中途半端な存在
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吹き抜ける風は見えない生物が傍に居るんだと言われてもおかしくないほど暖かい。物干しざおに揺れるシーツの白が陽光を弾いた。玉のような汗がユウの首筋をつうと流れていく。それを手の甲で拭ったユウは、次は掃除と呟いた。
柔軟剤の匂いにつられて動物たちが、白い幕となったシーツと戯れている。子熊がごろごろと地面に転がり、ウサギがその上を飛び越えた。リスたちは二匹の周りを残像を残して素早く走っていく。葉の影から飛び出した小鳥を追いかけまわしているのは、コウモリだ。強い日差しの中でも闊達に動く彼らを彼女は「今日も元気だ」と横目に笑う。
茨の谷に腰を据えてから、ユウはこの谷で二度目の夏を過ごしていた。ディアソムニア寮と気候が似ていると聞いていたので、夏とはいえ涼しいのかと構えていたがそんなことはない。
「暑い……」
手うちわを扇いで風を起こすが、生憎夏の妖精たちは今年も張り切っているせいで一向に暑さは和らがない。そもそも夏の妖精と聞いて、ユウは彼らが何者なのか分からなかった。リリアによると、季節ごとに妖精たちは生まれ、またその季節の終わりに姿を消すらしい。その中でも夏の妖精たちは日光から生まれてこの谷に熱をもたらし、夏の訪れを知らせる。見た目は焔そっくりで、リリアに連れてきてもらった時は、距離を置かないととてもではないが傍に居られなかった。
ユウは家に入ると台所に置いてある水を張った桶にタオルを入れ、それを絞って首や顔を拭く。熱気で火照った頬が冷やされ、思わず呻き声を上げた。
「今日は日差しが強くて敵わん……」
「本当にそうですよ」
隣からした声にユウは思わず首を回した。暑い暑いと言いながら、リリアがマジカルペンで冷風を起こしている。「きゃあ! り……お、お義父さん!?」飛び退いたユウは、そのままダイニングテーブルに手をついた。「おう、久しいの」気軽に手を上げるリリアは、楽しそうに笑っている。彼はそのまま席に着き、胸を押さえてため息をついているユウに座るよう促した。
「来るなら連絡をくださいと言ったじゃないですか」
「そうか……? そう言えば、そうじゃったかもしれん」
反省するそぶりもないリリアの笑顔に、ユウは諦めの境地に至って席に着く。リリアは頬杖をついて、緩く頬を上げた。
「可愛い娘から呼び出されたんじゃ。急いで駆けつけたくもなるじゃろう」
「それは……ありがとうございます」
彼女のこういった素直な部分は、息子同様にリリアの買っている部分であった。リリアは「構わん」と笑みを返す。
「して、どういった用件じゃ?」
ユウはその言葉に表情を硬くした。卒業する以前から考えていたことを言葉にすることは、彼女の心臓を思った以上に縮める。リリアは彼女の固く引き結んだ唇を見て、ただの世間話ではないと察した。一度大きく息を吐いたユウは、リリアのマゼンタの瞳をしっかりと反射する。
「……私はこのまま茨の谷で何もせずに座っているのは嫌です」
ユウの膝の上でぎゅっと拳が硬くなる。リリアはようやく聞けた言葉に薄く笑みを浮かべ、首を傾げた。
「ほお、ならばどうする?」
「……以前、リリアせんぱ……お義父さんが教えてくれましたよね。種族関係なく手を取り合える平和な世界を作りたいって」
「まあ、星送りでは決まってそれじゃったな」
「シルバーは、きっとお義父さんの願いを叶えたいはずです。そして、私もシルバーのしたいことを応援したい。だから、人間という立場で身軽に動ける私が、調査員になるのはどうでしょう」
「調査員?」
聞いたこともない役職に、リリアは目を丸くする。ユウはしっかりと頷き、彼の瞳に訴えた。
「はい、表向きは茨の谷の環境調査という名目で、人間と妖精の共存のために環境を整えるんです。きっと、ツノ太郎が治めるこの国は豊かな土地になります。豊かな土地には人も集まり、発展していくでしょう。今後、人間との交流を持つ機会も以前より増えてくるはずです。その時々に起きるトラブルに対処する存在が必要になります。その人間と妖精の折衝として、私を現場に立たせてくれませんか」
