森の賢者
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ユウたちが調査団と騎士団の合同拠点に何とか飛行術で辿り着くと、血相を変えたセベクに大音量で叱られた。「シルバー! 貴様、任務を放棄して妻を探しに行くな!」その言葉にシルバーの表情が険しくなる。
「ユウの危険を回避しなければならなかったんだ。連絡できなかったことは詫びるが、人命を軽く見るな」
「だからと言って飛び出す必要はない! リリア様や僕に報告しないのは、騎士としてどうなんだ!」
かなり険悪な雰囲気に耐えきれず、ユウは二人の間に身を投じた。
「あー! ごめんなさい! 私、私のせいなんです! 森ではぐれているリスが銀狼に襲われてて、一緒に追われる羽目になっちゃったんです!」
頼むからこれ以上喧嘩はよしてくれ、とユウが願っていると、二人ではなく周りの声がやけに大きくなった。
「なんだ。調査団団長の嬢ちゃんはリスを助けるために」「それも銀狼から生きて帰って来たってことは、シルバーもタイミングよく守れたんだ」「嬢ちゃんは危なっかしいが、まあそこを守ってやれるシルバーだからお似合いだろう」
なぜか話はユウとシルバーはお似合いだという流れに変わる。一瞬で雰囲気が和やかになった拠点で、セベクは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「もういい……。お前が向こう見ずな馬鹿だと理解できていなかった僕の責任だ」
「その言い草は流石に傷つく」
ぶう、と頬を膨らませた彼女の目の前をこうもりが飛んでいく。けらけらとした笑い声が響いた。
「セベク。そのくらいにしておけ」
「リリア様! しかし」
「これ以上は士気に関わる。お主も騎士に叙勲されたならば、少しは周囲を慮ることも必要じゃ」
リリアの言葉にぐっとセベクは押し黙る。顔をしかめるだけで留めた彼に成長を感じたリリアは、隣にいる新婚夫婦に向き直った。
「じゃが、セベクの言うことが間違っておるとは言わん。シルバー、ユウ、帰ってから少し説教させてもらうぞ」
「はい……」
明らかに落ち込んだ様子のユウに、リリアは苦笑した。如何せん、この若妻は学生時代から無茶をしがちなので今のうちに窘めておくことも必要だ。リリアは彼女の肩を優しく叩いた。
「お主はこれからじゃ。団長として自覚を持っていくがよい」
彼女の隣にいるシルバーも落ち着いたらしい。こちらを見る目に妻を守ろうとする苛烈な焔は消えていた。
「今回の調査の内容について、改めて確認する。ユウ、準備はできるか?」
「はい! すぐに!」
「ならばよい。各指令はわしのテントに集まれ。2時間後にここを出立する」
リリアの号令に騎士団が敬礼を返す。一瞬で統率が取れる彼に、ユウは人を率いる人物というのは空気すらも変えられるのだと実感した。調査団をマレウスの力を借りて設立した以上、この団を自分なりに育てていかねばならない。
なにせ、調査団と言っても彼女しか調査員はいないのだ。
*
「森への礼儀は欠かしてはならん。いくらマレウスの治世になったとはいえ、森はまだ賢者たちの領域じゃ」
リリアは魔法で木のスプーンを両手に出現させる。それらをこんこんと打ち鳴らすと、ざわりと目の前の黒い森が獣が身じろぎをするように揺れた。
「ほれ、お主もしてみせよ」
リリアにスプーンを手渡され、彼女は両手に持つ。彼に倣って、何度かスプーンを打ち付けると、軽い音がまた森に響く。森が炎のように揺れたかと思うと、ユウはもう森の中にいた。隣を見れば、リリアが「成功じゃの」と笑顔になって先頭を行く。ユウは後ろを振り返ると、騎士団が皆歩き始めていた。彼女は置いて行かれないよう、すぐにリリアの背中を追いかけ始めた。
銀狼に追われていた時には気づかなかったが、足元の苔はうっすらと発光している。シルバーをはじめとする他の騎士たちは、背中に大きな荷物を背負っているにもかかわらず、ユウと同じくらいの速さで森を進んでいた。
今回は調査団と騎士団が合同で行う初めての任務だ。監視役のカラスによると、茨の谷の国境を越えたところに侵入された形跡があるとの報告が上がった。不法入国は人間と断定するには早いというマレウスの判断の下、警戒を強めるべきかその目で確かめて来いというものだ。この内容だけなら調査団であるユウだけが行けばよいのだが、マレウスはそれを止めた。「あの森は僕でも手出しできない。護衛をつけていけ」そういうわけでシルバーと任務を共にすることになったのだが、彼女はこの森に居心地の悪さを覚えていた。
