森の賢者
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自分の呻き声で、彼女は覚醒した。起き上がったそこはテントの中で、彼女はぐるりと辺りを見回す。彼女の隣にいたのは、発光する髪を持った美しい青年だった。全身を迷彩のローブで隠している彼は木の椅子に腰かけながら、彼女をまじまじと見ている。
ユウがとっさに腰の剣に手をかけると、彼は手を上げた。その白い手はまるでたおやかな女性のようだ。「待て。俺はお前に危害を加えたりしない。その証拠に寝ている間に命を取ることも可能だったぞ」半ば侮られているともとれる発言にユウは顔をしかめ、剣からそっと手を離す。シルバーたちを呼びたいが、ここに来る足音は一切しない。
「貴方は?」
「俺か? 当ててみればいい」
腰まで伸びた髪の隙間から枝のように伸びる尖った耳、マレウスたちと同じような三白眼。そして、試したがる癖のある部分は妖精の特徴だと彼女は勘づいていた。
「妖精」
「それは種族の話だ。お前の個体名がユウであるように、俺にも名がある」
「初対面だから分かりませんよ」
むっと眉を寄せた彼女に、けらけらと青年は笑う。
「素直だな。そういうところが、気に入っているんだ」
いつの間にか気に入られていることに、ユウは首をかしげた。そもそも目の前の彼のことなど知らない。
テントの布があげられ、銀髪が入り込んできた。その脇からマゼンタのメッシュが入った黒髪も顔をのぞかせる。
「ユウ、回復したか」
「シルバー。お義父さん。この妖精さん誰ですか?」
彼女の言葉と目の前にいる青年に、二人はとっさに彼女を庇うように前に出る。ただならぬ雰囲気に、ユウは呼吸することすら恐ろしく感じた。
「ユウ、何もされていないか?」
険の滲んだシルバーの言葉に、ユウはからからに乾いた喉で返事をした。
「だ、大丈夫です」
青年は明らかに敵対心をむき出しにされていることに、しくしくと袖を伸ばして目元にやる。全くそう思っていないのは、その目で分かるのだが。
「随分な扱いだな。俺に用があったんだろう? ヴァンルージュ」
「可愛い娘の生命力を吸いつくそうとする罠を仕掛けたお主には散々腹を立てておる。何をされるか警戒するのは当然じゃ」
まさかそんなことが起きていたとは知らず、ユウは目を瞠った。青年は袖を顔から下ろし、薄ら笑いを浮かべた。
「罠に引っかかったのはそちらだろう? 俺は正当防衛をしたまでだ」
「貴様っ……!」
彼の軽薄な言葉に、シルバーが怒りをあらわにする。鼻に皺を寄せた彼の瞳は、今にも空気ごと青年を切り裂きそうだ。しかし、彼のそんな殺気をものともせず、青年は灰色の瞳をすがめる。
「殺気立ったところでお前に何ができる、出来損ない」
整然と突き付けられた事実にシルバーはぐっと押し黙る。しかし、彼の背後から怒号が飛んだ。
「なんて口をきくんですか! 謝ってください!」
ベッドから降りようとするユウを、シルバーはその逞しい腕で引き止めようとする。しかし、リリアのマゼンタの瞳が彼の行為を止めた。制止されたシルバーは、父の判断を信じ、ユウのため道を開ける。
ユウに目の前を立ちはだかられた青年は、ただ茫然と彼女を見上げることしかできなかった。
「さっきから黙って聞いていれば、自分勝手にもほどがあるでしょう! そもそも何者ですか! 名乗りなさい!」
人差し指を眼前に突き付けられて青年は何度か瞬きをした後、薄く笑って膝を折った。
「これは申し遅れてしまった。シュヴァルツヴァルト――この森に住まう賢者にして、最も権威のある長老、バイゼル。お前とは争うつもりはないんだが」
