森の賢者
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「人の子よ」
そう呼ばれていたのはいつか。ユウは目を開き、体を起こす。辺り一面真っ白な雪景色で、ユウは数回瞬きすると「え!?」と叫んだ。
「こ、ここは? 私は寝ていたんじゃ」
ざり、と潰された雪の音に彼女が振り向くと、発光する髪がきらりと白い景色の中で異様に目立っていた。
「ここはお前の夢だ。俺がお前の夢に入れるよう、まじないをかけたからな」
「一体いつの間に」と呟いた彼女に、バイゼルはうすら笑いを浮かべながら「これでも妖精だからな」と言う。どうやら彼女の脳内にある妖精の特徴一覧に「自分勝手」の項目をつけ足さないといけないようだ。ユウは悪戯が成功した子供のように微笑みを浮かべている青年を見据えた。
「夢に入ってまで、二人きりで話したいと?」
「左様。話が早くて助かる」
「……何の御用でしょうか」
夢の中とは言え、精神が最も現れる場所だ。それゆえ彼に変にいじられれば廃人になってしまうこともありうる。ユウはそうならないよう、バイゼルのふるまいに異変がないか精神を張り詰めていた。
「そう、怯えるな。お前とは話をしに来たのだ。俺とお前は肩書もないただの存在として振舞えばいい。俺はただ、お前という人間そのものに興味がある」
「研究対象ということですね」
「冷たい言い方をすればな」
彼を信用したわけではないが、この状況下で油断させて精神を則るくらいなら初めから乗っ取られているだろう。そう判断したうえで、ユウは彼は何もしないと肩の力を少しずつ抜く。そんな彼女の前に胡坐をかいて座ったバイゼルは、灰色の瞳を彼女に依然向けたまま尋ねた。
「単刀直入に聞く。なぜお前は人間でありながら、種族の垣根を超えるというヴァンルージュの夢を叶えようとする?」
「そんなこと、貴方に話した覚えはないんですが……」
本来なら知るはずもないことを知っている彼に、再び怪しんだユウは彼を睨みつける。バイゼルは首を横に振ると、迷彩のローブの上で髪が炎のように揺らめいた。
「いいや。だが森の長老はこの谷に起きたこと、谷に生きるすべてのものの情報を握っている。お前の奇怪な行動の謎を解くには至ってないがな」
「奇怪? なぜそう思うんですか」
首をかしげたユウに、膝に肘をついて顎を掌に乗せたバイゼルは、肩をすくめる。
「お前には当然のことでも、俺には分からない。自分のことでもないのに、必死になれるわけがな」
「……シルバーの力になりたいからです」
「お前の伴侶か。あの男の力になる……なかなか人間らしい理由だな。てっきり、ヴァンルージュの奴に借りでもあるのかと思っていた」
そんな風に見られていたのかとユウは目を丸くする。そんなことはないと彼女は首を横に振った。
「確かにお義父さんにはお世話になりっぱなしです。でも、シルバーがいたから、私はここにいるようなものです。あの人のいない人生は考えられません」
「ほほう。その話は実に面白そうじゃないか。俺に教えろ」
彼の面白いものを見つけた顔つきを見て、ユウは苦虫をかみつぶしたような顔をした。これは彼の策略にまんまと嵌められたらしい。ユウは仕方なく、詳細を省いてシルバーとの経緯をあらかた話した。
一通り聞き終わったバイゼルは感嘆の声を上げると、緩く口角を上げる。
「家族を喪った少女の心に入り込んだ男、か。お前はつくづく幸福な奴だな」
「……家族のことを思うとそう言っていいのか、分かりません」
「幸福だろうさ。世の中、思い合えるのが当たり前じゃない。互いを最上の相手と思えただけ、お前たちは充分恵まれている」
「……そうですか」
そう思えるのはいいことなのだと迷わず肯定するバイゼルに、ユウは迷いを見せながらもその頬に小さな笑みを浮かべた。彼の瞳は再び三日月のように歪曲する。
