍛錬は怠るな」
「ハイ……」
そうだった、とユウは鍛錬も再開しなければならない、と遠くを見た。険しい表情をしていたシルバーが辛そうに目を細める。
「それとお前が死ぬ設定でこんな試す真似をしないと約束してくれ。俺は……」
「ごめんなさい。もうしない」
シルバーの首元に抱きついたユウは、思った以上に彼に辛い思いをさせてしまったことを恥じた。緊急事態とはいえ強硬手段に出るのは、もうこれきりにしようと彼女は誓う。
抱きついた彼女の背中に手を這わせたシルバーは、小さなその身体を優しく包んだ。大事にしたい彼女の脆さが薬で丈夫になれば、不安はぬぐえると考えていた。しかし、そんなことはないとあの茶番が彼に教えた。ならばいっそ、ユウの生きる道を共に歩いて、守っていくしかあるまい。彼女の笑顔を守ること、谷の平和を守ること。その両方を成立させるためにますます強くならねばならないと、シルバーはユウの温もりを感じ抱きしめる。
茶髪のカーテンの中で、ユウとシルバーは視線が合った。久しぶりに込み上げる愛おしさに、そっと顔を近づけようとすると、先に鼻先が二人の唇よりも先に触れあう。目を丸くした二人は、小さく声を上げて笑った。
「キスの仕方も忘れちゃいましたね。私たち」
「これから思い出せばいい」
シルバーの手が彼女の頬に添えられ、ユウはその手に頬をすり寄せる。目を閉じたユウに、シルバーは今度こそ唇を重ねた。
何も考えられなくなったシルバーは、衣服の乱れも気にせず城内を走っていく。城の中は主人を守る時以外に魔法を使うことは禁止されているので、出口までもつれそうになる足を必死に前へ進ませた。
彼の脳裏で笑っているユウが一瞬で森の中で倒れ伏す姿に変わる。焦ったせいで呼吸は乱れ、シルバーは壁に肩をぶつけるが、それすら気にせず彼は前へ体を倒した。
何とか城の門を出たシルバーに門番の巨人は声をかけるが、風のように彼は消えた。一瞬で転送魔法で飛んだシルバーは、慣れた手つきで家の扉を開ける。二階が騒がしいのでそのまま階段を駆け上がり、二人の寝室に入るとリリアがユウの手を握っていた。ユウはベッドに伏しており、目は閉じている。
「ユウ、シルバーが来たぞ」
う、と呻きながら開かれた黒曜石の瞳が、シルバーを射抜く。紙のように白くなった頬が、力なく笑った。
「シルバー……」
「ユウ!」
リリアがシルバーに席を譲ると、彼はそこに膝をついてユウの手をしっかりと握る。いざ目の前に弱った妻の姿があると、シルバーの手は震え出した。
「いかないでくれ。頼む。俺を置いて行くな!」
縋りつくシルバーに、リリアはそっと彼の肩を掴んだ。
「あまり派手に動かすな。毒を入れられておる。……悪いが、医者も十分に手を尽くした」
「そんな……」絶望でぼろぼろと大粒の涙をこぼすシルバーに、ユウは目を細める。繋がれた手はあまりに細く折れそうなのに、頑なに放そうとしない。
「シルバー……ごめんね。でも本当に、人間として妖精と人間の共存を手伝いたかった……。最期くらいは、貴方に認めてもらいたかったな」
力なく笑うユウに、シルバーは心の底から叫んだ。
「認める! 認めるから……頼む。ユウ、死なないでくれ」
彼女の手に頬を擦り付けて泣くシルバーに、ユウは静かに問い返す。
「本当? 認めてくれるの?」
「ああ」
「約束よ」
「もちろんだ」
ぎらり、とユウの眼は光り、起き上がった。派手な音を立てて開けられた扉から、セベクの大柄な体が出てくる。
「言質は取ったぞ!!!」
呆然としたシルバーは、セベクに見下ろされながら「今の言葉、違えるな!」と言われる。背後にいるリリアは何やら楽しそうに笑っていて、手元には発言を書き留めた文書がある。ヴァンルージュ家の紋章が刻まれたその文書は王家に保管されるものだ。
「すぐさまマレウスに届けてくるぞ!」
リリアとセベクが意気揚々と出て行ったことを見届けると、ゆっくりとシルバーはユウの方に振り返った。彼女の顔色の悪さは白粉のせいだと、拭った頬から見える肌色が教えてくれる。
