中途半端な存在
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普段は暗雲に塞がれて天気も優れないことが多い茨の谷に、猛暑と言える熱気と日光を妖精たちは引き連れてくる。周囲は珍しく半袖ばかりで、ここぞとばかりに露出することを楽しんでいる者もいれば、薄い素材の長袖を上に羽織っている者もいる。夏の盛りとはいえ、夏の妖精が姿を見せるのはたったの十日だ。これを乗り越えれば元通りの曇り空がやってくると谷に住む者は知っていた。
それでも溶けてどこかへ流れていく心地がする。ユウは腕を組もうとするシルバーの手だけを掴んで歩いていた。シルバーはこの猛暑でもくっついていようとするが、彼女はこんなに汗ばんだ肌に触れられたくない。そんな我がまますら受け入れてくれる夫は、彼女の小さな手を離すまいと握っていた。
「調査団……親父殿も言っていたが、なかなか骨が折れる仕事になるだろう」
シルバーが遠くを見ながら話すと、ユウも同じ方向を見つめた。彼女の目の前を水魔法でできた球体が鈍い音を立てて飛んでいく。目の前の公園では、猛暑日だと散々カラスたちが言っていたからか、普段と服装が異なる子どもたちが水をぶつけあっていた。歓声を上げながらはしゃぐ彼らを見て、ユウは微笑んだ。
「大丈夫。シルバーとセベクが学生時代に鍛えてくれたから、そうそう泣き言は言わないよ」
目を閉じたシルバーは繋がった手をしっかりと握る。
「……泣き言をいうのは俺かもしれないな」
「なんで?」
「お前が遠征など遠出をすれば、会う時間が減る。それは寂しい」
思わずユウが見上げると、シルバーの顔は俯いていた。髪に隠れた横顔の代わりに、彼女の手を握る力は痛みを覚えるほど強い。ユウはその力のまま胸を締め付けられるような思いがした。
「……きちんと福利厚生をつけた調査団にするので、すぐに帰ります!」
ユウの力強い言葉に、シルバーがようやくの彼女の方を見る。彼の瞳に寂しい光はもうない。普段の涼やかな顔が嘆息した。
「また敬語が戻ったな」
彼の指摘に渋面を作ったユウは、真っ直ぐなオーロラシルバーの光から逃れるように視線をそらした。ばつの悪そうな彼女は、口の中で文句を転がす。
「シルバーって呼び捨てにするのは、本当のところあまり慣れないんですよ。尊敬してるから」
最後にはむくれてしまったユウに、シルバーは淡く微笑んだ。彼女の手を指まで絡め合う。
「……ああ、お前のペースでいい」
派手に水が弾ける音に二人が顔を向けると、三人の子どもたちが一人の男の子に水魔法でできた水の塊をぶつけていた。公園の中心でいとも容易く行われるそれに、ユウはすぐさま飛び込んだ。
「ちょっと! 君たちなにをしているの!」
「はあ? 何お姉さん、今いいところなんだけど」
苛立った調子で振り返った彼の背後で、被った水とは別に涙が頬に流れる少年が見える。ユウは黒曜石の瞳を苛烈に光らせた。
「いいところって? 具体的に教えてみなさい」
「お姉さん、まさか知らないの? こいつの親、『フェイカー』なんだよ」
子どもの口から差別用語が出てきて、ユウの心臓が止まった。拳を握って堪えたところで、冷静になれと自分に言い聞かせる。彼らは周囲に影響されて言葉を発しただけなのだ。正しい知識と道徳観念を身につけない限り、きっとこうして負の連鎖は続いていく。ユウは膝を折って彼らの目線に合わせた。
「その言葉は使っちゃダメだって領主様が言っていたでしょう」
「そうだけど……。フェイカーは俺たち妖精族を馬鹿にしてるって聞いて」
「誰がそんなことを?」
少年は静かに問うユウに俯くと、小さく「知らないおじさん。青いターバンの」と呟いた。ユウが他の二人に視線を配ると、彼らも頷いて答える。彼女の脳裏で去年起きてしまった事件で寂しそうな夫の背中が蘇った。
「君たちのこと、彼の親御さんが馬鹿にしてるって、実際に見たの?」
少年たちは首を横に振る。彼らの背後にいる少年に、今度はその黒曜石の瞳を向けた。
「君の親御さん、そんなことをするような人かな?」
ずぶ濡れの少年は力強く何度も首を横に振った。「ちがう。父さんたちは、そんなことしない」再びネイビーのその瞳に涙が零れそうになるのを、一陣の彼がすくいあげる。「わっ!」と声を上げた彼らは次の瞬間、服は全く濡れていない状態になった。
「風邪はひいていないか?」
陽に銀の髪が反射して、子どもたちは目を思わず閉じた。ユウは振り返り、彼の傍に駈け付ける。
「シルバー。出てきていいの?」
「構わない。彼らも誤解していることが気づけたようだ。……そうだろう?」
シルバーがやった視線の先で、少年たちが必死に頷く。一年前の事件で領主の傍に控えていた騎士団の一人だと、皆気づいていた。
「もうそんな言葉使わないでくれるかな?」
ユウの寂しそうな視線で、彼らは胸にずきりと痛みが走り、言いようのない後味の悪さを噛みしめる。寄ってたかって虐めていた彼らは頷き、そのままどこかへと歩き出した。いじめられていた少年は騎士の物まねをして膝を折る。シルバーも返礼だと膝を折って姿勢を低くすると、少年は嬉しそうに笑った。彼はそのまま手を振り、茨の谷中央公園を後にした。
