後編
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グリムは談話室のローテーブルにスマホを置くと、通話ボタンを押す。「エース」と表示された画面から、荒っぽい吐息と切羽詰まった「もしもし」という声がした。グリムが「どうしたんだ?」と尋ねれば「どうしたじゃねーよ!」とエースが声を荒げる。
「グリム! お前、罰ゲームに用意した惚れ薬入りのクッキー持って行っただろ! 星の包装紙に包んであるやつ!」
まさか、とグリムが視線をやった先には食べかけのクッキーと星の包装紙があった。談話室のソファでは、ユウに熱い視線を送られているシルバーが居心地悪そうにグリムの方を見つめている。
ユウが泣かされているものだと思って臨戦態勢を取ったグリムを止めたのは、一本の電話だった。それはデュースからの着信で、グリムが違うクッキーを持って行ったのではないかと疑われている。それも包装紙が星柄だと言われて、彼の全身は総毛だった。
念のため確認させてほしいとグリムは、ユウたちをオンボロ寮に入れる。グリムは相棒の異変にそこで気づいた。ユウの瞳は明らかにシルバーばかりを映していて、シルバーは明らかにその視線に戸惑いを隠せない。渡すものとは違うクッキーを食べたくらいでこうはならないので、一体何があったんだとグリムは首を傾げた。するとすぐにエースから電話がかかってきて、冒頭に話は戻る。
ユウが食べた形跡を見て、グリムは大きなシアンの瞳を驚愕で彩った。
「ユウがクッキーもう食っちまったゾ!」
悲鳴に似たそれに、電話の向こうのエースのため息が聞こえた。「それも他の生徒に惚れてる……。俺様、どうしよう……」声まで滲んだ彼に、エースが「泣くな!」と喝を入れる。
「起きたんだったら仕方ないだろ。惚れ薬の効き目は一週間だけだから、その間だけその人に恋人になってもらうようお願いするか、ユウを一週間だけ不登校にするか……。ま、そこにいるその人にしっかりお礼はするってことで、手を打ってもらおうぜ」
ブツッと通話はそこで切れてしまった。潤んだシアンの瞳がシルバーに向けられる。シルバーが思わず身を固くすると、グリムが小さな体を折り曲げて頭を下げた。
「頼む! ユウの薬が切れる一週間だけでいい! ユウの恋人になってくれ!」
シルバーはユウの視線だけでなく、グリムの願いに挟まれ、顔を顰める。端正な彼の表情が途端に険しくなり、グリムは腰が引けた。
「彼女を騙すのは気が引ける。それに俺はあまり演技が得意ではない」
できれば、彼女の傍にもういない方が都合はいい。それがセベクと彼女のためになる。しかし、グリムは「なんだそんなことか」と平静を取り戻し、肉球をシルバーに突き付けた。
「安心しろ。惚れ薬の効果で薬にかかっていること自体、あいつは認識しねえ。さっきから薬の話をしても反応しねえのはそのせいだ。お前はただ、あいつの言うこと聞いていればいいんだゾ」
それでいいのだろうか、と首を傾げたシルバーは、そっと傍で熱い視線を送ってくるユウを見た。瞳孔の形がハートから変わらない以上、拒んだところで彼女は一週間シルバーに恋い焦がれる。今までのように会わないようにしていても、彼女は惚れ薬の影響で精神を病む可能性もあるのだ。それはシルバーの望む守り方ではない。
ユウはうっとりと瞳を蕩けさせながら幸せそうに微笑む。赤らんだ頬が目に毒だ。
「シルバー先輩」
愛おしさが溢れている声音に呼ばれて、シルバーの心臓にまた一本矢が深く突き刺さる。じくじくと痛みを与えるそれに、彼は甘美なぬくもりすら覚えた。
「俺でよければ、引き受けよう」
グリムが色よい返事に飛び跳ねて喜ぶ。シルバーは胸中でミストグリーンの髪をした同郷のよしみに謝罪した。「そういえば」とグリムがシルバーをじっと見てくるので、彼は「どうした?」と問い返す。
「なんで、お前はユウが女だって知ってんだ?」
思わぬところでユウの性別を知っていることに気づかれ、シルバーは狼狽えた。グリムは普段から人の話を聞いていないのに、こういう時だけ鋭いのは彼を侮れない理由の一つでもある。
シルバーはとっさに思いついたことを、そのまま口にした。
「それは……彼女に教えてもらった」
「へえ、あいつ自分の性別知られねーようにしていたのに、お前には教えたんだな! すげーんだゾ」
屈託なく褒めるグリムの言葉に、いよいよ罪悪感が増していく。だが口が裂けても、見上げた窓の先でたまたま彼女の体を見て知りましたなどとは言えない。それを言ってしまえば、口の軽いこの魔獣と屋敷のゴーストが再び彼に襲い掛かるだろう。