「お、お義父さん。なんだか、ここ気味が悪いです」
思わずリリアに助けを求めると、彼はけろっとした顔で肩越しに振り返る。安心させるように笑っているのだろうが、その瞳は一切笑っていない。
「安心せい。お主に手出しはさせぬ。そのための護衛じゃ」
ユウの表情はますます不安で曇る。彼女の体の中心で忙しなく跳ねまわる心臓がこの場から逃げろと叫んでいる。木の葉の擦れ合う音ですら、不気味な足音に思えてこめかみに脂汗が伝った。
周囲でも異変に気づいた騎士たちが、恐れの声を上げる。ユウはシルバーは大丈夫だろうかと振り返りたいが、首を動かすこともおっくうだった。
「ここは選別の場所。よそ者を寄せ付けぬため、魔法が仕掛けられておる。お主の不快感ももうじき終わるはずじゃ」
そうは言っても足が竦み始めて、彼女には一歩一歩が重く感じられた。呼吸は徐々に浅くなり、酸素が上手く肺に回らない。右足を前へ出し、地面に着いた瞬間、膝がかくんと折れた。ユウはそのまま地面に倒れ込みそうになるが、彼女の細い腕を逞しい腕が掴んだ。
「しっかりしろ」
のろのろと顔を上げた先のオーロラシルバーが苦しみで歪んでいる。彼もこの苦痛に抗っているのだ。ユウは膝に力を入れようとするが、上手く立てない。焦れたシルバーは彼女を荷物と一緒に抱きかかえた。
「惑わされるな! これは賢者の施した魔法! 普段の鍛錬で鍛え上げているなら、弱音は吐くな!」
セベクの大声が水の中で聞いているかのように遠くで聞こえる。ユウはゆらゆらと揺れる景色の中、シルバーにくったりと身を預けていた。しがみついていなければならないのに、腕の力が穴を開けられた風船のように抜けていく。彼女の体が重みを増したことに気づいたシルバーはリリアに耳打ちした。
「どうやら、体力を奪う魔法もかけられています」
「なるほど。これはユウに申し訳ないことをした」
リリアの端正な顔が申し訳なさそうに歪む。シルバーの腕の中の彼女は、微睡むように瞼が半分降りている。しかしその意識は希薄だ。ただ体力を奪っているわけではないと、二人は目を細めた。
「もし立ち入るのが妖精かギフテッドばかりだと思って生命力まで吸われているのであれば」
「無論、賢者たちにはわしから話をつける。お主はユウの意識が飛ばぬよう抱えておれ。もうじき着く」
苦悶の声を上げながらも、一行の足は止まらない。そして、彼らの視線の先に、木の葉が自ら光る大樹が見えた。
「ユウの危険を回避しなければならなかったんだ。連絡できなかったことは詫びるが、人命を軽く見るな」
「だからと言って飛び出す必要はない! リリア様や僕に報告しないのは、騎士としてどうなんだ!」
かなり険悪な雰囲気に耐えきれず、ユウは二人の間に身を投じた。
「あー! ごめんなさい! 私、私のせいなんです! 森ではぐれているリスが銀狼に襲われてて、一緒に追われる羽目になっちゃったんです!」
頼むからこれ以上喧嘩はよしてくれ、とユウが願っていると、二人ではなく周りの声がやけに大きくなった。
「なんだ。調査団団長の嬢ちゃんはリスを助けるために」「それも銀狼から生きて帰って来たってことは、シルバーもタイミングよく守れたんだ」「嬢ちゃんは危なっかしいが、まあそこを守ってやれるシルバーだからお似合いだろう」
なぜか話はユウとシルバーはお似合いだという流れに変わる。一瞬で雰囲気が和やかになった拠点で、セベクは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「もういい……。お前が向こう見ずな馬鹿だと理解できていなかった僕の責任だ」
「その言い草は流石に傷つく」
ぶう、と頬を膨らませた彼女の目の前をこうもりが飛んでいく。けらけらとした笑い声が響いた。
「セベク。そのくらいにしておけ」
「リリア様! しかし」
「これ以上は士気に関わる。お主も騎士に叙勲されたならば、少しは周囲を慮ることも必要じゃ」
リリアの言葉にぐっとセベクは押し黙る。顔をしかめるだけで留めた彼に成長を感じたリリアは、隣にいる新婚夫婦に向き直った。
「じゃが、セベクの言うことが間違っておるとは言わん。シルバー、ユウ、帰ってから少し説教させてもらうぞ」
「はい……」
明らかに落ち込んだ様子のユウに、リリアは苦笑した。如何せん、この若妻は学生時代から無茶をしがちなので今のうちに窘めておくことも必要だ。リリアは彼女の肩を優しく叩いた。
「お主はこれからじゃ。団長として自覚を持っていくがよい」