「なら、先ほどの言葉を撤回してください! 私の夫に謝って!」
短く息を吐いている彼女は、バイゼルを睨んだまま動かない。彼は彼女の背後にいるシルバーに、薄ら笑いを浮かべた。
「すまなかった」
「……ああ」
「それに、なかなか芯の強い嫁だな」
シルバーが今度はユウを引き寄せ、背後に隠す。剣呑な彼の表情に、バイゼルはくすくすと口元に袖をやって肩を震わせた。
「変に勘ぐるな。俺は性に興味はないうえ、人のものなら手を出す意味がない」
それでもなお彼女の前から動こうとしないシルバーに、バイゼルは肩を竦めた。「ユウ」彼の背後に追いやられていたユウは、バイゼルに呼ばれ身を固くする。
「少し散歩をしてくる。その間に、支度をしておけ」
「何のですか?」
「知りたいのだろう? 侵入者の痕跡について」
ユウは彼の言葉に息を飲む。バイゼルはそのままテントを後にした。ふっと軽くなった空気に上がっていた肩を下ろすと、彼女の背中を小さな手が叩いた。
「わっ」
「ユウ、少しは相手を見極めてから怒れ。あいつはたまたまお主を気に入っているから素直に従ったが、基本的に妖精は気まぐれなもの。いつお主に牙を剥くか分からん」
リリアの冷静な諭しに、ユウはうなだれた。彼の言う通り、あの賢者を怒らせてしまっては、今回の目的は果たせない。だからこそ、僥倖とも言うべき展開に、甘んじて怒りで我を忘れてしまった自分を恥じた。
「じゃが、すっきりしたぞ。お主が怒らねば、わしが先に手を出しておったわ」
リリアの晴れ晴れとした笑顔に、ユウは冗談では済まされない雰囲気に息を飲んだ。下手に突っ込めば、彼の怒りを煽ることに変わりない。ユウはそっと笑うだけに留めた。
「はい……」
*
会議と称して、バイゼルがユウを呼んだのは木の根元にある地下の部屋だった。土壁からは男の腕の何倍も太い木の根がはみ出している。ユウは部屋の奥で畳の上に胡坐をかいているバイゼルを見て会釈した。彼女の背後から、リリアが庇うように前へ出る。バイゼルの柳眉がわずかに動いた。
「おや、俺が呼んだのはユウだけなんだが」
「愛娘を怪しい男と二人きりにはさせられん」
「随分と嫌われたものだ。まあ、お前とはそりが合わんから構わんが」
適当に座れというので、バイゼルと対面するようにユウは木の椅子に腰かける。リリアはその隣で宙に座った。何もないところに浮かんで足を組んで座っている彼の姿に、悲鳴を飲んだ学生時代を彼女はなんとなく思い出した。
三人を照らす燭台の炎が揺れて、影も石を投げた水面のように波立つ。バイゼルの静かな声が、部屋に響いた。
「単刀直入に言う。侵入者がいたとして、その者は茨の谷を越えることはできない」
「それは一体」
どういうことだとユウが言おうとして、バイゼルの言葉がそれにかぶさる。
「ドラコニアの末裔が先祖代々伝わる茨の包囲網を膨大な魔力を費やして、維持しているからだ。あの茨に触れたものは死ぬようになっている。それほど強力な魔法を扱えているのは、ドラコニアの血筋だからだ」
「なら、あの足跡は」
「分からん」
賢者の長老ですら分からないと言わしめる事象に、ユウの顔は不安で曇る。その隣で、鼻で笑う不遜な声がした。
「賢者の長老が『分からぬ』とは笑わせる」
リリアの挑発になびくことなく、バイゼルは灰色の目をただ虚空に向けたまま言葉を続けた。
「ただ、万が一にでもすり抜けられた可能性はある。すべての茨に穴が開いておらんか調べよう。先ほどの非礼の詫びも兼ねてな」