「それにしても、お前はニトロの実を浴びてまでドワーフを庇ったり、銀狼に追われてまで小リスを守ったりと……つくづく向こう見ずで愚かしいな」
「う、痛いところを……」
「だが、俺はそういうところを気に入っているんだ。あの狼に追われてもなお竦まない度胸と折れない精神力、そこらの人間にはないものだ。これからも、俺を楽しませてくれ」
ニコニコとしている彼は間違いなく、ユウをテレビ番組に出てくるか弱いキャラクターか何かだと思っている。ユウはそれを見透かしているからこそ、眉間にしわを寄せた。
「見世物じゃないので、ご期待には添えません」
「ふん、まあいい。これは小リスからの返礼だ。受け取れ」
彼女の膝の上に乗ったのは、茶色の実が一本の糸で通され輪になっているものだ。ユウはそれを両手に載せて、じっと見つめた。
「どんぐりのブレスレット?」
「それを身につけておけば、俺の森に立ち入ることが可能だ。入る時にお前にかけてしまった面倒な呪いも無効化する」
「あ、それはありがたいです。大切にします」
「また、この森に遊びに来い。森の住人を守ってくれた礼は、まだまだするぞ」
快いバイゼルの言葉に、ユウは両掌を見せて遠慮した。
「いえ、もうお腹いっぱいなので」
「謙虚だな。ますます気に入った。ならばもう一つ、お前に大事な忠告をしてやろう」
その言葉に彼女は身動きを固くした。もしかすると、バイゼルはまだ侵入者について言っていないことでもあるのかもしれない。そんな予感がして、ユウは彼を見つめる。彼女を映す目はあまりにも真剣で、思わずユウは生唾を飲んだ。
「お前の伴侶……シルバーだったか。あやつはお前との子を望んでいるぞ」
「私との子ども……ん? は?」
「お前との子どもを、シルバーは望んでいると言っている」
昼の次は夕方だと言うように事実を述べた彼に、ユウは目を剥いた。当然彼女の声も大きくなる。
「はあ!? いや、その、なんであなたがそんなこと知っているんですか!」
「森の賢者だぞ。この谷に生きている者すべての事情などお見通しだ」
そんな自己紹介をされたとなんとなく思い出したところで、ユウは頭を抱えたくなった。彼は基本的に隠し事をしないタイプだと信じて疑わなかったので、聞かされていないとは思わなかったのだ。
「そんな……シルバーが子ども欲しいだなんて、聞いたことない」
「お前たちは夫婦でありながら、そんなことも分からんのか」
「分かりませんよ! 毎日忙しいし!」
言い訳を並べたことに、ユウの胸が鈍く痛む。話しあうための時間も用意できなかった自分に落ち度があると、彼女は自分を責めていた。バイゼルはそんな彼女をただ見下ろす。
「そうしてうかうかしておるうちに、移り気になって妻の元を離れた男は多い。せいぜい気を付けるんだな」
バイゼルが吹雪にかき消され、一瞬で姿が見えなくなる。ユウは「待って!」と手を伸ばすが、彼女の意識も横から出現した雪崩で途絶した。
*
胸を潰すような苦しみから解放されるように、彼女は目を見開いた。そこはようやく見慣れ始めたテントの屋根だ。何やら夢の中で散々なことを言われた気がするが、彼女は夢であることに安堵した。
「……すごい変な夢」
右腕を額の前に持ってくると、寝る前にはつけていなかった装飾品があった。どんぐりでできたブレスレットだ。ユウの黒曜石の瞳は、それをただ映すことしかできなかった。
「夢だけど……夢じゃない」
「どうした。ユウ」
テントに入ってきた影に、ユウがブレスレットを後ろ手に隠す。朝起きて見る顔は、息を飲むほどに美しい。
「シルバー。おはよう」
「ああ、おはよう」
ユウは柔らかいシルバーの声と共に、バイゼルの言葉を不意に思い出した。『お前との子どもを、シルバーは望んでいる』かっと熱くなる頬に、ユウは顔も背ける。朝日の中で見る彼の顔を何よりも好きだったはずなのに、今はただそのまなざしを受けることすら彼女の鼓動を駆り立てていた。
