森の賢者
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明け方の空に、白い月が淡く浮かんでいる。ユウは木に凭れてそれを見上げながら、肩で息をしていた。次の瞬間には彼女は何かを抱えたまま、走り出す。彼女が元居た場所は轟音とともに吹き飛んだ。巨大な狼の姿をしたそれは、月の光を受けほの白く輝く。遠吠えをした狼はユウを追いかけだした。
早く前へ行かなければと思うが、昨日の雨のせいで足場はぬかるんでいて思うように歩けない。ユウは胸元を押さえ、全力で走った。しかし、狼の姿は徐々に大きくなり、彼女に迫ってきている。
ユウは急いで木の根元にぽっかり空いた穴に逃げ込んだ。転がり込んだそこで派手に手足を打ち付ける。体中に走る痛みに構わず彼女は奥へと逃げ込んだ。
洞の入り口に狼の牙が差し迫る。よだれをまき散らしながら何度も口を開閉させるそれは、腕を伸ばせば噛み千切られるような位置にあった。ユウは体を縮め、必死に時が過ぎるのを待つ。
狼は数分して諦めたのか、洞の前から立ち去った。「帰った?」ユウは息を飲みながら慎重に気配を探る。狼の呼吸も唸り声もしない。洞の入り口に手をかけ、体を地上に這い出させる。泥まみれになった彼女の肩に、ドロリと液体が落ちた。生暖かいそれを見て、ユウは木の上を見上げる。枝の間から見える赤い光が二つ、彼女を見つめていた。
狼が木から飛び降りてくる。降りかかってくる牙に足が竦んで動けなくなった彼女は、木陰で揺れる銀髪を思った。
狼の四肢は地上に降り立ち、彼を支えた地面から轟音がする。しかし、彼女に衝撃は来ない。そろりと目を開けてみれば、狼の牙はたった一本の剣で食い止められていた。剣を握っているその人影は、間違いなく彼女が脳裏に浮かべた人物だ。
シルバーは剣で軽く狼をいなすと、すかさずマジカルペンを抜いて狼に火の球をぶつけた。しかし、狼も負けじと炎の合間を縫って爪で空気を切った斬撃を彼に放つ。斬撃を受けた木々は派手な音を立てて倒れた。彼女を突け狙う真っ赤な瞳に対して、オーロラシルバーの瞳が敵意をあらわにする。自然とマジカルペンを握る武骨な手に力がこもった。シルバーは魔法の障壁で斬撃を防ごうと、魔力を前方に集中させる。
弾ける音と共に、ユウは衝撃波で立っていられず吹き飛んだ。再び背中を木の幹に打ち付けた彼女を、逞しい腕が持ちあげる。彼女を抱えたシルバーは風のように森を駆け抜けた。適当な洞窟を見つけたシルバーは、そこに飛び込む。彼は入るや否や、急いで魔法の障壁と認知疎外の魔法をかけた。重い音が徐々に大きくなっていき、洞窟の前にあの白銀の狼が姿を表す。鼻先を細かく上下させながら、奴はユウたちを探していた。
思わず悲鳴を上げそうになったユウの口元をシルバーは手で塞いだ。ギラリと光る赤い瞳が見下ろすだけで、体中を針で刺すような恐怖が襲ってくる。牙の間から滴り落ちる唾が泥でぬかるんだ地面に落ちる。粘り気のあるそれが洞窟の入り口まで滴ってくると同時に、遠くで鳥の羽ばたきがした。それに反応した狼は身を翻す。そのまま足音は離れていき、辺りは静かになった。
ユウの口元を押さえていた手が離れる。彼女はすぐさま彼を見上げると、彼の顔には血が流れていた。
「シルバー!」
悲鳴に似た声を上げたユウに、シルバーが掌をかざして制する。彼の血はどうやら乾いていたのか、瞬きをするごとに剥がれていった。「かすり傷だ。問題ない」そう彼女を見下ろすシルバーの声はいつになく固く冷たい。ユウはこれまでのことを思い出し、視線を泳がせた。
「ユウ、なぜ隊列から離れた」
彼女の予想通り、シルバーの剣幕は静かだがすさまじい。曽於の気迫と後悔に、ユウは思わず視線を泳がせる。
「……それは。その」
「あんな恐ろしい生き物もいるところで、魔法も使えないお前が一人で歩き回ったら周囲の迷惑になることをなぜ考えない」
まっとうな正論を突きつけられ、ユウの顔は見る見るうちに勢いを失くしていく。しまいに彼女はうつむいてしまった。
「……ごめんなさい」
か細く呟かれた言葉の後に、小動物の鳴き声がする。シルバーが視線を巡らすと、何やら彼女の胸元がもぞもぞと動いていた。思わず目を瞠ると、そのふくらみは胸と分離し、彼女の首筋まで這いあがってくる。彼女の襟から出てきたのは、まだ幼いリスだった。小リスは落ち込んでいるユウの頬に頭を押し付ける。シルバーは先ほどまで確認できなかった存在に、思わずユウに尋ねた。
