「今日は、シルバーも一緒にビーフシチュー作ろう！　久々にシルバーと一緒だと、私とっても嬉しいなぁ」
　ユウの明るい声がリビングに響くが、シルバーは身じろぎひとつしない。中央公園で少年と別れてから、シルバーはこの調子だ。どこかをぼうっと見ては、ユウを見てため息を吐く。立ち上がったユウを見上げたシルバーは、重い気分を吐き出すように息を吐いた。
「ほら！　シルバーもやろう！」
　ユウが思い切ってシルバーの腕を引っ張るが、彼は少しも動かない。ただ重い沈黙が夜の帳と共に降りてくる。ユウは塞ぎこんでいる様子の彼に「どうしたの？　公園行ってからちょっと様子おかしいよ」と力なくその袖を引っ張った。
　しかし、シルバーはそれに応えるどころか、ため息しか吐かない。何も言おうとしないシルバーに憤りを覚えたユウは、彼の二の腕を掴んだ。
「シルバー！　言ってくれないと分からないよ！　さっきから見せつけるようにため息吐いているけど、私にはその理由なんて分からない。察してあげられないんだから、きちんと言葉で教えて」
　怒りと悲しみがない交ぜになったユウの言葉に、シルバーはようやく顔を上げる。彼の瞳には怒りが燃えていた。
「なら、単刀直入に言わせてもらう。お前は寿命を延ばしていない、そうだろう？」
　思いがけない質問に、ユウはシルバーの腕を離した。宙に浮いた手は、掴む所を失い彼女の腿の横に添えられる。ユウは小さく頷いた。
「……そうです」
「なぜだ」
　ギラリと光ったオーロラシルバーが断罪するように光る。ユウはきまり悪そうに視線を泳がせた。
「だって、人間のままならお役に立てることもあると思って」
「何に役立つんだ。ユウ、あの薬を飲めば俺たちは長い時間を共に過ごせる。身体だって少しは頑丈になる。何がだめなんだ」
「だめではなくて」
　必死に言いつのるユウに、シルバーの拳が机に叩きつけられる。部屋中に轟いたその音に、ユウの唇は閉じた。低く唸るような彼の声が、今だけ彼女の心臓を縮み上がらせる。
「お前も、俺を『贋作（フェイカー）』だと蔑むのか？」
　食いしばるようなその言葉と縋るような瞳に、ユウは泣きたくなった。彼はすんでのところで、怒りに耐えている。「違う！　違う！」ユウは必死に首を横に振って、彼の首に縋りついた。彼は肩まで届くようになった栗毛に頬を寄せる。
「調査団を設立するなら……今すぐ飲め」
　シルバーの甘く囁かれたその言葉に、彼女はピクリとも反応しなかった。彼から体を離したユウは、首を横に振る。
「……私は人間のまま、皆さんのお役に立ちたいんです」
　その言葉で再びオーロラシルバーの瞳が感情を失った。彼はユウを突き放し、二階へと歩き出す。階段に足をかけたシルバーを見て、ユウは急いで彼の元まで駆け寄った。
「シルバー！　話はまだ終わってない！」
　階段の手すりに飛びつくようにユウが手をかける。シルバーは足を止めるが、振り返ることはない。
「……俺は納得していない」
　彼は一度も振り返らず、寝室へと消えていった。罪悪感と使命感がユウの胸を詰まらせる。シルバーの望み通り同じ時間を共に生きること。彼の夢を後押しするためには彼女はあの薬を飲めないこと。どちらも選びきれない彼女は、その場で膝を抱えて蹲ることしかできなかった。