そう呼ばれていたのはいつか。ユウは目を開き、体を起こす。辺り一面真っ白な雪景色で、ユウは数回瞬きすると「え!?」と叫んだ。
「こ、ここは? 私は寝ていたんじゃ」
ざり、と潰された雪の音に彼女が振り向くと、発光する髪がきらりと白い景色の中で異様に目立っていた。
「ここはお前の夢だ。俺がお前の夢に入れるよう、まじないをかけたからな」
「一体いつの間に」と呟いた彼女に、バイゼルはうすら笑いを浮かべながら「これでも妖精だからな」と言う。どうやら彼女の脳内にある妖精の特徴一覧に「自分勝手」の項目をつけ足さないといけないようだ。ユウは悪戯が成功した子供のように微笑みを浮かべている青年を見据えた。
「夢に入ってまで、二人きりで話したいと?」
「左様。話が早くて助かる」
「……何の御用でしょうか」
夢の中とは言え、精神が最も現れる場所だ。それゆえ彼に変にいじられれば廃人になってしまうこともありうる。ユウはそうならないよう、バイゼルのふるまいに異変がないか精神を張り詰めていた。
「そう、怯えるな。お前とは話をしに来たのだ。俺とお前は肩書もないただの存在として振舞えばいい。俺はただ、お前という人間そのものに興味がある」
「研究対象ということですね」
「冷たい言い方をすればな」
彼を信用したわけではないが、この状況下で油断させて精神を則るくらいなら初めから乗っ取られているだろう。そう判断したうえで、ユウは彼は何もしないと肩の力を少しずつ抜く。そんな彼女の前に胡坐をかいて座ったバイゼルは、灰色の瞳を彼女に依然向けたまま尋ねた。
「単刀直入に聞く。なぜお前は人間でありながら、種族の垣根を超えるというヴァンルージュの夢を叶えようとする?」
「そんなこと、貴方に話した覚えはないんですが……」
本来なら知るはずもないことを知っている彼に、再び怪しんだユウは彼を睨みつける。バイゼルは首を横に振ると、迷彩のローブの上で髪が炎のように揺らめいた。
「いいや。だが森の長老はこの谷に起きたこと、谷に生きるすべてのものの情報を握っている。お前の奇怪な行動の謎を解くには至ってないがな」
「奇怪? なぜそう思うんですか」
首をかしげたユウに、膝に肘をついて顎を掌に乗せたバイゼルは、肩をすくめる。
「お前には当然のことでも、俺には分からない。自分のことでもないのに、必死になれるわけがな」
「……シルバーの力になりたいからです」
「お前の伴侶か。あの男の力になる……なかなか人間らしい理由だな。てっきり、ヴァンルージュの奴に借りでもあるのかと思っていた」
そんな風に見られていたのかとユウは目を丸くする。そんなことはないと彼女は首を横に振った。
「確かにお義父さんにはお世話になりっぱなしです。でも、シルバーがいたから、私はここにいるようなものです。あの人のいない人生は考えられません」
「ほほう。その話は実に面白そうじゃないか。俺に教えろ」
彼の面白いものを見つけた顔つきを見て、ユウは苦虫をかみつぶしたような顔をした。これは彼の策略にまんまと嵌められたらしい。ユウは仕方なく、詳細を省いてシルバーとの経緯をあらかた話した。
一通り聞き終わったバイゼルは感嘆の声を上げると、緩く口角を上げる。
「家族を喪った少女の心に入り込んだ男、か。お前はつくづく幸福な奴だな」
「……家族のことを思うとそう言っていいのか、分かりません」
「幸福だろうさ。世の中、思い合えるのが当たり前じゃない。互いを最上の相手と思えただけ、お前たちは充分恵まれている」
「……そうですか」
そう思えるのはいいことなのだと迷わず肯定するバイゼルに、ユウは迷いを見せながらもその頬に小さな笑みを浮かべた。彼の瞳は再び三日月のように歪曲する。
「それにしても、お前はニトロの実を浴びてまでドワーフを庇ったり、銀狼に追われてまで小リスを守ったりと……つくづく向こう見ずで愚かしいな」