「そのリスはなんだ」
「親とはぐれていたみたいで、あの森で迷子になっていたんです。きっとそれを狼に見つけられて、襲われていたところを私が庇いました。そしたら、迷っちゃって」
「なぜ俺を頼らない」
苛立ちのままぶつけた言葉にユウの肩が跳ねる。ユウの首はますます実った稲穂のように垂れていった。
「ごめんなさい。もっと次は頼るから……」
リリアにも同じように叱られた記憶が彼女の中でよみがえる。あの時は生死をさまよったが、今回もそうなる可能性があった。それを加味すれば叱られて当然だ、と彼女はますます自分を責めた。しかし、ユウはこの小さなリスのために体を張ってしまう単純さと理由があった。
「でも、まだこの子は……親に会える。そう思ったら、会わせてあげたくって。つい」
これほど小さな存在を自分と重ね合わせてしまったユウの頬に涙が伝う。そんな彼女を、逞しい腕が優しく包み込んだ。
「すまなかった。俺は、お前の姿が見えなくて怖くなったんだ。ここ一帯は行方不明になるものが多い。もしお前が森に誘われていたら……正気でいられない」
森に誘われるとは、未だに茨の谷でも解明されていない森での失踪理由の一つである。なお、この理由をつけられたものはまず、二度と見つからない。シルバーから避けた小リスが反対の肩に移動する。
「無事でよかった」
安堵のため息とともに出てきた言葉で、ユウは深い後悔を覚えた。彼の背に回した手がシャツに深い皺を作る。
「心配かけて、ごめんなさい」
ぽちゃん、と雫が落ちる音がして、ユウが顔を上げる。洞の向こうは陽の光が射していた。
「晴れたな」
シルバーは彼女から離れると、少しだけ待つよう言い残して洞窟を出る。出た先で彼が少し立っていると、動物たちが続々と現れた。その群れの中から、ユウたちに近づく一匹のリスがいる。小リスはユウの肩から飛び出し、真っ先にそのリスの隣に並んだ。
ユウはその光景に胸を押さえ、微笑む。
「よかった。もう、はぐれちゃだめだよ」
またね、と手を振る彼女に振り返ることもなく、リスたちは森の中へ去っていった。「残念」苦笑いした彼女の肩を、シルバーが片腕で抱く。
「お前も、勝手にはぐれるな」
先ほどリスたちにかけた言葉を言っていると気づいたユウは、彼の肩に頭を凭れさせる。彼女の細い肩を抱きしめる力が、ほんの少し強くなった。
早く前へ行かなければと思うが、昨日の雨のせいで足場はぬかるんでいて思うように歩けない。ユウは胸元を押さえ、全力で走った。しかし、狼の姿は徐々に大きくなり、彼女に迫ってきている。
ユウは急いで木の根元にぽっかり空いた穴に逃げ込んだ。転がり込んだそこで派手に手足を打ち付ける。体中に走る痛みに構わず彼女は奥へと逃げ込んだ。
洞の入り口に狼の牙が差し迫る。よだれをまき散らしながら何度も口を開閉させるそれは、腕を伸ばせば噛み千切られるような位置にあった。ユウは体を縮め、必死に時が過ぎるのを待つ。
狼は数分して諦めたのか、洞の前から立ち去った。「帰った?」ユウは息を飲みながら慎重に気配を探る。狼の呼吸も唸り声もしない。洞の入り口に手をかけ、体を地上に這い出させる。泥まみれになった彼女の肩に、ドロリと液体が落ちた。生暖かいそれを見て、ユウは木の上を見上げる。枝の間から見える赤い光が二つ、彼女を見つめていた。
狼が木から飛び降りてくる。降りかかってくる牙に足が竦んで動けなくなった彼女は、木陰で揺れる銀髪を思った。
狼の四肢は地上に降り立ち、彼を支えた地面から轟音がする。しかし、彼女に衝撃は来ない。そろりと目を開けてみれば、狼の牙はたった一本の剣で食い止められていた。剣を握っているその人影は、間違いなく彼女が脳裏に浮かべた人物だ。
シルバーは剣で軽く狼をいなすと、すかさずマジカルペンを抜いて狼に火の球をぶつけた。しかし、狼も負けじと炎の合間を縫って爪で空気を切った斬撃を彼に放つ。斬撃を受けた木々は派手な音を立てて倒れた。彼女を突け狙う真っ赤な瞳に対して、オーロラシルバーの瞳が敵意をあらわにする。自然とマジカルペンを握る武骨な手に力がこもった。シルバーは魔法の障壁で斬撃を防ごうと、魔力を前方に集中させる。