シルバーはまた一つ、重い石のようなものが臓腑の奥に沈んでいくのを感じた。
「グリム! お前、罰ゲームに用意した惚れ薬入りのクッキー持って行っただろ! 星の包装紙に包んであるやつ!」
まさか、とグリムが視線をやった先には食べかけのクッキーと星の包装紙があった。談話室のソファでは、ユウに熱い視線を送られているシルバーが居心地悪そうにグリムの方を見つめている。
ユウが泣かされているものだと思って臨戦態勢を取ったグリムを止めたのは、一本の電話だった。それはデュースからの着信で、グリムが違うクッキーを持って行ったのではないかと疑われている。それも包装紙が星柄だと言われて、彼の全身は総毛だった。
念のため確認させてほしいとグリムは、ユウたちをオンボロ寮に入れる。グリムは相棒の異変にそこで気づいた。ユウの瞳は明らかにシルバーばかりを映していて、シルバーは明らかにその視線に戸惑いを隠せない。渡すものとは違うクッキーを食べたくらいでこうはならないので、一体何があったんだとグリムは首を傾げた。するとすぐにエースから電話がかかってきて、冒頭に話は戻る。
ユウが食べた形跡を見て、グリムは大きなシアンの瞳を驚愕で彩った。
「ユウがクッキーもう食っちまったゾ!」
悲鳴に似たそれに、電話の向こうのエースのため息が聞こえた。「それも他の生徒に惚れてる……。俺様、どうしよう……」声まで滲んだ彼に、エースが「泣くな!」と喝を入れる。
「起きたんだったら仕方ないだろ。惚れ薬の効き目は一週間だけだから、その間だけその人に恋人になってもらうようお願いするか、ユウを一週間だけ不登校にするか……。ま、そこにいるその人にしっかりお礼はするってことで、手を打ってもらおうぜ」
ブツッと通話はそこで切れてしまった。潤んだシアンの瞳がシルバーに向けられる。シルバーが思わず身を固くすると、グリムが小さな体を折り曲げて頭を下げた。
「頼む! ユウの薬が切れる一週間だけでいい! ユウの恋人になってくれ!」
シルバーはユウの視線だけでなく、グリムの願いに挟まれ、顔を顰める。端正な彼の表情が途端に険しくなり、グリムは腰が引けた。
「彼女を騙すのは気が引ける。それに俺はあまり演技が得意ではない」
できれば、彼女の傍にもういない方が都合はいい。それがセベクと彼女のためになる。しかし、グリムは「なんだそんなことか」と平静を取り戻し、肉球をシルバーに突き付けた。
「安心しろ。惚れ薬の効果で薬にかかっていること自体、あいつは認識しねえ。さっきから薬の話をしても反応しねえのはそのせいだ。お前はただ、あいつの言うこと聞いていればいいんだゾ」
それでいいのだろうか、と首を傾げたシルバーは、そっと傍で熱い視線を送ってくるユウを見た。瞳孔の形がハートから変わらない以上、拒んだところで彼女は一週間シルバーに恋い焦がれる。今までのように会わないようにしていても、彼女は惚れ薬の影響で精神を病む可能性もあるのだ。それはシルバーの望む守り方ではない。
ユウはうっとりと瞳を蕩けさせながら幸せそうに微笑む。赤らんだ頬が目に毒だ。
「シルバー先輩」
愛おしさが溢れている声音に呼ばれて、シルバーの心臓にまた一本矢が深く突き刺さる。じくじくと痛みを与えるそれに、彼は甘美なぬくもりすら覚えた。
「俺でよければ、引き受けよう」
グリムが色よい返事に飛び跳ねて喜ぶ。シルバーは胸中でミストグリーンの髪をした同郷のよしみに謝罪した。「そういえば」とグリムがシルバーをじっと見てくるので、彼は「どうした?」と問い返す。
「なんで、お前はユウが女だって知ってんだ?」
思わぬところでユウの性別を知っていることに気づかれ、シルバーは狼狽えた。グリムは普段から人の話を聞いていないのに、こういう時だけ鋭いのは彼を侮れない理由の一つでもある。
シルバーはとっさに思いついたことを、そのまま口にした。
「それは……彼女に教えてもらった」
「へえ、あいつ自分の性別知られねーようにしていたのに、お前には教えたんだな! すげーんだゾ」
屈託なく褒めるグリムの言葉に、いよいよ罪悪感が増していく。だが口が裂けても、見上げた窓の先でたまたま彼女の体を見て知りましたなどとは言えない。それを言ってしまえば、口の軽いこの魔獣と屋敷のゴーストが再び彼に襲い掛かるだろう。
シルバーはまた一つ、重い石のようなものが臓腑の奥に沈んでいくのを感じた。