後編
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シルバーはできることならガーゴイルでもグロテスクでもいいから石像になりたかった。腕を組んで立っている彼を見上げる琥珀の瞳は、不満がありありと浮かんでいる。頬をむくれさせている彼女は、彼を壁際に追い込んでいた。
「先輩、名前で呼んでください」
シルバーが「それは……恥ずかしい」と言うと「でも、名前で呼んでほしいです!」とユウが噛みつく。彼は先ほどから譲る様子のない彼女を見て、ため息を吐いた。
シルバーは同郷のよしみの代わりとはいえ、恋人として振舞うことに遺憾はない。しかし、いざ実践するとそれは違った。ユウは隙あらばシルバーの理性をぐらつかせる。それは楽しそうにはにかんで見せたり、シルバーを見かけたらすぐに駆け寄ってくる。彼女のそんな様子は、シルバーの心臓に何度も矢を突き立てた。しかしこの思いは本来叶えていいものではない。ただ甘い夢の中にいるだけなのだと、彼は強く自制することで耐えていた。
しかし、二日目にしてユウはそれを許さなくなり、彼に詰め寄る。ふわりと鼻腔を花の香りがくすぐり、シルバーの心臓にざわりと波が立った。脳裏を何度もミストグリーンの彼がよぎっては、ユウの甘い声に身を委ねたくなる。いっそここで舌を噛みきった方がいいのではないかと、追いつめられたシルバーは目を閉じた。
「……ユウ」
焼けつくような胸の痛みで、シルバーは渋面を作る。しかし、彼の耳に届いたかすかな笑い声に、オーロラシルバーの瞳は開かれた。
「あはっ! 嬉しいです!」
満足したユウは、幸せが胸に詰まっているとでも言うように胸に両手を当てる。周囲に花が咲くような彼女の笑顔が眩しくて、シルバーは目を細めた。胸に迫るこの感情のままに抱きしめられたなら、どれほどよかっただろう。
「あと、シルバー先輩と飛行術の授業を受けたいです!」
元気に手を上げている彼女に、シルバーは静かに頷いた。昨日は思わず挙動不審になったが、もう彼は動じない。
「そうか。着替えなら見張る」
「ありがとうございます!」
誰もいないことが確認できる適当な教室を見繕って、シルバーはそこに認知阻害の魔法をかける。ユウは急いで着替えを手に教室へと入っていった。シルバーは唯一の出入り口である扉の前に背を凭れさせて、彼女の着替えが終わるのを待つ。
自身の着替え自体は実践魔法でできるので、シルバーはマジカルペンを一振りした。瞬時に体操着になった彼の耳に、教室内の物音が届く。この扉一枚を隔てた先でユウの肢体がさらけ出されていると思うと、シルバーの呼吸はいとも簡単に乱れた。
護衛としてあるまじきことだと彼は自分を必死に諫めるが、あの日見てしまった引き締まった白い太ももや慎ましくも膨らんだ胸元が脳裏に蘇る。作った握りこぶしで頭を殴ってやれば、煩悩で沸いた頭が痛みで少し落ち着いた。
「シルバーさん。一体どうされたんですか」
隣からかけられるしっとりとした声に、シルバーは顔を向ける。右がオリーブ、左がゴールドに光るオッドアイが彼を捉えた。ターコイズブルーの髪が日光を弾き、メッシュの黒髪が左のこめかみから伸びている。薄く笑った彼に、シルバーは瞬きした。
「ジェイド」
「いきなり頭を殴るだなんて、驚きました。それは陸で行う何かしらの儀式ですか?」
楽しそうに笑うジェイドに、シルバーはひとまずユウの存在を認知されていないようだと平静の表情を作る。「これは少し頭を冷やしたかっただけだ」シルバーの言葉に、ジェイドは「そうなんですか。それほど頭に血が行っていたのですね」とまったく見当はずれなことを返す。どうやらジェイドは普通にシルバーの様子に身を案じてくれたのかもしれないと、シルバーは安堵の息を吐いた。
「もうじき授業なのに、ここで立っていていいんですか? バルガス先生に課題を追加されますよ」
「大丈夫だ。間に合うようにする」
授業の心配までしてくれるジェイドに、シルバーは素直に感謝の念を覚える。しかしジェイドは先ほどからこの扉から一ミリも動こうとしないシルバーに俄然興味が湧いていた。人を待つだけならここでなくともいい。状況を分析し、シルバーの性格を加味したうえで、体操着に既に着替えている彼がここに立ち続ける理由をはじき出した。
「なにか、大事なものでも教室に隠してるんですか?」
笑みをますます深くしたジェイドは、岩場で今かと獲物を待ち伏せするウツボそのものだ。ギラリと光ったゴールドの瞳が、シルバーに威圧感を与える。