胸に手を当てて、リリアから視線をそらさずに見据えてくるユウの瞳は燃えていた。マレウスが面白いことを企んでいると喜んでいたが、確かにユウの話すことは今まで茨の谷にはなかった考えだ。人間と妖精族の間に立つ存在として立つことの難しさを知らないただの小娘ではない。シルバーとの付き合いや茨の谷の暮らしを通して出した彼女なりの決意である。
リリアの肩がぶるぶる震え出すと、ユウは「ダメでしょうか?」と不安で表情を曇らせる。心臓が抜け落ちたような喪失感にユウの足に力が入らなくなった瞬間、彼は天を見上げ大声で笑った。遠くで鳥たちの羽ばたく音がする。ユウは腕を組みながら目元に涙を浮かべている彼をただ見つめていた。
「ひぃ……お主は、本当に……本当に面白い子じゃ。そこまでしてわしの夢に付き合うなぞ……」
「や、やっぱり、生意気ですよね」
呆れられたに違いないとユウは力なく笑う。リリアは満面の笑みで腕を横に何度も振った。
「何を言っておる。わしはお主のそのやり方が非常に気に入ったぞ」
「ほ、本当ですか!?」
「うむ。お主なりに考えだした案は長く生きておるわしやマレウスには到底思いつかん。じゃから、一つだけ聞かせてくれ」
リリアからの質問と聞いてユウは身構えた。「そう固くならずともよい」リリアの表情はユウの予想とは裏腹に、慈しんでいるような哀れみすら感じられる笑みを湛えている。
「……お主にはもっと無難な道もあるだろうに、そうやって茨の道を進もうとする。なぜじゃ?」
言っていることが困難である確認と、彼自身の純粋な疑問だった。ユウに覚悟が見られなければ意地でも止めるし、なんとなくしたいからで始めるならやめておけと忠告する。それがリリアなりの優しさだった。
黒曜石の瞳は一度たりとも揺らがず、リリアを見返している。ユウは薄く笑った。
「これが私のしたいことだからです。我がままを聞いていただいたのは、そのためですから」
ユウは胸元で煌いている魔法石にそっと指先で触れる。リリアは結婚式の前夜に訪れた彼女を脳裏に浮かべていた。あの時の願いを聞き届けてよかったのか、彼には分からない。しかし、だからこそ彼女はこの決断を下したのだと信じていた。
「本当にお主は、難儀な娘よの」
シルバーに言えない秘密を作ってまで夢を叶えようとするこの娘の在り様が眩しくて、リリアはそっと目を閉じた。
柔軟剤の匂いにつられて動物たちが、白い幕となったシーツと戯れている。子熊がごろごろと地面に転がり、ウサギがその上を飛び越えた。リスたちは二匹の周りを残像を残して素早く走っていく。葉の影から飛び出した小鳥を追いかけまわしているのは、コウモリだ。強い日差しの中でも闊達に動く彼らを彼女は「今日も元気だ」と横目に笑う。
茨の谷に腰を据えてから、ユウはこの谷で二度目の夏を過ごしていた。ディアソムニア寮と気候が似ていると聞いていたので、夏とはいえ涼しいのかと構えていたがそんなことはない。
「暑い……」
手うちわを扇いで風を起こすが、生憎夏の妖精たちは今年も張り切っているせいで一向に暑さは和らがない。そもそも夏の妖精と聞いて、ユウは彼らが何者なのか分からなかった。リリアによると、季節ごとに妖精たちは生まれ、またその季節の終わりに姿を消すらしい。その中でも夏の妖精たちは日光から生まれてこの谷に熱をもたらし、夏の訪れを知らせる。見た目は焔そっくりで、リリアに連れてきてもらった時は、距離を置かないととてもではないが傍に居られなかった。
ユウは家に入ると台所に置いてある水を張った桶にタオルを入れ、それを絞って首や顔を拭く。熱気で火照った頬が冷やされ、思わず呻き声を上げた。
「今日は日差しが強くて敵わん……」
「本当にそうですよ」
隣からした声にユウは思わず首を回した。暑い暑いと言いながら、リリアがマジカルペンで冷風を起こしている。「きゃあ! り……お、お義父さん!?」飛び退いたユウは、そのままダイニングテーブルに手をついた。「おう、久しいの」気軽に手を上げるリリアは、楽しそうに笑っている。彼はそのまま席に着き、胸を押さえてため息をついているユウに座るよう促した。
「来るなら連絡をくださいと言ったじゃないですか」
「そうか……? そう言えば、そうじゃったかもしれん」