「う、痛いところを……」
「だが、俺はそういうところを気に入っているんだ。あの狼に追われてもなお竦まない度胸と折れない精神力、そこらの人間にはないものだ。これからも、俺を楽しませてくれ」
ニコニコとしている彼は間違いなく、ユウをテレビ番組に出てくるか弱いキャラクターか何かだと思っている。ユウはそれを見透かしているからこそ、眉間にしわを寄せた。
「見世物じゃないので、ご期待には添えません」
「ふん、まあいい。これは小リスからの返礼だ。受け取れ」
彼女の膝の上に乗ったのは、茶色の実が一本の糸で通され輪になっているものだ。ユウはそれを両手に載せて、じっと見つめた。
「どんぐりのブレスレット?」
「それを身につけておけば、俺の森に立ち入ることが可能だ。入る時にお前にかけてしまった面倒な呪いも無効化する」
「あ、それはありがたいです。大切にします」
「また、この森に遊びに来い。森の住人を守ってくれた礼は、まだまだするぞ」
快いバイゼルの言葉に、ユウは両掌を見せて遠慮した。
「いえ、もうお腹いっぱいなので」
「謙虚だな。ますます気に入った。ならばもう一つ、お前に大事な忠告をしてやろう」
その言葉に彼女は身動きを固くした。もしかすると、バイゼルはまだ侵入者について言っていないことでもあるのかもしれない。そんな予感がして、ユウは彼を見つめる。彼女を映す目はあまりにも真剣で、思わずユウは生唾を飲んだ。
「お前の伴侶……シルバーだったか。あやつはお前との子を望んでいるぞ」
「私との子ども……ん? は?」
「お前との子どもを、シルバーは望んでいると言っている」
昼の次は夕方だと言うように事実を述べた彼に、ユウは目を剥いた。当然彼女の声も大きくなる。
「はあ!? いや、その、なんであなたがそんなこと知っているんですか!」
「森の賢者だぞ。この谷に生きている者すべての事情などお見通しだ」
そんな自己紹介をされたとなんとなく思い出したところで、ユウは頭を抱えたくなった。彼は基本的に隠し事をしないタイプだと信じて疑わなかったので、聞かされていないとは思わなかったのだ。
「そんな……シルバーが子ども欲しいだなんて、聞いたことない」
「お前たちは夫婦でありながら、そんなことも分からんのか」
「分かりませんよ! 毎日忙しいし!」
言い訳を並べたことに、ユウの胸が鈍く痛む。話しあうための時間も用意できなかった自分に落ち度があると、彼女は自分を責めていた。バイゼルはそんな彼女をただ見下ろす。
「そうしてうかうかしておるうちに、移り気になって妻の元を離れた男は多い。せいぜい気を付けるんだな」
バイゼルが吹雪にかき消され、一瞬で姿が見えなくなる。ユウは「待って!」と手を伸ばすが、彼女の意識も横から出現した雪崩で途絶した。
*
胸を潰すような苦しみから解放されるように、彼女は目を見開いた。そこはようやく見慣れ始めたテントの屋根だ。何やら夢の中で散々なことを言われた気がするが、彼女は夢であることに安堵した。
「……すごい変な夢」
右腕を額の前に持ってくると、寝る前にはつけていなかった装飾品があった。どんぐりでできたブレスレットだ。ユウの黒曜石の瞳は、それをただ映すことしかできなかった。
「夢だけど……夢じゃない」
「どうした。ユウ」
テントに入ってきた影に、ユウがブレスレットを後ろ手に隠す。朝起きて見る顔は、息を飲むほどに美しい。
「シルバー。おはよう」
「ああ、おはよう」
ユウは柔らかいシルバーの声と共に、バイゼルの言葉を不意に思い出した。『お前との子どもを、シルバーは望んでいる』かっと熱くなる頬に、ユウは顔も背ける。朝日の中で見る彼の顔を何よりも好きだったはずなのに、今はただそのまなざしを受けることすら彼女の鼓動を駆り立てていた。
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