話は以上だと告げたバイゼルは一瞬でどこかへ消えてしまった。リリアも出るぞと立ちあがるので、もうここに用はないのだろう。ユウは胸の奥に残る確かな違和感に、立ちあがる足が普段よりも重く感じられた。
ユウがとっさに腰の剣に手をかけると、彼は手を上げた。その白い手はまるでたおやかな女性のようだ。「待て。俺はお前に危害を加えたりしない。その証拠に寝ている間に命を取ることも可能だったぞ」半ば侮られているともとれる発言にユウは顔をしかめ、剣からそっと手を離す。シルバーたちを呼びたいが、ここに来る足音は一切しない。
「貴方は?」
「俺か? 当ててみればいい」
腰まで伸びた髪の隙間から枝のように伸びる尖った耳、マレウスたちと同じような三白眼。そして、試したがる癖のある部分は妖精の特徴だと彼女は勘づいていた。
「妖精」
「それは種族の話だ。お前の個体名がユウであるように、俺にも名がある」
「初対面だから分かりませんよ」
むっと眉を寄せた彼女に、けらけらと青年は笑う。
「素直だな。そういうところが、気に入っているんだ」
いつの間にか気に入られていることに、ユウは首をかしげた。そもそも目の前の彼のことなど知らない。
テントの布があげられ、銀髪が入り込んできた。その脇からマゼンタのメッシュが入った黒髪も顔をのぞかせる。
「ユウ、回復したか」
「シルバー。お義父さん。この妖精さん誰ですか?」
彼女の言葉と目の前にいる青年に、二人はとっさに彼女を庇うように前に出る。ただならぬ雰囲気に、ユウは呼吸することすら恐ろしく感じた。
「ユウ、何もされていないか?」
険の滲んだシルバーの言葉に、ユウはからからに乾いた喉で返事をした。
「だ、大丈夫です」
青年は明らかに敵対心をむき出しにされていることに、しくしくと袖を伸ばして目元にやる。全くそう思っていないのは、その目で分かるのだが。
「随分な扱いだな。俺に用があったんだろう? ヴァンルージュ」
「可愛い娘の生命力を吸いつくそうとする罠を仕掛けたお主には散々腹を立てておる。何をされるか警戒するのは当然じゃ」
まさかそんなことが起きていたとは知らず、ユウは目を瞠った。青年は袖を顔から下ろし、薄ら笑いを浮かべた。
「罠に引っかかったのはそちらだろう? 俺は正当防衛をしたまでだ」
「貴様っ……!」
彼の軽薄な言葉に、シルバーが怒りをあらわにする。鼻に皺を寄せた彼の瞳は、今にも空気ごと青年を切り裂きそうだ。しかし、彼のそんな殺気をものともせず、青年は灰色の瞳をすがめる。
「殺気立ったところでお前に何ができる、出来損ない」
整然と突き付けられた事実にシルバーはぐっと押し黙る。しかし、彼の背後から怒号が飛んだ。
「なんて口をきくんですか! 謝ってください!」
ベッドから降りようとするユウを、シルバーはその逞しい腕で引き止めようとする。しかし、リリアのマゼンタの瞳が彼の行為を止めた。制止されたシルバーは、父の判断を信じ、ユウのため道を開ける。
ユウに目の前を立ちはだかられた青年は、ただ茫然と彼女を見上げることしかできなかった。
「さっきから黙って聞いていれば、自分勝手にもほどがあるでしょう! そもそも何者ですか! 名乗りなさい!」
人差し指を眼前に突き付けられて青年は何度か瞬きをした後、薄く笑って膝を折った。
「これは申し遅れてしまった。シュヴァルツヴァルト――この森に住まう賢者にして、最も権威のある長老、バイゼル。お前とは争うつもりはないんだが」
「なら、先ほどの言葉を撤回してください! 私の夫に謝って!」
