守るべきは貴方の笑顔
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穏やかな陽の光が差すリビングで、沈痛な表情を浮かべる彼女の話を聞いたセベクは顔を顰める。ユウの暗い表情は、明るいはずの彼女の家を暗く感じさせた。
「まだそんな言葉を使う者がいるとは、品性を疑うな」
マグカップを持ったセベクが一口紅茶をすする。ユウは彼に「責めないであげて」と首を横に振った。
「相手は子どもだよ。きっと周りの大人や子供に認められたくて、使ってしまったんだと思う」
「だとしても、若様のお言葉に逆らうなど、愚かにもほどがある」
セベクは至極当然だと言わんばかりに吐き捨てると、ぎりぎりと拳をテーブルの上で唸らせている。この友人も怒ってくれているのだと思うと、ユウは一人で抱え込んでいるようなこの苦しみが少し和らぐ気がした。
「ツノ太郎のおかげで大分落ち着いたと思ったけれど、まだ根は深い」
「ふん。それだけ、傷つけられた記憶を手放せないのだろう」
一年前、騎士団のギフテッドたちへの迫害をやめるようマレウスが声明を出した。命の危機を感じたギフテッドたちが続々と騎士団から離れていったのが原因だ。「まさか、異質であるからと迫害を行う者がこの妖精族にいるとは」呆れて涙も出ないと放心しているマレウスの顔を見たのは、ユウはあれが初めてだった。
しかし、痣だらけになって帰ってきたシルバーを見て、問題の深刻さが彼女の心を抉る。彼の話によると、騎士団の人間と見るや否や石を投げ、殴りつける者まで現れたそうだ。「なぜ抵抗しなかったんですか」ただ黙って殴られるような人ではないことをユウは分かっている。そんな彼女を、シルバーは彼女の骨が悲鳴を上げる手前まで抱きしめた。「相手は子供だ。それもまだ、ミドルスクールにも入っていないだろう」ユウは彼を涙ながらに力一杯抱きしめた。悲しみに彩られた記憶たちは、つい昨日のことのように彼女には思い出せる。「人間でも妖精でもないから、怖いそうだ」淡々とした口調で悲しみと怒りに声を震わせているシルバーの痛みを彼女は肌身に感じた。きっと彼のように偽物呼ばわりされ、傷ついた者たちもいるだろう。住処すら奪われたギフテッドとその家族を受け入れると彼女は決意した。
その後、リリアをはじめとする親人間派の活動が始められる。親人間派の貴族の言葉が伝書に載せられ、あの大英雄リリア・ヴァンルージュの言葉だからと賛同するものも現れた。ユウとギフテッドの家族たちで行った広報活動で徐々にギフテッドの偏見が多少は改善されている。最終的にマレウスが出した声明で、フェイカーという言葉は姿を消していった。
だが、離れていった騎士たちの中には帰ってこない者も多い。そもそも妖精への反感を抱いた者もいて、人知れず谷を出て行った者も少なくない。ユウは今まで以上に人間と妖精の懸け橋になれるよう意気込み始めた矢先で、シルバーと仲違いした。
「まだ口もきいていないのか」
じっと見据えてくるセベクの視線にいたたまれなくなり、ユウは顔を背ける。彼女の横髪で隠れた表情は見えずとも、セベクはそれが良くない報せであることを察していた。
「あいつは相変わらず強情だな」
「でも、シルバーの気持ちはわかるよ。私だってシルバーに長生きしてほしい。減らせるリスクがあるなら、減らしたいって」
向こう見ずな自分の性格を踏まえても、ギフテッドとなるメリットの方が多い。しかし、ユウは人間という立場でなければ、種族の関係なく手を取り合える世界を実現することは難しいだろうと考えていた。
「でも、人間と仲良くしようとする妖精だけじゃなくて、妖精と仲良くしたい人間も必要だから。シルバーの願いを応援できない立場になりたくない」
ぎゅっと机の上で手が固く組まれる。セベクは「迷うことなどないじゃないか」と腕を組んだ。
「お前が決めたことなんだろう。なら、少しは胸を張ったらどうだ」
至極まっとうなセベクの言葉に、ユウの顔はますます暗くなる。俯いた彼女の髪が天幕のように完全に表情を隠した。「お前も、俺を『贋作(フェイカー)』だと蔑むのか?」シルバーの声が彼女の脳内で蘇る。
「人でも妖精でもない存在の苦しみを、私じゃ分かってあげられない……」
人間にも妖精にも味方されない彼の小さな背中を、あの時ユウは抱きしめてやることしかできなかった。心のケアに有効だと聞いて開いたギフテッド同士の交流会で、シルバーは失いかけていた笑顔を取り戻していく。彼の本当の苦しみを分かってやれない無力さが、彼女の心を苛んだ。
「お前は馬鹿か?」
突然かけられた言葉にあっけにとられてセベクを見やる。ユウを見下ろす顔は一切の同情が見えない。ユウは腹の底から沸き立つ怒りのまま呟いた。
「はあ? いきなり馬鹿って……それが傷ついている友人にかける言葉!?」