彼女の隣にいるシルバーも落ち着いたらしい。こちらを見る目に妻を守ろうとする苛烈な焔は消えていた。
「今回の調査の内容について、改めて確認する。ユウ、準備はできるか?」
「はい! すぐに!」
「ならばよい。各指令はわしのテントに集まれ。2時間後にここを出立する」
リリアの号令に騎士団が敬礼を返す。一瞬で統率が取れる彼に、ユウは人を率いる人物というのは空気すらも変えられるのだと実感した。調査団をマレウスの力を借りて設立した以上、この団を自分なりに育てていかねばならない。
なにせ、調査団と言っても彼女しか調査員はいないのだ。
*
「森への礼儀は欠かしてはならん。いくらマレウスの治世になったとはいえ、森はまだ賢者たちの領域じゃ」
リリアは魔法で木のスプーンを両手に出現させる。それらをこんこんと打ち鳴らすと、ざわりと目の前の黒い森が獣が身じろぎをするように揺れた。
「ほれ、お主もしてみせよ」
リリアにスプーンを手渡され、彼女は両手に持つ。彼に倣って、何度かスプーンを打ち付けると、軽い音がまた森に響く。森が炎のように揺れたかと思うと、ユウはもう森の中にいた。隣を見れば、リリアが「成功じゃの」と笑顔になって先頭を行く。ユウは後ろを振り返ると、騎士団が皆歩き始めていた。彼女は置いて行かれないよう、すぐにリリアの背中を追いかけ始めた。
銀狼に追われていた時には気づかなかったが、足元の苔はうっすらと発光している。シルバーをはじめとする他の騎士たちは、背中に大きな荷物を背負っているにもかかわらず、ユウと同じくらいの速さで森を進んでいた。
今回は調査団と騎士団が合同で行う初めての任務だ。監視役のカラスによると、茨の谷の国境を越えたところに侵入された形跡があるとの報告が上がった。不法入国は人間と断定するには早いというマレウスの判断の下、警戒を強めるべきかその目で確かめて来いというものだ。この内容だけなら調査団であるユウだけが行けばよいのだが、マレウスはそれを止めた。「あの森は僕でも手出しできない。護衛をつけていけ」そういうわけでシルバーと任務を共にすることになったのだが、彼女はこの森に居心地の悪さを覚えていた。
「お、お義父さん。なんだか、ここ気味が悪いです」
思わずリリアに助けを求めると、彼はけろっとした顔で肩越しに振り返る。安心させるように笑っているのだろうが、その瞳は一切笑っていない。
「安心せい。お主に手出しはさせぬ。そのための護衛じゃ」
ユウの表情はますます不安で曇る。彼女の体の中心で忙しなく跳ねまわる心臓がこの場から逃げろと叫んでいる。木の葉の擦れ合う音ですら、不気味な足音に思えてこめかみに脂汗が伝った。
周囲でも異変に気づいた騎士たちが、恐れの声を上げる。ユウはシルバーは大丈夫だろうかと振り返りたいが、首を動かすこともおっくうだった。
「ここは選別の場所。よそ者を寄せ付けぬため、魔法が仕掛けられておる。お主の不快感ももうじき終わるはずじゃ」
そうは言っても足が竦み始めて、彼女には一歩一歩が重く感じられた。呼吸は徐々に浅くなり、酸素が上手く肺に回らない。右足を前へ出し、地面に着いた瞬間、膝がかくんと折れた。ユウはそのまま地面に倒れ込みそうになるが、彼女の細い腕を逞しい腕が掴んだ。
「しっかりしろ」
のろのろと顔を上げた先のオーロラシルバーが苦しみで歪んでいる。彼もこの苦痛に抗っているのだ。ユウは膝に力を入れようとするが、上手く立てない。焦れたシルバーは彼女を荷物と一緒に抱きかかえた。
「惑わされるな! これは賢者の施した魔法! 普段の鍛錬で鍛え上げているなら、弱音は吐くな!」
セベクの大声が水の中で聞いているかのように遠くで聞こえる。ユウはゆらゆらと揺れる景色の中、シルバーにくったりと身を預けていた。しがみついていなければならないのに、腕の力が穴を開けられた風船のように抜けていく。彼女の体が重みを増したことに気づいたシルバーはリリアに耳打ちした。
「どうやら、体力を奪う魔法もかけられています」
「なるほど。これはユウに申し訳ないことをした」
リリアの端正な顔が申し訳なさそうに歪む。シルバーの腕の中の彼女は、微睡むように瞼が半分降りている。しかしその意識は希薄だ。ただ体力を奪っているわけではないと、二人は目を細めた。
「もし立ち入るのが妖精かギフテッドばかりだと思って生命力まで吸われているのであれば」
「無論、賢者たちにはわしから話をつける。お主はユウの意識が飛ばぬよう抱えておれ。もうじき着く」
苦悶の声を上げながらも、一行の足は止まらない。そして、彼らの視線の先に、木の葉が自ら光る大樹が見えた。