弾ける音と共に、ユウは衝撃波で立っていられず吹き飛んだ。再び背中を木の幹に打ち付けた彼女を、逞しい腕が持ちあげる。彼女を抱えたシルバーは風のように森を駆け抜けた。適当な洞窟を見つけたシルバーは、そこに飛び込む。彼は入るや否や、急いで魔法の障壁と認知疎外の魔法をかけた。重い音が徐々に大きくなっていき、洞窟の前にあの白銀の狼が姿を表す。鼻先を細かく上下させながら、奴はユウたちを探していた。
思わず悲鳴を上げそうになったユウの口元をシルバーは手で塞いだ。ギラリと光る赤い瞳が見下ろすだけで、体中を針で刺すような恐怖が襲ってくる。牙の間から滴り落ちる唾が泥でぬかるんだ地面に落ちる。粘り気のあるそれが洞窟の入り口まで滴ってくると同時に、遠くで鳥の羽ばたきがした。それに反応した狼は身を翻す。そのまま足音は離れていき、辺りは静かになった。
ユウの口元を押さえていた手が離れる。彼女はすぐさま彼を見上げると、彼の顔には血が流れていた。
「シルバー!」
悲鳴に似た声を上げたユウに、シルバーが掌をかざして制する。彼の血はどうやら乾いていたのか、瞬きをするごとに剥がれていった。「かすり傷だ。問題ない」そう彼女を見下ろすシルバーの声はいつになく固く冷たい。ユウはこれまでのことを思い出し、視線を泳がせた。
「ユウ、なぜ隊列から離れた」
彼女の予想通り、シルバーの剣幕は静かだがすさまじい。曽於の気迫と後悔に、ユウは思わず視線を泳がせる。
「……それは。その」
「あんな恐ろしい生き物もいるところで、魔法も使えないお前が一人で歩き回ったら周囲の迷惑になることをなぜ考えない」
まっとうな正論を突きつけられ、ユウの顔は見る見るうちに勢いを失くしていく。しまいに彼女はうつむいてしまった。
「……ごめんなさい」
か細く呟かれた言葉の後に、小動物の鳴き声がする。シルバーが視線を巡らすと、何やら彼女の胸元がもぞもぞと動いていた。思わず目を瞠ると、そのふくらみは胸と分離し、彼女の首筋まで這いあがってくる。彼女の襟から出てきたのは、まだ幼いリスだった。小リスは落ち込んでいるユウの頬に頭を押し付ける。シルバーは先ほどまで確認できなかった存在に、思わずユウに尋ねた。
「そのリスはなんだ」
「親とはぐれていたみたいで、あの森で迷子になっていたんです。きっとそれを狼に見つけられて、襲われていたところを私が庇いました。そしたら、迷っちゃって」
「なぜ俺を頼らない」
苛立ちのままぶつけた言葉にユウの肩が跳ねる。ユウの首はますます実った稲穂のように垂れていった。
「ごめんなさい。もっと次は頼るから……」
リリアにも同じように叱られた記憶が彼女の中でよみがえる。あの時は生死をさまよったが、今回もそうなる可能性があった。それを加味すれば叱られて当然だ、と彼女はますます自分を責めた。しかし、ユウはこの小さなリスのために体を張ってしまう単純さと理由があった。
「でも、まだこの子は……親に会える。そう思ったら、会わせてあげたくって。つい」
これほど小さな存在を自分と重ね合わせてしまったユウの頬に涙が伝う。そんな彼女を、逞しい腕が優しく包み込んだ。
「すまなかった。俺は、お前の姿が見えなくて怖くなったんだ。ここ一帯は行方不明になるものが多い。もしお前が森に誘われていたら……正気でいられない」
森に誘われるとは、未だに茨の谷でも解明されていない森での失踪理由の一つである。なお、この理由をつけられたものはまず、二度と見つからない。シルバーから避けた小リスが反対の肩に移動する。
「無事でよかった」
安堵のため息とともに出てきた言葉で、ユウは深い後悔を覚えた。彼の背に回した手がシャツに深い皺を作る。
「心配かけて、ごめんなさい」
ぽちゃん、と雫が落ちる音がして、ユウが顔を上げる。洞の向こうは陽の光が射していた。
「晴れたな」
シルバーは彼女から離れると、少しだけ待つよう言い残して洞窟を出る。出た先で彼が少し立っていると、動物たちが続々と現れた。その群れの中から、ユウたちに近づく一匹のリスがいる。小リスはユウの肩から飛び出し、真っ先にそのリスの隣に並んだ。
ユウはその光景に胸を押さえ、微笑む。
「よかった。もう、はぐれちゃだめだよ」
またね、と手を振る彼女に振り返ることもなく、リスたちは森の中へ去っていった。「残念」苦笑いした彼女の肩を、シルバーが片腕で抱く。
「お前も、勝手にはぐれるな」
先ほどリスたちにかけた言葉を言っていると気づいたユウは、彼の肩に頭を凭れさせる。彼女の細い肩を抱きしめる力が、ほんの少し強くなった。