「これは失礼。言葉を間違えた。……正真正銘の馬鹿だ」
見下すような視線で薄ら笑いを浮かべるセベクに、ユウはこめかみに青筋を立てた。「はぁー!?」そんな風に言われる覚えは一つもないうえ、辛い胸の内を打ち明けたくて頼った彼からの仕打ちにユウは泣きたくなった。
「お前のその理論で行けば、僕も妖精とも人間とも言えない存在だ」
再び真剣な表情に戻ったセベクの言葉にユウは口をつぐむ。
「だが、僕は若様の護衛として、種族がどうだの気にしないようにしている」
「……でも、シルバーはそうじゃない」
「当たり前だ。そもそも個体として違う上に、それぞれが抱える背景も異なる。だからこそ、お前たち二人でなければできないこともあるだろう」
シルバーと二人でなければできないこととは何だろう、とユウは首を傾げた。そもそも、ユウは夢を語ることが恥ずかしくてシルバーにはいまいち説明しきれていないところもある。それでも彼は許してくれるだろうと高をくくっていた自身も悪かったのだと、ユウは今更になって反省しだした。
「……あの人に、私の夢を分かってほしいけど」
恥ずかしいなどという優しい言葉ではすまされない。ユウは自分の夢を彼に拒絶されるのが怖くてたまらなかった。リリアを応援するシルバーの力になりたい。たったそれだけのことで動いた自分を彼が責めるなら、薬を飲んでいないことも夢も言わない方がいいと彼女は自ら秘密を持ち込んだ。そのせいで、シルバーに不信を抱かせてしまっている。
自分がすべて悪いんだと頭を抱えたユウに、セベクは「泣くな!」と叱責した。
「なんだそのしけた顔は。決意と言うものは他人が関わってくると多少なりとも反対される。その相手がたまたまシルバーだっただけだ。時間をかけて説得していけばいい」
ユウは頬を両手で拭いながら、首を横に振る。
「でも、シルバーに比べたら私なんてもう時間はないんだよ。悠長にしていられない」
もう、ユウとシルバーは同じ時を生きていないのだと思いいたったセベクは、大きくため息を吐く。目を閉じた彼は、観念したように呻いた。
「……なら、力づくで納得させるしかあるまい」
セベクの言葉に目を丸くしたユウは、机に身を乗り出す。何かセベクには方策があるらしいと、彼女は期待を隠しきれない。
「でもそんなことどうやってするの?」
「あいつの性質を無駄に知っている僕から一つアドバイスしてやる。シルバーはああ見えて、感覚で物事を理解する癖がある。だから、あいつの感覚に訴えるしかない」
この時、彼女はまさかこの家のベッドで横になって愛する義父に看取られることになるとは露ほども思わなかった。
「まだそんな言葉を使う者がいるとは、品性を疑うな」
マグカップを持ったセベクが一口紅茶をすする。ユウは彼に「責めないであげて」と首を横に振った。
「相手は子どもだよ。きっと周りの大人や子供に認められたくて、使ってしまったんだと思う」
「だとしても、若様のお言葉に逆らうなど、愚かにもほどがある」
セベクは至極当然だと言わんばかりに吐き捨てると、ぎりぎりと拳をテーブルの上で唸らせている。この友人も怒ってくれているのだと思うと、ユウは一人で抱え込んでいるようなこの苦しみが少し和らぐ気がした。
「ツノ太郎のおかげで大分落ち着いたと思ったけれど、まだ根は深い」
「ふん。それだけ、傷つけられた記憶を手放せないのだろう」
一年前、騎士団のギフテッドたちへの迫害をやめるようマレウスが声明を出した。命の危機を感じたギフテッドたちが続々と騎士団から離れていったのが原因だ。「まさか、異質であるからと迫害を行う者がこの妖精族にいるとは」呆れて涙も出ないと放心しているマレウスの顔を見たのは、ユウはあれが初めてだった。
しかし、痣だらけになって帰ってきたシルバーを見て、問題の深刻さが彼女の心を抉る。彼の話によると、騎士団の人間と見るや否や石を投げ、殴りつける者まで現れたそうだ。「なぜ抵抗しなかったんですか」ただ黙って殴られるような人ではないことをユウは分かっている。そんな彼女を、シルバーは彼女の骨が悲鳴を上げる手前まで抱きしめた。「相手は子供だ。それもまだ、ミドルスクールにも入っていないだろう」ユウは彼を涙ながらに力一杯抱きしめた。悲しみに彩られた記憶たちは、つい昨日のことのように彼女には思い出せる。「人間でも妖精でもないから、怖いそうだ」淡々とした口調で悲しみと怒りに声を震わせているシルバーの痛みを彼女は肌身に感じた。きっと彼のように偽物呼ばわりされ、傷ついた者たちもいるだろう。住処すら奪われたギフテッドとその家族を受け入れると彼女は決意した。
その後、リリアをはじめとする親人間派の活動が始められる。親人間派の貴族の言葉が伝書に載せられ、あの大英雄リリア・ヴァンルージュの言葉だからと賛同するものも現れた。ユウとギフテッドの家族たちで行った広報活動で徐々にギフテッドの偏見が多少は改善されている。最終的にマレウスが出した声明で、フェイカーという言葉は姿を消していった。