そんな光景を微笑んで見つめていたユウは、背後から視線を感じて振り返る。「嫌ね。フェイカーの夫婦なんて」「何をされるか分かったものじゃないわ」「邪魔だな」「領主様のお気に入りだからって」
まだ、禍根は残ったままだと、ユウは拳を握りしめた。
それでも溶けてどこかへ流れていく心地がする。ユウは腕を組もうとするシルバーの手だけを掴んで歩いていた。シルバーはこの猛暑でもくっついていようとするが、彼女はこんなに汗ばんだ肌に触れられたくない。そんな我がまますら受け入れてくれる夫は、彼女の小さな手を離すまいと握っていた。
「調査団……親父殿も言っていたが、なかなか骨が折れる仕事になるだろう」
シルバーが遠くを見ながら話すと、ユウも同じ方向を見つめた。彼女の目の前を水魔法でできた球体が鈍い音を立てて飛んでいく。目の前の公園では、猛暑日だと散々カラスたちが言っていたからか、普段と服装が異なる子どもたちが水をぶつけあっていた。歓声を上げながらはしゃぐ彼らを見て、ユウは微笑んだ。
「大丈夫。シルバーとセベクが学生時代に鍛えてくれたから、そうそう泣き言は言わないよ」
目を閉じたシルバーは繋がった手をしっかりと握る。
「……泣き言をいうのは俺かもしれないな」
「なんで?」
「お前が遠征など遠出をすれば、会う時間が減る。それは寂しい」
思わずユウが見上げると、シルバーの顔は俯いていた。髪に隠れた横顔の代わりに、彼女の手を握る力は痛みを覚えるほど強い。ユウはその力のまま胸を締め付けられるような思いがした。
「……きちんと福利厚生をつけた調査団にするので、すぐに帰ります!」
ユウの力強い言葉に、シルバーがようやくの彼女の方を見る。彼の瞳に寂しい光はもうない。普段の涼やかな顔が嘆息した。
「また敬語が戻ったな」
彼の指摘に渋面を作ったユウは、真っ直ぐなオーロラシルバーの光から逃れるように視線をそらした。ばつの悪そうな彼女は、口の中で文句を転がす。
「シルバーって呼び捨てにするのは、本当のところあまり慣れないんですよ。尊敬してるから」
最後にはむくれてしまったユウに、シルバーは淡く微笑んだ。彼女の手を指まで絡め合う。
「……ああ、お前のペースでいい」
派手に水が弾ける音に二人が顔を向けると、三人の子どもたちが一人の男の子に水魔法でできた水の塊をぶつけていた。公園の中心でいとも容易く行われるそれに、ユウはすぐさま飛び込んだ。
「ちょっと! 君たちなにをしているの!」
「はあ? 何お姉さん、今いいところなんだけど」
苛立った調子で振り返った彼の背後で、被った水とは別に涙が頬に流れる少年が見える。ユウは黒曜石の瞳を苛烈に光らせた。
「いいところって? 具体的に教えてみなさい」
「お姉さん、まさか知らないの? こいつの親、『フェイカー』なんだよ」
子どもの口から差別用語が出てきて、ユウの心臓が止まった。拳を握って堪えたところで、冷静になれと自分に言い聞かせる。彼らは周囲に影響されて言葉を発しただけなのだ。正しい知識と道徳観念を身につけない限り、きっとこうして負の連鎖は続いていく。ユウは膝を折って彼らの目線に合わせた。
「その言葉は使っちゃダメだって領主様が言っていたでしょう」
「そうだけど……。フェイカーは俺たち妖精族を馬鹿にしてるって聞いて」
「誰がそんなことを?」
少年は静かに問うユウに俯くと、小さく「知らないおじさん。青いターバンの」と呟いた。ユウが他の二人に視線を配ると、彼らも頷いて答える。彼女の脳裏で去年起きてしまった事件で寂しそうな夫の背中が蘇った。
「君たちのこと、彼の親御さんが馬鹿にしてるって、実際に見たの?」
少年たちは首を横に振る。彼らの背後にいる少年に、今度はその黒曜石の瞳を向けた。
「君の親御さん、そんなことをするような人かな?」
ずぶ濡れの少年は力強く何度も首を横に振った。「ちがう。父さんたちは、そんなことしない」再びネイビーのその瞳に涙が零れそうになるのを、一陣の彼がすくいあげる。「わっ!」と声を上げた彼らは次の瞬間、服は全く濡れていない状態になった。
「風邪はひいていないか?」
陽に銀の髪が反射して、子どもたちは目を思わず閉じた。ユウは振り返り、彼の傍に駈け付ける。
「シルバー。出てきていいの?」
「構わない。彼らも誤解していることが気づけたようだ。……そうだろう?」
シルバーがやった視線の先で、少年たちが必死に頷く。一年前の事件で領主の傍に控えていた騎士団の一人だと、皆気づいていた。
「もうそんな言葉使わないでくれるかな?」
ユウの寂しそうな視線で、彼らは胸にずきりと痛みが走り、言いようのない後味の悪さを噛みしめる。寄ってたかって虐めていた彼らは頷き、そのままどこかへと歩き出した。いじめられていた少年は騎士の物まねをして膝を折る。シルバーも返礼だと膝を折って姿勢を低くすると、少年は嬉しそうに笑った。彼はそのまま手を振り、茨の谷中央公園を後にした。
そんな光景を微笑んで見つめていたユウは、背後から視線を感じて振り返る。「嫌ね。フェイカーの夫婦なんて」「何をされるか分かったものじゃないわ」「邪魔だな」「領主様のお気に入りだからって」
まだ、禍根は残ったままだと、ユウは拳を握りしめた。