「……どういうことだ……?」
「シルバーがあんまりにも認めないから、少し強引にさせてもらった。貴方の言葉を公式文書にすれば、その言葉を盾に私が人間のまま活動できるってセベクに教えてもらったから」
眉をしかめているユウが腕を組み、シルバーを見据えている。彼はようやく事態に気が付き、大きなため息を吐いて頭を抱えた。
「セベクと親父殿を使ってまで公式文書にするくらいなら、説得してくれ……」
「もちろんそうしたかった」ユウが真っ直ぐ答えると、シルバーは黒曜石の瞳を見上げた。
「シルバーの機嫌が直るまで待つか、少し強引にするかで悩んだ。でも、私と貴方の時間は違う。悠長に待ってたら、私はおばあちゃんになっちゃう。それだけは嫌」
ユウの腕は解かれ、シルバーの手を取る。包んだ手は涙で濡れていて、彼女の胸はつきんと針に刺されたように痛んだ。
「妖精と人間の共存に欠かせないのは、その間を取り持とうとする両種族の存在。それは人と妖精の間の子でも、ギフテッドでも、異世界から来た人間でもいい。なら私は、妖精たちと共にありたい人間として調査員になる」
ユウはぎゅっと硬い手を握る。見下ろした先のオーロラシルバーが分かってくれないことは承知の上だ。それでも、成しえたい夢を抱かせた目の前の存在を愛おしく思った。
「なにより、貴方を差別する人たちを少しでも減らしたい。何度邪魔されて、壊されても、諦めない」
シルバーは覗き込んでくる黒曜石の輝きに息を飲んだ。誰よりも彼女を知っているはずなのに、ユウは彼の知らない顔をしている。それは決意を胸に秘めた騎士の顔つきだった。
「ねえ、シルバー。私にも貴方を守らせてよ」
ユウの視線から目を逸らせなくなったシルバーは、痛みを堪えるように顔をしかめる。苦しそうにしている彼は、一度目を閉じ、息を吐いた。ユウはただ彼の返事を待つ。シルバーの薄い唇がゆっくりと動いた。
「……確かに、お前の残り少ない人生を俺のわがままで終わらせるのはもったいない」
ユウが息を飲むと、シルバーは薄く笑う。「いいの?」思わぬ返答にユウの瞳から涙がこぼれる。「もちろんだ」頷いたシルバーは、そのまま片膝をついた。彼女の手を取ったまま、オーロラシルバーが見上げてくる。
「ユウ、先ほどは勢いだけで言ってしまったが、騎士として、お前の伴侶として誓おう。……お前が進む道を俺は応援する」
喜びのあまり、ユウは口元に手を当てたまま動かない。シルバーは次の瞬間、表情を険しくした。
「だが、危険な目に遭うような真似ばかりされるのは困る。自分の身を護るためにも鍛錬は怠るな」
「ハイ……」
そうだった、とユウは鍛錬も再開しなければならない、と遠くを見た。険しい表情をしていたシルバーが辛そうに目を細める。
「それとお前が死ぬ設定でこんな試す真似をしないと約束してくれ。俺は……」
「ごめんなさい。もうしない」
シルバーの首元に抱きついたユウは、思った以上に彼に辛い思いをさせてしまったことを恥じた。緊急事態とはいえ強硬手段に出るのは、もうこれきりにしようと彼女は誓う。
抱きついた彼女の背中に手を這わせたシルバーは、小さなその身体を優しく包んだ。大事にしたい彼女の脆さが薬で丈夫になれば、不安はぬぐえると考えていた。しかし、そんなことはないとあの茶番が彼に教えた。ならばいっそ、ユウの生きる道を共に歩いて、守っていくしかあるまい。彼女の笑顔を守ること、谷の平和を守ること。その両方を成立させるためにますます強くならねばならないと、シルバーはユウの温もりを感じ抱きしめる。
茶髪のカーテンの中で、ユウとシルバーは視線が合った。久しぶりに込み上げる愛おしさに、そっと顔を近づけようとすると、先に鼻先が二人の唇よりも先に触れあう。目を丸くした二人は、小さく声を上げて笑った。
「キスの仕方も忘れちゃいましたね。私たち」
「これから思い出せばいい」
シルバーの手が彼女の頬に添えられ、ユウはその手に頬をすり寄せる。目を閉じたユウに、シルバーは今度こそ唇を重ねた。