だが、離れていった騎士たちの中には帰ってこない者も多い。そもそも妖精への反感を抱いた者もいて、人知れず谷を出て行った者も少なくない。ユウは今まで以上に人間と妖精の懸け橋になれるよう意気込み始めた矢先で、シルバーと仲違いした。
「まだ口もきいていないのか」
じっと見据えてくるセベクの視線にいたたまれなくなり、ユウは顔を背ける。彼女の横髪で隠れた表情は見えずとも、セベクはそれが良くない報せであることを察していた。
「あいつは相変わらず強情だな」
「でも、シルバーの気持ちはわかるよ。私だってシルバーに長生きしてほしい。減らせるリスクがあるなら、減らしたいって」
向こう見ずな自分の性格を踏まえても、ギフテッドとなるメリットの方が多い。しかし、ユウは人間という立場でなければ、種族の関係なく手を取り合える世界を実現することは難しいだろうと考えていた。
「でも、人間と仲良くしようとする妖精だけじゃなくて、妖精と仲良くしたい人間も必要だから。シルバーの願いを応援できない立場になりたくない」
ぎゅっと机の上で手が固く組まれる。セベクは「迷うことなどないじゃないか」と腕を組んだ。
「お前が決めたことなんだろう。なら、少しは胸を張ったらどうだ」
至極まっとうなセベクの言葉に、ユウの顔はますます暗くなる。俯いた彼女の髪が天幕のように完全に表情を隠した。「お前も、俺を『贋作(フェイカー)』だと蔑むのか?」シルバーの声が彼女の脳内で蘇る。
「人でも妖精でもない存在の苦しみを、私じゃ分かってあげられない……」
人間にも妖精にも味方されない彼の小さな背中を、あの時ユウは抱きしめてやることしかできなかった。心のケアに有効だと聞いて開いたギフテッド同士の交流会で、シルバーは失いかけていた笑顔を取り戻していく。彼の本当の苦しみを分かってやれない無力さが、彼女の心を苛んだ。
「お前は馬鹿か?」
突然かけられた言葉にあっけにとられてセベクを見やる。ユウを見下ろす顔は一切の同情が見えない。ユウは腹の底から沸き立つ怒りのまま呟いた。
「はあ? いきなり馬鹿って……それが傷ついている友人にかける言葉!?」
「これは失礼。言葉を間違えた。……正真正銘の馬鹿だ」
見下すような視線で薄ら笑いを浮かべるセベクに、ユウはこめかみに青筋を立てた。「はぁー!?」そんな風に言われる覚えは一つもないうえ、辛い胸の内を打ち明けたくて頼った彼からの仕打ちにユウは泣きたくなった。
「お前のその理論で行けば、僕も妖精とも人間とも言えない存在だ」
再び真剣な表情に戻ったセベクの言葉にユウは口をつぐむ。
「だが、僕は若様の護衛として、種族がどうだの気にしないようにしている」
「……でも、シルバーはそうじゃない」
「当たり前だ。そもそも個体として違う上に、それぞれが抱える背景も異なる。だからこそ、お前たち二人でなければできないこともあるだろう」
シルバーと二人でなければできないこととは何だろう、とユウは首を傾げた。そもそも、ユウは夢を語ることが恥ずかしくてシルバーにはいまいち説明しきれていないところもある。それでも彼は許してくれるだろうと高をくくっていた自身も悪かったのだと、ユウは今更になって反省しだした。
「……あの人に、私の夢を分かってほしいけど」
恥ずかしいなどという優しい言葉ではすまされない。ユウは自分の夢を彼に拒絶されるのが怖くてたまらなかった。リリアを応援するシルバーの力になりたい。たったそれだけのことで動いた自分を彼が責めるなら、薬を飲んでいないことも夢も言わない方がいいと彼女は自ら秘密を持ち込んだ。そのせいで、シルバーに不信を抱かせてしまっている。
自分がすべて悪いんだと頭を抱えたユウに、セベクは「泣くな!」と叱責した。
「なんだそのしけた顔は。決意と言うものは他人が関わってくると多少なりとも反対される。その相手がたまたまシルバーだっただけだ。時間をかけて説得していけばいい」
ユウは頬を両手で拭いながら、首を横に振る。
「でも、シルバーに比べたら私なんてもう時間はないんだよ。悠長にしていられない」
もう、ユウとシルバーは同じ時を生きていないのだと思いいたったセベクは、大きくため息を吐く。目を閉じた彼は、観念したように呻いた。
「……なら、力づくで納得させるしかあるまい」
セベクの言葉に目を丸くしたユウは、机に身を乗り出す。何かセベクには方策があるらしいと、彼女は期待を隠しきれない。
「でもそんなことどうやってするの?」
「あいつの性質を無駄に知っている僕から一つアドバイスしてやる。シルバーはああ見えて、感覚で物事を理解する癖がある。だから、あいつの感覚に訴えるしかない」
この時、彼女はまさかこの家のベッドで横になって愛する義父に看取られることになるとは露ほども思わなかった。