短く息を吐いている彼女は、バイゼルを睨んだまま動かない。彼は彼女の背後にいるシルバーに、薄ら笑いを浮かべた。
「すまなかった」
「……ああ」
「それに、なかなか芯の強い嫁だな」
シルバーが今度はユウを引き寄せ、背後に隠す。剣呑な彼の表情に、バイゼルはくすくすと口元に袖をやって肩を震わせた。
「変に勘ぐるな。俺は性に興味はないうえ、人のものなら手を出す意味がない」
それでもなお彼女の前から動こうとしないシルバーに、バイゼルは肩を竦めた。「ユウ」彼の背後に追いやられていたユウは、バイゼルに呼ばれ身を固くする。
「少し散歩をしてくる。その間に、支度をしておけ」
「何のですか?」
「知りたいのだろう? 侵入者の痕跡について」
ユウは彼の言葉に息を飲む。バイゼルはそのままテントを後にした。ふっと軽くなった空気に上がっていた肩を下ろすと、彼女の背中を小さな手が叩いた。
「わっ」
「ユウ、少しは相手を見極めてから怒れ。あいつはたまたまお主を気に入っているから素直に従ったが、基本的に妖精は気まぐれなもの。いつお主に牙を剥くか分からん」
リリアの冷静な諭しに、ユウはうなだれた。彼の言う通り、あの賢者を怒らせてしまっては、今回の目的は果たせない。だからこそ、僥倖とも言うべき展開に、甘んじて怒りで我を忘れてしまった自分を恥じた。
「じゃが、すっきりしたぞ。お主が怒らねば、わしが先に手を出しておったわ」
リリアの晴れ晴れとした笑顔に、ユウは冗談では済まされない雰囲気に息を飲んだ。下手に突っ込めば、彼の怒りを煽ることに変わりない。ユウはそっと笑うだけに留めた。
「はい……」
*
会議と称して、バイゼルがユウを呼んだのは木の根元にある地下の部屋だった。土壁からは男の腕の何倍も太い木の根がはみ出している。ユウは部屋の奥で畳の上に胡坐をかいているバイゼルを見て会釈した。彼女の背後から、リリアが庇うように前へ出る。バイゼルの柳眉がわずかに動いた。
「おや、俺が呼んだのはユウだけなんだが」
「愛娘を怪しい男と二人きりにはさせられん」
「随分と嫌われたものだ。まあ、お前とはそりが合わんから構わんが」
適当に座れというので、バイゼルと対面するようにユウは木の椅子に腰かける。リリアはその隣で宙に座った。何もないところに浮かんで足を組んで座っている彼の姿に、悲鳴を飲んだ学生時代を彼女はなんとなく思い出した。
三人を照らす燭台の炎が揺れて、影も石を投げた水面のように波立つ。バイゼルの静かな声が、部屋に響いた。
「単刀直入に言う。侵入者がいたとして、その者は茨の谷を越えることはできない」
「それは一体」
どういうことだとユウが言おうとして、バイゼルの言葉がそれにかぶさる。
「ドラコニアの末裔が先祖代々伝わる茨の包囲網を膨大な魔力を費やして、維持しているからだ。あの茨に触れたものは死ぬようになっている。それほど強力な魔法を扱えているのは、ドラコニアの血筋だからだ」
「なら、あの足跡は」
「分からん」
賢者の長老ですら分からないと言わしめる事象に、ユウの顔は不安で曇る。その隣で、鼻で笑う不遜な声がした。
「賢者の長老が『分からぬ』とは笑わせる」
リリアの挑発になびくことなく、バイゼルは灰色の目をただ虚空に向けたまま言葉を続けた。
「ただ、万が一にでもすり抜けられた可能性はある。すべての茨に穴が開いておらんか調べよう。先ほどの非礼の詫びも兼ねてな」
話は以上だと告げたバイゼルは一瞬でどこかへ消えてしまった。リリアも出るぞと立ちあがるので、もうここに用はないのだろう。ユウは胸の奥に残る確かな違和感に、立ちあがる足が普段よりも重く感じられた。