反省するそぶりもないリリアの笑顔に、ユウは諦めの境地に至って席に着く。リリアは頬杖をついて、緩く頬を上げた。
「可愛い娘から呼び出されたんじゃ。急いで駆けつけたくもなるじゃろう」
「それは……ありがとうございます」
彼女のこういった素直な部分は、息子同様にリリアの買っている部分であった。リリアは「構わん」と笑みを返す。
「して、どういった用件じゃ?」
ユウはその言葉に表情を硬くした。卒業する以前から考えていたことを言葉にすることは、彼女の心臓を思った以上に縮める。リリアは彼女の固く引き結んだ唇を見て、ただの世間話ではないと察した。一度大きく息を吐いたユウは、リリアのマゼンタの瞳をしっかりと反射する。
「……私はこのまま茨の谷で何もせずに座っているのは嫌です」
ユウの膝の上でぎゅっと拳が硬くなる。リリアはようやく聞けた言葉に薄く笑みを浮かべ、首を傾げた。
「ほお、ならばどうする?」
「……以前、リリアせんぱ……お義父さんが教えてくれましたよね。種族関係なく手を取り合える平和な世界を作りたいって」
「まあ、星送りでは決まってそれじゃったな」
「シルバーは、きっとお義父さんの願いを叶えたいはずです。そして、私もシルバーのしたいことを応援したい。だから、人間という立場で身軽に動ける私が、調査員になるのはどうでしょう」
「調査員?」
聞いたこともない役職に、リリアは目を丸くする。ユウはしっかりと頷き、彼の瞳に訴えた。
「はい、表向きは茨の谷の環境調査という名目で、人間と妖精の共存のために環境を整えるんです。きっと、ツノ太郎が治めるこの国は豊かな土地になります。豊かな土地には人も集まり、発展していくでしょう。今後、人間との交流を持つ機会も以前より増えてくるはずです。その時々に起きるトラブルに対処する存在が必要になります。その人間と妖精の折衝として、私を現場に立たせてくれませんか」
胸に手を当てて、リリアから視線をそらさずに見据えてくるユウの瞳は燃えていた。マレウスが面白いことを企んでいると喜んでいたが、確かにユウの話すことは今まで茨の谷にはなかった考えだ。人間と妖精族の間に立つ存在として立つことの難しさを知らないただの小娘ではない。シルバーとの付き合いや茨の谷の暮らしを通して出した彼女なりの決意である。
リリアの肩がぶるぶる震え出すと、ユウは「ダメでしょうか?」と不安で表情を曇らせる。心臓が抜け落ちたような喪失感にユウの足に力が入らなくなった瞬間、彼は天を見上げ大声で笑った。遠くで鳥たちの羽ばたく音がする。ユウは腕を組みながら目元に涙を浮かべている彼をただ見つめていた。
「ひぃ……お主は、本当に……本当に面白い子じゃ。そこまでしてわしの夢に付き合うなぞ……」
「や、やっぱり、生意気ですよね」
呆れられたに違いないとユウは力なく笑う。リリアは満面の笑みで腕を横に何度も振った。
「何を言っておる。わしはお主のそのやり方が非常に気に入ったぞ」
「ほ、本当ですか!?」
「うむ。お主なりに考えだした案は長く生きておるわしやマレウスには到底思いつかん。じゃから、一つだけ聞かせてくれ」
リリアからの質問と聞いてユウは身構えた。「そう固くならずともよい」リリアの表情はユウの予想とは裏腹に、慈しんでいるような哀れみすら感じられる笑みを湛えている。
「……お主にはもっと無難な道もあるだろうに、そうやって茨の道を進もうとする。なぜじゃ?」
言っていることが困難である確認と、彼自身の純粋な疑問だった。ユウに覚悟が見られなければ意地でも止めるし、なんとなくしたいからで始めるならやめておけと忠告する。それがリリアなりの優しさだった。
黒曜石の瞳は一度たりとも揺らがず、リリアを見返している。ユウは薄く笑った。
「これが私のしたいことだからです。我がままを聞いていただいたのは、そのためですから」
ユウは胸元で煌いている魔法石にそっと指先で触れる。リリアは結婚式の前夜に訪れた彼女を脳裏に浮かべていた。あの時の願いを聞き届けてよかったのか、彼には分からない。しかし、だからこそ彼女はこの決断を下したのだと信じていた。
「本当にお主は、難儀な娘よの」
シルバーに言えない秘密を作ってまで夢を叶えようとするこの娘の在り様が眩しくて、リリアはそっと目を閉じた。