シルバーは動揺を悟られぬよう、一つも表情を動かさなかった。下手に動揺してしまえば、ユウの存在がばれてしまう。それだけは避けなければならないと、シルバーは警棒に手をかけた。
「お待たせしました!」
シルバーの背中を押した扉から、すっかり短くなった黒い髪が顔をのぞかせた。ユウがきょとんとジェイドを見上げると、首をかしげる。「シルバー先輩はどこですか?」不安そうに見上げる琥珀の瞳に、ジェイドは美しい作り笑顔で応える。「彼ならそこにいますよ」ジェイドが指さしたのは床で、シルバーはそこに倒れ伏していた。
悲鳴を上げたユウは急いで彼を抱き起こそうと駆け寄る。しかし、彼女の足元はもつれ、そのまま床に倒れ込んだ。とっさに来ると思った衝撃に備えて目を瞑っていたユウは、思った以上に柔らかな衝撃に目を開ける。彼女を受け止めたシルバーの体の上に、ユウが乗っていた。シルバーが衝撃で咳き込むと、見上げた先の琥珀色が彼の心臓を貫く。体の上に乗っている柔らかいふくらみに、シルバーの中で違う欲望が沸き上がった。
「ご……ごめんなさい」
泣き出しそうなユウに、シルバーは口から心臓が飛び出す気がした。彼は急いでユウを自分ごと抱き起すと、体をとっさに離す。礼を言おうとした彼女の顔の前に、シルバーは「何も言うな」と掌を突きつけた。突然冷たくなった彼の態度に、ひょっとして嫌われたのではないかとユウは心配するが、それも立ち上がったシルバーの力強い手で引き戻される。
「着替え終わったなら、行くぞ」
「は、はい!」
シルバーに引き上げられて立ちあがったユウは、掴んでいてくれる彼の手の温もりに笑顔が隠せない。なにせ、こうして触れられていること自体が彼女に大きな喜びをもたらした。一方のシルバーは、彼女に頬まで赤くなった顔を見られまいと横髪で隠す。つながった手からせめて動揺が悟られぬよう、彼は祈っていた。シルバーは急いで警棒を一度振る。その瞬間、二人は転送魔法で廊下から一瞬で姿を消した。
取り残されたジェイドの背後でマジカルペンが怪しく光っている。ユウをわざわざ魔法で転ばせてみれば、思った以上に珍しいものが彼の目に映った。普段は冷静沈着なシルバーの必死な表情である。ユウを身を挺してまで守る彼の姿や、乗りかかったユウへの挙動不審は、退屈していたジェイドの心を喜ばせた。
シルバーの一連の不審な行動、扉から出てきたユウ、「着替え終わったら」というセリフを繋ぎ合わせる。人魚も人間も大して機微は変わらないことを知っているジェイドは歯を見せて笑った。
「これは面白い」
「先輩、名前で呼んでください」
シルバーが「それは……恥ずかしい」と言うと「でも、名前で呼んでほしいです!」とユウが噛みつく。彼は先ほどから譲る様子のない彼女を見て、ため息を吐いた。
シルバーは同郷のよしみの代わりとはいえ、恋人として振舞うことに遺憾はない。しかし、いざ実践するとそれは違った。ユウは隙あらばシルバーの理性をぐらつかせる。それは楽しそうにはにかんで見せたり、シルバーを見かけたらすぐに駆け寄ってくる。彼女のそんな様子は、シルバーの心臓に何度も矢を突き立てた。しかしこの思いは本来叶えていいものではない。ただ甘い夢の中にいるだけなのだと、彼は強く自制することで耐えていた。
しかし、二日目にしてユウはそれを許さなくなり、彼に詰め寄る。ふわりと鼻腔を花の香りがくすぐり、シルバーの心臓にざわりと波が立った。脳裏を何度もミストグリーンの彼がよぎっては、ユウの甘い声に身を委ねたくなる。いっそここで舌を噛みきった方がいいのではないかと、追いつめられたシルバーは目を閉じた。
「……ユウ」
焼けつくような胸の痛みで、シルバーは渋面を作る。しかし、彼の耳に届いたかすかな笑い声に、オーロラシルバーの瞳は開かれた。
「あはっ! 嬉しいです!」
満足したユウは、幸せが胸に詰まっているとでも言うように胸に両手を当てる。周囲に花が咲くような彼女の笑顔が眩しくて、シルバーは目を細めた。胸に迫るこの感情のままに抱きしめられたなら、どれほどよかっただろう。
「あと、シルバー先輩と飛行術の授業を受けたいです!」
元気に手を上げている彼女に、シルバーは静かに頷いた。昨日は思わず挙動不審になったが、もう彼は動じない。
「そうか。着替えなら見張る」
「ありがとうございます!」
誰もいないことが確認できる適当な教室を見繕って、シルバーはそこに認知阻害の魔法をかける。ユウは急いで着替えを手に教室へと入っていった。シルバーは唯一の出入り口である扉の前に背を凭れさせて、彼女の着替えが終わるのを待つ。
自身の着替え自体は実践魔法でできるので、シルバーはマジカルペンを一振りした。瞬時に体操着になった彼の耳に、教室内の物音が届く。この扉一枚を隔てた先でユウの肢体がさらけ出されていると思うと、シルバーの呼吸はいとも簡単に乱れた。
護衛としてあるまじきことだと彼は自分を必死に諫めるが、あの日見てしまった引き締まった白い太ももや慎ましくも膨らんだ胸元が脳裏に蘇る。作った握りこぶしで頭を殴ってやれば、煩悩で沸いた頭が痛みで少し落ち着いた。
「シルバーさん。一体どうされたんですか」
隣からかけられるしっとりとした声に、シルバーは顔を向ける。右がオリーブ、左がゴールドに光るオッドアイが彼を捉えた。ターコイズブルーの髪が日光を弾き、メッシュの黒髪が左のこめかみから伸びている。薄く笑った彼に、シルバーは瞬きした。
「ジェイド」
「いきなり頭を殴るだなんて、驚きました。それは陸で行う何かしらの儀式ですか?」
楽しそうに笑うジェイドに、シルバーはひとまずユウの存在を認知されていないようだと平静の表情を作る。「これは少し頭を冷やしたかっただけだ」シルバーの言葉に、ジェイドは「そうなんですか。それほど頭に血が行っていたのですね」とまったく見当はずれなことを返す。どうやらジェイドは普通にシルバーの様子に身を案じてくれたのかもしれないと、シルバーは安堵の息を吐いた。
「もうじき授業なのに、ここで立っていていいんですか? バルガス先生に課題を追加されますよ」
「大丈夫だ。間に合うようにする」
授業の心配までしてくれるジェイドに、シルバーは素直に感謝の念を覚える。しかしジェイドは先ほどからこの扉から一ミリも動こうとしないシルバーに俄然興味が湧いていた。人を待つだけならここでなくともいい。状況を分析し、シルバーの性格を加味したうえで、体操着に既に着替えている彼がここに立ち続ける理由をはじき出した。
「なにか、大事なものでも教室に隠してるんですか?」
笑みをますます深くしたジェイドは、岩場で今かと獲物を待ち伏せするウツボそのものだ。ギラリと光ったゴールドの瞳が、シルバーに威圧感を与える。
シルバーは動揺を悟られぬよう、一つも表情を動かさなかった。下手に動揺してしまえば、ユウの存在がばれてしまう。それだけは避けなければならないと、シルバーは警棒に手をかけた。
「お待たせしました!」
シルバーの背中を押した扉から、すっかり短くなった黒い髪が顔をのぞかせた。ユウがきょとんとジェイドを見上げると、首をかしげる。「シルバー先輩はどこですか?」不安そうに見上げる琥珀の瞳に、ジェイドは美しい作り笑顔で応える。「彼ならそこにいますよ」ジェイドが指さしたのは床で、シルバーはそこに倒れ伏していた。
悲鳴を上げたユウは急いで彼を抱き起こそうと駆け寄る。しかし、彼女の足元はもつれ、そのまま床に倒れ込んだ。とっさに来ると思った衝撃に備えて目を瞑っていたユウは、思った以上に柔らかな衝撃に目を開ける。彼女を受け止めたシルバーの体の上に、ユウが乗っていた。シルバーが衝撃で咳き込むと、見上げた先の琥珀色が彼の心臓を貫く。体の上に乗っている柔らかいふくらみに、シルバーの中で違う欲望が沸き上がった。
「ご……ごめんなさい」
泣き出しそうなユウに、シルバーは口から心臓が飛び出す気がした。彼は急いでユウを自分ごと抱き起すと、体をとっさに離す。礼を言おうとした彼女の顔の前に、シルバーは「何も言うな」と掌を突きつけた。突然冷たくなった彼の態度に、ひょっとして嫌われたのではないかとユウは心配するが、それも立ち上がったシルバーの力強い手で引き戻される。
「着替え終わったなら、行くぞ」
「は、はい!」
シルバーに引き上げられて立ちあがったユウは、掴んでいてくれる彼の手の温もりに笑顔が隠せない。なにせ、こうして触れられていること自体が彼女に大きな喜びをもたらした。一方のシルバーは、彼女に頬まで赤くなった顔を見られまいと横髪で隠す。つながった手からせめて動揺が悟られぬよう、彼は祈っていた。シルバーは急いで警棒を一度振る。その瞬間、二人は転送魔法で廊下から一瞬で姿を消した。
取り残されたジェイドの背後でマジカルペンが怪しく光っている。ユウをわざわざ魔法で転ばせてみれば、思った以上に珍しいものが彼の目に映った。普段は冷静沈着なシルバーの必死な表情である。ユウを身を挺してまで守る彼の姿や、乗りかかったユウへの挙動不審は、退屈していたジェイドの心を喜ばせた。
シルバーの一連の不審な行動、扉から出てきたユウ、「着替え終わったら」というセリフを繋ぎ合わせる。人魚も人間も大して機微は変わらないことを知っているジェイドは歯を見せて笑った。
「これは面白い」